苦い文学

心の病気

ある男が、心の病気の診断書のことを耳にした。心の病気の診断書があれば、すきなだけ仕事を休めるし、給料も毎月ちゃんともらえる、というのだ。

男はさっそく病院に行って心の病気の診断書をくれと言った。すると医者は怒ってつまみ出した。耳鼻科だったのだ。今度は別の病院に行くと、肛門科の医者が出てきて尻を蹴られた。男はあちこちの病院に行き、最後に精神科のクリニックに辿り着いた。

医者は男を診察してこう言った。「申し訳ありませんが、診断書は書けません。あなたの心の病気は私の技術では見抜けないのです」

「なんだと!」と男は医者に掴みかかろうとした。

「まあ、待ってください。この世に、あなたが心の病気であることを診断できる天才医師がたったひとりいます」

「その医者がどこにいるか教えろ」と男は怒鳴った。

「危険な海のはるか向こう、険しい山岳地帯を越えたところにある広大なジャングルの奥地にその医者の小さな診療所がある、と聞いたことがあります」

心の病気の診断書がどうしても欲しい男は、さっそくボートに乗り込んだ。荒れ狂う海を進むボートはやがて見えなくなり、それきり男は行方しれずとなった。「彼はきっと心の病気だったにちがいない」と人々はささやきあった。

苦い文学

敵意の敗北

私たち日本人はみな中国人がきらいだ。だが、中国人といっても、中国にいる中国人はそれほど気にならない。それよりも日本にいる中国人のほうが重大だ。日本にいる中国人がすることこそ、私たち日本人をイラ立たせるものはないのだ。

たとえば中国人が日本中の水を買い占めていると聞くと、もういてもたってもいられなくなる。土地を買い占めていると聞いた日には、日本人の5割が卒倒してしまった。買い占めなどデマだという人がいるが、もうほんとかどうかは関係ない。私たち日本人が卒倒したことこそ事実なのだ。

そして、靖国神社の落書きだ。これには日本人の9割が卒倒した。7割が今なお意識不明だ。冷静になって考えてみれば、靖国神社など、中国人と同じくらい日本人も無関係なのに、それでも中国人が何かすると大ごとのように思えるのだ。

だが、この世にひとつだけ中国人がしても日本人がイラつかない、いや、それどころか大喜びしてしまうことがある。それはタワマンの買い占めだ。投機目的で買い占めして、放置したり、荒れ放題にしてくれたりすると、私たちは快哉の声をあげずにはいられない。

私たちのタワマン住民に対する憎悪が中国人に対する敵意を打ち負かしたのだ。最近では、こうした中国人を名誉日本人として迎え入れようなどという話も出ている。

苦い文学

トハンさん

今日、入管から電話がかかってきた。私が在留許可延長の保証人を引き受けている関係で、電話をかけてきたというのだ。

こうした保証人は頼まれれば引き受けるので、入管から電話がかかってくることはなくはない。もっとも、最近は少ないが(ちなみに、こうした場合の保証人にはいかなる義務もない)。

入管の担当の方が言うには、私がビルマ人の「トハンさん」の保証人になっている、というのだ。

「トハンさん?」 覚えのない名前だ。私は必死になって似たような名前を頭の中で探すが、出てこない。「トハン、トーハン、トゥーハン、ハントゥー……」

だが、ふと思いついて尋ねてみた。「すいません。スペルをお願いできますか?」

担当の方は「ええと、T、H、A、N です」

「ああ、タンさん!」 タンさんなら確かに7月に身元保証人のサインをした。私の古くからの友人だ。

なにが間違いだったかというと、入管の方は「THAN」を「トハン(t-han)」と読んでいたのだ。だが、あの国連事務総長を務めた U Thant とウ・タントとするように、ビルマ人の名前のローマ字表記の「th」はタ行にするのが慣例だ。

もっとも、入管はいろいろな国の名前の人を相手にするから、すべての約束事を知るなんて無理だろう。なので、そんなことで腹を立てはしないが、この「読み間違い」のせいで、私は「トハンさん」なるあやしい人物が勝手に私の名前を騙ったのではないか、と一瞬、想像すらしたのだった。

苦い文学

私たちは怒っている

テレビの人が「死んでください!」とツイッター(現X)で言ったとき、私たちは激怒した。

これは冗談では済まされない。笑い事ではない。人間の命がそんなに粗末に扱われていいものだろうか? いったい今の時代「死ね」などという言葉が許されていいものだろうか?

テレビの人はすぐに取り消して謝罪したが、そんなことで帳消しになるものか。憤激した私たちは、あらゆる方面にむかって抗議し、その結果、このテレビの人はいまやテレビからすっかり消え失せて、ただの人になってしまった。

私たちは勝利したのだ。不適切な人間を懲らしめたのだ。

そして、数ヶ月後、再び私たちを激怒させる出来事が勃発した。これは冗談では済まされない! 笑い事ではない! 新たなテレビの人がツイッター(現X)で、こんなふうに発言したのだ。

「生きてください!」

あろうことか、この言葉を北朝鮮の金将軍に向けて発したのだ。

私たちの命を脅かす悪党の長寿を願うとは! なんたる反日勢力、川口のクルド人、フェミニストだろうか!

決めた。こいつが死ぬまで追い詰めてやる。

苦い文学

名画の解説

この夏、私は異国のとある美術館を訪れた。もっとも、美術の知識のない私には、展示された数々の絵画や彫刻もあまり心に響かなかった。とはいえ、一枚だけ、私の興味を引いた作品があった。

それは壁一面に掲げられた巨大な絵画で、ある闘争の場面を描いているようだった。画面の右下にひとりの男がおり、左側の一群の男たちに脅かされているのだった。男たちはみな剣を持っていた。あたかもその剣で一人の男をなぶり殺しにかかろうとしているようだったが、よく見ると違った。男たちは振り上げた剣で仲間を切りつけたりして大混乱のようすなのだった。

この奇妙な絵の下にはタイトルと説明書きもあったが、残念なことに英訳はなかった。すると、たまたま紳士がやってきて、この悲惨な絵を見るやいかにも心地よさげに笑い出したのだった。なぜ笑っているのだろうか? 好奇心を刺激された私は、思い切って英語で話しかけた。

「失礼ですが、これは何の絵でしょうか。そしてどうしてそのように笑っておられるのでしょうか」

「ああ、ああ」と紳士は笑い疲れたというように息をつくと流暢な英語で答えた。「この絵は『パブの虐殺』という、百年前の事件を描いたものです。私たち国民はこの名画を見て大笑いするのが習慣なのです」

「いったいどういう事件で?」

「話すと長くなりますが、我が国では、百年ほど前、弱者男性と呼ばれる人々が勢力を保っていた時期があったのです。その弱者男性の団体のリーダーが、この人物です」と紳士は画面右下の男を指差した。

「すると、これらの敵対者たちが弱者男性を迫害しているのですね」

「いいえ、違うのです。これらも弱者男性です」

「では、内ゲバ風景と……」

「ええ、いわばそうです。このリーダーは弱者男性の地位向上のため尽力したのですが、それがかえって仇となって、他の弱者男性から迫害を受けることとなってしまいました」

「と、いいますと具体的には……」

「リーダーはこう提案したのです。『弱者男性だけでは社会は変えられない。いまこそ、弱者女性と共闘すべきだ』と。すると、他の弱者男性たちが猛反対をしたのです。『女どもと手を組めるか!』『女は敵だ!』『生理臭い!』と。リーダーはさらに弱者である外国人や貧困者とも力を合わすべきだと説いたのですが、これがさらに弱者男性たちを憤激させました。『俺たちは単なる弱者じゃない! 選ばれた弱者だ!』と。そして、ついにこう叫んだのです。『こいつを殺せ! 俺たちを分断させようとするスパイだ!』 そして、この夜、パブに集った弱者男性たちは剣を手にリーダーに襲いかかったというわけです」

「その光景がこの絵なのですね」

「ええ、ですが、ご覧ください。剣など持ったことがない弱者男性たちは、もう滑稽にも」と紳士は笑い出した。「ほら、互いに突き刺しあって! リーダーに一太刀も浴びせることなく、自滅してしまいました! 見てください! このバカは自分の剣で首を刎ねてます!」 紳士は笑いすぎて苦しそうだ。

「当時の人々はこの無様な事件を絵画にして、楽しみを後世に伝えてくれたのです」

私は紳士に感謝を告げ、美術館を後にした。帰国して、その国の歴史を調べたが、絵に描かれたような事件はどこを探しても出てこなかった。

苦い文学

エモ写真

私は写真をよく撮るが、どうもあまり上手くない。その点、私の知り合いのある女性は何気ない写真でもよいものを撮る。構図なのかピントなのかわからないが、見る人みな彼女の写真を見ると「エモい」とか「エモっ」とかいうのだ。

ただの道路でも彼女の手にかかれば、胸をしめつけられるような郷愁にあふれた風景となる。彼女が若者を撮りでもしたらもう大変だ。私たちは二度と帰らぬ日々を思って涙を流さずにはいられないのだ。

彼女は写真の撮り方についてどこかで勉強したわけではないけれど、写真のエモさに関しては一流といって良かった。そんなわけで、私たちは彼女のことを「エモやん」と呼ぶようになった。そして、これが間違いのもとだったのだ。

いま、彼女はエモ写真家として活動をしている。インスタでいくどもバズり、フォロワーもぐんと増えた。「案件」とやらで忙しいのか、それともほかに理由があるのか、私たちとも疎遠になった。エモ写真の腕を鼻にかけて、あちこちでトラブルを起こしている、という噂も耳にした。

なんでも、口髭を蓄えているそうだ。口を開けば「ベンチがアホやから写真がとれへん」と文句だそうだ。

苦い文学

ビルの男

私たちの街は騒然となった。ひとりの男が繁華街のビルの4階の窓から今にも飛び降りようとしていたからだった。

男は窓の上に乗り、ギリギリまで身を乗り出している。通行人たちはビルの下に集まり、ヒヤヒヤして見守った。「飛び降り自殺だ!」と誰かが叫んだ。すると別の野次馬が怒鳴った。「違う!」 見るとビルの男は何やら大声で叫んでいる。「三島由紀夫だ!」

だが次の瞬間「なんだ!」と人々は困惑した。ビルの男が猫の耳をつけて、招き猫のように踊りだしたではないか。そして、猫の真似をしながら、窓の外に飛び出した。「あぶない!」 誰もがそう思ったが、男は踏みとどまった。そして、再び窓の上に乗ると、大声で叫んだ。「がおーん」 猫ではない。虎だったのだ。

その雄叫びの最中、ビルの男の背後から手が伸び、後ろに引きずり下ろした。警官たちが無事保護したのだった。

しばらくしてこの人騒がせな男の動機が明らかになった。

「日本の子どもたちに夢と希望を与えたかったのです……中国とか豊かな国にしかない飛び出る3Dビジョンも、知恵と勇気と工夫があれば、日本みたいな貧しい国でもできるんだよって……」

苦い文学

恐るべき時間

夏はまだ終わっていないが、今年の夏でもっとも苦しかったのは、飛行機の中で発熱したことだろう。

長い間、機内で過ごすと、乾燥した空気のせいか、熱っぽくなることがある。初めはその類かと思ったが、本当に発熱しだした。

体温計がないので何度かはわからなかったが、寒気がしだした。私はブランケットを体に巻きつけ、ネックピローとマスクをした。それでも寒かったが、他に手はない。そして、そのまま、6時間のあいだずっとうなされどおしだった。

熱にうなされていると、現実と夢との区別がつかなくなる。私はなんども隣の席の人と話をしたように思ったが、実際のところ、私の隣には誰もいなかった。また、見境をなくして、うわごとまで言うようになった。

なによりもつらかったのは、眠れなかったことと、いつまでも飛行機が到着しなかったことだ。目の前に設置されたモニターには飛行情報などが表示されている。私は「目的地まで 04:09」とあるのを見ながら、1時間くらい眠りたい、と目を閉じる。

すると、熱のせいで、夢は苦しくて混乱している。だが、夢を見たということは、少なくとも寝たということだ。私は目を開け、モニターを見る。

「目的地まで04:08」

1分しか経っていなかったのだ! あれほど寝たのに! こんなことがいくどもいくども繰り返された。この恐るべき時間を相手にしながら、いつしか私は永遠の苦しみという考えを受け入れるようになった。

苦い文学

惑星の表面

私はとある国へと旅立ち、しばしの滞在を終え帰国した。その国の首都で私は道路の表面に魅了されたのだった。

その表面は、細かな陰影と無限の形象に満ちていた。繊細なさざなみに覆われたかと思うと、たちまち巨大で無機質な物体が現れ出て、私を驚かせた。印象派風の柔らかな色合いが、数歩あゆんだのちには、中世宗教画の悪魔的な火刑へと転じた。すべてを褪色させる強烈な太陽光のもとでは、これらの形と色の多様性はほとんど奇跡のように思えた。

だが、それは奇跡でもなんでもなかった。道路はただただ歴史を生き抜いてきたに過ぎなかった。この国の首都は、幸か不幸か、東京のように新陳代謝が活発ではなく、いったん作られたものはほぼ永遠に温存されるのだ。道路がこのようになったのは、人々の活動と車輪の通過と雨風とが、天文学的な回数にわたり、その表面を鍛えてきた結果なのだった。

私は滞在期間中、ひたすら散歩をし、この都市の道路の表面を撮影し続けた。私はまったく取り憑かれてしまった。それはあたかもスタニスワフ・レムの惑星ソラリスの海のように私の心に入り込んできたのだった。

それは実際、私たちの知る惑星の表面の画像のようだった。見る人が見れば「ここには数万年前に水があったようだ」とか「隕石衝突の痕跡だ」とか「大規模な噴火活動があったようだ」とか容易に指摘してみせたかもしれない。

そんなわけで帰国後、私は、惑星地学研究の大家である友人に、自分の撮った写真を冗談半分に見せた。彼は「生命が存在する可能性が高い」といって譲らなかった。

苦い文学

陰謀論に守られて

クリスチャンだったとき、私はとても忙しかった。私は教会の役員だったから、礼拝の準備や教会員の対応、会議など1日たりとも休む間はなかった。さらに、私は聖書の神に心を捧げていたから、ことあるたびに私は聖書を開き、深く読み込んだものだった。そして、どうしても解決のつかないときは、ひたすら祈った。ときには夜通し祈ることもあった。寝る時間もなかったのだ。

しかし、いま私はそんな忙しい生活とは無縁となった。なぜなら陰謀論者となったからだ。私は神とそのひとり子を幕屋から追い出し、ディープ・ステート、世界緊急放送、レプティリアン、アセンション、反日勢力、反ワクチン、Qアノン、トランプなどを招き入れたのだ。

陰謀論者の信仰生活はストレスフリーだ。教会などないから、人のしがらみもない。何をするかというと、家で祈るだけなのだ。祈るといっても、ひざまづいて、とかいうのではない。SNS の情報を拡散するのが、陰謀論者流の祈り。しかも、最近では AI の発達のおかげで、放っておいても勝手に SNS をチェックして拡散してくれるようになった。ついに私は祈りからも解放され、完全に自由な時間を手に入れた。

昼寝をしたり、好きな漫画を読んだり、平和な社会について想いを巡らせたり……そんなふうに自由な時間を有意義に過ごすことができるのも、陰謀論に守られてこそだ。