苦い文学

運び屋

ビルマの民族のうちのひとつ、カレン人の友人とタイに行くことになった。

訪問先は、タイ・ビルマ国境のカレン人地域だ。ビルマ国内の戦争の結果、逃げてきた人々で、難民キャンプで暮らしている人、在留外国人として働いている人、タイ市民として暮らしている人などさまざまだ。

私の友人は在日カレン人コミュニティのリーダーのひとりで、国境の同胞に日本からささやかな支援金や贈り物を届ける、というのが今回の訪問の目的のひとつだ。

つまり、普通の旅よりも荷物が多くなるわけだが、今回の飛行機は預け手荷物がひとり20キロまでだ。それで、友人は10キロほど私に頼んできた。

タイ往復の航空券代を払ってもらっている身だ。運び屋を断ることなどできない。

もっともヤバいものなどなにもない。カレン人団体のロゴが入ったTシャツと日本製の柄物の生地だ。

Tシャツはみんなに配るためで、生地は女性の伝統的な腰巻き用だ。これは日暮里の繊維街で買ったもので、ビルマの女性へのお土産として人気の品だ。

さて、私は自分の物と合わせて20キロになるようにパッキングしたが、空港のチェックインで24キロであることが明らかになった。

私は緊張してカウンターの人の反応をうかがう。なにも言わない。「よかった、そのまま通してくれる」と思いきや、フェイントで「追加料金8000円です」ときた。

あわててバッグから自分の本やらなんやら重たいものを取り出してパスした。運び屋稼業も楽じゃない。

苦い文学

たったひとりの反乱

自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐり、派閥の解散が止まりません。

岸田首相がみずから会長を務めていた岸田派の解散をいちはやく表明すると、翌日には、安倍派、二階派も解散を決定しました。いっぽう、麻生副総裁率いる麻生派は、政策集団として派閥を存続させる意向を示すなど、混乱が続きます。

こうした自民党の状況に危機感を持つのが、若手の議員たち。とくに、派閥でのしあがって料亭やら裏金やらを夢見ていた議員の間では失望が広がっています。

こんななか、声をあげたのが当選1回目の吉田四郎議員。「派閥は日本の伝統文化」といってはばかりません。

「自民党から派閥がなくなったら、だれが派閥を継承するのでしょうか。これは日本の政治の危機です」

そんな思いに突き動かされて、吉田議員はひとりで派閥を立ち上げました。「たったひとりでも、派閥は派閥」と語ります。

派閥の承認を求めて、党本部に直談判に赴いた吉田議員でしたが、この日はあいにく担当者が不在。「とんだひとり相撲でした」と思わず苦笑しつつも、「まだまだ諦めませんよ」と、英気を養うべくランチはひとり焼肉に。

「いつかひとり派閥で党三役を独占したい」と夢を語る吉田議員。ひとり派閥の奮闘はまだまだ続きます。

苦い文学

聖なる取材

神が作ったというこの世界に、なぜかくも悪が満ちているのだろうか。なぜ苦しみと悲惨が隅々まで染み渡っているのだろうか。

罪のない人々は戦場に送り込まれ、子どもたちは戦火に手も足も未来も奪われる。真実は独裁者たちに踏みにじられ、嘘でなった縄で人々は縛りつけられる。

金と賞賛は強い人間だけに集まり、罪と誹謗中傷は弱い人間だけに集まる。世界中で叩きあい、火をつけあい、温暖化もあいまって、ゆっくりと地獄みたいに加熱されていく。

こんな世界をよくも作ったなどとぬかせるものだ。いったい、製造者責任をどうやって問えばいいのだろうか。それとも、とっくに保証期間が過ぎたから、対応しないということなのだろうか。なんにせよ、神は空の高みに雲隠れするばかりで、生産者の顔を見ることなど、とんだ高望みなのだ。

被造物になにができるというのだ。「なぜ? なぜ? なぜ? なぜこんな世界を作った?」と、ただ問い続けるほかないのだろうか。

そんな疑問を抱いた本誌は、この世界の不正な現状について、神に取材を敢行すべく、質問状を送付したが、期日までに回答はなかった。

苦い文学

ビザの行方

先日、私はこのブログで「一緒にタイに行きましょう」というタイトルで記事を2回書いたが、公開した翌日、非公開にした。

その内容はといえば、ビルマ(ミャンマー)のカレン人の友人とタイに行くことになり、航空券を買ったのに、肝心の友人のビザがまだない、という話だった。

日本のパスポートなら短期ならビザはいらない。だが、難民である彼はパスポートの代わりとなる「再入国許可書」なので、ビザを取らなければならなかった。

そのためには書類を準備して、タイ側と日本側双方で身元保証人を用意しなくてはならない。日本側は私がなることにした。

準備が終わって彼は、大使館にビザ申請の予約をし、旅程表や航空券のチケットの予約のコピーを提出しに行った。その紙には私の名前も記されていたのだが、大使館の人がいうには旅行の同行者が身元保証人になることはできないという。

それで彼は、新たに身元保証人を探したり、また他の書類も不足していて、大忙しだった。

このブログを公開した翌日、友人から電話がかかってきて、こうしたことを話してくれた。また、彼はこうも教えてくれた。最近なん人も在日ビルマ難民がタイのビザを申請しているが、もらえない人が多いのだという。

これを聞いて、私は思った。タイの大使館には私が同行者であるということは伝わっているから、もしかしたら、ビザ審査の過程で私のことを調べて、例に記事に行き当たるかもしれない、と。そして、友人のビザに不利な材料を見出したとしたらどうだろうか?

そんなことはまず起こりえない。だが、あとでつまらない思いをするのもいやなので、念のため非公開にしたのだった。

そして、今は公開状態に戻している。なぜなら、今日、ビザがおりたとの連絡がきたからだ。

苦い文学

女性の扱い方

(本日、都内某所で、女性の扱い方についての講演が行われたが、以下はその講演記録からの抜粋である……)

……最近おおいに議論されておりますが、性加害を許すべきではないのはもちろんです。そればかりでなく、たとえ加害性が皆無でも、現代では女性の扱い方そのものが非常にセンシティブな問題だと捉えられるようになっています。

女性の扱い方が重要だというのは欧米ではすでに常識です。近年の #Metoo 運動でもはっきりと示されたように、女性に対するミストリートメントは憂慮すべき問題であるというのが、もはやグローバルスタンダードとなっているのです。

この点、日本では残念ながらまだまだ遅れていると言わざるをえません。今後、このグローバルスタンダードがしっかり日本社会に根付くかどうか、これは大きな課題です。こういうとまるで他人事のようですが、実際には、まさしく私たちの女性の扱い方が問われているのです。

女性の扱い方をけっして軽々しく考えてはいけません。慎重に慎重を重ねて臨むべきです。乱暴に扱ったり、ゆすったり、放り投げたりするのは論外です。やさしく、丁重に、心を込めて、置くときはそっと置き、横たえるときは両手でしっかり支える、そうした心配りが炎上を防ぐのです。

非常に難しいタスクですが、オールジャパンで挑めば、きっとやり遂げることができるはずです。

はい? なんでしょうか。どうぞ、ご質問があればおっしゃってください。ええ、女性の意見は、どうなのか、というご質問ですね?

お答えいたしますと、女性の扱いに女性の意見が必要でしょうか。扱うのは私たち男なのですから、むしろ男性の意見が重要では……

苦い文学

輝く城の男

イルミネーションが一面に広がり、私たちはその美しさに幻惑された。

「神聖な空間にいる感じだ」と彼は言った。「これらの光のひとつひとつが世界そのもので、それぞれ少しだけ違ってるんだ……」

「パラレルワールドだね」と私。「そういえば、最近、パラレルワールドを扱った小説が出たそうだね」

「ああ、『輝く城の男』ね。読んだよ。第二次世界大戦で日本とドイツが負けたという設定のね……」

私たちは光が敷き詰められた丘を登った。丘の上には、発光ダイオードで飾られた巨大なハーケンクロイツが建てられていた。彼は笑いながら言った

「その小説の世界では、これらのシンボルは禁止されているんだ」

「なぜ?」

「このシンボルのせいで多くの人々が殺されたから、だそうだ」

「なるほど。では、その小説は、そういうことはもう起こらない世界のことを書いているのだね。だが、それは結局、現在の私たちの世界と同じじゃないか」

「いや、その小説では、にもかかわらず戦争ばかり起きているのだ」

私は返事をせず、光の世界に意識を集中した。多くの人々の犠牲の上にようやく達成できた平和を蔑ろにして、戦争に異常な関心を寄せる人がいるなど、とうてい理解しがたかった。

イルミネーションはどこまでもどこまでも続いていた。まるで遠い世界に来たような気がして、自分が帝都ナチス村にいることなどすっかり忘れてしまった。

苦い文学

私の記憶術

傘をなくさないためのいちばんよい方法は、傘を捨てようとすることだ。私はある日、傘を不法投棄しようと思って外出したが、結局どこにも捨てることができずに、家に持ち帰ってしまった。ふだんならば、百パーセント傘を忘れるような状況でも、捨ててやろうという意識がその邪魔をしたのだった(このことについては、このブログのどこかで書いた)。

私は最近、この心理を記憶術にも応用している。つまり、ものごとを忘れないためのいちばんよい方法は、なんとかして忘れようとすることなのだ。

私はもともと記憶力がよくなくて、なんでも忘れてしまう。書いても忘れる、聞いても忘れる、口に出しても忘れる……なにをやっても記憶に定着しないのだ。

そこで、私は傘のエピソードを思い出した。覚えようとするからよくないのだ。忘れようとすればいいのだ。そうすれば、かえって記憶されるのではないだろうか。

もう絶対に覚えるものか! そんな気持ちで私は勉強を始めた。

成果といえば、まったくなかった。私はあいかわらずなにひとつ覚えていなかったのだ。だが、ちっとも残念ではない。なぜなら、そもそも私は絶対に忘れようとしていたのだから。

苦い文学

カタカナの熟成

外国人(かしこまって)「主任、チョット、オ時間ヨロシイデショウカ」

日本人「おや、ズンさん、なんですか」

外国人「私ハコレマデ日本語ヲシッカリ勉強シテキマシタ。日常生活ヲ送ルノニハ困リマセンシ、職場ノ日本人ト会話スルノニモ問題ハアリマセン。ソレバカリカ N1 ニモ合格シテ、モット日本ノコトヲ知ロウト、日本ノ新聞ヤ小説ヲ読ンデイマス」

日本人「ええ、それで?」

外国人「ソコデ、折リ入ッテオ願イシタイコトガアルノデスガ」

日本人「なになに」

外国人「アノ、モウ片仮名デ話スノヲヤメテイイデスカ」

日本人(驚いて)「えっ、それは難しいですね」

外国人「ドウシテデショウカ? 私ハ日本人ト同ジヨウニ日本語ヲ話セマス」

日本人「ズンさんは、外人だからわからないんですね。日本では、外人はカタカナで話すのがきまりなんですよ。わかる? 外人、ひらがな、ダメ」

外国人(困惑しながら)「デスガ、ソレハ差別デハ」

日本人「ああ、差別、差別、差別、それは外人の考えです。これは日本のルールです。ズンさん、ゴミ出しのルール、わかりますね。それと一緒。外人、カタカナ、ルールです! ルールを守って国際化!」

外国人「……」

《数日後》

日本人「ズンさん、こんにちは!」

外国人(憔悴しきって)「……朕󠄂惟フニ……我カ皇祖皇宗……國ヲ肇󠄁ムルコト宏遠󠄁ニ……德ヲ樹ツルコト……深厚ナリ……」

苦い文学

安楽死の戦い

その老人は恐ろしい病に侵され、もはや動くことも話すこともできなかった。田舎の小さな病院の医療用ベッドでひとり横たわり、死を待っていた。

老人の身の回りの世話は、医療用ベッドが受け持っていた。基本的な医療処置のほか、食事・排泄・清拭などすべてをこなすのだった。老人は耳はしっかりしていたから、ベッドはときどき話しかけてやりもした。

ある日、老人のもとに見知らぬ客がやってきた。その客はこう老人に語りかけた。

「ついに見つけたよ」 客は銃を取り出した。「お前の死を望んでいる人々が私をここに送り込んだのだ」

老人が口を動かした。するとベッドが話し出した。「私を殺すことはできないし、お前の雇い主たちも死ぬことはできない」

暗殺者は銃を構えた。その瞬間、ベッドからまばゆい閃光が走り、暗殺者は黒焦げになった。すると別の暗殺者たちが窓ガラスを蹴破って病室に飛び込んできた。ベッドは老人を包み込むと、格納されていたアームを伸ばして、目にも止まらぬ速さで敵どもを薙ぎ払った。

耳鳴りのような高音が上方で響いた。かと思うと、すべてが炎に包まれた。

暗殺者の依頼主たちは、ミサイルが病院に命中したのを見て、歓喜の声を上げた。病院は爆発で吹き飛び、炎と黒煙に飲み込まれていった。

「私たちの安楽死を拒んでいたあいつがいなくなった!」 「これで私たちは死ねる!」 「さあ! 死のう!」

その瞬間、炎の中から、飛翔体に変形したベッドが浮上し、老人を乗せて地球のどこかに飛び去っていった。

苦い文学

ドリーム忠臣蔵

《スポイラー注意:以下の小文を読んだ者は、以後、まともに忠臣蔵を味わうことができなくなるであろう》

元禄 14 年 3 月、江戸城松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介を切り付ける事件が発生した。事件を重く見た幕府は浅野内匠頭に即日切腹を命じた。

赤穂藩は改易処分となり、主を失った元藩士たちは浅野家再興の運動を始めた。そのいっぽう、江戸詰めの浪人たちから、仇討ちを求める声が上がり出した。

筆頭家老であった大石内蔵助は、京都山科に隠棲していた。仇討ち派の動きが活発になったのを受け、江戸に下り、元藩士たちと会合を重ねた。

京都に戻った大石内蔵助は、廓で放蕩三昧の日々を送るようになった。遊女に囲まれ、酔い痴れて、歌を歌っているところに、吉良側に寝返った元藩士がやってきた。内蔵助に仇討ちの意図ありやなしやを探る、その元藩士の目の前で、酔い潰れた内蔵助はいびきをかいて眠ってしまった。

夢の中で、大石内蔵助は、46 人の仲間たちを率いて、吉良上野介の屋敷に討ち入り、みごと仇討ちを果たした。