苦い文学

ネックピロー

ジャミラは元々は宇宙飛行士だったが、不慮の事故でたどり着いた過酷な星で暮らすうちに、異様な姿の怪獣となってしまった。

どんな姿かというと、両肩と頭が一体化しているのだ。

どうしてそんな姿になってしまったのだろうか。ウルトラ怪獣研究家の間ではさまざまな説が提唱されている。ラクダのコブのように栄養が蓄えられている、とか、宇宙の放射線から頭を守るプロテクターだ、とか。

私の説を述べれば、ネックピローをもって宇宙に行かなかったことが原因だと考えている。激しく揺れる宇宙船の座席でネックピローなしにどうやって寝ることができようか。肩が盛り上がって頭を包み込むように変化するほかないのだ。

実際、ジャミラほどではないが、私たちも座りながら寝るのに苦労している。

電車で居眠りすれば、両隣で頭の押しつけあいが始まる。そして、居眠りしている人も、両隣に迷惑をかけまいと眠りながらも思うのか、どちらにももたれかからぬよう、頭をグルグル振りまわすありさまだ。

そして、航空機の中では、誰もが寝る時の頭の置き場に困っている。座って寝るかぎり、どんな姿勢を取っても、頭はグラグラし、首は不自然な形で折れ曲がる。もし、ネックピローという文明の成果がなかったら、私たちは自分の頭を機内持込みにせずに預けてしまっていたことだろう。

我々がこのような苦労をするのも、もとはといえば、我々の祖先が怠け者であったからだ。のんきに横になって寝るばかりで、座りながら寝られるように進化すべきなどと夢にも思わなかったのだ。

苦い文学

旅立ち

海外旅行で一番ハラハラさせられるときはいつだろうか。

飛行機がガクンと揺れるときだろうか。それとも異国の街の危険地帯に足を踏み入れたときだろうか。

だが、機内がどんなに悲鳴に満たされようと、剣呑な街角できらめいたナイフがどんなに鋭かろうと、空港の中での行列に並ぶのに比べれば、まったくハラハラさせられないのだ。

ああ、しかし空港の行列はどうして我々の神経をすり減らすのだろうか。

なぜか一向に列が進まないのだ。搭乗時間が迫っているというのに。びくとも動かない。

確かに前の方では列は進んでいる。その進みがたとえ5メートルだとしても、後ろに伝わっていく間に、少しずつむしり取られ、私の並ぶ後方に来るときはに、わずかに 1 センチにまで減ってしまうのだ。

みんな話に夢中で列を詰めるのを忘れてしまっているのだ。

いったい、いつ私は旅立てるのだろうか。たぶん、そのうち、パスポートの有効期限が切れてしまうだろう……。

苦い文学

落とし穴と振り子

どのようにしてその居酒屋にたどり着いたのだろうか。気がつくと私はその店に足を踏み入れ、指を一本立てて、ひとりであることを店の者に伝えていたのだった。

酔客たちの騒ぎ声とグラスの音の音に圧倒されながら、私は店の者の示す席に座る。それは8人掛けの大テーブルの一席で、両脇も前も見知らぬ人々で占められていた。まるで落とし穴に放り込まれたような気がした。

ホール係の年配の女性に酒と唐揚げを頼み、飲み始める。両脇の酔客たちがどっと笑い出し、手を叩きあった。まるで火山が爆発したかのようだった。だが、次第に私はこの騒ぎに順応し、スマホを見ながらひとり酒を楽しみ出した。

酔いの回った目でスマホの画面を眺めていると、ふと誰かの視線を感じた。反射的に目を上げると、向かいに座る不気味な老人と目が合った。老人は赤い顔で私に尋ねた。

「どうして酒場でスマホなど見ているのかね……」

私は曖昧な返事をしたが、それがまずかったらしい、老人は私をじっと見つめながら「最近の若い人は」に始まる長い話を始めたのだった。

おお、その長い話から逃げ出すのは不可能だった。内容もなければ起承転結もないタワゴトは私の自由を奪い、私は老人の囚人となった。もはや一口だって酒を飲むことすらできなかった。

私は、必死になって話の切れ目を探した。そこを突き破って逃走しようした。だが、老人は息継ぎなしで話し続ける。驚異的は肺活量だった。

やがて私は気がついた。老人の話がまるで振り子のように行ったり来たりしているのを。おお、さっきから同じ話を何度も繰り返しているのだ。振り子は速度を増しながら私に迫ってきた。私は満身の力を振り絞り、目の前の唐揚げにかぶりつき、間一髪で振り子をかわした。

すると、老人は怒り出したではないか。火を吹かんばかりの憤怒の表情で、私の方に顔をぐいぐい近づけてくる。とっさに逃れようとしたが、左右も後ろも酔客たちに囲まれ、逃げ場はなかった。男の口から蛇の舌のような炎が放たれ、私を焼き尽くそうとしていた。

もはや気を失って倒れようとした時、誰かの腕が私を支えた。それはあのホールの年配の女性であった。彼女は忌まわしい老人を一喝し、店から追い出し、私の命を救ったのであった。

苦い文学

乳首の証明

夏休みの自由研究として「どうして男はチューブトップを着ないのだろうか」について調べてみた。

毎日あまりにも暑いので、ヘソだしチューブトップを着ている女性がうらやましくなったからだ。

もちろん、男がチューブトップを着ないというわけではない。探せばどこかにいるだろうし、特別な場面では着るかもしれない。だが、街をに出てみると、チューブトップ・ヘソ出しで歩いている中年男性はまるで見かけないのだ。若者すらいない。これはどうしてだろうか。

さて、インターネットで調べてみたら、すぐに答えが見つかった。そのサイトによれば、「男はチューブトップを着ない」という命題は、以下の2つの命題から導き出されるのだという。

「男は乳首を隠してはならない」
「女は乳首を隠さねばならない」

この命題は次の2つの命題を論理的に引き出す。

「男は上半身裸になることができる。なぜなら乳首を隠してはならないからだ」
「女は上半身裸になることができない。なぜなら乳首を隠さねばならないからだ」

この2つの命題は次のように解釈することができる。

「女は乳首を隠しているかぎり、肌を露出することができる」
「男は乳首を隠さないでいるかぎり、肌を露出することができる」

男のほうの命題は、次のように言い換えるとわかりやすくなる。

「男は、乳首を隠していると認識されるような様態での肌の露出は許されない」

ゆえに「男はチューブトップかつヘソ出しは許されない」Q.E.D.

ここまでが、そのサイトからの無断引用だ。もっとも、最近では性のありかたも変わってきているから、この証明そのものは、もはや普遍的なものとは言えないのではないかと思われる。

それにしても私はこの証明を読みながら、あの有名な古い歌を口ずさまずにはいられなかったのだ。

隠すのは男の罪  
それを隠さないのは女の罪……

苦い文学

地球温暖化の顔

猛烈な暑さの中、世界各国の代表たちが集まって、地球温暖化対策について協議を始めた。

ある大国の代表が主張した。「我が国は国際的な基準を遵守している。問題は一部の国々が責任を果たさないことだ」 もっとも、その大国こそが数字をごまかして、基準などないかのようにふるまっていたのだった。

いくつかの国々がただちに賛意を表明した。実は、それらの国もまた、国際的なルール破りの張本人だった。

すると、今度は別の大国が立ち上がり、非難した。

「一部の国々が問題を軽視したせいで、このような温暖化が生じたのだ」

だが、一部の国々がそうせざるを得なくなったのは、この大国が不当な圧力をかけたせいなのだった。

協議は続いたが、どの国も、自分にも責任があるのに、まるで何の関係もないかのような顔つきをしていた。

この協議の様子は、テレビやネットでライブ中継された。人々は、世界各国の代表たちが涼しい顔をしているのを見て、「おや、地球温暖化問題が解決したのか」と喜んだ。

苦い文学

冒涜

保険金不正受給問題が発覚した中古車販売大手、ビッグモーターの本社前に今日、抗議者たちが集ってデモを行いました。目的は、昨日行われた会見での社長の発言の訂正と、社長の謝罪です。

デモ参加者「社長はこんなことを言ったそうじゃないですか。『ゴルフボールを靴下に入れて、振り回して、水増し請求する。本当に許せません。ゴルフを愛する人への冒涜ですよ』と。いや本当に許せないのは、私たちですよ」

別のデモ参加者「そうだ! 私たちだって冒涜されたんです。私たちの愛する靴下がそんな用途に使われていたなんて!」

参加者一同「靴下を愛する私たちへの謝罪を求める!」

サンタクロースの格好で大きな靴下を掲げているのが抗議活動の主催者です。

主催者「靴下を冒涜することは、サンタを信じる子どもたちの夢を踏みにじることですよね。この会社がやっているのは、サンタが靴下にプレゼントを入れて、それでトナカイを殴っているのと一緒ですよ!」

抗議者たちが猛暑のなか抗議活動を続け、参加者たちの履き古した靴下から発する臭気で、ビッグモーターの本社前は一時騒然となりました。

苦い文学

ブルース加速エネルギー

温室効果ガスを排出する化石燃料資源に代わるクリーン・エネルギー。先日、大学の研究チームが、クリーンエネルギーに関する画期的な発表を行い、話題を呼んでいます。

研究代表者「クリーン・エネルギーは、石油や天然ガスに比べ、非効率的で、コストも割高になるため、これが導入のネックとなっていました。ですが、私たちの新技術はこの状況を大きく変えてくれるでしょう」

大学の研究者チームが着目したのは「炎上」でした。ネットの炎上からエネルギーを取り出すことに成功したのです。

「化石燃料の燃焼は CO₂ をなどの温室効果ガスを排出しますが、その点、ネットの炎上はいかなるガスも生み出しません。完全にクリーンなのです」

(炎上したサイトやネットの誹謗中傷が研究室のモニターに映し出される。そのモニターと電球をつなぐと電球が輝く。拍手する研究者たち)

記者「ネットの炎上によって自殺者が続出する点についての批判もありますが……」

研究者「倫理的にはダーティでも、エネルギー自体はクリーンです」

研究チームはさらなるクリーン・エネルギー源にも注目しています。

研究者「私たちはいま『弱い者達が夕暮れさらに弱い者をたたく、その音が響きわたればブルースは加速していく』のブルース加速エネルギーの実用化にむけて取り組んでいます」

研究チームは、近いうちに、追い詰められた人々を集めて、幼児をたたかせる実証研究を行う予定です。

苦い文学

背中の盗難

帰宅した彼は、背中がないのに気がついた。普通、背中を落とす人はいないから、どこかで盗まれたにちがいない。そういえば、駅前の人混みを歩いているとき、誰かに背中を撫でられたような気がした。きっとそのとき盗まれたのだ。

彼は警察に行った。盗難届を出したい旨を伝えると「背中が盗まれた?」などと取り合ってくれない。しかたなく彼は服を脱ぎ、元背中があった場所を見せた。

「見事に盗まれてますね」と警察は感心し、盗難届を受け取ってくれた。

彼はそそくさと家に帰った。恥ずかしく惨めで、妻子にも隠れるように自分の部屋に入った。家長としての威厳を示すのは背中なしには無理だった。

灯りを消してベッドに横になる。はじめは仰向けだったが、だんだん失われた背中部分が崩れていくような不安な感覚がしてきた。

腹ばいになると、不安な気持ちは消えた。身をよじって毛布にくるまる。そのままじっとしていると暖かく安らいだ気持ちになった。やがて彼は眠りに落ちた。

夢の中では、立派な甲羅を身につけて、海を自在に泳いでいた。

苦い文学

いま若者があぶない

若者への大麻のまん延がかつてなく深刻になっている。その理由には、「かっこいいから」というファッション的なものもあるにちがいない。

昔の未成年はタバコをふかしてイキがったものだが、今はそれが大麻になったのだ。だが、どうして、タバコが大麻に変わってしまったのだろうか。

答えは簡単だ。

タバコはもうカッコ悪いからだ。ここ 10 年の間に日本の社会も変わって、喫煙率も下がり、喫煙自体が過去の習慣となりつつある。いまやタバコは古臭さ・かっこ悪さの象徴となったのだ。

だから、芸能人でもタバコを吸う人はいない。いや、いることはいるのだが、それを公言する人はまずいない。イメージ的になんの得にもならないからだ。

いっぽう、大麻を吸う芸能人は確実にいる。なぜなら警察が逮捕するからだ。これ以上のエビデンスはない。そこで、若者は、大麻は芸能人がやるから、タバコよりもかっこいいと思ってしまう。

しかも、若者には、大麻を吸う大人がどんな様子だかはわからない。なぜなら、逮捕されるのでみんなこっそり吸うからだ。いっぽう、タバコはどこでも平気で吸う人がいる。そして、そうした人にかぎって確実に汚らしい(かつ臭い)。

こうした状況で、若者たちが大麻を選ばなかったらどうかしている。

禁煙が進めば進むほど、若者は大麻に魅力を感じるようになる。皮肉な事態だが、実はここに若者の大麻使用増加を防ぐ鍵がある。

80 歳以上の大麻使用を合法化すればいい。そうすれば若者はもう大麻に見向きもしなくなるだろう。

「わー、おばあちゃんの家の匂いだー!」

そんなふうに言われるものを吸いたがる人がいようか。

苦い文学

【ネタバレなし】君たちはどう生きるか

宮崎駿の新作映画「君たちはどう生きるか」が 7 月 14 日に公開された。宣伝も行わず、内容もわからなければ、誰が出ているのかもわからない。すると、バカは余計に興味をそそられて見たくなる、そういう宣伝手法だ。私も興味をそそられて見に行った。

感想としては、面白かった。もう一度見てもいいくらいだ。

まだ見ていない人のためにあらすじを紹介しておこう。

貧しい靴職人が、ある日、礼拝堂で不思議な男に出会う。この男、冬だというのに素っ裸でいる。靴職人はその男に自分のコートを着せて家に連れ帰った。

その男はミハイルといって、居候して靴職人を手伝っうことになった。ミハイルはむっつり顔で働くのだが、ごくまれに笑顔になる。すると不思議な出来事が起きるのだ。そして、三度目の笑顔を見せたとき、ミハイルは自分が天使であることを明かす。神から与えられた罰が許されたと語り、翼を生やして天に昇っていった。

*お断り:ネタバレなしのため、ここに紹介したあらすじは「人はなんで生きるか」(トルストイ作)となっています。