苦い文学

Stay Hungry, Stay Foolish

やがて Apple の製品も時代遅れとなり、いつか忘れ去れられるときが来るかもしれない。だが、そうなったとしても、Apple の創業者のひとりであるスティーブ・ジョブズの名言「Stay Hungry, Stay Foolish」は、いつまでも人類の記憶にとどまっているにちがいない。

もともとは誰か別の人の言葉だというが、それでもジョブズに強く結びついているのは、彼がこの言葉を体現するかのような人生を歩んだからだろう。

簡単に訳せば「ハングリーでいろ、バカでいろ」となるが、それだけではなんのことかわからない。それで、いろいろな人がこの言葉の意味について見解を述べている。私にはなんともいえないが、一般的には「いつまでも貪欲でいろ、(こざかしい)常識にとらわれるな」などと解釈されているようだ。

含蓄に富んでいるばかりか、とてもカッコいいフレーズだ。多くの経営者や著名人もこれをお気に入りの言葉だと公言している。

もっとも、あなたや私がこの言葉を使うときは、よくよく注意しなくてはならない。なぜなら、この言葉は、食うに困らない富裕層が得意げに言うときと、そうでない人が使うときとでは、ひどく意味が変わってくるからだ。

とくに、食べるに困るような貧困状態だったら、即刻、使用を停止すべきだ。

というのも「Stay Hungry, Stay Foolish」はその場合、「貧すりゃ鈍す」と同義となるのだから。

貧しく、地位のない人に対して、人々が無情に態度を変えるように、言葉もまた違う顔を見せるのだ。

苦い文学

マルじい

吉田五郎は、心に深い傷を負ったせいで、妖怪マルじいになってしまった。

何年も浪人してようやく大学に合格し、何歳も年下の同級生たちと一緒に青春を謳歌しようとした矢先、五郎も加わるグループLINEでこんな誤爆が発生したのだ。

「吉田さんがまた《。》使ってたぜ」と年若い仲間のひとり。

「マルじいwww」と別の仲間。

メッセージはすぐに削除されたが、それでも五郎が、自分が仲間たちに「マルじい」と呼ばれていることを知るのには十分だった。LINEのメッセージで「。」を使っていたからだというのもすぐにわかった。それを若い仲間たちが陰で笑いものにしていたのだ!

五郎はガンと頭を叩かれたような気分になり、即座にLINEグループから抜けた。いや、アプリを削除すらした。そして、悔し涙にくれ、叫んだ。

「ちくしょう!。 ちくしょう!。」 その日を境に五郎は妖怪マルじいへと変身した。

もっとも、妖怪マルじいは現実世界にはいない。ネット空間をさまよっては、「。」なしの文を見つけだしては、勝手に「。」をつけてしまうのだ。

「あっ、僕のメッセージに《。》が! ダサっ!」「私のツイート(現ポスト)に《。》が! こわっ!」

こんなふうに若者たちを困らせるのがマルじいの楽しみだ。もしもみなさんのメッセージが勝手に「。」で終わっていたら、耳をすましてほしい。きっとマルじいの笑い声が聞こえるはずだから。。。。。。

苦い文学

覚悟

「あなたは祖国のために戦えますか」とその女性政治家は私たちに語りかけた。

「いま、日本は危機的状況にあります。私たちの周囲の国々はロシアのように野心をむき出しにしています。私たちのこの国はいまにもウクライナのようになるかもしれないのです。そのとき、みなさんは戦えますか。ウクライナの勇敢な兵士のように、銃を持って立ち上がれますか?」

私たちは「おお!」と叫んだ。女性政治家はほほ笑んだ。

「みなさんは違うようです! 日本では、間違った教育のせいで、多くの若者が国を憎むようになってしまいました。ですが、みなさんはまったく違うのです! なんと頼もしいことでしょうか」

私たちはだんだん上気してきた。もう戦場に行きたくてウズウズしてきたのだ。「ヤー!」 誰かが思わず叫ぶと、私たちみんなが「ホー!」と返した。 

「みなさん!」と女性政治家もまた叫んだ。「国のために死ぬ覚悟はありますか!」

たちまち嵐のような雄叫びが巻き起こった。私たちはその覚悟を問われるのをこれまで待ち続け、そしてついにその時が来たのだ! 私たちの国は、そこまでになったのだ。

私たちの反応に感極まった女性政治家はさらに次のように言って、私たちを熱狂させた。

「私もです! 君たちの貴重な命を失っても、自分の決断を後悔しない覚悟はできています!」

苦い文学

合体ポルノ

「かわいそうだから、助けてあげなくちゃ」という動機にもとづく支援活動は、いっけん正当なように思えるが、かならずしもそうとはいえない。

というのも、「かわいそうだから」というのはあくまでも支援者側の意見であり、そうした動機で行われる支援活動に、支援を受ける人の言い分や尊厳が介入する余地はないからだ。

ようするに自己満足の支援というわけで、相手をモノとして扱い、それで心理的な快楽を得るという点から「感動ポルノ」とも言われている。

ネットには、支援活動への参加を促す広告も数多く流れているが、その多くが見る人に「かわいそう」という感情を喚起することに注力している。たとえば、こんな広告がある。

・家庭が貧困であるために満足にご飯を食べられない子ども
・同じく家庭が貧困であるため1日1食しか食べられず、空腹のままの高校生
・過酷な環境で労働する異国の子どもたち
・人身売買の被害者たち

これらはいずれも「お涙頂戴」の感動ポルノだ。

もちろん支援が必要な子どもたちはたくさんいる。そして、適切な支援がただちになされるべきだ。だが、そのことと、広告主たちが、イメージを巧みに用いた感動ポルノを通じて、私たちの感情を操作しようとしていることとは別問題だ。

いや、それどころではないのだ。これらの広告にいかに多くの少女たちの画像が使われていることか。まるで貧困家庭には男の子などいないかのようだ。

まさか、感動ポルノと普通のポルノがついに合体してしまったのでは……

苦い文学

新しい形

おじさんでいることはなんとつらいのだろうか、とおじさんたちは嘆いた。いつ老害あつかいされるか知れたものではないのだ! もうなにをするにもビクビクだ。

おじさんたちは次第に引っ込み思案になり、物陰に隠れるようなった。

そんなときだ、告白者がやってきたのは。その人はいかにも神妙な顔つきでこう告白したのだ。

「もしかしたら僕も……」と眉間に鋭いシワを寄せる。「老害かもしれない……」

人々はこの真摯な告白を称賛した。そして口々に言うのだ。

「いいえ、あなたは老害ではありません!」「そうです。自ら老害と告白する人が老害なもんですか!」

おじさんたちはこの告白に衝撃を受けた。そうなのだ、はじめから告白してしまえばいいのだ。うまい手を思いついたものだ! もうこれで老害呼ばわりとはおさらばだ!

さらにすばらしいのは、この告白は若ければ若いほど効き目があるということだった。

「あんなに若いうちから自分が老害かもしれないと告白する男性が、このさき老害になんて絶対になりっこない! ステキ!」

そんなふうに言われたら、おじさんになることを恐れていたおじさん予備軍が飛びつかないわけがない。

そんなわけで、今、おじさんたちは、30代から80代まで、もうみんなどこにいっても神妙な顔つきで「僕も……老害かもしれない……」と渋めの声で告白している。

少なくとも数週間は、おじさんたちはこれで押し切れるだろう。これが老害の新しい形だとバレるまでは。

苦い文学

ゲーマー人生(Final stage)

「人生はゲームみたいだって?」とハチオは聞いた。「じゃあ、ゲームはいいことってこと?」

「いや、そうじゃないんだ。人生にはゲームみたいにステージがあって、生きるってことはそのステージをクリアしていくことなんだ。いや、ただクリアしても意味がないんだ。ステージごとにアイテムがあるだろ。それをちゃんとぜんぶ取っておかないといけないんだ。たとえば20代のステージではそのステージのアイテムをしっかりとっておかなくちゃならない。というのも、20代でアイテムを取り損ねたら、30代になってからはそのアイテムは絶対に取れないから。だって、一度ステージをクリアしてしまったら、後戻りはできないだろ」

「うん。でも、後のステージでもアイテムは出てくるでしょ」

「おじさんも最初そう思ったんだ。自分は人生のステージでなんのアイテムも取ってこなかったけど、50代のステージではせんぶ取ってやるって。だけど、違ったんだ。本当に大事なアイテムはもう出現しないんだ、20代・30代・40代にちゃんとアイテムを取ってクリアしておかないとね」

男はとてもさびしげだった。「だからゲームなんかやめなさい。人生のステージで、いま取れるアイテムをちゃんと取るんだ」

ハチオもなんだか悲しくなって、ゲームをしまった。男はやさしく微笑んだ。ハチオは家に帰る前に、さっきからずっと気になっていたことを尋ねた。

「ねえ、おじさんはさ、どうして話しながら、指で体のあちこちを押したりさすったりしてるの。体の調子が良くないの?」

男はきまり悪そうに答えた。

「いや、あの、もしかしたらね、アイテムぜんぶが手に入る隠しコマンドがないかと思って……くっ、くせみたいな感じ?……」

苦い文学

ゲーマー人生(1st stage)

ハチオがひとりで公園でゲームをやっていると、変な男がやってきて隣でじっと見ている。「なんで見てるのさ」ってハチオが聞くと「ゲームなんかやっちゃだめだよ」と言ってきた。

「うるさい。おじさんには関係ないだろ」とハチオ。

「おおありさ。おじさんも昔はゲーム好き、いやもうゲーム中毒だったんだ。だからいうのさ。おじさんみたいになっちゃだめだよ」

「おじさんみたいにって?」

「こんなさ」と、男は汚れた服をみせた。「こんなさ」と、男は財布を取り出し中を見せた。500円玉ひとつあるだけだった。「こんなさ」と、男は口を開いた。少ししか歯がなかった。「こんなさ」と男が帽子をとったとき、ハチオはゲームを中断した。

「そうだ。それでいい。おじさんはね、君と同じくらいのころからゲームばかりしてたんだ。10代、20代、30代とゲームに費やして、それでもう満足だった。『これこそゲーマー人生だ』ってね。だけど、40歳を過ぎたとき、ゲームができなくなっちゃったんだ」

「どうして?」

「指が動かなくなっちゃったのさ。それで、ゲーマー人生も終わり。で、普通に生きなくちゃならなくなったんだ。そのとき気がついたんだ。おじさんにはまったくなにもないってことにね。おじさんはゲームの中でアイテムをたくさんとったけど、それは現実のアイテムじゃなかったんだ。それでね、わかったんだ、人生はゲームみたいだ、って」

苦い文学

違いのわかる男たち

「トコトン取材班のみなさん、こんにちは。いつも楽しく拝見させてもらっています。いきなりですが、違いのわかる男たちって今どうしているんでしょう? 昔は違いのわかる男たちがコーヒーのCMによく出ていたものですが、いまはまったく見かけません。どこに行ってしまったのか、調べてください。おねがいします!」

いましたねえ! 違いのわかる男、僕もよく見ましたよ。さっそくトコトン取材班で探してみたら、かつて違いのわかる男だったという人々が暮らす施設を田端で発見しました。その施設に取材に行った様子、VTRでご覧ください。

(ビデオ映像が始まる。ボロ屋が映し出される。内部のガランとした広間に十人ほどのみすぼらしい格好の男性たちがいる。みな無精髭で、あちこちに唾を吐いたり、汚い声で罵り合ったりしている)

(取材班のレポート)「ひどく下品です。あのころの素敵な感じ、ダンディな雰囲気はありません」

(取材班、男性のひとりにめんつゆの入ったマグカップを渡す。男は「コーヒーなんて久しぶりだ」などと言いながら飲み干す)

(取材班のレポート)「なんと、もはや違いがわからなくなっているようです。この方たちはもう違いがわかる男たちではなくなってしまった、ということなのでしょうか」

(そのとき、広間の端に設置されたテレビがつき、出演者の女性タレントの顔がテレビに映し出される。すると男たちはテレビに目を向け口々にいう)

「顔が違う」「イジってる?」「お直ししたな」……

(しばらくすると、今度は、テレビに女優の顔が大写しになる。男たちは興奮して騒ぎ出す)

「あれ、顔変わった?」「50歳にしては皺がない」「前の方が良かった」「整形だ!」……

(男たちますます食い入るようにテレビの画面を見てわめいている)

(取材班のレポート)「なんとも凄まじい光景です。が、女性を見るとすぐに整形のことを詮索しだすのが、かつての『違いのわかる男』の名残りなのでしょうか。それはともあれ、これらかつての『違いのわかる男』たちは、昔と今の時代の違いには、まだ気づいていないもようです……」

以上、トコトン取材班でした! さようなら!

苦い文学

日本のジーリー

イギリスのSF作家、スティーブン・バクスターは一千万年にもおよぶ宇宙史で知られる。その壮大なクロニクルで、もっとも興味深い存在がジーリーという宇宙生命だ。

ジーリーの文明は人類よりもはるかに進んでいて、銀河を動かすことなどお茶の子さいさいだ。

万能無敵かと思えたジーリーだったが、恐ろしい敵に直面もしていた。宇宙を衰えさせる力が増大しつつあったのだ。宇宙が衰え、滅びるということはジーリーが滅亡するということを意味する。そこでジーリーはこの勢力と激しく戦った。だが、結局のところ負けてしまう。ジーリーができることはといえば、もはやひとつしかなかった。

この宇宙から逃走して、別の宇宙に移住することだ。

この目的のためにジーリーは宇宙ひもでできた巨大なリングの建設を始めた。千光年にもおよぶこのリングの中央部にはブラックホールがあり、これを使ってこの宇宙から脱出しようというのである。

私はジーリーのこの物語を読んだとき、なにかに似てるな、と思った。リング……逃げる……なんだろう。

しばらく考えたのち、大阪で巨大なリングを建設して万博まで逃げ切ろうとしている日本維新の会だと思い当たった。

苦い文学

HSPの王国

私は長いあいだ生きづらさに苦しんできたが、これがHSPの特徴にぴたりとはてはまることを知った。HSPとは Highly Sensitive Person の略で、感受性がとても強く、環境や人の心の動きに敏感な人のことだ。思い当たることばかりだ。

現代の社会では5人に1人がこのHSPだ。つまり、5人に4人が鈍感でガサツな人々ということになる。HSPはガサツな人々の中で生きるのにたいへん苦労する。なぜなら、社会は少数派であるHSPに合わせてできていないからだ。

ガサツな人々はPSPと呼ばれる。Poorly Sensitive Person だ。PSPは、人間の感情というものに無頓着だし、つねに自分勝手だ。いつもガハハと大声で笑い、椅子には必ずドサッと腰かけ、足音は建物中に響き渡る。私たちはそのたびに怯えて飛び上がるのだ。

PSPがいるかぎり、私たちHSPの苦しみは続くといってもいい。

ある人がいうには、私たちHSPは自分の国を作るべきなのだという。そこでは私たちを苦しめるものは誰もいない。HSPそれぞれに与えられた特別なギフトを思う存分に生かして暮らすことができるのだ。心のやさしい人々が暮らす心やさしい国だ。

現在、私たちはこのHSPの国づくりに向けて活動をしている。だが、PSPは私たちの活動をじつにガサツなやり方で妨害してきた。そのせいで活動は停滞気味だが、私たちは負けない。

今夜、都内の複数の箇所で決行する無差別テロが大きな突破口となるだろう。