風刺・戯文

フローレス原人

今日、人類学の泰斗、ジェイムズ・シェルドン博士が来日した。博士は、フローレス原人(ホモ・フロレシエンシス)研究の世界的権威として知られる。

フローレス原人とは、インドネシアのフローレス島で化石が発見された小型の人類だ。推定によれば、身長は1メートル余りだったとされ、その発見は世界を驚かせた。

フローレス原人をめぐる最大の謎は、もともと小型の人類であったのか、それとも現生人類と同じサイズだったのが、フローレス島という特殊な環境により小型化したのか、という問題だ。後者の小型化説を主張するもっとも有力な研究者であるシェルドン博士は、都内のスーパーやコンビニを巡って、さらなる証拠集めを行う計画だ。

「ほら、見てください」とコンビニを訪問した博士は商品棚からシュークリームを取り上げる。「私は、約10年前にも来日したのですが、その頃より半分の大きさになっています。さらに(と精算前のシュークリームを半分に割る)内部のカスタードクリームは半分どころか3分の1になっているのです。もちろん、これだけではありません。ピザ、ドーナツ、パン、あらゆる食品がそうなっているのです」

博士は精算前のシュークリームに齧りつくと顔をしかめながら話を続けた。

「もし、経済的衰退により、商品の小型化が進み、それを摂取する日本人も環境の変化に適応して小型化しているとしたら、フローレス原人にも同じことが起きた可能性があるといえないでしょうか」

博士は今後、都内のコンビニやスーパーの店内に生息する日本人を捕捉し、体長の測定を実施する予定だ。

風刺・戯文

新たな過ち

駅前を歩いていたら、スーツにオレンジ色のタスキをかけた男が立っているのを見かけた。その男の両脇にはオレンジ色の上着の男たちがいて、日本の旗を掲げているのだった。中央の男の演説が耳に入ってきた。

……核兵器の脅威が今、日本を脅かしています! 私たちは日本が直ちに核を保有すべきだと考えています。核を抑止するのは核、これが真実です。ですが、これは現状では難しいのです。

それは、非核三原則があるからです。なので、ここで、私たちは今できることを考えなくてはなりません。非核三原則のもと、核の脅威に対抗するにはどうしたらよいか、と。

たったひとつ答えがあります。それは、日本人を核に対して強靭化することです。核に負けない体を作ることです。

不可能でしょうか? いや、日本人にはできる、きっとできます。

証拠があります。海苔です! ある科学的調査によると、この海苔を消化できるのは日本人だけなのだそうです。つまり、日本人はこの滋味豊富な海苔を消化できるように胃腸を強靭化してきたのです。

海苔にできるのならば、核にもできるのではないでしょうか? そう、日本人なら、核を消化できる頑健な胃腸を作ることなど簡単なのです。

核煮、核重、核揚げ、核ラーメン、核の軍艦、核巻き、核のおひたし……。これらの核料理に舌鼓を打つ日本人を見たら、北朝鮮も中国もロシアもアメリカも尻尾を巻いて逃げ出すことでしょう!

……この演説を聞きながら私は黙って立ち去った。たとえ過ちを繰り返さないとしても、新たな過ちがこう出てくるようでは、安らかに眠ることなどできまいと思いつつ。

「安らかに眠って下さい、過ちは繰返しませぬから……」

風刺・戯文

アポストロフィなう

我が国はいま危機に直面している。絶えずミサイルは落下し、怪しい船が領海内を侵犯しまくっている。いまこそ、鉄壁の防衛を実現しなくてはならない。

では、その鉄壁の防衛を実現するためにはどうしたらよいだろうか? 巨大な軍艦を何隻も建造することだろうか? 核爆弾を全都道府県に配備することだろうか? それとも、我が国の全領域を電磁バリアーで覆うことだろうか?

確かに重要なことだ。だが、それだけでは不十分なのだ。アポストロフィ防衛がなくてはならない。

アポストロフィ防衛とはなにか? 日本語がローマ字表記されるとき、アルファベットの他にアポストロフィと呼ばれる「’」が出現するのにお気づきであろうか? たとえば、以下のような場合だ。

恋愛(れんあい)ren’ai
全員(ぜんいん)zen’in
新横浜(しんよこはま)shin’yokohama

もしも無知な人が「なんだこのゴマつぶみたいなの」と、このアポストロフィを消してしまったらどうなるだろうか。恐ろしいことが起きるのだ。

れない renai
ぜにん zenin
しにょこはま shinyokohama

そう、すべての意味が消え失せてしまうのだ。つまり、このアポストロフィが n と母音が結びつくのを妨げ、身を挺して言葉を守っていたのだ。そして、この捨て身の防御のおかげで、新大久保が「篠窪」にも、新大阪が「篠坂」となる大混乱を未然に回避でき、日本文化、ひいては日本国が守られていたのだ。

強大な兵器や防御は確かに必要だ。だが、これらの装備も、アポストロフィ防衛がなければなんの役に立とうか。

国民たちよ、今こそこの小さなアポストロフィになろう。そして、全身を捧げて、日本を守ろう。

ライブ

国立文楽劇場

3 年ぐらい前に平賀源内の『神霊矢口渡』をたまたま読んで以来、浄瑠璃を読み始めた。あまり本を読まないので、誰でも読んでいるもので読んでいないものがずいぶんあるが、近松門左衛門もそのひとつで、初めて読んでみて、その面白さに夢中になった。

それからも近松ばかりでなく有名なものを(ただし翻刻で)読み続けているが、一度くらいは、舞台を見てみようと思い立って、昨日と今日、国立文楽劇場の新春公演に行ってみた。

第 1 部は「新版歌祭文」、第 2 部は「仮名手本忠臣蔵」の八段目と九段目、第 3 部は「本朝廿四孝」だった。初めてではあるが、どれも楽しめた。また、当然のことながら、読んでいるだけではわからないこともたくさんあり興味深かった。

浄瑠璃で私が好きなのは、男女の恋よりも、過激だったり一癖あったりするババアやジジイが出てくるところだ。「新版歌祭文」ではそうしたジジイが出てきて私を喜ばせたが、「本朝廿四孝」では私好みのババアが出てくる三段目ではなく、四段目だったのは残念であった。

とはいえ、第四段の姫と白狐の「きつねダンス」は、これはもう舞台でなければというもので、ババアの穴を埋めるに十分であった。

ライブ

青葉市子@東京オペラシティ

3回抽選に外れて、ようやく青葉市子のコンサートに行く機会を得た。

15 周年記念コンサートの追加公演で、 1 月 23 日、東京オペラシティで開催された。それほど曲を知っているわけではないが、「いきのこりぼくら」だけでも十分聞く価値はある。ほかにもいい曲があった。

ステージはギターだけで、数曲、キーボードで歌った。スペシャルゲストは大貫妙子で、これは本当に特別な感じがしてよかった。

外国からと思しき観客も多かった。Apple Music のプレイリスト「インディーフォーク」にアメリカのミュージシャンたちにまじって曲が入っているくらいだ。不思議はない。また、4 月からワールドツアーもはじまるそうだ。

東京オペラシティのコンサートホールに行くのは初めてで、ライブハウスと違うので緊張した。音が響くので余計な音を立てないように注意していたが、急に喉に刺激を感じ、咳がしたくなって、大いに苦しんだ。これがオーケストラだったら、誤魔化しようもあったかもしれなかったが、ギター一本だけなので、逃げ場がなかった。

隣の人のお腹が鳴るのが聞こえるくらい静かな会場で、演奏中、ときどき、客席の中から「バターン!」と響く音が聞こえた。あちこちから同じ音が聞こえるのだ。初めはわからなかったが、たぶん携帯を落とした音だろう。

風刺・戯文

裏切りのサイン

「野球選手やサッカー選手はどうしてあんなに不倫ばかりするのか、くだらない連中だ!」

そうお思いのあなた、それは勘違いというものですよ。彼らはなにもしたくて不倫をしているのではないのです。止むに止まれぬ事情からやっているに過ぎないのです。

どんな事情かと申しますと、みなさまお気づきでしょうか。スポーツ選手が不倫発覚報道で必ずこう言っていることを。

「家族を裏切ってすまなく思っている……」「支えてくれた妻を裏切ってしまった……」

なぜ野球選手やサッカー選手は一様に「裏切り」という言葉ばかり口にするのでしょうか。みんなそろってバカなのでしょうか。それともこの言葉に特別な意味があるのでしょうか?

そう、もうピーンときましたね。そうなんです。選手たちはわざとこの言葉を使って、メディアに報道させているのです。そうやって、あるメッセージを誰かに送っているのです。

どんなメッセージかと言いますと「裏切る用意はできている」ということです。

それだけではわからない? では「私はチームを」ときたらどうでしょうか。そうなのです、これは「自分はチームを裏切って移籍を考えている」という他のチームに向けたメッセージだったのです。

こんなこと大っぴらに言えませんよね。だから、スポーツ選手たちは、イヤイヤ女性をキャンプ地に誘って、祈るような思いでホテルの部屋を予約して、必死になってなんとか不倫を成立させて、その上で、マスコミを利用して、自分の移籍の意思をこっそりと伝達していたのです。まさに「裏切りのサイン」というべきでしょう。

「そんなのデタラメだ!」 そう反論される向きは、どうぞご自分でお調べください。不倫をした選手たちはことごとく、ほどなくして別のチームに移籍しているはずですから。

風刺・戯文

面白くなければ第三者委員会じゃない

フジテレビのバラエティ社長が記者会見で、日本弁護士連合会のガイドラインに基づかない第三者の弁護士を中心とした調査委員会を立ち上げる方針を示したとき、記者たちは激怒した。

「それで真相が明らかになるのか!」

「被害者が納得するか?」

「日弁連に失礼だ!」

激しい批判に慌てたフジテレビは、今日、改めて緊急記者会見を開き、日弁連のガイドラインに則った独立した第三者委員会の設置を明言することにした。

記者会見の会場も前回のようなちっちゃな用具部屋ではない。千葉の奥地の広大な土砂採取場だ。ここなら何百人だって入れるというわけ。オールドメディアも、ニューメディアも、オールドタイプも、ニュータイプも記者という記者がどっと押しかけた。

寒風吹き荒ぶなか、席もなく立たされる記者たちの前に司会が現れ、記者会見の開始を告げる。バラエティ社長の登場だ。なんと、その後には、百人ほどの人々がゾロゾロ歩いてくる。誰もが赤か白のジャージを着ているのが奇妙だ。記者たちはなにごとかといぶかりはじめる。

ここで、バラエティ社長、片手に持った拡声器を口に当てて声をかぎりに叫ぶ!

「面白くなければ第三者委員会じゃない! 紅白対抗! 弁護士だらけの大運動会!」

たちまち水着姿の美女たちが四方から駆け寄ってきて、黄色い声援をあげる!

司会「さあ、始まりました! 全国の面白弁護士たちが第三者委員会をかけて競い合うスポーツと法曹の笑いの祭典! いったい誰に第三者委員会の栄冠が輝くのか楽しみですねえ」

解説者「ええ、競技だけでなく、思わぬ守秘事項のポロリも見逃せませんよ!」

司会「そうそう! なお、勝者には副賞として『過払金の依頼者1年分』が贈呈されます。弁護士たちも熱く燃えております! さあ、選手宣誓です!」

ジャージ姿にゼッケンと弁護士バッジの選手が中央に立つ! 「私たち弁護士は! 日弁連のガイドラインにのっとり! 正々堂々と……!!!」

風刺・戯文

料金の発生

英語は「スル」的言語で、日本語は「ナル」的言語なのだという。

どういうことかというと、英語は「主語が何かをする」という表現が多用されるのに対して、日本語は「〜になる」という形で状況が生じる・成立することを述べる表現が多用されるからだという。

具体的な例を挙げると、例えば「二人の関係は人々の間で噂になった」を英訳すると「People started to gossip about their relationship.」となる。日本語のほうは「噂されるという状況」が成立したことを述べているが、同じことを英語では「People」を主語において「人々が噂する」としているのである(もっとも、他にもいろいろな訳し方はあるかもしれないが)。

これは日本語話者と英語話者の事態の捉え方の違いに関係していて、日本語話者は「ナル」的な見方を好み、英語話者は「スル」的な見方がしっくりくるということらしい。

これは本当かどうかは、私は言語学者ではないのでわからないが、少なくとも「料金が発生する」という言い方がよく使われるのはわかるような気がする。

というのも「私はあなたに料金を請求します」とか「あなたは料金を払ってください」とか、「スル」的にいわれると「払うもんか」という気になるが、「料金が発生しました」と「ナル」的にいわれると、「あそう、発生したの」とついつい財布を開いてしまうのだ。

だから、日本人を動かすにはなんでも「ナル」的にするのがいちばんいいのではないだろうか。「消費税が上がりますよ〜」はもちろんのこと「9条がなくなりますよ〜」ならば「9条をなくすな!」と反対していた人も、たちまち改憲バンザイだ。

「戦争になりました」になるのも時間の問題だ。

風刺・戯文

日本最恐の神社

私は恐怖ハンター。日本中の心霊スポットを訪問して、YouTubeに動画をあげている。

今、私はとある山奥の古びた神社の中にいる。これほど邪気に満ちた地帯を私は知らない。緊急に動画を回そうとするが、撮影を始めたとたんに、動画が止められるのだ。

私は今追い詰められている。もしかしたら、もう二度と普通の世界に戻ることはできないかもしれない……。

「日本で最恐の神社がある」 そんな情報を得た私が、ここにやってきたのは、つい数時間前のことだ。だが、もう何ヶ月も前のような気がする!

その神社の入り口には血のように赤い鳥居があり、私はくぐり抜け、半ば崩れた石段を上がっていった。そして、その先には古びた手洗い場があった。そこの水はひどく汚れていた。私はさらに前進し、ついに神社の正面に立った。情報によればここがもっとも恐ろしい場所だという。

だが、そこはどこにでもありそうな作りだった。なんだ、と拍子抜けして振り向いた私は、自分の背後に立つ男を見て悲鳴を上げた。

そして、その禍々しい男は私に恐ろしい呪詛を投げかけてきたのだ。

「呪われよ! 神社のマナーがなっていない! 鳥居をくぐるときは一礼! 脇を歩け! お前はそれでも日本人か? 手水舎での作法もまったくなっていない! 二礼二拍手一礼も! 一からやり直しだ! できるまでお前を返さないぞ!」

ネッチネッチネッチネッチ、男は私をいたぶりつづける。私は殺されるだろう。呪いでも祟りでもなく、マナーに殺されるだろう……。

風刺・戯文

地震発生確率ゼロ世界

今月 15 日、政府の地震調査委員会は、南海トラフ巨大地震の今後 30 年以内の発生確率について、80 %に引き上げた。

これは「いつ地震が起きても不思議ではない」ことだという。なんとも恐ろしいかぎりだ。

この発生確率 80 %とはどういうことだろうか。私は独自に確率を研究したのだが、それによると、これは 100 の並行世界があるとすると、そのうちの 80 の世界で地震が起きるということだ。とすると、私たちのこの世界が地震の起きない 20 の世界のひとつであれば、地震は起きないということになる。

では、どうすればその 20 %に加わることができるのだろうか。ここで少し考えてほしい。もしサイコロを振って、1の目が出てほしいときに1が、あるいは6の目が出てほしいときに6が出た人がいたら、私たちはその人をどう呼ぶだろうか。もちろん幸運な人である。

つまりこういうことだ。もしも私たち日本人が十分に幸運であるならば、この世界を地震の起きる 80 %の世界ではなく、地震の起きない 20 %の世界に移行させることができるのだ。

では、幸運であるためにはどうしたらよいだろうか。おまじないやお守りといった個人的な努力には限りがある。日本政府が率先して運気アップ政策を推し進める必要があろう。新たに 7777 円札を発行するのも有効だ。

しかし、もっとも大事なのは幸運を浪費しないことだ。私たちはつまらないことで運を使わないように我慢すべきだ。幸運節約社会こそ地震のない世界への近道なのだ。

北朝鮮のミサイルが運悪く日本の原発に落下したり、不幸な無差別テロが頻発したり、不運な事故で無辜の人々が犠牲になったり、皇位継承者がゼロになったり、ロシア・中国との戦争に駆り出されて命を散らしたりなどという非運の連続も、幸運にも地震の起きなかった日本のためだと思えば、どうということもなかろう。