苦い文学

一緒にタイに行きましょう(2)

一緒にタイに行きたいというカレン人の友人の誘いをのらりくらりとかわしていた私だったが、あるとき彼はタイ行きの具体的な日程を提示し、しかも飛行機代も出すといってきたのだ。

これには困った。航空券代を出してもらう筋合いなどないのはもちろんだが、そもそも日程が合わなかった。そう伝えると、彼は日程はいくらでも調整できるという。

そこで私は、その日はダメだとか、この週からは忙しいとか、この月になったらもう行けないとか、いろいろ言い立ててなんとか諦めてもらおうとした。すると、彼は「一緒に行けるようにお祈りしてる」と神をちらつかせはじめた。これはキリスト教徒の得意技だ。

この技が出たらもう終わりだ、逃げきれない。と、ヨナさながらに私は悔い改め、日程をどうにか組んで、飛行機のチケットを予約したのだった。

それに、人に飛行機代を払ってもらうのだって、べつだん苦にするほどのことではない。行くと決めたとたん、厚かましくなったのだ。

だが問題は、出発の日が近づいているにもかかわらず、友人のビザがまだおりていないことだ。出なかったらどうするつもりだろうか? そして私の運命は?

苦い文学

一緒にタイに行きましょう(1)

日本在住のカレン人難民の友人が、かねてから私とタイに行きたいと言っていた。

カレン人は多民族国家ビルマ(ミャンマー)の民族のひとつだ。ビルマでは長らく民族間の問題が続いていて、その結果、日本にも多くのカレン人が暮らしている。

そのカレン人がどうしてタイに行きたがるかというと、タイには多くのビルマ出身のカレン人がいて、難民キャンプもある。また、タイ・ビルマ国境はカレン人の政治組織・軍の拠点となっていて、カレン人の文化と政治の中心のひとつでもあるからだ。

この国境地帯には、私はかつて何度も行ったことがあるが、最後が 2014 年 12 月だ。この時は短い滞在だったが、カレン人の老人に歴史についてインタビューしたりした。

さて、私とタイに行きたがっている友人は日本に住むカレン人のリーダー格のひとりで、私もずいぶん世話になっている。

だが、彼と一緒にタイに行くのは、現在の私の状況では難しい。それで私はいつも「そうですね。いつか行けたらいいですね」と適当に答えていた。

だが、彼は適当に考える人ではなかった。去年のある日、その「いつか」を提示してきたうえ、飛行機代も出す、とまで言ってきたのだった。

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駅と駅

その駅は時代の狭間に位置している。中央改札口を出て西出口のほうに向かえば動く歩道があり、それに乗っていくと、整然としたペデストリアン・デッキに出る。

そのデッキは、美しい建物群に取り囲まれている。高層オフィス・ビル、ユニクロやスタバの入った賑やかなショッピング施設、便利な公共施設など、人々はデッキを歩いてそのまま入ることができる。まさに令和の最新式の駅だ。

いっぽう、東出口はというと、中央改札口から東に向かうとすぐに大きな階段がある。下りながら、あちこちにかかっている大きな看板が見えるが、ほとんどパチンコ屋か医院だ。階段の下には売店があり、お菓子やお弁当、タバコと酒が売られている。その脇には公衆電話がずらりと並んでいる。昭和の駅だ。

東口には大きなロータリーが広がっていて、その中央にはのびやかな姿の銅像が立っている。そして、こっち側には大きなビルなどなくて、ただごちゃごちゃと商店が立ち並んでいるだけだ。

誰もが平気でタバコを吸っている。喫煙所などない。どこもかしこも吸い殻が落ちていて、注意して歩かないと、痰を踏んでしまう。

あるとき、東口の大階段で事件が起きた。男が、前を歩く女学生のスカートの中を鏡でのぞいていたのだ。気がついた人々がとらえようとすると、男は階段を駆け上って逃げた。

男は中央改札を通り過ぎ、西口から外に出ようとした。だが、結局そこで追いかけてきた人々に捕まってしまった。警官が駆けつけてくる。人々が警官に引き渡すと、男はこう言って抗議した。

「昭和の出来事を令和になっていまさら持ち出そうってのか!」

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私人逮捕

交番に男がひとりやってきて、警官に大声で話しかける。

「お巡りさん、現行犯で私人逮捕したので連行してきました! さあ、きりきり歩け!」

「逮捕? 誰?」

「はっ、自分であります! 自分で自分を私人逮捕したのです! ちくしょう! 捕まっちまった!」

「公務執行妨害以外思いつかんが、なんで?」

「リベンジポルノの現行犯です! やめてくれ! 俺は無実だ!」

「リベンジポルノ? では、元彼女かなにかの性的な写真や動画を、ネット上でばら撒いたと?」

「違うのです。こいつは、自分に対して教育虐待をした親へのリベンジとしてポルノを朝から晩まで見まくっているのです。私はその現場に踏み込み、現行犯逮捕しました! とんだリベンジポルノ野郎です! さあ、お巡りさん、こいつに法の裁きを!」

と、男、警官の目の前でドッカと座り、腕組みをして叫ぶ。

「ええい、ここまできたらしょうがねえ。さあ、煮るなり焼くなりするがいい!」

警官、男を追っ払う。すると別の男がやってくる。

「お巡りさん、リベンジポルノの現行犯で自分を私人逮捕しました! 不当逮捕だ! 弁護士呼べ!」

「またか」

「こいつは、元カノとの素敵なエピソードをネット上で公開する、リベンジ感動ポルノ常習犯で……」

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反排斥運動

みなさん、こんにちは。「あほうの党」党首です。今日はみなさんに私たちの党の信念を知っていただきたく、この場に立ってお話しさせていただいております。

まず、現在、私たちが大いに関心を持っていることから始めさせてください。それは外人排斥運動です。

嘆かわしいことに、現代の日本では外人を嫌い、憎む外人排斥運動が広がっています。私たちはこの状況をおおいにうれいています。

日本は素晴らしい国です。日本人は勤勉で真面目で優しくて思いやりがあって嘘を付かない国民です。その日本で外人が排斥されるなどあってはならないのです。

私たちは日本の伝統を守り、受け継ぎ、後世に伝える尊い責務があります。だからこそ、こんなことが許されてはいけません。日本の恥です!

外人を守り、大切にし、受け入れることが重要です。あほうの党は、外人を排除する風潮には断固として反対します。

さあ、みなさん、これからは外人です! 由緒正しい外人を堂々と使いましょう! 外国人などという言葉を、憲法と一緒に押し付けた外人どもから、日本をとりもどすために……

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ぶつかる人

上野駅の構内を歩いていたら、急に後ろから押された。振り向くと、見知らぬ男が倒れかかってきたのだった。驚いて押し返すと、男は別の通行人のほうへとよろよろと進んで行った。

通行人はとっさに男を突き飛ばした。男はその勢いのまま壁に激突し、跳ね返され、床に倒れた。

「これはただごとではない」と私は駆け寄った。よく見ると、手は擦り傷とあざで二目と見られないありさまだ。顔はあちこちが腫れて膨れ上がり、鼻血が流れでていた。明らかに暴行の被害者だ。

あわてて介抱しようと手を差し伸ばすと、男は手で拒み、苦痛に呻きながら立ち上がった。そして、おぼつかない足取りで歩き始め、今度は大きな柱に頭からぶつかった。

「大丈夫ですか!」と私は叫んだ。男は柱に跳ね飛ばされながら「ええ! 大丈夫です!」 こう言った直後、男は自動販売機に正面衝突し、「というのも、私はなんにでも」と叫ぶ。

と、外国人観光客のスーツケースにつまづいて転ぶ。「いたっ、ぶつかるたちなのです」

苦悶に歪んだ顔で「ですのでー」と男は叫ぶと、高校生たちが現れた。男はそっちのほうに突進する。

若者たちは男の接近を手で防ぎ、笑い声を上げながら強く跳ね返す。男はまるでボールのように転がっていく。

「私は! 私は!」と男。その先にはエスカレーターがある。その手すりに激しく衝突する。脇腹を苦しげにさすり、大声で叫ぶ。

「卑劣なぶつかりおじさんではございません!」

男はエスカレーターにばたりと倒れこみ、そのまま上方へと運ばれていった。

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日本脱出

近い将来、日本人たちは、この日本という国を捨てるべきだと考えはじめるだろう。

「私たちはいつまで地震に打ちのめされねばならないのか。津波の悪夢にうなされなければならないのか。いつまで涙を流さなければいけないのか。私たちはもはやこの島にはいられない。地震も津波もない土地で、幸せに生きるのだ」

「そうだ、どんなに酷い土地であろうと、揺れさえなければ、私たち日本人はなんとかやっていける!」

国家プロジェクトとして、さっそく新しい日本の候補地探しが始まった。世界中のあらゆる無人地帯が徹底的に調査され、その結果、ついに2つの候補地が浮上した。

赤道直下の灼熱の不毛地帯と、極北の広大な永久凍土だ。

どちらも、その地下にはいかなる断層もなく、少なくとも数万年の間、揺れた形跡はなかった。

そのいっぽう、2つの候補地には重要な違いがあった。不毛地帯を選ぶ場合、日本はその所有国に天文学的な金額を支払って購入しなくてはならなかった。いっぽう、永久凍土のほうは、その所有国に年ごとの使用料を払わねばならなかった。

「つまりこういういうことだ」と人々は叫んだ。「持ち家か、賃貸か」

永遠に結論の出ないこの問題をめぐって、日本中が真っ二つに割れた。いたるところで議論が繰り広げられ、そのうち激しい天災がやってきて、日本は沈没してしまった。

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間違いだらけの優良講習

このたび、県警から表彰されることになった。5年間の運転が評価されて、優良運転者と認められたのだ。

思えば、5年前、はじめて免許の更新に行ったとき、つらく悲しいビデオばかり延々と、いや永遠と見せられて、もう絶対にこんな目には会うまいと決意したのだった。そのとき以来、私は優良運転者を目指すようになった。

いつだって安全運転だ。制限速度はきちんと守り、どんな標識も見逃さなかった。横断歩道では必ず止まった。人がいなくても止まったこともある。

そればかりではない。私は車に乗っていないときも、恥ずかしくないような生活を送るよう心がけた。なぜなら、すぐれた運転はすぐれた生活から生まれるからだ。酒と薬物に溺れた生活からは安全運転は生まれない。

優良運転者にふさわしい教養を身につけることだって大事だ。徳大寺有恒先生の著書を何冊も熟読し、その結果、どんなときでも「メルツェデス」「ジャグァー」「シトローエン」と言えるようになった。

そうした私の研鑽ぶりが現場の警察官たちの目に止まり、優良運転手として県警に推薦されたのではないかと思う。

明日は、いよいよ優良講習の日だ。着ていく礼服も準備万端だ。副賞があるものかわからないが、もし金一封があれば、被災地に寄付したい。

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犬の首風雲録

犬は人間だろうか。最近、そんなふうに思わされる出来事が多い。この間など、犬を「ひとり、ふたり」と数えていている人がいた。「匹」ではないのだ。その人に「エサあげたか」と聞いたら怒られた。「ご飯」なのだそうだ。

また、痛ましい飛行機事故をきっかけに「犬は貨物ではない。飼い主と同乗できるようにしてほしい。そうすれば事故のときに一緒に逃げられるから」という人々も現れた。こうした発言は「いや、犬は手荷物なので一緒には逃げられない」「アレルギーの人はどうするのだ」などと大いに炎上した。それはさておいても、犬を人間あつかいする人が確実にいるのだ。

さらに、今日、韓国では犬食禁止令が出された。犬を食べることは、もはやカニバリズムとみなされるようになったのだ。これも犬の人間あつかいだ。

いや、これを人間あつかいと呼ぶべきだろうか。むしろ、より正しくは、犬が人間の方向へと進化を始めている、というべきではないだろうか。

太古の昔、犬は狼だった。それが人間との接触によって犬となったのだ。ならば、さらに犬から人間へと進化してもおかしくはない。

いつの日か、犬は犬であることを脱し、人間となるだろう。そして、犬たちは堂々と機内に乗り込むだろう。「フィッシュ・オア・ミート?」との問いかけに、自分が食べられていたことも忘れて「ミート」と答える時代が来るだろう。

そのとき、貨物室にいるのはもしかしたら、あなたのような人間たちかもしれない。

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