苦い文学

共有アカウントの怪(3)

誰が、どうやって? もちろん、誰かが不正アクセスしているのだ。このとき彼女が真っ先に考えたのは、夫のアカウントを削除することだった。

だが、彼女はためらった。これは夫が残した痕跡のひとつではないか。いつか削除する日がくるとしても、いまそれは彼女にはできなかった。そして、その夫のアカウントを荒らしている「誰か」に怒りを覚えた。なんとしても不正アクセスをやめさせなければならない。

私が彼女から連絡を受けたのは、この時点であった。私が Web 関連の仕事をしているのを思い出しのだ。

私はさっそく調査にとりかかったが、結論からいうと、なにかしらの不正な侵入が行われている形跡はいっさい見当たらなかった。私はため息をついた。

「不思議だ。この異常な挙動はまったく説明つかない。アプリケーションやネット接続の異常だともいえないし、妙だよ」 

彼女は無言で画面を見つめていた。そこでは次々と新しいタイトルが「現在視聴中の動画」に加わっていた。彼女はつぶやくように言った。

「どれもこれも、あの人が好きそうな動画ばかり……」

そう言う彼女の口がわなわなと震えているのに、私は気がついた。「A のやつ、どこかで見ているんじゃないかな」

「そう、きっと楽しんでるんだね。どこかで……」 ここで彼女の言葉は、激しい嗚咽に掻き消された。

……私の物語はもう終わりだが、皆さんがこれを聞いてどう思ったかはわからない。わたしたちの推論が正しいのかもどうかもわからない。なので、なにか結論めいたことは言えないが、もし正しかったとしたら、少なくとも、その「どこか」はとほうもなく暇で、せわしないところなのは確かだろう。

最後につけ加えれば、B は、夫の名残りであるそのアカウントを残しておくことにした。だが、配信サービス事業者が、アカウントの共有は同じ世帯に住んでいる者どうしにかぎるという方針を厳格に適用したせいか、いつのまにか A のアカウントは消滅していた。

苦い文学

共有アカウントの怪(2)

彼女ははじめはなにが起きているのかわからなかった。亡き夫のアカウントで「現在視聴中の動画」に更新がある。これはなにを意味するのか……。

そのとき再び画面が変化した。新たな視聴中のタイトル(リチャード・ボロック主演の映画『悪魔の細胞たち』)が加わったのだ。

もしかしたらなにかのエラーかもしれない、彼女はそう考え、視聴中のタイトルのひとつ(チャン・ボンギル主演のドラマ『犯罪体質』)を開いてみた。

全 16 話のうち、第 8 話まで視聴済みとなっていた。だが、このとき、韓国ドラマのファンでもある彼女は恐ろしい事実に気がついた。『犯罪体質』は新作、つまり、夫の死後に配信されたのだ。だから、絶対に見ているはずはない

そして、彼女に取り憑いた恐れを増幅するかのように、画面が変化した。第 9 話も視聴済みとなったのだ。

彼女は恐ろしくなって再びホーム画面に戻ったが、さらなる恐怖に直面することとなった。視聴中のタイトルが 3 つも加わっていたのだった! そして、『悪魔の細胞たち』も『犯罪体質』もすでに視聴中のリストから消えていた。

ドラマ『さかしらなるゾンビ生活』(独占配信)
映画『悪の不整脈』
リミテッド・シリーズ『デスマッチ 血! 血! 血!』

しかも、彼女はこの時はじめて気がついたのだが『ゾンビ生活』と『デスマッチ』には「いいね」が押してあった。

お気に入りなのだ!

誰かが見ているとしか考えられない。しかも、ものすごい速さで、なおかつ「いいね」もつけながら……。

苦い文学

共有アカウントの怪(1)

死んだのちに、人間はどうなるのだろうか。どこか別の場所に行くのだろうか。それとも、なにもかも消えてしまうのだろうか。

この疑問に関して、古来、人間はさまざまな見解を述べてきた。私がこれからお話しする短い物語も、この古くからの問いにささやかな答えを与えてくれるかもしれない。

先日、私の友人の A が、妻と 2 人の幼い子どもを残して亡くなった。私たちは長いつきあいで、家族同士で交際していた。葬儀もすべて済み、3ヶ月ほど経ったのち、A の妻(B としよう)から相談があると連絡が来た。

どうしても家に来てほしいというので都内某所にある A 宅を訪問すると、B が不安そうな顔で、次のような話をした。

A の家は、動画配信のサブスクに加入しているのだが、奇妙なことが起きているというのだ。動画配信サービスには、複数のアカウントを持つことができる家族向けのプランがある。家族のひとりひとりがそれぞれのアカウントを持ち、自分の好きな作品を見ることができるというものだ。A の家も、このプランに加入し、A、B、子どもたちの 3 つのアカウントを利用していた。

A の死後も、アカウントはそのままだったのだが、B はふとなんの気なく夫のアカウントに入ってみることにした。最初の画面が映し出され、「現在視聴中の動画」のセクションにいくつかのタイトルが並んだ。アクション映画、犯罪ドキュメンタリー、ロボット・アニメ……そこには紛れもなくありし日の夫がいた。

「だけど、どれもこれも、最後まで見ることができなかったんだ」 そう思うと、彼女は切なくなった。

だが、この時、奇妙なことが起きた。彼女の目の前で「現在視聴中の動画」に新たなタイトルが加わったのだった。

苦い文学

現代の魔法使い

魔法などというとファンタジーの世界のものかと思うかもしれないが、現代の日本にも魔法は存在するし、魔法使いやその弟子もたくさんいる。

魔法使いになるためには、魔力を持たなくてはならない。この魔力は、現代魔法学では自己肯定感と呼ばれている。自己肯定感があれば魔法を使える。

魔法にはさまざまなものがあるが、現在おもに用いられているのは「引き寄せの法則」だ。この魔法を使えば、なんでも思うままに実現できる。

また、自在に富を生み出す錬金術も、魔法使いの多用する魔法のひとつだ。

ファンタジーでは魔法使いになるためには、弟子として修行を積んで、ランクを上げていかなくてはならないが、現代でも同じだ。セミナーや講習会、セッションやオンライン・ミーティングにせっせと参加して、師の魔法使いの教えを受け、「資格」や「免許」を取ることが求められる。かなりの出費を覚悟しなくてはならない。

また、書物も重要だ。ファンタジーの世界では、魔法使いになるためには、重厚な魔術の書を読みこなす必要がある。これらの書物は伝説の偉大な魔術師が書き残したのだ。

現代の魔法使いの弟子たちも書物から学ばねばならない。これらの書物は、ファンタジーの世界に比べると、薄くて、字も大きくて、安っぽい。たいていは、書店の「自己啓発書」のコーナーに並んでいる。たいして内容もないので何冊読んでも疲れない。

現代の魔法使いがこれらの本の中で、繰り返し語るのは、自己肯定感も引き寄せの法則も錬金術も実在するということだ。

私は長年の調査の結果、自己肯定感も引き寄せの法則も嘘だと結論づけた。だが、セミナーなどの参加費から判断するかぎり、錬金術だけは本物だと認めざるをえなかった。

苦い文学

恋人のモラハラに困っています

先生、モラハラ癖のある恋人について相談です。

とにかくソトヅラがいいんです。人前にいるときは、やさしくて、落ち着いてて、ニコニコしてて。いつも一緒だね、だなんて感じを出して、まるで最良のパートナーみたいなふりをしてます。

だけど、二人きりになったとたん、豹変するんです。柔和で優しかったのが、鬼みたいになってしまって……そして、パワハラです。しつこいくらいにパワハラを繰り返すんです。あまりの苦しさに、もう身悶えするばかりです。

とくにひどいのが、エレベーターの中。もう家に着くぞって時に、決まって不機嫌・意地悪・残忍になるんです。度を超えてます。今こうやって思い出すだけで、脂汗をかきながら身を捩ってしまいます。

こっちからやり返すなんて無理です。そんなことをしたらもっと手ひどく反撃されるだけです。二度と世間に顔向けできないような辱めを受け、私は立ち直ることなどできないでしょう。

先生、恋人からのモラハラ被害に本当に困っています。どうか、アドバイス、よろしくお願いします。

【先生からのアドバイス】
私は泌尿器科の医師ですので、アドバイスをすることはできませんが、お話を聞くかぎり、あなたの恋人とは、膀胱ではないでしょうか。いっこくも早く病院で治療を受けることをお勧めします。

苦い文学

メガネVSコンタクト

アナウンサー「では、次のニュースです」

(ニュース映像が始まる)

「メガネって危険だと思う」「メガネはマイナスイメージ」「メガネをかけるのが怖い」 

最近、ネットではこんな不安を語る意見が目立つようになりました。その原因は……

(岸田首相の映像)

なんと岸田首相でした。「増税メガネ」というあだ名が広まったことで、メガネを着用している人たちが、自分もあだ名をつけられるのではと、不安が広がっています。

(ネットの声)「道を歩いていたら『歩行メガネ』呼ばわりされた」「野糞をしただけで『野糞メガネ』とあだ名をつけられて orz」

こうした風潮のなか、活気づいているのがコンタクト業界です。

(関係者)「安心安全なコンタクトを知っていただく良い機会だと思っています」

先日も、コンタクト事業者を代表する団体が岸田首相に面会し、コンタクトをアピール。

(関係者)「首相には『ドーリーなうるうる瞳』のカラコンを提案しました」

これに対してメガネ業界は……

メガネ関係者「いや怒ってます。岸田首相におかしなあだ名をつけたのもコンタクト業界の陰謀ですよ」と憤懣やる方ないようす。

もう黙っていられないと、今後の増税に合わせて、「減税メガネ・キャンペーン」を打ち出して攻勢をかける予定です。

アナウンサー「メガネ業界とコンタクト業界の攻防、メガネだけに目が離せませんね……」

苦い文学

YO LA TENGO

今年の初め、家族に病気の者があって、つきそいで何度も病院に行った。大きな病院で、たくさんの患者がいる。

老人ばかりだ。これらの老人を見ているうちに、私はあることに気がついた。みんな痩せているのだ。

そこで私はこう考えた。「太った老人がいないということは何を意味するか。つまり、太った人は老人になる前に死んでしまうのだ」

決して痩せているほうではない私にとっては大問題だ。

これが偽であることを示すには、ひとり太った老人がいればいい。だが、私にはまったく思い浮かばなかった。いろいろ考えているうちに、アメリカのバンド、NRBQ のギタリストだった Al Anderson のことを思い出した。通称 Big Al Anderson と言われるくらい大柄な人だ。年齢を調べてみると、70 代後半だ。これで一安心だ。が、念のため、YouTube で検索してみて、愕然とした。

もはや big とは言えない健康的な体型だったのだ!

ここで捜査はふりだしに戻った。だが、このことを友人に話したら「太った老人は病院になど来ないのでは」との指摘をいただいた。その可能性もあろう。

ところで、私が NRBQ を知ったのは、Yo La Tengo のカバーした Magnet を聞いたのがきっかけだ。その Yo La Tengo が 11 月 6 日、恵比寿に来るというので、見に行ってきた。

音源を聴いていてはわからなかったが、ライブではとても激しく、それでいて丁寧で誠実さのある演奏だった。

おもにベースを担当している James Mcnew もけっこう大柄で、「これは!」と思ったが、実際は私と歳は変わらないのであった。

苦い文学

地政学入門

ええ、地政学を学ぶと、国際政治の世界で起きていることのほとんどが説明できるんです。国がどんな地理的条件のもとにあるか、どんな国々に囲まれているか、それでもう、その国の外交・防衛が自動的に決まります。沖縄に基地があるのも、馬鹿な人々は反対していますが、あれはもう地政学的にあそこに基地を作るしかないのです。これを専門的に地政学的宿命といいます。どのような国家もこの地政学的宿命に支配されているのです。これに逆らうなんて非科学的です。

それでですね、さらに考えてみましょう。国は何からできているでしょうか。もろもろの地域です。この地域ももちろん特定の地理的条件下にあります。つまり、この地域にも地政学的宿命があるのです。この地域もですね、いくつもの部分に分かれています。その部分もさらに分かれます。結論を言ってしまえば、家一軒一軒に地政学的宿命があります。部屋ひとつひとつにも。いや、そこに住むひとりひとりだってそうです。私はもちろん。あなただって、地政学的宿命に支配されているのです。

ええ、ですから、私が頭に下駄を載せているのも、地政学上決定されたことです。沖縄に基地がなくてはならないのと一緒です。

あなたは……そうですね、ピーマン 10 個、頭に載せるべきです。

苦い文学

遠くで戦ってる

教室に行ったら、2人の学生が真剣な顔つきで話し込んでいた。授業の準備をしながら、私は聞くともなしに聞いていた。

「まったく、遠くから見ているせいか歯痒くなってくるよね。どうしてこんな簡単なことができないのって。お互いを認め合って、譲り合うだけで、すべて解決するのに。殺し合う必要なんかないよ」

「そうそう、つまらないことで意地張っているように見える。武器を捨てることが、そんなに難しいのかな。もっと互いを尊重すべきじゃない? ただただ命が奪われていくのは悲しすぎる」

ひとりが嘆息した。「こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど、愚かすぎだよ。命を守るために全力を尽くすべきだと思う」

「ああ、それは同感。責任ある人がちゃんとしたらいいのに」

私は国際政治が専門ということもあり、現在の国際情勢について真剣に議論する学生たちを好ましく思った。そこで、つい余計な口を挟んでしまった。

「あのさ、難しい問題だけど、まずはイスラエルとパレスチナの歴史を読んでみると、また違った見方もできると思うよ」

すると2人は当惑しながら、こう言った。

「えっ、クマの話をしていたんですが……」

苦い文学

イケおじ・ワークショップ

「イケおじ」になるためのワークショップが、先日、市民ホールで開催された。

会場に集まったのはおよそ 50 人の男性たち。みな、イケおじになりたい、との一心でやってきた市民だ。もっとも多いのは 50 代、60 代だったが、90 代の参加者も何人もいた。ただし 20 代はひとりもいなかった。

はじめに参加者がひとりひとり意気込みを語った。98 歳の参加者が「イケおじになるという最後の夢を叶えて旅立ちたい」と言ったときは大きな拍手が巻き起こった。また 15 歳という最年少参加者が緊張気味に「みなさんのようなイケおじになりたい」と語ったときは、だれもがまんざらでもない顔つきだった。

次のブレイン・ストーミングは「どんなイケおじになりたいか」をテーマに自由に意見を出し合う時間だ。いろいろな意見が出たが、「モテる」と「スローセックス」の言葉が出たときは誰も我が意を得たりという表情で拍手をした。

引き続いて、「イケおじが日本を救う」というタイトルの特別講演が行われ、その後、3 つのグループに分かれてセッション・タイムとなった。セッションのテーマは「イケおじのファッション」「イケおじのセックス」「イケおじの魅力」。それぞれで活発な討論が行われ、まとめの時間での各グループからの発表は、終始笑いに包まれ、大盛り上がりだった。

だが、今回のワークショップで一番盛り上がったのは、クロージングの時間だ。そこでは主催者がこう言ったのだ。

「15 歳から 98 歳までのみなさんが、世代を超えて協力し、討論し、楽しんだ。こんなことがありうるでしょうか。もう、みなさん全員がイケおじです」

一日がかりで行われたワークショップは盛況のうちに閉会した。会場を出た参加者たちは手に入れたばかりの「イケおじ認定証」をちらつかせながら、女性たちに声をかけはじめた。