苦い文学

入国審査の列(2)

いずれにせよ、この列に飲み込まれたら最後、もはや逃れられぬと覚悟しなくてはならない。

入国者たちは慄きながらいつ果てるともしれない行列に並ぶ。だが、そのいっぽう楽観主義が人々を支配するようになる。列は進むに進むから、入国者たちは期待を抱くようになるのだ。

「そうだ、あの国に入るまでもう一歩というところまで近づいたのだ!」

入国者たちはそれぞれ機内持ち込みの荷物を持っているが、並んでいるうちに、だんだん邪魔になってくる。そこで、奇妙な工夫を始めるようになる。

列は幾重にも折り重なっているから、列の端にきたときにその荷物を前の列のほうに置いておくのだ。そうすると向こう端に行ったのち、再び端に戻ってくるまで、手ぶらでいられる。

そんなことにまで気がついてしまったのだ。

そして、その荷物をどうするかというと、それをひょいと掴んでさらに前の列に置いておく。荷物など持たなくてよかったのだ。

だが、入国者たちのこの工夫が、のちになって、つまりずっと列の先で恐ろしい惨事を引き起こすことになろうとは、だれひとり気がつかなかった。

苦い文学

入国審査の列(1)

その国の入国審査はとびきり厳しいことで知られている。だけど、それにもかかわらず誰もがその国に行きたがって、もう激混みだ。

とても大きな空港なので、秒刻みに飛行機がやってきて、次から次へと人々が到着する。さまざまな国からやってきたこれらの人々を、じっくり容赦なく審査して、入国の可否を判定しなくてはならない。

もちろん、審査のブースがひとつ、ふたつなんてことはありえない。地球上のどんな空港よりも立派な空港だ。それなりの設備はある。審査のブースがずらりと並んでいる。端から端を同時に見渡せるような地点などないほどだ。

審査官だってたくさんだ。それこそ24時間体制で、審査という崇高な業務に当たっているのだ。審査のミスを防ぐために、頻繁に交代しなくてはならないし、また、休暇だって必要だ。病欠もあれば、産休もある。育休だって広がり始めている。

だから、ざっと見積もったところ、審査官の数はブースの数の10倍ぐらいだろう。

それだけの体制にも関わらず、入国審査は滞りに滞って、長蛇の列ができあがっている。列はブース沿いに端から端まで伸びている。そしてその端で折り返してさらにもう片方の端まで続く。そんなふうにして列は続き、もう幾重にも折り重なっているのだ。

入国したての人々を待ち受けるのはこの恐るべき列だ。なかには、並ぶまえから絶望し、もといた国に引き返そうとする者もいるくらいだ。

もっとも、帰国のフライトがあればの話だけど。

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星を継ぐ者

「違う! 違います!」

地球人たちに厳しい声が飛びます。

「自分の力で声を震わせるんじゃないんです。みんなの声をひとつにしたとき、そこに共鳴が生まれるんです。あの振動が起きるのです! さあもう一度!」

「ワレワレハ宇宙人ダ」

「いいよ! いいよ! その調子!」

指導に夢中になっているのはウルファベンテレロ星人のモフジクーガさん。地球人に「ワレワレハ宇宙人ダ」を教えてもう1万年になります。

「ええ、1万年前のことは絶対に忘れられません」と、モフジクーガさんは楽しげに振り返ります。

「私が地球に初めて降り立ち、『ワレワレハ宇宙人ダ』と言ったときの地球人のあの素晴らしい反応ときたら! これまで60億年のあいだ、全宇宙をハイパードライブで駆け巡り、知性ある生物が暮らす星に降り立っては『ワレワレハ宇宙人ダ』を繰り返してきましたが、最高のリアクションでした」

モフジクーガさんが地球人にこの「ワレワレハ宇宙人ダ」を熱心に指導するのにはワケがありました。

「私たちの種族は滅びつつあります。と言いますか、ここ2億年のあいだ、私ひとりなのです。ですので地球の方々にぜひがとも『ワレワレハ宇宙人ダ』を継承してほしい、そして宇宙の星々を訪問してほしいのです。これが自分に残された最後の仕事だと思っています」

「ワレワレハ宇宙人ダ、ワレワレハ宇宙人ダ、ワレワレハ宇宙人ダ」

今日も太陽系に地球人の声が響き渡ります。

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歴史の終わり

当たり前のことだが、時代を遡れば遡るほど、史料は少なくなる。

そこで、遠い昔を知るために、限られたその史料からその時代を再現することになる。しかし、史料が不十分なので、たいていはわからないことばかりだ。

もっとも、わからないことが多いことは悪いことではない。それは歴史研究の原動力だ。私たちが夢中になるあの「歴史ロマン」も、この「わからないこと」があってこそだ。

昔はカメラもビデオもなかったから、写真や映像といったものはまず史料としては残っていない。しかし、誰もがスマートホンを持っている現代では、それこそ「未来の史料」が無尽蔵に生産されるようになった。

やがて立体的な映像記録も普及するはずだから、そうした記録を活用すれば将来の歴史家は過去の時代をまざまざと体験できるようになるだろう。さらに、ネットを通じてあらゆることがデータ化されるため、未来の歴史家はますます簡単に過去を再現できるようになる。

だが、こうなったとき、いったい未来の誰が、歴史に興味を持つだろうか。すべてが記録されていてわからないことなどなにもないのだから、もはや「歴史ロマン」などないのだ。

それに、そもそも、すべてを完全に記録した史料があったとしても、いったい未来の誰がそれを見ようなどと思うだろうか。

録画してあると、かえって見なくなるのと同じだ。そのうち歴史は終わるだろう。

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谷と岡

「最近なにかと話題の大谷翔平ってなんの人? 大岡昇平とどう違うの?」 そんなふうに疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。

せっかくなので、大谷翔平と大岡昇平の違いを調べてみました!

まずは大谷翔平さん。調べたところ、なんと野球選手でした! 大岡昇平が小説家なのとずいぶん違いますね!

それ以外にも、調べてみたらこんなことがわかりました!

・WBCでアメリカと戦ったのが大谷翔平、WW2でアメリカと戦ったのが大岡昇平です。
・アメリカ人の心を捕えたのが大谷翔平、アメリカ人に捕えられたのが大岡昇平です。
・投手と打者の二刀流なのが大谷翔平、小説と批評の二刀流なのが大岡昇平です。
・伸びる打球なのが大谷翔平、『野火』を書いたのが大岡昇平です。
・素敵な夫人が評判なのが大谷翔平、『武蔵野夫人』が評判なのが大岡昇平です。
・羽生結弦と対比されがちなのが大谷翔平、埴谷雄高と対談しがちなのが大岡昇平です。

こうしてみると、大谷翔平と大岡昇平は意外にも共通点が多いということがわかりますね!

【まとめ】
いかがでしたか? 大谷翔平と大岡昇平のどちらも有名な方なので、うっかり間違えて使ったりしないように心がけたいですね!

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配膳ロボットに就労ビザはいらない

和風居酒屋「桜丸」が夕方の支度をしているとき、入管の調査官たちがやってきて、立入検査をすると宣言した。外国人を不法に就労させているとの通報があったというのだ。

日本人の店長は調理場にいた3人の外国人従業員をホールに呼び集めた。調査官たちはひとりひとり、パスポートと在留カードを確認していく。1人目、問題なし。2人目、問題なし。3人目……学生だ。調査官は店長にこの留学生の労働時間の記録を出させた。ざっとみたところ、労働時間の違反はなさそうだ。調査官は店長に聞いた。

「ほかに外国人はいませんか」

「ええ、います。いまちょっと外に……」

そのとき、調理場のほうから電子音のやさしいメロディが流れた。「あ、戻ってきました」と店長はその外国人従業員を呼んだ。

店の奥から配膳ロボットが出てきた。配膳ロボットはやさしく歌いながら直角に曲がると、店長のわきで停止した。

調査官は言った。「パスポートと在留カードを見せてください」

すると、配膳ロボットは180度回転して向きを変え、メロディを奏でながら店の奥へと進み出した。

調査官たちはいろめき立った。「逃がすな!」 だが、店長が言った。「待ってください。取りに行っているだけです」

しばらくすると、配膳ロボットはお盆にパスポートと在留カードを載せて戻ってきた。

「ご注文の品をお取りください」とやさしい声が告げると、調査官たちはひったくるように奪った。パスポートと在留カードからわかったのは N-KU98-JTR5(28歳、男)のビザ・在留期限ともに問題ないことだった。

そのとき、ひとりの調査官が叫んだ。「待て!」 パスポートと在留カードの写真と配膳ロボットの顔を鋭い目で見比べている。

別の調査員も直ちに確認に入った。配膳ロボットのプラスッチックの四角い頭部と黒くて丸いセンサーをじっとみつめる……「いや、同一人物だ」 つまり、この店には不法就労者はいなかったのだ。

調査員がパスポートと在留カードを配膳ロボットに返そうとすると、配膳ロボットはくるりと回転した。「お済みになったお皿はトレー置き場に置いてください」

調査員たちは「今後も不法就労には注意するように!」と店長に言い残して、外に出て行った。配膳ロボットはあいかわらず電子音のメロディをやさしく歌っていた。

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あの世の酒

「酒をやめるか、飲んで死ぬか」と脅されていた友人が死んだ。酒をやめられなかったのだ。

だが、死亡と診断されてから、1日後に息を吹き返した。そして、あの世で見た事柄について語ったのち、今度は本当に死んだのだった。

彼の言葉により、私たちはわずかながら死後の世界について知ることができた。彼が語ったことはおおよそ次のような事柄である。

・天国では親しい人々が出迎えてくれる。
・新人歓迎の酒盛りが始まる。
・手に持った盃に酒が次から次へと注がれる。それを必ず飲み干さなくてはならない。なぜなら、自分はこの天国ではいちばんの若輩者であり、先に死んだ先輩からの酒を断ることはできないからだ。
・そして、先輩たちは無限にいるのだ。
・注がれる酒は本当の酒だ。「天国のお酒も酔っ払うんですね」というと、「酔わないとしたらなんで飲むのか」と怒られてさらに飲まされる。アルハラがひどい。
・周りは酔っ払いばかり。というか、全員が酔っ払っている。
・酒は、ビールやサワー、ウィスキーはなく、まずい清酒のみ。その理由を聞くと「安い酒でも天国ではバカ高いのだ。富士山のジュースが高いのと同じだ。高い酒が飲みたければ、生前、善行をたっぷりしとくんだったな」と嘲笑。
・天国なので体を壊して死ぬこともできない。自分は永遠にこのまずい酒を飲み続けるのだということがわかってくる。

これらの事柄を語ったのち、彼は、私たちの目の前で再び息絶えた。恐怖と苦悶に満ちたその顔つきにはゾッとさせられた。

その後、私たちはいつものくせで「あの世で、先に逝った仲間たちとゆっくり酒を酌み交わしてください」と言ってしまった。たぶん悪いのはこれだ。

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個人の見解

ツイッター(現X)のプロフィールを見ると、こんなことを書いている人がいる。

「個人の見解であり、所属する組織とは関係ありません」

私はこうした言葉を見るといつも悲しくなる。なぜなら、自分には所属する組織がないことを思い出させるから。

そして、うらやましくもなる。まったく、個人の見解と所属する組織の2つも持っているなんて、ずるくないだろうか。しかも、それを例の青い有料認証マークみたいに、自慢げに書けるとは。

そもそもその組織だって「個人の見解であり、所属する組織・会社とは関係ありません」と、読み手に自分の所属する組織に意識を向けさせるぐらいなのだから、きっと名のあるところに違いない。

また、そんなふうに組織を持ち出すからには、きっとその組織でもそれなりの地位についているはずなのだ。

こう考えていくと、私はだんだん腹立たしくなってくる。なぜなら、「個人の見解であり、所属する組織・会社とは関係ありません」という人は、じつはこう言いたいのがみえみえだからだ。

「自分の見解は、とある名のある組織に所属している、地位高き人間様の意見だぞ!」

つまり、「関係ない」などといいつつ、所属している組織を自分の見解の箔づけにこっそりちゃっかり利用しているのだ。個人の見解でもなんでもなかったのだ!

これを怒らずにおれようか。私のように所属する組織のない人間がどんなに個人の意見を主張してもまともに相手にされないはずだ。

あまりにも悔しいので、無所属の個人の見解の持ち主を糾合して、「個人の見解」という組織を立ち上げて対抗措置としたい。

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シリーズ「生きるのがつらいあなたへ」

ザンゲー通信の人気記事といえばシリーズ「生きるのがつらいあなたへ」だ。

この連載記事では、各界の著名人が登場して、自分の不幸な生い立ち、いじめられた経験、苦しい時代のあったことを読者に打ち明けるのだ。そして、そうしたつらい経験があったからこそ、今の自分がある、だから今、生きるのがつらいあなたもきっと乗り越えられる、と読者を励ますのであった。

ある日、編集部に一通の手紙が届いた。それは年若い読者からのもので、記事が自分をどれだけ勇気づけたか感謝をもって述べたのち、以下のような要望が書き添えられていた。

「シリーズにいつも取り上げられるのは、つらい経験を乗り越えて成功された方々です。ですが、あまりにも試練が大きくて乗り越えられなかった人もいるかもしれません。僕は乗り越えた方だけでなく、乗り越えられなかった方の話も聞きたいのです」

編集長はこう思った。「なるほど乗り越えられなかった人々が、どんな人生を歩んでいるかも大事なことだ。もしかしたらその人生から励まされる読者もいるかもしれない。しかし、この取材は大変だぞ」

そこで、編集長は、数いる記者のうちもっとも優秀な記者を選び、こう告げた。「乗り越えられなかった人々も取材してほしい」

数日後、取材から戻ってきた記者は、編集長のところにやってくると言った。

「みんな死んでいました」

編集長は読者から来たその手紙をゴミ箱に捨てた。

苦い文学

多様性の視察

与党の青年議員たちが私たちの地区に視察にやってきた。視察のコンセプトは多様性だという。

私たちはまず青年議員たちを駅前広場に案内した。どこもかしこも酔っ払い、宿なし、物乞いでいっぱいだ。青年議員たちは感心した。

「ほほう、多様な生き方があるのですな」

次に私たちは粗末な精神病院に連れて行った。そこでは、さまざまな精神病患者が喚いたり、叫んだり、泣いたりしていた。「これが癲狂院ですか、いやはや多様なものですな」と青年議員たちは感心することしきりだ。

次の視察場所に向かう途中、私たちは道端で死んでいる人に何人もでくわした。医療の医の字も受けることができないため、こうやって路上で死んでいくのだ。青年議員たちときたら「生き方も多様なら、死に方も多様というわけか、勉強になるぞ」と大喜びだった。

そして、私たちは青年議員団を地区でもっとも暗く危険な場所にお連れした。そこでは、未成年から老人までが、自分の体を安価で売っているのだった。青年議員たちの興奮はこの日いちばんで、「ここで見られる性の多様性は参考になるな」などともう興味津々だ。

なかには感激のあまり、セックス・ワーカーたちにチップを渡す青年議員まで出てきた。ある議員は口移しでチップを渡し、ある議員はお尻を撫でながらチップを渡し、また別の議員は裏金として渡すという具合で、私たちは議員たちのチップの渡し方の多様性に驚かされたのだった。

ちょうど青年議員たちの視察の最中に、数名の人々がやってきて、子どもたちに話しかけだした。青年議員たちがなんの人々かと聞くので、私たちは答えた。

「あれは、なにかの NGO の人々で、体を売る子どもたちの悩みを聞いたり、支援したりして、なんとかしてこの場所から保護しようとしているのです」

すると青年議員たちの怒ること怒ること。「多様性を無くそうとするとはけしからん!」 「まったくなんという偽善者どもだ!」 「品位に欠ける振る舞いだ!」

与党の青年議員たちはひとしきり怒ると満足したのか、視察を早々に切り上げて、夕食の多様なメニューを楽しむためにホテルに向かっていった。