苦い文学

フキダシのドットたち・・・

私はネットで、友人とメッセージのやり取りを続けていた。

私たちはK-popについて話していたのだが、あるアイドルの新曲の話題になったとき、私はこう言った。

「あれ、一回聴いてもういいかなって。最近の傾向かもしれないけどガチャガチャしててメロディがないんだよな」

こう送信した後、私は彼がこのアイドルの大ファンだったことを思い出した。

すぐに取りつくろう言葉を送ろうとしたが、彼のほうで入力中のマークが出現するのが見えた。フキダシの中で小さいドットの列が薄くなったり濃くなったりしている。

私は彼の返事を待った。あんがい同意見かもしれない、と思ったからだったが、彼はずっと入力中のままだった。

私はしばらく待っていたが、灰色のドットのアニメーションは変わらなかった。なにを書いているのだろうか。私はメッセージを送ろうかと考えたが、そのとき家人に呼ばれて携帯を閉じた。

一時間ほどして、再び携帯を開くと、私は彼の入力中のステイタスが変化していないのに驚いた。もしかしたら、と私は思った。入力の途中で放置しているのかもしれない。

それから私はこのことをすっかり忘れてしまった。二日ばかりのちにふと思い出して、アプリを開くと、彼はまだ入力中なのだった。

やはり彼は怒っていたのだ。それで、とんでもない長編の反論を執筆中なのだ。確かにそんなことをしでかしかねない男だったが、私はこの途方もない空想を打ち消した。

不可解な思いに囚われながら、私は、左から右へ動いているように見えるその小さなドットを見つめていた。

すると、私は奇妙なことに気がついた。それらのドットのアニメーションは、いつもの入力中のものとはどこか違うのだ。

私は目を凝らして、そのドットたちを見つめた。私の老眼の目が欺いたのであってほしいと思うが、それらはドットに似た文字であり、ひたすら罵りの言葉を繰り返していた。

苦い文学

KIRINJI 病

私の友人が急病で病院に搬送されたと聞いて駆けつけた。絶対安静と掲げられた病室の前に行くと、年老いた彼の父がいて、容態を聞くと命に別状はないとのことで一安心した。

「いったい何の病気なんですか。この間会ったときは元気に見えましたが」

「実は、数ヶ月前から調子がおかしくなっていたのです……」と彼の父は詳しく教えてくれた。

私の友人は音楽が好きで、古いものから最新のものまで何でもよく聴いていたのだが、あるとき若手のミュージシャンの曲を聴いているとこんなことをつぶやきだした。

「これはなんだか KIRINJI の影響を受けているな」

KIRINJI とは、今の日本の音楽に多大な影響を与えているミュージシャンで、彼がそう思うのも無理からぬことであったが、話はそれだけでは済まなかった。その日以降、彼はなにを聴いてもこんなふうにぶつぶつ言うようになってしまったのだった。

「このメロディーの流れは KIRINJI の『愛の Coda』だな」
「なんかわからないけど雰囲気が『ニュータウン』だぞ」
「ちょっと待てよ、これは『まぶしがりや』のコード進行のヴァリエーションかな」

家族は不安げに見守るしかなかったが、今日、いきなり「なんだこれは KIRINJI の『雲呑ガール』そのままじゃないか!」と大声で叫ぶと、卒倒した。なんでもそのとき彼は YouTube で「オバケのQ太郎」の主題歌を聞いていたのだという。

それで今回の緊急搬送となったが、医者は意識を失った彼を見るなり、家族にこう言ったそうだ。「ほら、この爪を見てください。痩せているでしょう。これは KIRINJI 病 の初期症状なんです」

この KIRINJI 病、国内で症例が数例あるのみという珍しい病だというが、さいわいだったのはここで治療に入れたことで、十分に完治可能だという。だが、もしこのまま放置していたら慢性化する恐れがあったとのこと。そうなると、ガラスのベルが鳴り響くのを聞いても、夜に子どもの泣く声が踊り場に響いても、KIRINJI に聞こえるようになってしまうのだそうだ。

今、彼は医師の厳重な管理のもと治療を受けている。朝昼晩に抗 KIRINJI 剤を投与されているとのことで、近いうちにヤバめのライムでパンチラインをフローに乗せる元気な彼の姿が見られるかもしれない。

苦い文学

無ゴミ箱社会の到来

異国の大通りを歩いていたら、数名の日本人に出会った。日本人たちは、道端に立ち、行き交う人々を真剣な面持ちで見つめているのだった。そのうちのひとりが叫んだ。

「あっ、あれあれ、あの男性、見事ですねえ!」

「ほうほう、でどんな?」と別のひとりが尋ねると、叫んだ方は「こうでした!」と手をブラリとさせて身をよじってみせた。すると誰かが言った。「いや、もうちょっと肩が下がって、脇を引き締めていた」

「なるほどなるほど、ではそれでもう一度お願いします」と別のひとりがビデオを向けて、その「フォーム」を記録しはじめた。

私は異国で異常なふるまいをするこれらの同胞が気になって、思い切って尋ねてみた。するとリーダーらしき男性が答えた。

「私たちは将来の日本のための調査をしているのです。現在、日本では深刻な少ゴミ箱化が進んでおり、じきに街中からすべてのゴミ箱が消えることでしょう。私たちは、この本格的な無ゴミ箱社会の到来に備えて、どのようにしたら日本人がさりげなく道でゴミを捨てられるようになるかを研究中なのです」

そのとき、誰かが声を上げた。「ほら、見ましたか! あの男性! タバコを口に持っていくその瞬間に、脇から紙屑がはらりと落ちました」

「見ました! 実にスマートなポイ捨てぶりでした!」「忘れないうちに記録記録!」

うれしげに騒ぐ仲間たちにリーダーが微笑みながら私に言った。「私たちはこれらの貴重なデータを持ち帰って、帰国後、日本初の『ポイ捨て研修』を東京で開催する予定です。ここでお会いしたのもなにかの縁でしょう。会の案内を差し上げますから、どうぞご連絡ください」

私はそのリーフレットをありがたく頂戴すると、お辞儀をして立ち去った。そして、角を曲がったところで、放り捨てた。

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The Fly

数日前からチュニジアはラマダーンに入つた。ラマダーンと云ふのは月の名前で、此の一ヶ月、ムスリムは断食することになつてゐる。断食と云ふと厳しいやうに感じるが、日が出ていない間は食べることができる。又、日が沈むと人々は外に出て、深夜までカヘェに集まつたり、遊んだりして過ごす。特別な催し物も彼方此方で開催される。だから、ラマダーンは日本の年末年始のやうな娯しい時期でもある。

そんな中、私は、ホテルを出て、数時間調査をして、ホテルに戻つて記録を纏めると云ふ事を数日、繰り返してゐた。調査の間は人と会ふが、ホテルにゐる間は独りだ。別に作業自体は苦にならなかつたが、日に日に孤独が身に沁みてきた。

そんな時私は一匹の蠅に出会つた。其の蝿は、寝台の上で書き物をしている私の手や顔にぴたりと停まつたり、ノォトの上を這ひ回つたりした。私は殺さうと思つて何か叩く物を探したが、新聞紙も雑誌もなかつた。幾度か手で払ふ内に、やがて其れも面倒臭くなつた。暫して、私は蝿が傍の黒の掛布の襞にじつとしがみ付いてゐるのを見た。私はなんとなく友人がやつてきたやうな心持ちになつた。

ラマダーンの間は、日中は何処のカヘェも食堂も閉まつてゐる。朝早いせゐか、人通りも何時もより少なく静かだ。調査に行く為に大通りを歩いてゐると、普段は賑やかさに紛れていただけなのか、矢鱈と蝿が飛び回つてゐるのに気がついた。

飛び交ふ蠅たちは私の顔に頻りにぶつかつてきた。私は微笑みながら歩き続けた。

苦い文学

マンの言葉

【コラム】
「おんなこども」という言葉に如実に現れていますが、私たち男は「社会の主役として女性や子どもを率いねばならない」という考えを、意識的に、あるいは無意識のうちに刷り込まれてきました。

そうした考えはかつての同質的な社会では通用していたかもしれませんが、多様な人々がそれぞれの幸福を追求する現代社会ではかえって批判の対象となっています。

たとえば、マンスプレイニングという言葉があります。「男(man)」と「説明する(explain)」をくっつけたものですが、これは、男性が得てしてしがちな、女性に対して得意げに説明したがる行為を表すものだそうです。

また、マンスプレッディングという言葉もあります。「男(man)」と「広げる(spread)」を合わせたこの言葉が批判しているのは、男性が電車の中で足を開いて座る行為だとのことです。

「わかった、もう女になんか説明してやらん」「なんだデカくて悪いのか」とそうお怒りになる方もいるかもしれません。ですが、この二つの言葉が指摘しているのは、私たち男がしばしば相手の気持ちを考えずに物事をしがちだという傾向です。そして、いわゆる「男性中心社会」の中で、そうした傾向の恩恵を許されてきた私たちが批判されているのです。

私たちは態度を変えるべきときに来ているようです。相手、とくに女性に配慮し、互いの関係が対等になるように調整し、協力関係を打ち立てるように努めることが、今後ますます大切になってくると思います。そして、そのような協力的な男性となってはじめて私たちは、マンスプレイニングやマンスプレッディングではなく、マンコーポレイティング、マンコーディネーティングと声を大にして言えるのではないでしょうか。

苦い文学

ジャーナリスト・スタイル

【一流ジャーナリストが教える! 記事の書き方】
ジャーナリストにとってもっとも大事なことは何でしょうか。取材、資料集め、記事の執筆……、これらはどれも大切なのですが、何かとあえて問われれば、私は記事の最後の一文だと思います。

なぜなら、そこにこそ、ジャーナリストがいちばんいいたいことが詰まっているからです。私たち記者の魂がそこに込められているのです。

だから、むしろ、その最後の一文をどう書くか、ということに向けて私たちは仕事をしています。その最後の一文が、読者の心を動かすのですから、当然のことです。どういうことかご理解いただくために、すこし実際の例を見てみましょう。

たとえば、『笑ってバンザイ』というテレビ番組の司会者が脱税をしたとします。とすると、一流の記者ならば、すぐに最後の一文が浮かびます。

「どうやら、今回ばかりは『笑ってバンザイ』とはいかなかったようだ。」

そして、記者はその一文に向けて綿密な取材にとりかかるのです。

また、「白い心」というヒット曲のある歌手に不法薬物の疑惑が出たら、もう、最後の文は「大ヒット曲『白い心』が黒い心にならないよう気をつけてほしいものだ。」で決まりです。

こういうことを言うと、中にはこうおっしゃる人がいます。もし、「私がある記事のタイトルを見て、最後の一文が思い浮かんだとしたら、記者の言いたいことがわかったも同然なので、その記事はもう読む必要はないのでは」と。

まさにその通りです。そうした方の心にはもう「記者魂」が宿っているに決まっているので、記事を読む必要はいっさいありません。

苦い文学

三日会わざれば

【ザンゲー通信社:記者の目】
世界中がアメリカのトランプ大統領の言動に振り回されています。なにしろ言うことがコロコロ変わるのですから当然です。

本紙でもすでに報じたように、先週、トランプさんは、ウクライナのゼレンスキー大統領のことを「選挙を経ていない独裁者だ」と非難しました。

ところが、昨日、記者とのこんなやりとりが飛び込んできました。

記者「まだゼレンスキー氏を独裁者だと思っていますか?」
トランプ大統領「私がそんなこと言いましたか? 信じられません。で、次の質問は?」

この報道に触れたとき、私は思わず目をこすりました。これを刮目と言うのですが、まさに「トランプ三日会わざれば刮目して見よ」です。

このことから、私があらためて思ったのは、トランプさんこそ、インターネット時代の政治家だということです。なにしろ、いつの間にか内容が更新されているのですから。

ですので、これからトランプ大統領について報じるときは、私たち記者は「トランプ大統領(最終閲覧日:2025年2月28日)」とする必要がありそうです。

苦い文学

ハチ公と銅像たち

渋谷のハチ公の銅像が逃げ出した。ある朝、台座の上が空になっていたのだ。私たちは大騒ぎだ。「ハチ公がいない!」 世にも稀な忠犬との写真撮影のためにはるばるやってきた外国人観光客も叫ぶ。「No Hachi!」

「犬の足だ、そう遠くは行っていないだろう」 私たちは夢中で探し回った。109 にもいない。さては PARCO に? いや東横のれん街に迷い込んだのだ! だが、必死の捜索もむなしく、私たちは途方に暮れるばかり。「どうしてリードをつけておかなかったんだ!」 誰かが腹立たしげに言った。

別の誰かが悲しげに言った。「きっと、待ち続けるのにくたびれたのだろう」「そうだ、連日、外国人観光客にああいじられては逃げたくもなる」「いや、銅像になるほどの忠犬がどこに逃げるものか」「つらいときは逃げたっていい」「そんなの忠犬じゃない」「何を!」

カッカしている私たちに誰かが言った。「待て、探す必要などないぞ! 犬は家に帰ってくるというではないか!」「そうだ、もといたところだ!」

私たちは元ハチ公前に集まった。それ以来、私たちは渋谷駅で待ち続けている。今では、犬を待ち続ける私たちを目当てに外国人観光客がやってくるまでになった。

私たちが銅像になる日も近い。

苦い文学

チョンチャンを守りたい

もう25年以上前のことになるが、私がはじめて北アフリカのチュニジアに行ったとき、街なかで「チョンチャン!」とか「シャキション!」とか、よく声をかけられたものだった。

これはジャッキー・チェンに由来する言葉のようで、中には、カンフーの真似をする人もいた。なんにせよ、一部の人々はアジア人と見るとこの言葉を発せずにはいられないのだった。

これが私には非常に不愉快だった。このような形で人間の尊厳を傷つけてはいけないと思った。そして、この振る舞いをやめさせることのできない自分の無力さに苦しんだ。

そして、今、私はチュニジアにいる。昔ほどではないが、今でも「チョンチャン!」とすれ違いぎわに言ってくる人がいる。となると、かつてはいらだたしかったこの奇習が、今や私にある種の感慨を抱かせるにいたった。

これら一部のチュニジア人たちは、少なくとも30年近くのあいだ、この「チョンチャン」をひっそりと守り続けているのだ。

この歳月のあいだ、世界ではさまざまな出来事が起きた。チュニジアもまた、2010年にジャスミン革命という大きな変革を経験している。「チョンチャン」は激動の現代史を生き延びてきたのだ。

それにしても「チョンチャン」はどのように伝承されてきたのだろうか。臨終の床で父親が「息子よ、アジア人を見たら、私がしたようにチョンチャンと必ずひとつやってくれよな……それが遺言じゃ……」 そんなふうに父から息子へ、そしてその息子が父となり、その息子へ、と綿々と伝えられてきた可能性も否定できない。

こうなると、もはやひとつの文化ではないだろうか。チョンチャン文化だ。

今後、ますます東西の交流が深まると、自ずとチュニジアの人々もアジア人に慣れ、街で見かけても珍しく思うこともなくなっていくことだろう。

そうなると心配なのが、チョンチャン文化の行末だ。いずれ消滅ということにもなりかねない。若い世代の中には、ジャッキー・チェンの映画すら知らずに「チョンチャン!」とやっている者もいると聞く。まさにチョンチャン文化のアイデンティティ・クライシスだ。

私はこのチョンチャン文化を守りたい。日本とチュニジアの友好のためにも保存会を立ち上げ、自らチュニジアの街頭に立ち、アジア人初のチョンチャン実践者として、アジア人にチョンチャンしたいと思っている。

苦い文学

同意に同意が

【ヘッドライン】同意を抑えられなかったか JR駅構内で、女性に同意を求めた男を逮捕

県警は今日、土井駅で、女性に詰め寄り、むりやり同意させようとしたとして、不同意同意強要の疑いで、50代の会社員の男を逮捕した。

県警によると、男は2月25日の夕方、JR土井駅構内で、面識のない20代女性に同意を無理じいしていたところを、通報により駆けつけた警官に取り押さえられ、現行犯逮捕された。

県内では、若い女性が同意を強要される同様の事件が相次ぎ、県警は注意を呼びかけている。そのいっぽう、「同意の同意もなく同意を求めることについての同意に無理やり同意させられたという同意」を若い女性に強要する事件も先月発生するなど手口の巧妙化も進み、「同意に同意が同意に同意の絵を書いた」と対策の遅れを指摘する声も上がっている。

県警は、男が同意を抑えられなかったとみて慎重に取り調べを進めているが、調べに対して男は「同意ぴょこぴょこみぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ」などと容疑の一部を否認している。