苦い文学

歴史の終わり

当たり前のことだが、時代を遡れば遡るほど、史料は少なくなる。

そこで、遠い昔を知るために、限られたその史料からその時代を再現することになる。しかし、史料が不十分なので、たいていはわからないことばかりだ。

もっとも、わからないことが多いことは悪いことではない。それは歴史研究の原動力だ。私たちが夢中になるあの「歴史ロマン」も、この「わからないこと」があってこそだ。

昔はカメラもビデオもなかったから、写真や映像といったものはまず史料としては残っていない。しかし、誰もがスマートホンを持っている現代では、それこそ「未来の史料」が無尽蔵に生産されるようになった。

やがて立体的な映像記録も普及するはずだから、そうした記録を活用すれば将来の歴史家は過去の時代をまざまざと体験できるようになるだろう。さらに、ネットを通じてあらゆることがデータ化されるため、未来の歴史家はますます簡単に過去を再現できるようになる。

だが、こうなったとき、いったい未来の誰が、歴史に興味を持つだろうか。すべてが記録されていてわからないことなどなにもないのだから、もはや「歴史ロマン」などないのだ。

それに、そもそも、すべてを完全に記録した史料があったとしても、いったい未来の誰がそれを見ようなどと思うだろうか。

録画してあると、かえって見なくなるのと同じだ。そのうち歴史は終わるだろう。

苦い文学

谷と岡

「最近なにかと話題の大谷翔平ってなんの人? 大岡昇平とどう違うの?」 そんなふうに疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。

せっかくなので、大谷翔平と大岡昇平の違いを調べてみました!

まずは大谷翔平さん。調べたところ、なんと野球選手でした! 大岡昇平が小説家なのとずいぶん違いますね!

それ以外にも、調べてみたらこんなことがわかりました!

・WBCでアメリカと戦ったのが大谷翔平、WW2でアメリカと戦ったのが大岡昇平です。
・アメリカ人の心を捕えたのが大谷翔平、アメリカ人に捕えられたのが大岡昇平です。
・投手と打者の二刀流なのが大谷翔平、小説と批評の二刀流なのが大岡昇平です。
・伸びる打球なのが大谷翔平、『野火』を書いたのが大岡昇平です。
・素敵な夫人が評判なのが大谷翔平、『武蔵野夫人』が評判なのが大岡昇平です。
・羽生結弦と対比されがちなのが大谷翔平、埴谷雄高と対談しがちなのが大岡昇平です。

こうしてみると、大谷翔平と大岡昇平は意外にも共通点が多いということがわかりますね!

【まとめ】
いかがでしたか? 大谷翔平と大岡昇平のどちらも有名な方なので、うっかり間違えて使ったりしないように心がけたいですね!

苦い文学

配膳ロボットに就労ビザはいらない

和風居酒屋「桜丸」が夕方の支度をしているとき、入管の調査官たちがやってきて、立入検査をすると宣言した。外国人を不法に就労させているとの通報があったというのだ。

日本人の店長は調理場にいた3人の外国人従業員をホールに呼び集めた。調査官たちはひとりひとり、パスポートと在留カードを確認していく。1人目、問題なし。2人目、問題なし。3人目……学生だ。調査官は店長にこの留学生の労働時間の記録を出させた。ざっとみたところ、労働時間の違反はなさそうだ。調査官は店長に聞いた。

「ほかに外国人はいませんか」

「ええ、います。いまちょっと外に……」

そのとき、調理場のほうから電子音のやさしいメロディが流れた。「あ、戻ってきました」と店長はその外国人従業員を呼んだ。

店の奥から配膳ロボットが出てきた。配膳ロボットはやさしく歌いながら直角に曲がると、店長のわきで停止した。

調査官は言った。「パスポートと在留カードを見せてください」

すると、配膳ロボットは180度回転して向きを変え、メロディを奏でながら店の奥へと進み出した。

調査官たちはいろめき立った。「逃がすな!」 だが、店長が言った。「待ってください。取りに行っているだけです」

しばらくすると、配膳ロボットはお盆にパスポートと在留カードを載せて戻ってきた。

「ご注文の品をお取りください」とやさしい声が告げると、調査官たちはひったくるように奪った。パスポートと在留カードからわかったのは N-KU98-JTR5(28歳、男)のビザ・在留期限ともに問題ないことだった。

そのとき、ひとりの調査官が叫んだ。「待て!」 パスポートと在留カードの写真と配膳ロボットの顔を鋭い目で見比べている。

別の調査員も直ちに確認に入った。配膳ロボットのプラスッチックの四角い頭部と黒くて丸いセンサーをじっとみつめる……「いや、同一人物だ」 つまり、この店には不法就労者はいなかったのだ。

調査員がパスポートと在留カードを配膳ロボットに返そうとすると、配膳ロボットはくるりと回転した。「お済みになったお皿はトレー置き場に置いてください」

調査員たちは「今後も不法就労には注意するように!」と店長に言い残して、外に出て行った。配膳ロボットはあいかわらず電子音のメロディをやさしく歌っていた。

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あの世の酒

「酒をやめるか、飲んで死ぬか」と脅されていた友人が死んだ。酒をやめられなかったのだ。

だが、死亡と診断されてから、1日後に息を吹き返した。そして、あの世で見た事柄について語ったのち、今度は本当に死んだのだった。

彼の言葉により、私たちはわずかながら死後の世界について知ることができた。彼が語ったことはおおよそ次のような事柄である。

・天国では親しい人々が出迎えてくれる。
・新人歓迎の酒盛りが始まる。
・手に持った盃に酒が次から次へと注がれる。それを必ず飲み干さなくてはならない。なぜなら、自分はこの天国ではいちばんの若輩者であり、先に死んだ先輩からの酒を断ることはできないからだ。
・そして、先輩たちは無限にいるのだ。
・注がれる酒は本当の酒だ。「天国のお酒も酔っ払うんですね」というと、「酔わないとしたらなんで飲むのか」と怒られてさらに飲まされる。アルハラがひどい。
・周りは酔っ払いばかり。というか、全員が酔っ払っている。
・酒は、ビールやサワー、ウィスキーはなく、まずい清酒のみ。その理由を聞くと「安い酒でも天国ではバカ高いのだ。富士山のジュースが高いのと同じだ。高い酒が飲みたければ、生前、善行をたっぷりしとくんだったな」と嘲笑。
・天国なので体を壊して死ぬこともできない。自分は永遠にこのまずい酒を飲み続けるのだということがわかってくる。

これらの事柄を語ったのち、彼は、私たちの目の前で再び息絶えた。恐怖と苦悶に満ちたその顔つきにはゾッとさせられた。

その後、私たちはいつものくせで「あの世で、先に逝った仲間たちとゆっくり酒を酌み交わしてください」と言ってしまった。たぶん悪いのはこれだ。

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個人の見解

ツイッター(現X)のプロフィールを見ると、こんなことを書いている人がいる。

「個人の見解であり、所属する組織とは関係ありません」

私はこうした言葉を見るといつも悲しくなる。なぜなら、自分には所属する組織がないことを思い出させるから。

そして、うらやましくもなる。まったく、個人の見解と所属する組織の2つも持っているなんて、ずるくないだろうか。しかも、それを例の青い有料認証マークみたいに、自慢げに書けるとは。

そもそもその組織だって「個人の見解であり、所属する組織・会社とは関係ありません」と、読み手に自分の所属する組織に意識を向けさせるぐらいなのだから、きっと名のあるところに違いない。

また、そんなふうに組織を持ち出すからには、きっとその組織でもそれなりの地位についているはずなのだ。

こう考えていくと、私はだんだん腹立たしくなってくる。なぜなら、「個人の見解であり、所属する組織・会社とは関係ありません」という人は、じつはこう言いたいのがみえみえだからだ。

「自分の見解は、とある名のある組織に所属している、地位高き人間様の意見だぞ!」

つまり、「関係ない」などといいつつ、所属している組織を自分の見解の箔づけにこっそりちゃっかり利用しているのだ。個人の見解でもなんでもなかったのだ!

これを怒らずにおれようか。私のように所属する組織のない人間がどんなに個人の意見を主張してもまともに相手にされないはずだ。

あまりにも悔しいので、無所属の個人の見解の持ち主を糾合して、「個人の見解」という組織を立ち上げて対抗措置としたい。

苦い文学

シリーズ「生きるのがつらいあなたへ」

ザンゲー通信の人気記事といえばシリーズ「生きるのがつらいあなたへ」だ。

この連載記事では、各界の著名人が登場して、自分の不幸な生い立ち、いじめられた経験、苦しい時代のあったことを読者に打ち明けるのだ。そして、そうしたつらい経験があったからこそ、今の自分がある、だから今、生きるのがつらいあなたもきっと乗り越えられる、と読者を励ますのであった。

ある日、編集部に一通の手紙が届いた。それは年若い読者からのもので、記事が自分をどれだけ勇気づけたか感謝をもって述べたのち、以下のような要望が書き添えられていた。

「シリーズにいつも取り上げられるのは、つらい経験を乗り越えて成功された方々です。ですが、あまりにも試練が大きくて乗り越えられなかった人もいるかもしれません。僕は乗り越えた方だけでなく、乗り越えられなかった方の話も聞きたいのです」

編集長はこう思った。「なるほど乗り越えられなかった人々が、どんな人生を歩んでいるかも大事なことだ。もしかしたらその人生から励まされる読者もいるかもしれない。しかし、この取材は大変だぞ」

そこで、編集長は、数いる記者のうちもっとも優秀な記者を選び、こう告げた。「乗り越えられなかった人々も取材してほしい」

数日後、取材から戻ってきた記者は、編集長のところにやってくると言った。

「みんな死んでいました」

編集長は読者から来たその手紙をゴミ箱に捨てた。

苦い文学

多様性の視察

与党の青年議員たちが私たちの地区に視察にやってきた。視察のコンセプトは多様性だという。

私たちはまず青年議員たちを駅前広場に案内した。どこもかしこも酔っ払い、宿なし、物乞いでいっぱいだ。青年議員たちは感心した。

「ほほう、多様な生き方があるのですな」

次に私たちは粗末な精神病院に連れて行った。そこでは、さまざまな精神病患者が喚いたり、叫んだり、泣いたりしていた。「これが癲狂院ですか、いやはや多様なものですな」と青年議員たちは感心することしきりだ。

次の視察場所に向かう途中、私たちは道端で死んでいる人に何人もでくわした。医療の医の字も受けることができないため、こうやって路上で死んでいくのだ。青年議員たちときたら「生き方も多様なら、死に方も多様というわけか、勉強になるぞ」と大喜びだった。

そして、私たちは青年議員団を地区でもっとも暗く危険な場所にお連れした。そこでは、未成年から老人までが、自分の体を安価で売っているのだった。青年議員たちの興奮はこの日いちばんで、「ここで見られる性の多様性は参考になるな」などともう興味津々だ。

なかには感激のあまり、セックス・ワーカーたちにチップを渡す青年議員まで出てきた。ある議員は口移しでチップを渡し、ある議員はお尻を撫でながらチップを渡し、また別の議員は裏金として渡すという具合で、私たちは議員たちのチップの渡し方の多様性に驚かされたのだった。

ちょうど青年議員たちの視察の最中に、数名の人々がやってきて、子どもたちに話しかけだした。青年議員たちがなんの人々かと聞くので、私たちは答えた。

「あれは、なにかの NGO の人々で、体を売る子どもたちの悩みを聞いたり、支援したりして、なんとかしてこの場所から保護しようとしているのです」

すると青年議員たちの怒ること怒ること。「多様性を無くそうとするとはけしからん!」 「まったくなんという偽善者どもだ!」 「品位に欠ける振る舞いだ!」

与党の青年議員たちはひとしきり怒ると満足したのか、視察を早々に切り上げて、夕食の多様なメニューを楽しむためにホテルに向かっていった。

苦い文学

花束

医師たちによればもって数日ということだった。そんな状態にもかかわらず、老人の家族は誰ひとり来なかった。それも、彼がこれまでしてきたことを考えれば当然だった。

「看護婦さんよ」 私がやってくると老人は言った。彼は絶対に「看護師」とは言わなかった。たとえ私が男でも。彼は人をいやな気持ちにさせることならなんでもした。「まだそいつは来やがるのか」

「ええ、今日も花束を持ってきました」 彼はいまいましげに叫んだ。「ちくしょう! なんだってんだ!」

この世のすべての人間からきらわれ、憎まれ、蔑まれて死にたい。それが彼の望みだった。そして、それにふさわしいあらゆる悪事を彼は成し遂げてきたのだった。だがいま、この「花束」がそのすべての業績を台無しにしようとしていた。彼は陰険な目つきで私に言った。

「それで、俺が言った通りにしただろうな」

「もちろん、目の前で花束を踏みにじり、罵倒しました。ですが、その人は明日もまたくると言っていました」

「そいつをぶっ殺してやってもよかったのだ! よし、明日来たら、そいつを死ぬほど酷い目に合わせてくれ!」

その日の夜、老人の病状は急に悪化し、昏睡状態に陥った。彼がわずかなあいだ意識を回復したのは、翌日の昼頃だった。よく言われることだが、まるで炎が消える寸前に一瞬強く輝くのと同じだった。

老人は私がいるのを見ると弱々しい声で尋ねた。「そいつは……また来たのか……」

私は彼が聞き取れるよう大きな声で言った。「ええ、来ましたよ! 花束を持って、あなたを愛していると!」

これを聞くと老人の目にちらりと怒りが浮かんだ。だがたちまち、その目はにわかに温和になり、唇に笑みが漂った。

「花束か……悪くない」

それが老人の最後の言葉だった。

この世でもっともきらわれ憎まれ蔑まれている男に、花束を持ってくる人間などいようはずもない。老人の人生をかけた望みの実現をまんまと阻止したことに満足しながら、私は遺体の処置に取りかかった。

苦い文学

ハビタブルゾーン

宇宙は果てしなく広い。私たち科学者の最大の疑問は、この広い宇宙に日本人が存在するかということに尽きると思います。

いま、私たち日本人が生存しているのは、液体の水の存在、適度な気温、酸素、日の丸、君が代、男尊女卑、強者に対するこびへつらいなどの条件が積み重なったためだと考えられています。これらの条件が整うというのは奇跡的なことなので、私たち日本人は奇跡の存在と言っても過言ではないのです。私たち科学者は、これらの条件が満たされる環境をハビタブルゾーンと呼んでいます。

近年、私たちは全宇宙を特別な望遠鏡で観察し、このハビタブルゾーンが存在するか探査を重ねてきました。その結果、ハビタブルゾーンが次々と発見・報告されています。

もっとも可能性が高いとされるハビタブルゾーンは、ここから7億光年離れた恒星システム内の惑星 J813 です。データ分析した結果、液体の水が存在し、君が代に似た電磁波が周期的に発生していることがわかりました。

この星に日本人が存在するかどうか判明するのはまだまだ先のことです。ですが、今この瞬間にも、遠い星で日本人たちが私たちと同じように弱い者いじめをしているかと思うと、夢が広がりますね。

苦い文学

作品に罪はない

その歌手が現れて、その歌を歌ったとき、私たちはあらゆる感情を掻き立てられた。ある者は踊り、ある者はしんみりし、ある者は元気をもらったと証言した。

私たちはその歌手に夢中になり、その人が歌うのを見るために、どんな苦労も厭わなかった。どんな距離も短く感じられたし、どんな行列もちっとも疲れなかった。

私たちの熱狂が頂点に達したとき、週刊誌がとんだスクープを報じた。その歌手が麻薬に溺れているというのだ。この報道を受けて、音楽産業は直ちに歌手の歌った歌すべての販売と配信を停止した。

あの人の歌が聞けなくなると聞いて、私たちは猛然と抗議した。「確かに罪を犯したかもしれない。だが、作品に罪はない!」

私たちはあらゆることを試みた。署名、抗議デモ、記者会見……。だが、音楽産業は決して動かなかった。

しばらくすると、新たな報道が出た。その歌手は麻薬など使用していなかったというのだ。でっち上げの告発だった! 音楽業界は直ちに動き、すべてを元通りに解禁した。私たちは歓喜し、小躍りしながら音楽に飛びついた。

その歌手は復帰するやいなや、自分を苦しめた不正について歌いはじめた。そればかりでなく、その不正を許した政府を厳しく批判する歌を何曲も書いた。その舌鋒の鋭さたるや、私たちは耳を塞ぎたくなるくらいだった。

いま、私たちはその歌手の歌を発禁にするよう政府に働きかけているところだ。やりすぎだという人もいる。だが、私たちの国の敵が作った作品に罪がないなどとどうしていえようか?