苦い文学

メン・イン・ブラック

メン・イン・ブラックは映画にもなったが、黒服の男たちのことだ。これらの不気味な男たちは、宇宙人を目撃した人々のところに現れて、「言いふらしたら命はないぞ」などと口封じをするという。

その正体についてはいろいろな説がある。ただの都市伝説だという人もいる。本当のところはわからないが、有名になりすぎたせいか、あるいは、情報が拡散しやすい世の中になったからか、最近は鳴りをひそめているようだ。

ところで、私が気になっているだけなのかもしれないが、宇宙人や UFO の話題になると、こんなことを言う人がどこからともなく現れる。

「宇宙人はいるよ」 この言葉に私たちがギョッとして聞き返すと、その人はこう答える。「人間だって宇宙人でしょう」

またそういう人はこうもいう。「UFO は実在するよ」 それで私たちが慌てて問い返すと、決まってこんな答えが返ってくるのだ。「そりゃ、未確認飛行物体だからね。もっとも、宇宙人の乗り物かどうかは不明だけど」

私たちはこれを聞くと、会話するのが恥ずかしくなる。それで、会話は断絶するのだ。

なぜ、これらの人々は、私たちが宇宙人について話していると必ず出現するのだろうか。どうして、聞かれもしないのにとんちを得意げに披露して、私たちの会話を妨害しようとするのだろうか。

もしかしたら彼らは、現代のメン・イン・ブラックなのではあるまいか。

苦い文学

二重没入法

私の友人(55歳、男性)が整形をした。二重にしたのだという。

もしかしたら、これを聞いて呆れる人もいるかもしれない。いい年して何をしてるのか、と。若者ならまだしも、その二重がいったいなんの役に立つのか、と。だが、私はそんなことは言わない。人にはそれぞれ事情があるのだから、好きなようにすればいいのだ。だが、どんな顔になったのか、好奇心をそそられたので、彼に会うことにした。

約束の喫茶店で待っていると、友人が入ってきた。食いつくようにジロジロ見たくなかったので、自然な感じで挨拶し、チラと見た。いつもの彼だ。

メニューを見て彼が選んでいるあいだに、もう一度チラと見た。特に変わったところはない。一重に見える。もしかしたら、手術代をケチって、もう元通りになってしまったのかもしれない。そう思うと彼が哀れに思えてきた。

それから私たちは雑談をした。彼は最近、禅に凝っているとのことで、禅寺にも通っているのだという。私は彼が熱心に禅を語るのに適当にあいづちを打ちながら、いくども彼の目を盗み見た。

「別に信仰心に目覚めたというわけではなくて、自分をしっかり見つめ直したいというかね。それが手っ取り早くできるのが、禅なんだよ。こうやって……」と彼は目を瞑った。私はこのときとばかり彼の目を見た。二重なんかじゃない。噂が間違っていたのだ。

「……自分を心の目で見つめるんだ……整形で二重にした心の目で……」

私は彼が瞑目しているあいだに、喫茶店を出て帰宅した。

苦い文学

キスシーン

韓国のドラマは日本のドラマよりも話数も多く、時間も長いせいもあって、キスシーンもたっぷりだ。これが好きな人もいるが、物語の筋にはほとんど関係ないので、私はあまり関心がない。

ひとりでお昼を食べながらドラマの続きでも見ようと思って再生すると、キスシーンが始まる。そして、私はキスシーンのあいだに食べ終わってしまうのだ。人のキスを見るだけで終わってしまった食事が、消化や栄養摂取などの点で問題ないかどうかはわからない。だが、ややむなしいことは確かだ。

ドラマではキスシーンはしばしば最後の場面にある。キスシーンからエンディング、次回の映像へとつながっていくのだ。なので、この最後のキスシーンはきわめて長い。5分、7分、いや10分かもしれない。

タイパ世代なら早送りするかもしれないが、私の世代は早送りすると命が縮むと教え込まれてきた。なので、私にできることはといえば、その間を利用して、家事をしたり、トイレに行ったり、買い物に出たり、市役所で住民票を取ったりすることぐらいだ。ただ、すばやく動けば、韓国に行って帰って来れる可能性もある。

なんにせよ、用事を済ませた私は再び画面の前に戻る。エンディングも、スタッフ・クレジットもとうに終わって、自動で再生された次のエピソードは、オープニングが終わりかけるところだ。

ちょうどいいタイミングだろうか。キスシーンをうまくやり過ごした、と考えていいだろうか。いや、早すぎたというべきだろう。なぜなら、韓国ドラマでは、キスシーンで終わったエピソードの次のエピソードは、必ず同じキスシーンから始まるから。

苦い文学

真夏のサマーソング禁止令

202X年、日本は地球温暖化による猛暑に直面していた。日々、最高気温が更新され、恐ろしい熱中症が次々と人の命を奪っていった。

政府は熱中症を防ぐため、緊急事態宣言を発令した。外出制限、イベントなどの開催禁止、飲食店の営業時間の短縮など、まるで新型コロナウィルスの日々が復活したかのようだった。

とはいえ、コロナのときと違って、人々は宣言などどこ吹く風だった。いつもの夏のように、街を出歩き、海辺に押し寄せ、プールに詰めかけた。そして、猛暑に血液を沸騰させてバタバタと死んでいくのだった。

事態を重く見た政府は、熱中症対策専門家会議を設置し、もっとも効果的な対策を模索させた。

専門家会議は、現在のこの猛暑はすでに夏と呼べるようなものではないが、これを夏とみなしてしまう先入観が熱中症を増加させている、と分析した。そこで、この先入観をなくすための、ある提案を行った。

「夏を讃美し、人々をウキウキさせて酷暑の海に連れ出すサマーソングを全面的に禁止すべきだ」

これが政策として実現したのが「サマーソング禁止令」であった。

この禁止令が出されて以降、日本中からあらゆるサマーソングが姿を消した。配信も停止され、有線からも消えた。

だが、それでも人々は「シーズン・イン・ザ・サン」や「真夏の果実」をこっそり聴き続けた。カセットテープが闇で流通し、夏歌に飢えた人々が奪い合った。

そのいっぽう、多くの人々が逮捕された。表向きは「粉雪」だが裏では「夏の思い出」を楽しんでいた過激派が摘発され、アパートの一室で違法にサマーソングをダビングして荒稼ぎしていた集団が一網打尽となった。

熱中症予防の名のもとに、政府は人々から音楽も、自由も、そして結果的には夏も奪った。密告者が跋扈し、サマーソングを口笛で吹いただけで、灼熱の強制収容所送りとなった。

いまやだれもが冬を待ち望んでいた。サマーソングが解禁される冬を。もっとも、すでに民主主義の冬がはじまっていたことに気がつく者はひとりもいなかった……。

苦い文学

平和と命の歌

昭和フォーク名曲選
「命と平和の歌」(歌:五つの北の風船)

世界中で流される血と涙
親を失った子どもたちはどこに逃げればいい?
なんのために命を奪い合うのだろう
そんな問いを問う間もなく銃弾が降り注ぐ

憎しみは憎しみを呼び
世界はいつか憎しみに溺れる

だけど僕らは命を大切にしたい
たったひとつのかけがえのない命を

だって僕ら
葬式出たくないから
喪服着たくないから
正座したくない
喪主つとめたくない
香典払いたくない
数珠も焼香もいやなのさ

命よ永遠につづけ AH

いったい誰が戦争など始めたのか
人間の心にいつその楔が打ち込まれたのだ
いま、この瞬間、戦争の親玉たちが
小さい命を貪り尽くそうとしている

報復は報復を呼び
世界をいつか報復が切り刻む

だけど僕らは平和を守りたい
世界を救うかけがえのない平和を

だって僕ら
疎開したくないから
意地悪されたくないから
肩身狭すぎるし
田舎者たちに
いびられたくない
羽虫にヒルにムカデもごめんさ

平和よ永遠につづけ AH

だって
お経は時間の無駄
田舎の寺、怖い
火葬証明書すぐなくなる Uhh(フェイドアウト)

苦い文学

中途半端な男たち

夕暮れどきの東京で、二人の男が川面を見つめていた。二人ともシワだらけのスーツ姿で、疲労が滲んでいる。その顔には深い失望が刻み込まれていた。

二人が故郷を出たのは何年も前のことだった。そこに住む者はみな健康で、病気ひとつしなかった。誰もが死ぬ直前まで元気にしていて、天命が来るとひっそりと消えていくのだった。

だが、二人はそんな故郷がいやだった。一人がもう一人に言った。

「俺たち、一生健康のまま死んでいくのかな」

もう一人が答えた。

「ここを出て、東京に行こう。病気になるんだ」

二人はある夜、誰にも言わずに集落を出て、東京に向かった。

東京での生活は大変だった。なんとかやっていけたのは、病気になりたいという夢があったから、そして、その夢を語り合える友がいたから。

二人は病気になるためならなんでもやった。朝から晩まで働いた。食事はすべてコンビニで買った。ジャンクフードを愛好し、タバコを吸い、酒に酔いしれた。

やがて二人は小さな会社に就職し、死ぬ気で働いた。待遇は良くなっていったが、毎年受ける健康診断にはがっかりさせられた。それで、二人は揃って会社を辞め、自分たちの会社を設立した。

会社の業績はぐんぐん上がっていったが、γGTPも血糖値もコレステロールも上がらなかった。ただ疲労と悲しみが蓄積していくばかりだった。

そして、今、二人は疲れ果て、ただ川の暗い流れを見つめていた。東京のすべてがよそよそしく、もはや自分たちのいるべき場所ではないようだった。かといって、この疲弊した体でどう故郷に帰れようか。

深い沈黙ののち、どちらか、あるいは二人が同時に、つぶやくように言った。

「けっきょく健康にも病気にもなれないんだな……俺たち」

その言葉は小さな吐息とともに川に流されていった。

苦い文学

未来における誕生(2)

その小柄な男は私の言葉を聞くとこう訂正したのだった。「いえ、いえ、私は父ではありませんよ」

「すると、お祖父様かなにか……」

「そんな!」と男は笑った。「勘違いされているようですな! 私は今日生まれたのです」

「すいません、たしかに勘違いしていたようです。あなたの誕生会だったのですね。赤ん坊が生まれたと聞いたものですから」

すると男ははっきりとした声で告げた。「私がその生まれた赤ん坊なのです。今日は私の誕生日なのです」

私が混乱していると、隣で見ていた老人が見かねて私に声をかけてくれた。

「どうやらあなたは別の世界からおいでのようですな」

「ええ、ずっと遠い過去からやってきたのです」

「ならば、お分かりにならないのは無理もない。私の聞くところによれば、あなたの時代では赤ん坊は泣き喚くものと決まっていたということですが」

「ええ、そうです」 私は戸惑いながら答えた。

「さぞかしやかましかったことでしょうね」

「ええ、そのとおりです」

「古記録によれば、赤ん坊はとてもうるさいため、ひどく憎まれていたということです。そのため、赤子殺しが常態化していたということで、ゴミ箱を開ければ嬰児の遺体があったと書かれています」

「そのようなことは……」 私が異議を唱えようとすると、老人は遮った。

「いえ、お認めにならなくてもけっこう。私はあなたを断罪しようというつもりはないのです。大事なのは、自然の摂理はそのような状態をよしとしなかったということです。赤ん坊は進化しました。泣く赤ん坊が淘汰された結果、泣かない赤ん坊だけが産まれるようになったのです」

老人はぐいと酒を飲んだ。

「進化はそれだけに止まりませんでした。赤ん坊殺しと同じくらい、子どもも殺されていました。それで、何万年も経つうちに大人が産まれるようになったのです!」

そのとき歓声が沸き起こった。みると、生まれたばかりの小柄なおじさんがマイク片手に壇上に上がったところだった。男は顔を上気させて叫んだ。

「天上天下唯我独尊! 天上天下唯我独尊!」

老人は顔をほころばせた。「ほほ、生まれたばかりとあって、生意気盛りですな!」 その笑顔は本当に赤ちゃんを見たときのそれだった。

幸せの声が宴を包んだ。私は宴を離れ、集落をでた。そのようなおぞましい時代であっても私は帰りたかった。それにしても、と私は暗い森へ続く道を歩きながら考えた。あの時代ですら、それでもずいぶん泣かなくなっていたということかもしれない、と。

苦い文学

未来における誕生(1)

とある理由により、はるか未来へと飛ばされた私は、現代に帰る方法を探して、今日もまた旅を続けるのであった。

暗い森を抜け、素朴な集落にたどり着いたとき、私は人々のざわめきに気がついた。集落の中に入ると、にぎやかな宴の真っ最中なのだった。私は、楽しげに飲み食いする人々に近づいて尋ねた。

「これはいったいなんの祭りですか?」

すると、ひとりの男が「ようこそ、客人」と私を招き入れ、食事と酒をすすめた。空腹だった私が食べ始めると、男が質問に答えてくれた。

「これは祭りではありません。今日は私たちの村に久しぶりに赤ん坊がやってきたのです」

「なんとおめでとうございます。そのお子さんが健やかでありますように!」と私が盃を掲げると、人々は喜んで酒を飲み干した。

そのとき、私たちのテーブルに、小柄な男がやってきた。男は酒器を手にしていて、私たちひとりひとりに酒を注いで回るのだった。人々は小男に注いでもらうたびに「おめでとうございます」とか「元気に育ちますように」と声をかけ、その度に男は頭を下げた。

小男はやがて私のところに来た。私は彼に酒を注いでもらいながら、お祝いの言葉を述べ、こう付け加えた。

「お子さんの誕生とともに、あなたもまた父として誕生したのです。これもすばらしいことではありませんか」

すると、小柄な男はひどく呆れたような顔で私を見つめるのだった。

苦い文学

撮り鉄

私たちの都市の鉄道で、撮り鉄たちが暴れ出した。

電車の写真を撮るために、道を塞ぎ、草花を踏み散らし、通行人たちを罵り、果ては肝心の電車の運行にまで害を及ぼし始めた。

私たちは駅に対策を訴えたが、なんにもしない。それもそのはず、後から分かったことだが、撮り鉄の一味に駅長の親族がいたのだ。困りはてた私たちは、自警団を組織し、撮り鉄たちの排除に乗り出した。

自警団は交代で駅周辺の撮り鉄スポットを見張り、カメラを持って近づく者があれば、棒で威嚇したり、石を投げたりして追っ払った。また、一般人に扮装している場合もあるので、怪しげな者は残らず縛り上げ、時刻表や電車のプレートを踏ませたりした。

ある日、自警団は、電車のホームで不審な動きをする人物を発見した。さっそく急行して、引きずり倒した。

「やめてくれ! 助けてくれ!」 男は血まみれになって叫んだ。

「黙れ! 撮り鉄め」

男がわめいているあいだに、自警団は鞄を漁り、カメラを発見した。記録された写真を見ると、電車の写真が何枚もある。

「おのれ、縛り首にして、見せしめに4番ホームの屋根から吊るせ!」

「ちがう! ちがう! 私は撮り鉄ではない!」

「嘘だ! こいつの舌を引っこ抜け!」

「そのカメラじゃない! もうひとつのカメラ!」

一人の団員が舌をハサミで切断しようとしていると、別の団員がもうひとつのカメラを見つけた。「ちょっと待て」 メモリを見てみると、女性を駅や電車で盗撮した写真ばかりだ。

「そうだ! 私は撮り鉄のふりをした盗撮魔だ!」 男の絶叫が駅に響き渡った。

自警団は協議のすえ、メモリをコピーしたうえで男を放免することにした。

苦い文学

恨みと怨念の年月

私たちの毎日はつらく厳しい。朝早く起き、満員電車に乗り、朝から晩まで働き、夜はもう疲れて何もできない。具合が悪くても病院にも行けない。なにか病気があって死んだとしても、雇い主はいっこうに困らない。代わりはいくらでもいるから。

だから、賃金もギリギリに抑えられている。かろうじて生きていけるだけ。贅沢などできない。酒を買う余裕もない。

繁華街に繰り出すなど、夢のような話だ。キャバクラにガールズバー、噂には聞くが、どこにあるかは知らない……。

そこでは美女に囲まれた男が飲めや歌えの宴会をして楽しく暮らしているのだ。私たちの苦しみが決して入り込めない世界で、型破りで、愉快で、淫らな宴会が開かれている。そのあいだに今も、別の世界に暮らす私たちは苦しみ、死んでいく。そして、次の私たちが生まれ、やはり苦しんで死ぬ。涙を流し、絶叫し、呪いながら死んでいく。幾世代もこれが繰り返されるのだ。

だのに、宴は終わらない。私たちの絶望を嘲笑うがごときだ。

もちろん、いつか宴は終わる。そのとき、男はこうつぶやくのだ。「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう!」と。

そして、帰途についた男は驚く。たった3日3晩の宴会だったのに、帰ってみると世界が激変しているのだ! 300年、500年、1000年……あっという間に経ってしまった!

そのとき、男は土産にもらった箱に気がつく。決して開けてはいけないと言われた箱。その箱を開ける。

ああ、その中から出てきたのなんだろうか。もちろん、私たちの怨念だ。私たちが苦しんでいたあいだ、美女と遊び呆けていた男への憎悪だ。何百年にもわたって溜め込まれた猛毒の恨みが、モクモクと溢れ出て、男の精気を奪い、一瞬で萎れさせる。