苦い文学

いのち尊重宣言

私たちの県には誇れるものはなにない、とがっかりしていたときに、そのすばらしい知事が現れたのだった。私たちは、知事が居眠りをする県議たちをとことん糾弾する映像に感激し、この知事こそが我が県の誇りだったのだと、欣喜雀躍したのだった。

やがて知事は、他のどの知事もしたことのない新たな試みを始めた。日本で初めて県として「いのち尊重宣言」を行ったのだ。

きっかけは我が県で行われた自殺についての調査であった。調査によれば、なんと自殺したいと強く思ったことのある人が30%にも上ったのである。これを読んだ知事は、県として命を守る行動を起こそう、とみずからプロジェクトチームを立ち上げたのだった。

「命の尊重のためには、希死念慮のある人々の数の減少がなによりも重要です」と知事は私たち県民に語りかけた。「みなさん! 県をあげて命を大切にしようじゃありませんか!」

そして、数年後、私たちがこの宣言すら忘れかけていたころ、知事はいきなり自殺に関する調査を公表した。前回とまったく同じ県民を対象に希死念慮の有無を尋ねたのである。

すると、驚くべき結果が明らかになった。希死念慮のある人が、ゼロになっていたのだった! 命の尊重が実現したのだ!

私たちは大いに感激し「なんという偉人だろう!」と知事に喝采を送った。

そして、私たちの盛大な拍手のせいで「そりゃ減るさ」といった声はすっかりかき消されてしまった。

苦い文学

ハラスメント研修

私たちの大学に総長が返ってきた。学内でありとあらゆるハラスメントを繰り返し、とうとう性的暴行で捕まった総長が、罪を償って復帰したのだ。

さんざん苦しめられてきた私たちは恐れおののいた。全員がPTSDだったのだ。そして、総長はある木曜日の昼下がり、私たち全教職員を集めて、こう告げたのだった。

「私はとんでもない過ちを犯した。いくら償っても過去は変えることはできないが、未来を変えるべく行動を起こすことは許されている。私ができることは、もう二度と過ちを繰り返さないように私自身を、そしてこの学校を生まれ変わらせることだ」

総長の力強いこの言葉の後、側近が現れ、ハラスメント撲滅のために全校を挙げて取り組むことが宣言された。

この日以来、私たち全教職員は、毎日、ハラスメントをなくすための研修を受けている。ビデオを見たり、ウェビナーに参加したり、対面の講演会に出席したり、ハラスメント撲滅委員と面談したり、感想文を書いたり、反省のときを持ったり……。

1日の大半が研修に費やされるようになり、通常の業務はもはや徹夜でもしなければおっつかなくなったとき、私たちは確信した。

こういうハラスメントなのだ、と。

苦い文学

亡霊の出現

その絵はたぶん古い雑誌の1ページだと思われた。もっとも何の雑誌かはわからない。

片面は文字がびっしり印刷されている。内容についてはここで触れるに値するものはない。そうした類の低俗な雑誌だったのだ。

絵があるのはもう片面のほうだ。その絵は物語の挿絵のようだが、肝心の本文はない。

まるで西洋の古城のような壮麗な室内が描かれている。食卓がしつらえられていて、豪華な料理が並んでいる。着座しているのは、この屋敷の主人らしき威厳ある男だ。その顔はまるで冷酷な軍人のようだ。彼は鋭い目つきで、前に座る若者を見つめている。

その若者はといえば、主人の背後にある大きな窓を見つめている。顔が驚愕と恐怖に歪む。窓の外の闇を稲光が切り裂き、そしてその雷光を背景に、奇怪な亡霊が出現し、室内を、いや主人を睨んだ。

亡霊の眼差しは憎悪に満ちている。その戦慄すべき顔は主人にそっくりだ……。

これはいったいどんな怪奇小説の挿絵だろうか? 興味を感じてなおも眺めていると、紙の下部に消えかかった文字があるのに気がついた。

苦労して読み解くと、絵の説明であることが判明した。こう書かれていたのだ。

「絶対にぶれない将軍の館に、将軍のぶれた部分が亡霊として現れた!」

苦い文学

新札旧札

【旧札の替えどきは? 気鋭の経済学者のコラム ‼︎ 】
もうすでに多くの人が論じていますが、新札は大混乱を引き起こす、というのが大方の予想のようです。

なぜなら、この新札はどこででも使えないからです。自動販売機、自動券売機、ATM、レジの自動精算機……私たちの生活は、お金のやり取りはもうほとんど機械がやるようになっているのに、その肝心の機械が新札を受け付けてくれないのだから、あきれます。

かといって、新札に対応する機械の導入コストだってバカになりません。この不景気に、そのような負担ができる中小企業はまずないのではないでしょうか。

そんなわけで、私たちは旧札を使い続けざるをえません。ですが、政府としては新札を使ってほしいのですから、ジャンジャン刷って、旧札を回収します。その結果、使えない新札がますます出回っていくことになるのです。

こうなると、私は新札デフレが始まると見ています。つまり、新札の価値が下落して、旧札と等価でなくなってしまうのです。たとえば、福沢諭吉1万円手に入れるのに、渋沢栄一5万円分必要になるかもしれません。また、このままだと樋口一葉の5千円に津田梅子10枚分(5万円)支払うようになるでしょう。

もちろん政府はこのような交換を禁止するでしょうが、それでも、絶対に旧札は手放さないでください。

そのうち政府が、旧札1枚使用するごとにポイントを付与するキャンペーンを始めるはずなので……。

苦い文学

サクラ

昔、日本人は死を知らなかった。人は何百年と生き、ゆっくりと年老い、別の世界に消えていくのだった。そんなだから、縄文時代は1万5千年以上も続いたのだ。今のように政府がコロコロ変わったりはしなかった。

さて、ある日のこと、縄文時代の日本人が山を歩いていると見知らぬ原っぱに出た。そこには見たこともない木が生えていて、枝という枝がピンク色の花でいっぱいなのだった。私たちの先祖はその美しさに息を呑み、見事に咲いていることから、その花を「サクラ」と名付けた。

ご先祖様たちは、その「サクラ」の前で何日も過ごした。あまりの美しさに立ち去りがたくなってしまったのだった。しかも、サクラは咲いたかと思うと、潔くパッと散って、花びらを周囲に振りまいた。これにすっかり夢中になった大昔の日本人は、サクラにこうお願いした。

「サクラよ、あなたが潔く散るのを真似して、私たちが潔く散るのをお許しください。そのかわり、私たちは、あなたを褒めたたえるために、あなたが咲くと、その下で酒や食べ物を捧げます」

こんなふうにして私たちはサクラと約束し、潔く死ぬことを覚え、花見の習慣も始まったのだ。

私たち日本人と桜の約束は、どちらかが一方的に勝手に解消することはできない。なので、私たちは桜というものがあるかぎり、潔く死ぬことだろうし、子どもだろうと誰だろうと、他人に潔い死を強制し続けることだろう。

じつのところ、早く温暖化が進んで、日本から桜が消えるように、と私たちは内心思ってる。

苦い文学

石板

『旧約聖書』の「出エジプト記」に描かれるのは、指導者モーセがイスラエルの民を率いて、エジプトを脱出する物語だ。

脱出後、モーセは、イスラエルの民とともにシナイ山の荒れ野に到着した。人々はそこにテントを張って、キャンプをした。モーセは、シナイ山の山頂に登り、神に会った。そして、神はイスラエルの民のために掟を定め、石の板に自らの指でその掟を記し、モーセに与えたのであった。

いっぽう、そのころ、イスラエルの民はモーセが待てど暮らせど山から戻ってこないので、ひどく不安になって騒ぎはじめた。不安をしずめるために人々は、金のアクセサリーを集めて、黄金の子牛の像を作り、これを崇拝することにした。

山から帰ってきたモーセは、イスラエルの民が勝手に神像を作り、ひれ伏したり、踊ったりしているのを見た。彼は、自分の思いの通じない民の姿に激怒し、手にしていた石板を投げつけ、粉々に砕いたのであった。

偉人中の偉人であるモーセにしてこうなのだから、現代の私たちが、ゲームがうまくいかないからといって、カッとなってコントローラーを投げつけたとしても、だれが責められようか。

苦い文学

なり損

貧しい国があるのは、世界の富める国が不正な収奪を行っているからだ。私たちは、そう習ってきた。そして、そう習うとき、富める国のひとつである日本に暮らす者として、貧しい国に対する責任を感じたものだった。

貧しい国の人々と会うこともあった。それらの国の人々は節度があったから、収奪する側である私たちを責めはしなかった。ただこう言うだけだった。「貧しい国をなくすためには、富める国も変わらなければなりません。皆さんにはその責務があるのです」と。私たちは、身も引き締まる思いでこの言葉を聞いたのだった。

それから年月が過ぎ、もはや日本は富める国ではなくなった。私たちは猛スピードで転落し、貧乏老人ばかりの貧乏国になった。いや、それどころか、もう最貧国集団が私たちの背中を捉えているという。

貧困国の一員になってみると、「奪われる貧困国と奪う富裕国」という私たちが学んできた図式が、もう時代遅れだということに気づかされる。なぜなら、豊かな国などどこを探してもないから。どの国でも生活が苦しく、だれもがホームレス一歩手前だ。

勝ち組も負け組もなかった。全部の国が負け組なのだ。地球ごと地獄化が進んでいるのだ。

これはまったく不公平だ。私たちは、貧困問題を豊かな国の若者に切々と訴える重大な機会を奪われたのだ。

せっかく貧困国になったのに、これではなり損ではないか。

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大ネアンデルタール人展

県立科学博物館では、この夏、特別展として「大ネアンデルタール人展」を開催する運びとなりました。

ヨーロッパや中東で発見されたネアンデルタール人の有名な骨の展示や発掘の様子はもちろんのこと、骨から復元したリアルな人形や暮らしぶりなどもご覧いただけます。

なかでも目玉は、日本初公開となる、中国で発見されたネアンデルタール人の全身骨格です。この化石は、ネアンデルタール人がヨーロッパだけでなく東アジアにもいたことを示す貴重な証拠であり、世紀の発見と大きな話題になりました。今回の「日本上陸」は、中国の国家科学院の全面協力により実現しました。

博物館では、この「中国のネアンデルタール人」初公開を記念して、さまざまなグッズも販売しております。

売店には、ネアンデルタールのぬいぐるみ、ステッカー、キーホルダー、クリアファイルなど、素敵なグッズが揃っておりますので、ぜひお買い求めください。

また、地下の食堂では、中国政府公認の調理師の協力のもと、貴重なネアンデルタール人の骨からダシをとったネアンデルタンメンをご提供しております。この機会にぜひ、人類誕生の味をご賞味ください(1日5杯限定)。

(参考資料:山上たつひこの「にぎり寿司三憶年」)

苦い文学

反日だけは許さない

遠い異国の街角で、日本人が刺殺されたとき、私たちは激怒した。なぜなら、その国は反日国だったし、じつに卑怯なやり方で日本を陥れようとしていたからだった。

「反日国家は許せない!」 私たちは叫んだ。「日本人を守れ!」

「このような日本人に対する迫害がまかり通るとは恐ろしい国だ」「こんな国はただちに潰すべきだ!」 なかには「日本人を守るために派兵すべきだ!」とまでいうものも現れた。

私たちの怒りは政府に向けられた。「どうして政府は毅然とした対応をしないのだ!」「弱腰の政府め!」「あの政府はとっくに外国人に支配されているのだ」

私たちはついに直接行動に出ることにした。 SNS でデモを呼びかけたのだ。「国会議事堂に集まり、それから敵国の大使館までデモ行進だ!」

集結した私たちは、思い思いのメッセージを掲げ、激しい言葉を叫びながら、東京中を歩いた。途中、私たちは敵国の人間が歩いているのを見つけた。親子のようだった。私たちが罵詈雑言を浴びせかけると、慌てて逃げていった。いい気味だ!

私たちが敵国大使館へと意気揚々と「進軍」しているとき、新たなニュースが入ってきた。

日本人の刺殺犯が捕まったのだ。ニュースによると、特定の国籍を狙った犯行ではなく、無差別殺人だったという。

「なーんだ、無差別か」「反日ではなかった!」「無差別ならいいよ」

私たちは解散して、帰宅した。

苦い文学

尋ねられ顔

尋ねを誘発する「尋ねられ顔」とでも言ったらいいのだろうか、私は海外の旅行先で、現地の人に道を聞かれることがある。

台湾・台北の街をひとり散歩していたら、年配の女性が中国語で話しかけてきた。中国語はわからないが、道を尋ねているようだ。だが、私に何が言えよう。そのまま立ち去るほかなかった。

私の風貌は、台湾の人やフィリピンの人に似ているとよく言われる。だから、もしかしたら、同じ台湾人と思ったのかもしれない。

韓国に行ったときも、似たようなことがあった。日本から着いたばかりで仁川空港をうろうろしていると、やはり年配の女性が話しかけてきた。「〜はどこですか?」ということを聞いているのはわかったが、それだけだ。私はただ首を振るしかなかった。

このことを知り合いの韓国人に話したら「さすが、現地の人に間違われましたね」と返事が返ってきた。こう言われて悪い気はしない。

そして、チュニジアに行ったとき、地方の町でバスを待っていると、隣で立つチュニジア人男性から、「次に来るバスが遅れているのか」と尋ねられた。

台湾でも韓国でも、私を現地の人と間違う人はいるかもしれないが、アジア人のほとんどいないチュニジアではそれはまずありえない。ここでようやく私は、ことの真相に気がついた。

世の中には、疑問に思ったら、周りにいるのが誰であろうと尋ねずにはいられない人がいるのだ。つまり私は「尋ねられ顔」でもなんでもなく、ただたまたまそうした「尋ね人」に出会ったに過ぎないのであった。