苦い文学

ヴィランども

私は良い人間でも悪い人間でもない。でも、弱い人間が理不尽にいじめられているのを見ると、黙っていられない。

弱い人間とは、その人の強さ弱さをいうのではない。社会的に弱者とされている人だ。例えば女性。女性の中にはもちろん強い人もいっぱいいるが、その強さだけではどうしようもできない暴力にさらされている。そして、その暴力にもっとも苦しむのが、弱い立場にいる女性たちだ。

また難民もそうだ。難民というのは、国家という後ろ盾を失った人々であり、そうした人々はひとしなみに「うさん臭い、弱いもの」と見なされる。もちろん、難民にもイヤな奴はいくらでもいる。だが、イヤな奴だからといって、その人を不当に苦しめることはできない。

私は、これら弱い人々のために一生懸命働いてきた。だからといって、普通の人々を蔑ろにしているわけではない。こうした弱い人々が力をつけることが、結局のところ、それ以外の人々の生活の豊かさにつながるのだ。

そして今、人々は正義に飢えている。腐敗しきった世の中が正されるのをいまかいまかと待っている。「悪を懲らしめてくれ!」 そう口々に叫んで、新しいリーダーを求めている。人々は私の名を呼ぶ。前に立ってくれと、絶叫する。ついにそんな時代になったのだ。力あるヒーローが憎きヴィランどもを滅ぼす、そんなスカッとする世界がついに到来したのだ。

私もまもなくヴィランのひとりとして殺されるだろう。

苦い文学

駅の演説

吉田六郎さんは都内の会社に勤める会社員でした。毎日毎日、過酷な満員電車に乗って出勤するうちに、日本の労働について考えるようになりました。

「日本は少子高齢化により労働者人口が減っていくのが確実なのに、満員電車などの厳しい労働環境のままでいいのだろうか、と、そんなことを考えるようになりました」(吉田さん)

そんなときに出会ったのが、政党の立候補者公募。吉田さんは日本を変えたいという気持ちから応募し、選考ののち党から推薦を受けることとなりました。

「満員電車をなくしたいという、熱意にあふれた吉田さんを応援したいと(決定しました)」(党関係者)

選挙が公示されました。立候補に先立ち仕事を辞めた吉田さんにとって、すべてを賭けた選挙活動の始まりです。

選挙ポスター、事務所の設立、日程の調整……吉田さんは党の支援を得ながら選挙活動を進めていきます。中でも力を入れたのは、朝早くからの駅での演説です。足早に仕事に向かう有権者に声をかけます。

「みなさん、おはようございます。この度、立候補いたしました吉田六郎です。お仕事行ってらっしゃいませ。満員電車ご苦労様です。この選挙こそ、日本を変える…」

知名度はゼロにちかい吉田さん。無視する人も多く、演説もほとんど聞いてもらえませんが、それでも挫けずに立ち続けると、次第に周囲の目も変わってきました。

「吉田さん、頑張って!」(駅に向かう年配の女性が声をかける)

「ありがとうございます。満員電車ご苦労様です」

そして、投票と開票の結果、吉田さんは見事、初当選を果たしました。

「これもみなさんのおかげです」(選挙事務所内が拍手に包まれる)

政治家としての一歩を踏み出した吉田さん、その翌日の朝も駅前に立ち、マイクを片手に有権者に思いを伝えます。

「みなさん、おはようございます。みなさんのご支援のおかげで、毎朝、満員電車に乗る生活から解放された議員の吉田六郎です。みなさん、満員電車ご苦労様です。ほんっとうにご苦労様です」

喜びを隠しきれない吉田さんの声は遠く4番ホームまで聞こえたとのことです。

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説明するときに無理する人

発達障害とは「脳機能の発達に関係する障害」ということですが、近年、発達障害だとされる子どもが増加しているそうなんです。昔はいなかったのに、最近になって増えているとはどういうことでしょうか。そのことをみなさんにちょっと考えてほしくてこうしてお話ししているわけです。

そう言いましても、みなさんにお考えがあるとは思えないので、私なりに説明してみましょう。

私は、これは教育の場において体罰が追放されたことに関係があると思っています。昔も発達障害と診断されるような子どもいたに違いありません。これは確かです。ですが、そうした子どもは発達障害だと考えられなかったのです。

なぜか。それは、教師に殴られたからです。非常に激しく、強烈に何度も何度も殴られたからです。この殴られた衝撃が、頭に良い効果をもたらし、矯正されたのです。いや、当時の言葉を使えば「性根が叩き直された」のです。体罰には高い教育的意義があったのです。

もちろん、殴られた衝撃が悪い効果をもたらした場合もあったかもしれません。ですが、そうした場合はほぼ確実に子どもは死んでしまったものでした。そのため、発達障害として数えられることはなかったのです(昔は子どもがたくさんいたので、少しぐらい死んでもあまり気にしませんでした)。

だから、体罰を悪だというのは非常におかしな考えです。というのも、体罰を悪者扱いしたせいで、こんなにも発達障害がのさばる日本となってしまったのです。このままでは体罰禁止のせいで日本は滅びてしまうでしょう。

それに、でなければ、どうして昔の教師があんなに殴ったのか説明がつかないじゃないですか。小中学校のころの私が毎日、あんなにも激しく残虐に殴られたのはなんでだったのでしょう。それで私は治ったのです。じゃなきゃ意味がまったくないではないですか……さんざっぱら殴られたせいで人生が破壊されたのに、そこに治ったというせめてもの甲斐がなければ……ううバカみたいではないですか……バカみた……

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主語なき時代へ

主語賛成派と主語反対派の抗争はますます激化していきました。状況をさらに悪化させ複雑にしたのは、海外諸国の介入でした。

主語反対派は、主語のない言語が用いられている国々から強力な支援を受けていました。これらの国々は、主語を自国の政体を脅かす危険成分だと分析していたのでした。

いっぽう、主語のある言語が使われる国々はこぞって主語賛成派の支援を表明しました。多くは民主主義の確立した国々であり、我が国での主語をめぐる争いを主語退潮の危機と捉えたのでした。

両勢力とも拮抗した状況が続き、このまま内戦に突入かと思われましたが、あるできごとが事態を大きく変えました。

主語反対派の勢力と我が国の保守勢力とが合流し、大きな政治勢力となったのです。反主党と名乗るこの勢力はたちまちリベラル勢力と主語賛成派を駆逐し、とうとう権力を掌握しました。

反主党は政権を奪うや、主語廃止令を発布し、主語の粛清に乗り出しました。そして同時に、これまでどの政治勢力もなしえなかった改憲に取り組みました。日本国憲法は GHQ の指示により、無数の主語で汚染されている不純な憲法だというのです。

その結果、我が国の憲法は次のように純化されました。

(旧憲法前文) ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
(改正憲法前文) ここに存することを宣言し、この憲法を確定する。

新しい憲法が発布されたこの日、私たち国民から主語と主権が永遠に奪われたのでした。

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主語の抗争

日本語の主語の有無をめぐる壮大な社会実験は、被験者が急に英語しか話さないようになったため失敗に終わり、その後、主語賛成派と主語反対派の対立は深まるばかりでした。

この対立がついに暴力沙汰を引き起こしました。学会での議論の最中、主語賛成派がカッとなって主語反対派の頭をポカリと殴ったのです。そして、こう怒鳴りました。

「主語がないというのなら、お前は誰が殴ったかもわからないはずだ!」

そして、殴られてフラフラしている主語反対派に追い打ちをかけました。さらなる一発をお見舞いしてこう叫んだのでした。

「覚えとけ! これはお前たちが否定した主語の分だ!」

主語反対派たちはほうほうのていで逃げ出し、学会主流派となった主語賛成派は勝利宣言を出したのでした。

ですが、この事件からしばらくすると、主語賛成派の幹部たちが次々と襲撃を受け、殺害されるという事件が発生しました。これがいわゆる「主語なき殺人事件」です。こう呼ばれるのは、犯人はいかなる手がかりもの残さなかったためでした。

警察の懸命の捜査にも関わらず、犯人が逮捕されない事態に、ついに残された主語賛成派が行動に出ました。主語反対派の仕業だと確信する彼らは、大規模な報復を開始したのです。

その結果、武力抗争が勃発しました。両者の抗争は拡大し、ついには無辜の市民が攻撃の目的語になる痛ましい事件すら発生したのでした。

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主語の実験

日本語に主語があるのか、はたしてないのか……これまでこの問題について数々の議論がなされ、論文が発表されてきました。

主語があるという主語賛成派はこう言います。「どんな行為にもそれをなす人がいるのだから、主語がないなんてありえない」

いっぽう、主語がないと言ってはばからない主語反対派はこう反論します。「日本語には英語のような主語はないし、主語のない文だってある。日本語には主語など必要ない」

この論争に終止符を打つべく、いま大規模な試みが行われようとしています。実験を主催する大富豪、後澤呆作代表は語ります。

「これは壮大な社会実験です」

実験の主役となるのは吉田二郎さん(66)です。地下に建設された空間で、これから1年間のあいだ外部との接触を断ち、たったひとりで過ごす予定です。

「食事も排泄もすべてエコシステムの中で完結しています。退屈じゃないかって? 運動設備も娯楽もなんでも揃っていますから、退屈する暇なんてないでしょうね」

こう笑う吉田さんがこの地下施設でチャレンジするのは、主語なしの生活です。

吉田さんの地下施設での様子は、逐一地上でモニタリングされ、主語のチェックが行われることになっています。

「主語が検出されてもされなくても、この実験によって主語論争に決着をつけることができるはずです」と後澤代表は期待に胸を膨らませています。

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老後の移住

老後は、物価の安くて暖かい国でのんびり過ごせたら……そんな夢を抱いて日本への移住を決断したのは 68 歳の A さん。貯金と退職金は資金としても十分です。異国の地で何不自由ない生活が待っているはずでした。

しかし、思わぬ落とし穴が待ち受けています。

「なによりも大変だったのは現地の人との習慣の違いでした。時間に遅れると怒り出すし、野菜のこと(おそらく報連相のこと)ばかりいつも言っているし……道はゴミひとつないというのは評判の通りでしたが、歩いている人がみなゴミでした。それに、聞いていたよりもトイレも汚かったんです」(A さん)

ストレスフルな生活にさらに拍車をかけたのが、考え方の違いです。

「日本人は顔以外のことに関心がないのです。いつでも『あの人は顔が変わった』とか『整形だ』とか『メガネだ』とか言っています。ニュースもそんなニュースしかないのです」

そしてついに決定的なできごとが A さんの身に降りかかります。

「日本人はついに私の顔のことまで口を挟むようになったのです。『お顔の激変ぶりに唖然です』『ビジュに賛否ありそうですね』 もうたくさんです」

ついに帰国を決意した A さん。

「地球温暖化のおかげで気温も寒くないし、失われた 100 年のおかげで安く過ごせると思いましたが、やはり、安い国は安い国でした。移住の前に十分下調べをしておけば、と悔やまれます」と後悔しきりです。

今回の移住で、資金の一部を失った A さんですが、「安物買いの銭失いですが、安物だけあって大した損もしていないのが不幸中の幸いです」と、明るく語ってくれました。

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スクランブル交差点

「世界でもっとも有名な交差点」とも言われ、世界中から観光客が押し寄せる渋谷スクランブル交差点をなんとかしようと、「新しい日本を考える男たちの会」が立ち上がった。

「もしハチ公がご存命ならば、外国人たちに吠えかかりいの、ガブリと噛みつきいので、追っ払っていたことでしょう」と公言してはばからない男たちは、その晩、混雑したスクランブル交差点を占拠して叫んだのだった。

「俺たちの目が黒いうちは、何人たりともこの道渡るべからずだ!」

「ははーん、真ん中を通ればいいのさ!」と叫んで渡ろうとした歩行者を男たちはボコボコにした。人々は震え上がった。「これはとんちじゃない! 現実なんだ!」

列になった男たちは、どっかりと地面に腰を下ろした。「俺たちは観光公害から渋谷を守る!」 もうテコでも動かない構えだ。

道が渡れなくなったので、交差点周囲はたちまち人でいっぱいになった。その上、駅から絶えず人が吐き出されてきて、押し合いへし合い、もう身動きもできない。群集事故発生かと思われたところ、警官の車両が駆けつけた。

「座っている男たち、直ちに立ち上がって立ち去りなさい!」 スピーカーが大音量で繰り返す。「男たちよ、立ち上がるのだ!」

群衆に巻き込まれた外国人観光客たちは、ポリスがなんと言っているのか知りたくなった。みんなほとんど同時に自動翻訳機にかける。その瞬間、外国人たちの間に衝撃が広がった。

“Japanese Gentlemen, Stand Up Please!”

YMOだ! 私たちは、俺たちは、この3人がいなければ、日本のことなど知りもしなかったろう! そうだ、今こそ、声を合わせて歌うときだ! もう叫ばずにはいられない!

“Do the Tighten Up!” 

“Japanese Gentlemen, Stand Up Please!”

“Do the Tighten Up!”

外国人も、日本人も関係ない! 音楽に交差点はない! 渋谷中がまるで爆発したみたいに振動し、酒飲め SAKAMOTO のらんちき騒ぎが始まり、狂乱の夜は果てることなく……永遠に……………………

………Here We Go Again?

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さとうもか@渋谷WWW

コロナのとき、さとうもかの『GLINTS』(2020)をたまたま聞いて気に入ったので、このアルバム、そしてその次に出た『Woolly』(2021)もよく聞いた。そして、この10月31日に新しいアルバム『ERA』が発売され、そのツアーがあるというので、今日11月10日、渋谷WWWのライブ「さとうもかBand Set」に行った。

さとうもかは、わりと若い女性が聞くようなイメージがあるので、やや心配だったが、男性も多かったし、私と同じ年代の人もいた。

さとうもかの声もいいが、私が好きなのはメロディに「さとうもか節」とでもいうようなクセがあることだ。そんなわけでどの曲も違うのだが、同じように聞こえることもある。また、明るいポップな曲(「Glints」)やユーモラスな曲(「Peach Perefect」)もいいが、「切ない」とは違う、どこか悲壮で張りつめた感じの曲が持ち味だ。新曲の「Dear Stranger」や代表曲「melt bitter」、そして今回は演奏しなかった「ながれぼし」などがそれにあたる。

これらの曲もそうだが、失恋の歌が多いので「失恋の女王」と呼ばれているのだそうだ。もっとも本人は MC で「失恋もそれほど経験はないし、恋愛もそれほどない」と言っていた。

さて、Band Setというのは、バンド付きのライブということで、これがとてもよかった。バンドはスピーチバルーンという岡山のバンドで、さとうもかとかつて岡山で一緒に活動していたとのこと。スピーチバルーンの曲も1曲(「Night Flight」)演奏され、これもよかった。

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ストレスチェック

今年、平助はある学校で、非常勤として授業を一コマ担当した。前期だけだから、契約期間も9月いっぱいで終わりとなった。すると、10月になって、その学校からこんなメールが送られてきた。

「ストレスチェックのお知らせ」

メールを開くと「必ずストレスチェックを受けてください」と書いてあり、どうやら常勤の教員や職員が対象のようだ。契約の終わった非常勤には関係ない、と平助はメールを削除した。しかし、2週間後、またメールが来た。

「【周知】ストレスチェック実施のご案内」

今度も削除すると、1週間ほどのちにさらなるメールが送られてきた。

「【重要】ストレスチェックのご案内」

メールには、「*このメールは現在実施中のストレスチェック未受検者の方に送っています。」とあり、ストレスチェックの URL が貼り付けられていた。そこまでいうのなら、と平助はリンクに飛んでストレスチェックを受けることにした。

60 問ほどの質問があって、そのそれぞれに「そうだ まあそうだ ややちがう ちがう」のどれかで答えるのだった。

1問目「非常にたくさんの仕事をしなければならない。」
2問目「時間内に仕事が処理しきれない」

どうやら質問は、常勤向けのようだった。非常勤暮らしの平助は、やるせない思いを抱きながらも答えていくと、こんな質問が出てきた。

12問目「私の部署内で意見の食い違いがある」

もう無理だ、と平助はタブを閉じた。

それから数日後、メールがやってきた。

「【緊急】ストレスチェックを受けましょう!」

平助はもう確信していた。連中は非常勤を相手にストレス発散しているのだ、と。