苦い文学

言文不一致

アジェンダ、コンプライアンス、アカウンタビリティ、エヴィデンシャリティ、オブノクシャス、ヒレイリアス、ペッティング……

日本復活党が政権を握ったとき、悪意に満ちた移民どもと一緒に追放したのが、これら意識の高い系の外来語だった。

そして、日本復活党は、美しい日本語を守るために、日本語純化を宣言した。「日本語は乱れてしまった! 私たちは本当の日本語を話すときに来ている! これからは国会も、学校教育も、公文書も、出版物も、すべて源氏物語時代の日本語に改める! それ以外の日本語を使うものは、反日勢力として処刑する!」

人々は叫んだ。「いとおかし!」 本当はもっと別のことが言いたかったのだが、教養と事情が許さなかったのだ。

ある学者によれば、今や、人々は 2000 通り以上の言い方で「いとおかし」を使い分けて、日々の生活を送っているそうだ。その学者はそのすべてを網羅した辞書も刊行したが、「いとおかし」としか書かれていなかった。

苦い文学

スカッとする社会

私たちの社会はスカッとする話で溢れている。スカッとする話は、まとめサイトやツイッター(現 X)には欠かせないトピックだし、テレビでは再現ドラマのお馴染みのテーマのひとつだ。

スカッとする話はたいてい次のようなパターンを持っている。

・語り手は、スカッとする話の体験者か、近くにいる目撃者である。

・語り手もしくは体験者が、なんらかのマイノリティによって不快な目に遭う。

・「なんらかのマイノリティ」は、社会的に弱い人、異常な人、特殊な集団に属す人、孤立した人などだ。スカッとする話ファンは、シングルマザー、嫌われ者の管理職、外国人、オタクが特にお気に入りだ。

・「不快な目」とは、「なんらかのマイノリティ」」の理不尽な要求、過剰な利己主義、度を越した吝嗇などによって引き起こされる。

・この「不快な目」から体験者を救うのが、「秩序の体現者」だ。「秩序の体現者」の役目は、マイノリティを懲らしめることにある。だが、「マイノリティ」と同じ土俵で争うことでそれを行うのではなく、ただ秩序を体現することによってのみ行う。通常、この「秩序の体現者」は「マイノリティ」の上位に立つ権力者・有力者、富裕層である。

・そして、「マイノリティ」による秩序の破壊という不快と恐怖が、「秩序の体現者」による秩序の回復を通じて解消される過程が、スカッとする印象を生み出す。

スカッとする話は秩序の回復の物語であるから、社会不安の緩和に有効である。そして、社会不安がないということは、政権を維持維持するのに好都合である。

それゆえ、現在の政府は、極秘の部署に、似たようなスカッとする話を大量に作らせ、ネットとメディアを通じて密かにばら撒いている。

そんなわけで私たちの社会はスカッとする話で溢れている。だが、現実にはスカッとするできごとなど、起きたためしがないのだ。

苦い文学

架け橋

架け橋になりたい、という真っ直ぐな思いを胸に、東南アジアの小国、カナベアにやってきたある若者は、最貧部の農村に行き、日本で集めた古着や文房具を村人たちに配りました。

すると、村のリーダーが若者に声をかけました。「私たちはあなたのしていることに感謝しています。ですが、一部の人々はあなたに何か悪い意図があるのではないかと疑っています。これから長老の家に行って、あなたの目的を話してくれませんか」

若者は長老の家に連れて行かれました。色黒で、シワだらけの老人の小さな目が鋭く見つめていました。

「私がこの村で支援活動を行うのは他意あってではありません。カナベアと日本の架け橋になりたいだけなのです」

村人が長老に通訳しました。すると、長老は小さな目から涙を流しました。

「私たちはあなたがこの地にやってくるのを長い間待ち望んでいました。あなたこそ、村の聖者が予言した人に違いありません。あなたのおかげでこの地の人々は救われることでしょう」

この言葉を通訳から聞いた若者もまた感動しました。すると、村人たちが若者に掴みかかり、ねじ伏せ、ロープで縛り上げました。あまりのことに若者は一言も発することはできませんでした。

村人たちは若者をリヤカーに乗せて運んで行き、川のほとりで下ろしました。そこには真新しい橋がかかっていました。

「日本政府の支援によって建てられた橋です」と村人。「この橋は私たちの生命線です。なぜなら、流れがはやくて危険なこの川を渡るには、この橋しかないからです。いにしえの賢者の予言によれば、橋になりたいという異国の若者が来るので、その人を橋のたもとに埋めるがよい、そうすれば、橋は完成し、破壊されることは決してないだろう、ということです」

すでに穴はできあがっていました。村人たちは若者をその穴に放り投げると、上からどんどん土を被せました。

苦い文学

私の節約法

この世界はなんと悲惨に満ちていることでしょうか。

どれだけ多くの人々が、なんの罪もないのに、命を奪われていることでしょうか。自分のものでない戦争のために戦場に駆り立てられ、政治家たちの無責任な虚言・流言飛語・陰謀論の責任を押しつけられて、惨めに殺されていることでしょうか。

そして、どれだけ多くの子どもたちが、自我すら芽生えぬ幼児たちが、それどころか、この世界の光を浴びたばかりの赤子たちが、大人も背負えないほどの苦しみを味わいながら、無惨にも殺されていることでしょうか。

私はいつもこれらの命のことを考えるようにしています。そして、これらの命がこの地上にもう一度、生まれるよう、そして平和な人生を送れるよう、心から願っています。

とくに私が「人生は一度きりだから、これ買っちゃえ」とか、「たった一度の人生だから、贅沢しちゃうぞ」とか考えがちのときに、そう願うようにしているので、余計な出費を抑えることができ、ずいぶん貯金ができました。

これからも悲惨な世界に期待しています。

苦い文学

闇のバイト

……ええ、吉田十郎です。26歳です。私はギャンブルのため、多額の借金を抱え、困っていました。仕事もありませんでした。お金を返せないので、怖かったです。

そんなとき、SNS でバイト募集を見つけました。車に乗るだけという簡単な仕事で、「高額」「即日即金」でした。はじめは怪しいと思いましたが、「ホワイト案件」と書いてあったので安心だと思い、スマートフォンで登録しました。

すぐに返事が返ってきて、バイトの登録のために身分証の写真や住所や家族の情報を送るように言われました。そうすると、Telegram に登録するよう返事があり、そこで集合場所を指示されました。

私はこの時点で怖くなり、「やめたい」と返事をすると、家族がどうなってもいいのか、と脅迫されました。家族に危険が及ぶのが心配になり、待ち合わせ場所に行きました。

朝早く、待ち合わせ場所に行くと、はじめてみる人たちがいました。みんな派手なジャンパーを着ていました。私は無理やり車に乗せられ、「車の窓から顔を出して手を振れ」と命令されました。イヤだと言うと、強く叩くので怖くて必死になってやりました。

それからのことはもうニュースになった通りです。私は最年少で議員に当選し、政府と政党から裏金を騙し取って、犯罪者に渡しました。

ええ、今の国会には、私のような闇バイト議員がたくさんいると思います。

苦い文学

新しい痴漢

昼下がり、都会へと向かう電車のその車両には、私とスーツを着た男のほか誰もいなかった。私は座席の端に座り、その男は向かい側の座席の反対側の座席に座っていた。銀の手すりにもたれかかって、目を閉じていた。眠っているようだった。

電車が赤頭駅で停車すると、警官たちがどかどかと乗車してきた。驚いて見ていると、警官たちは向かいの乗客を取り囲んだ。

「痴漢の現行犯だ! 逮捕する!」

叩き起こされた男は警官たちを見上げた。警官が男の腕を掴んで立ち上がらせようとすると、男は身を固くして抵抗した。私は思わず声をかけた。

「ちょっと、待ってください! 事情は分かりませんが、その人はこの車両にずっといました。私が証人です」

すると警官のひとりが私に言った。「お騒がせして申し訳ありません。この男は普通と違うのです。痴漢とは触るだけではないのです。見たり、匂いを嗅いだりする間接的な行為も痴漢です」

「この車両には女性はいませんでした。これもまた証言できます」

「ええ、ですが、この男は触りも、見も、匂いを嗅ぎもせずに、ただ強力な想念のみで痴漢行為を行うことができるのです。しかも別の車両にいる女性に対してです。もっとも新しい痴漢として、この容疑者を私たちはずっとマークしていたのです」

そのとき、別の警官が叫んだ。

「やっ、逃げたぞ!」 警官たちはいっせいに車両からホームに飛び出した。「線路に降りた! 逃げた!」「追いかけろ!」

そのとき静かにドアが閉まった。私と、なにごともなかったかのように再び目を閉じた男を乗せた電車はゆっくりと動き出し、男の幻影を追いかける警官たちを置き去りにして、都会に向かっていった。

苦い文学

サ行

サ行音について、しばしば「最近、舌足らずの発音をする人が増えた」という人がいる。どういうことかというと、英語の three や third の th で発音する人がいるというのだ。

「舌足らず」かどうかはともかく、そういう発音をする人がいるのは私も知っている。それどころか、日本語の教材の音声でも「これ、th では」という発音がある。

それはともかく、英語では s と th の区別は大事だが、日本語はそうではないので s を th で発音しても大して困らない。これが、th の発音の原因のひとつだろう。

th といえば、この音は f にも似ているのだという。three の th は舌と前歯の隙間を息が通過するときに出る音だし、いっぽう f は、前歯と下唇の隙間を息が通過するときの音だ。どちらも 歯と柔らかい部分(舌か唇)で作る音だから、似ているのだ。

そこで、私は考えた。もしも s を th で発音する人がいるのならば、さらに進んで、その th を f で発音する人もいるのではないか、と。

そんな矢先、先の衆院選で立憲民主党の枝野幸男さんがインタビューに答えているとき、私の鋭い耳ははっきりと捉えたのだった。

「実際に(じっふぁいに)」

ふぇいじかの発言だけに、重みがあるといえよう。

苦い文学

屁の喪失

腸内環境のエキスパートだと名乗るその男は、健康に関する不安につけ込み、巧みな話術で私を信用させると、そのサプリメントを高額で売りつけた。そして、服用をはじめたその日から、私は屁を失った。

私ははじめのうちおかしいとも思わなかった。自分が長いこと屁をしていないことに気がつきもしなかった。そして、それに気づいた後でさえも、これは自分の腸の調子がよくなっているからだと好意的に捉えた。

しかし、人間がこれほどまでの間、屁をしないことなどあるだろうか。そう思うと私は不安になり、病院に駆け込んだ。そこで診察の結果、私の腸内から屁が消え去っていることが判明したのだった。

いや、正確にいうと、腸内において屁は存在するのだが、ただ、生成されたとたん、どこかに消えてしまうのだ。結果として、私はいっさい屁をすることができなくなってしまった。医者はいった。

「屁泥棒ですな。サプリメントをやめてももう腸はもとに戻らない。諦めることです」

ああ、失ってみて初めてわかる。屁がどれだけ私に快感を与えていたかを。その音がどれだけ心地よいものであったかを。そして、その匂いがどんなに私の孤独を慰めたかを。

屁なき人生とは、屁のようなものだ。

(この手記の作者は、ある事故により、自分の屁についての感覚をいっさい失った結果、このような妄想を信じることとなった。実際は、大きくてとびきり臭い屁を頻発する人物である。)

苦い文学

ピラミッドは宇宙人が作った!

宇宙人が世界の最果てに漂う青い星に飛んできて、人類を発見したとき、この幼い種族の発展を願わずにはいられなかった。

そこで、当時もっとも文明の進んでいたエジプトの王の前に現れ、こう言った。

「私は遠い世界からやってきた最高の賢者だ。私たちの力を、諸君のために提供しよう。望みを言うがいい」

強大な王は言った。「私はかつて、自分が永遠に王国を支配できるようにと、巨大な建築物を作ろうとしたことがあるのだ」

王は、倉庫に入れられたまま忘れ去られていた図面を持ってこさせ、宇宙人に見せた。「ピラミッドだ。だが、どの賢者に見せても、不可能だと言い張るのだ。それで私は諦めていたのだが、もしもお前が最高の賢者というのならば、これを作ってみよ」

宇宙人は王の無知に微笑みながら、承諾した。宇宙人は、異星の未開人のために技術を使用する許可を得るため、さっそく宇宙稟議書を作成し、本星へと送った。その稟議書が宇宙のあちこちで星の数ほどの承認をもらい、いくつもの部署を通過し、最終的な決済が降りるまで、気の遠くなるような時間がかかるのだった。

宇宙人が力を携えてやってくるのをエジプト人の王は待ち続けた。王はついにこの世をさり、次の王が即位し、さらに次の王、そして何代も経て、王朝そのものが変わった。

宇宙人の約束はしっかり伝承されていたから、新たな王朝の王も待ち続けた。そして、さらに数代経て、新たに玉座に登った王は、とうとう痺れを切らして言った。

「そもそも得体の知れぬ賢者に頼ったのが間違いのもとだ。我々でもう作ってしまおう。真剣に取り組めば、きっとできるはずだ」

そんなふうにして、エジプト人たちはピラミッドの建設に本格的に取り組みはじめた。宇宙人がいなければ、そんな成り行きにはならなかったのだから、ピラミッドは宇宙人が作ったといってもいいだろう。

苦い文学

『リアルすぎる日本語』

これまでにない新たな視点を盛り込んだ日本語教科書『リアルな日本語(初級)』が刊行された。

日本の本当の姿を知ってもらおうという熱意に溢れた教材だ。通常、初級というと、文法・語彙ともに限定されているため、会話や読み物も現実の日本語から乖離したものになりがちであるが、『リアルな日本語』はそうならないための創意工夫に満ちている。

また、扱われるトピックも、きわめてリアルであるのも大きな特色だ。こうしたトピックは通常なら上級向けとされるが、それを大胆に、そして無理なく盛り込んでいるのにも感心させられる。全15課のうち、はじめの5課の内容を次に紹介しよう。

第1課 「私は満員電車の痴漢です」(日本語で自己紹介ができる)
第2課 「いいえ、パワハラ、セクハラ、ありません」(我慢ができる:その1)
第3課 「非正規労働の先に何がありますか」(道を尋ねることができる)
第4課 「日本人は弱いものいじめが好きですね」(趣味や職業について話すことができる)
第5課 「外国人は出て行きなさい」(我慢ができる:その2)

じつに有益な教科書であり、私もクラスで使用させてもらっている。ひとつ難点をいえば、教科書を最後まで終わらせることができないというのが問題だ。最初の数課で、日本語学習者が全員いなくなってしまうのだ。