苦い文学

見失った羊

(朝、押しつぶされそうなほど満員の通勤電車が急に停止し、アナウンスが流れる)

ただいま、停止信号のため、緊急停止いたしました。信号が変わりしだい、運転を再開いたします。

(ざわめく車内)

ただいま、線路内に人が立ち入ったとの情報が入りました。安全の確認が取れるまで、しばらくお待ちください。お急ぎのところ、電車が遅れまして、まことに申し訳ありません……安全の確認が取れたため、線路内に立ち入った人の捜索を開始したとのことです。

(車内に怒りの声が上がる)

お急ぎのところ、申し訳ありません。現在、捜索中とのことです。聖書に書いてあるとのことですが、昔、百匹の羊を所有している人がいたそうですが、そのうちの一匹がいなくなってしまいました。そこで、その所有者は、残りの九十九匹をほったらかしにして、見失った一匹を懸命になって探し、ついに見つけました。

(苦しくなった乗客が喘ぎはじめる)

所有者は、大喜びでその羊を連れて帰ると、友人や近所の人々を呼び集めて、羊が見つかったお祝いをしたそうです……再び情報が入ってきました。どうやら無事に保護されたとのことです。運転再開までしばらくお待ちください。

(ほっとする乗客たち)

見つかったお祝いが終わりしだい、発車いたします。

(罵声、悲鳴、絶叫)

苦い文学

宇宙人は人類を監視している

近年、世界各地で UFO の目撃が相次いでいますが、これは UFO に乗った宇宙人が私たち人類を監視しているからでしょう。

それは、UFO の目撃地点が、核施設、大規模テロの現場、戦場などに集中していることからも明らかです。宇宙人は、人類が核をどう使うかに関心があるのです。はっきり申し上げれば、人類が愚行によって滅びないように、監視を続けている、ということです。では、どのように彼らは人類を監視しているのでしょうか。

UFO から目視によって監視しているに違いない、そう思う人もいるかもしれません。それは確かにそうなのですが、考えてみてください。宇宙人は人類よりもはるかに進んだテクノロジーを持っているのです。高度な技術によって、人類のあらゆる場面を記録し、分析している可能性のほうが高いのです。

つまり、ここにいる皆さんの日常のすべてがモニタリングされているのです。これは、今後、宇宙人が私たちと接触してきたときに、大きな問題となると思います。

なぜなら、宇宙人が行なっていることは、盗撮にほかならないからです。これは迷惑行為防止条例と軽犯罪法に抵触する犯罪行為です。それだけではありません。全人類ということを考えると、当然、未成年者も含まれますから、児童ポルノ製造等罪にも関係してきます。仮に「不特定または多数の者に提供する目的」で宇宙に公然と送信したとなれば、天文学的な重罪となるでしょう。

もちろん、これらの法律の対象はあくまでも人類であり、宇宙人ではありません。ですが、宇宙人の盗撮が見逃されるのというのは、不公平な話です。全宇宙を視野に入れた法整備が強く望まれるところです。

苦い文学

スキマ人

貧富の格差がますます広がり、貧困層はもはや本業だけでは生きていくことができなくなった。いまやスキマ時間を活用して稼ぐしかないのだ。

スキマ時間で稼げるような仕事はスキマの仕事だった。人々は、スキマを見つければ見つけるだけ金になることを知った。スキマこそ金だったのだ。人々はスキマの仕事を求めて、社会のスキマの奥へ奥へと入り込んでいった。

そのいっぽうで、富裕層の世界も激しく変化を遂げていた。進歩したテクノロジーによって富裕層はますます豊かになり、超高性能 AI が貧困層の本業を根こそぎ奪っていった。本業を失った貧困層に残されたのはスキマだけであった。

貧困層は、さらなるスキマを目指した。社会の最奥に沈潜し、知覚の閾値以下の空間に身を隠した。スキマに適応して進化した結果、貧困層は完全に社会から見えなくなった。富裕層は貧困層の存在を感知することもできなくなった。

貧困層は極小のスキマでのびのびと手足を伸ばし、繁殖し、発展し、やがて独自のスキマ文明を築き上げた。

そして———世界をスキャンする富裕層のある科学者が、不可解な生命反応を観測した。科学者は分析のすえ、次のような結論に至った。

「この世界には私たちとは異なる生命体が潜んでいる。私はこの生命体をスキマ人と名づけよう。もし、ファーストコンタクトが実現すれば、私たちはこの知的生命体から高度な科学を学ぶことができるかも知れない」 

科学者がそう発表すると、富裕層の社会は猛烈な批判を浴びせかけた。科学者は学会を追放され、地位も信頼もすべてを失った。そして、ある日突然姿を消した。

弟子たちは、科学者がスキマに消えたと証言している。

苦い文学

悪の王宮

悪邪帝国 どくろ大帝様

玉座前落下装置修理報告

【故障の現状】
玉座前面に設置された床面開閉式落下装置(バネ式)の床蓋が閉まらなくなった。

【経緯】
先月、裏切り者を落とそうと玉座の肘掛け突端部のボタンを押したところ、勢いよく開かずに、途中で止まってしまった。そのため、裏切り者が地下の穴に落下せず、玉座の利用者様(大帝様)に襲いかかった。周囲の悪の子分たちが直ちに八つ裂きにしなければ危ないところであったとのこと。

床蓋は半開きのままとなり、ボタンを押しても作動しない状態。

また蓋が開きっぱなしのため、地下孔に落とされた数々の裏切り者の死体から発せられる腐臭が王宮中に漂い、悪の活動に支障が出ている。

【故障の原因と修理】
装置の歯車・バネ部に人骨が挟まっていたのが原因であった。脱出しようとして巻き込まれたと考えられる。障害物を取り除き、グリスアップを行なったところ、問題なく開閉できるようになった。なお、歯車とバネには再発防止のため防護カバーを取り付けた。

腐臭については一時的な措置ではあるが、防臭剤(家庭用)を投下。

【今後の提案】
今後も同様の事象が起こる可能性があるため、落下装置の電動化を提案。また異臭対策のため、地下孔に超大型ディスポーザと浄化槽の設置を提案。

(修理担当者の名前と印)
*担当者が電動化とディスポーザの見積もりをお客様にお示ししたところ、逆鱗に触れ地下に落とされたため、支店部長が代筆。

苦い文学

北朝鮮の拉致問題

北朝鮮の拉致問題ほど私たちを怒らせるものはないのだ。被害者たちとその家族はどれだけ悲しい思いをしたことだろう、悔しかったことだろう。日本人がないがしろにされコケにされているのだ。しかし、政治家たちときたら、口先ばかりでいっこうに進捗なしだ。業を煮やした私たちはついに自分たちで政党を作った。日本のために尽くす本物のリーダーが率いる偉大なる政党だ。

私たちはこの偉大な政党が政権を取るためになんでもした。GHQ の押し付けた公職選挙法などなんの意味があろうか。力のあるものがありとあらゆる手段を使って勝つ、それだけが法だ。

そして、ついに偉大な政党の政権が樹立された。私たちはこの時から北朝鮮との、そしてその背後にいる中国とアメリカとの全面戦争に突入したのだ。

偉大な政党は必ず戦争に勝つ。だが、そのためには私たちは偉大な政党にすべてを捧げなくてはならない。私たちは財産と基本的人権をすべて政府に供出した! そして、日本に巣食うありとあらゆる敵を逮捕し、ガス室に送った! 偉大な日本の時代が始まったのだ。

そして今、偉大な日本で私たちは痩せ細り、餓死寸前だ。互いに憎み合っているから、力を合わせることもできない。軍人たちに殴られ通しで、いつもコブだらけだ。

「拉致被害者を取り戻す前に、日本人全員が北朝鮮に拉致されてしまった」

これが私たちの最新のジョークだ。

苦い文学

エスカレーターからの転落

今日、私は都会の大きなデパートに買い物に行った。陽気のせいかすごい人出で、出かけたことを後悔するほどだった。駅のデッキからデパートに入ると、エスカレーターの前が混雑している。みな左側に乗るばかりで、誰も右側に立とうとしないため、渋滞しているのだった。エスカレーターの乗り口の上には「混雑時には2列でお乗りください」と赤字で貼ってあった。

私は呆れてしまった。最近になってあちこちで周知されているように、エスカレーターは乗るものであって、階段のように登るものではない。急ぎの人のために片側を空けること自体が間違っているのだ。それなのに、なぜこれらの人々は愚かにも何も考えずに待っているのだろうか。自分で考えることができないのだろうか。私は最近の選挙で有権者たちがなした愚かな選択を想起し、暗澹たる気持ちになった。

だが、社会はたったひとりの行為が変えることもある。私はエスカレーターの前の列を抜けて前に進むと、敢然と空いている右側に立ち、そのまま上昇していった。

しかし、どうして人々は片側を空けてしまうのだろうか。エスカレーターは登るものではない、という注意喚起はあちこちでなされており、知らないはずはないのに。おそらく、と私は考えた。急いで登ってくる「ならずもの」たちに文句を言われたり、小突かれたりするのがイヤなのだろう、と。

だが、間違ったことをしていないのだから、そんな輩など無視すればいいのだ。それができないというのは、不正を許すことだ。誰ひとりいないエスカレーターの右側に立ちながら、私は決意した。私は負けない。ならずものたちから社会を守る防波堤になってやろう、と。

私はエスカレーターの段の右側を踏み締めながら、上の階に上昇していった。相変わらず左側には人がいっぱいで、私はひとりぼっちだった。私は怖くはなかった。

エスカレーターがひとつ上の階に上がるたびに、何人もの人が列から離脱し、その代わり新たな人々が左側の列に加わった。その人の入れ替わりの結果、私ははじめて同志に出会った。それは二人の若い男女で、男が左側に、女がその横、つまり右側を占めていたのだった。そして、私はその後ろの段に立っていた。

「若いのに正義のために戦うとは愉快愉快」と感心している私の前で、男が女の腕を引き寄せた。

「ほら、邪魔になっているよ」 後ろの私に気づいた女は「すいません……」と男の方に身を寄せた。

やがて、若い男女を押しのけて、ひとりのならずものがエスカレーターを一段一段登っていった。

苦い文学

家庭裁判所

日本の政治家や野球選手は、不倫や性加害などのスキャンダルが発覚したとき、追及をうまく切り抜ける方法を知っている。その方法とは、追求が始まったらこんなふうにいうことだ。

「妻に怒られた」「妻に叱責された」「バカだね、と奥さんに怒られた」……

言い方はいろいろあるが、我が国のジャーナリストたちはこれを聞くと「なーんだ、もう怒られたのか、じゃあ追求はやめにしよう」とか「てことはもう奥さんの許しは得ているのだな、もう非難はやめだ!」と考えて、追求の矛を収めてしまう。

こうしたことが起こるのは、我が国では、妻が司法の一翼を担っているからだ。そして、この妻が裁判官を務める司法機関が家庭裁判所である。我が国の優秀なジャーナリストたちが、あっさりと追及をやめてしまうのは、すでに家庭裁判所において妻によって審理がつくされた訴訟を、家庭の外で蒸し返すのは、おかしなことだからだ。

さすがに法治国家だけあって、一事不再理の原則が徹底しているというべきだろう。

苦い文学

日本人はバカ

「日本人はバカだ」

ある知識人がこうツイッター(現X)に投稿した。すると、たちまち轟々たる非難が沸き起こり、ツイッター(現X)は怒りの声で溢れた。「バカというやつがバカだ!」「なんだこの上から目線」「こいつは反日だ!」 するとその知識人、再びツイッター(現X)に投稿した。

「日本人は馬鹿だ」

同じく大炎上が巻き起こった。「日本人を貶すものは日本から出ていけ!」と息巻く者もいたし、「こんなのが日本人とは恥ずかしい」と嘆く者もいた。また「日本人がバカだというのならば、日本人であるあなたもバカということですよね」とお得意の遠くからの詰め寄り芸で、怒りを発散させる者も続出した。

X(前ツイッター)は沸騰し、ついには殺害予告まで飛び出す事態に。しかし、それにもかかわらず知識人はもう一度ツイート(現ポスト)した。

「日本人は莫迦だ」

不思議なことに、まるで炎上しなかった。そこで知識人は「やはり日本人はバカだった」と結論づけた。

苦い文学

人生の回り道

人生回り道協会さま

突然のお便り失礼致します。

「人生は回り道、人生をゆっくりと回り道をして楽しもう」という貴会の活動に励まされているものでございます。ですが、貴会の主張が広まるにつれ、これは本当に回り道かな、これは回り道の詐称では、と思わされることも多くなりました。

ひとつ例を挙げれば、「人生に無駄はない、回り道をしよう」をモットーに活動している方がいらっしゃるのですが、その方の経歴を見て驚きました。

「進学校に入学。4年かかって高校を卒業(アメリカに留学という回り道)。東京大学に入学(在学中、1年留年。若くして起業するという回り道)。大学を卒業後、しばらく就職せず(世界放浪という回り道)。その経験を書いた旅行記『人生は回り道』がベストセラーに」

これは果たして回り道でしょうか? これはインチキ回り道ではないでしょうか? こうした偽物が世にはびこったら、回り道でないものを回り道と誤認する人が出てくること疑いなしです。

そして、そうした人が、もし、回り道でないものを回り道だと思い込んでその回り道に時間を費やしたとしたら、それこそ、とんだ回り道ではないでしょうか。

そこで、貴会に提案がございます。貴会の回り道に関する知見を生かし、「回り道公認制度」を立ち上げて欲しいのです。

貴会が本当の回り道に公認という形でお墨付きを出せば、偽の悪質な回り道は淘汰されていくことでしょう。そうすれば、人々は偽の回り道に惑わされることなく、優良な回り道に近道できるのです……

苦い文学

注文のむずいレストラン

その日、10人の空腹の「客」がとあるレストランに集められた。いずれも目隠しのまま拉致されてきたのだ。

「客」たちは、大きなテーブルに輪になって座らされた。目隠しを外される。豪華なレストラン、眩いばかりの光。なにが起きたのか、そして自分の身になにが起きるのか、「客」は無言のままあちこち見回して、ヒントを掴もうとするが、自分が餓死しそうだということ以外なにひとつわからない。

そこに、まるで洋画に出てくるような仮面をつけたウェイターが数名現れ、ひとりびとりの前にメニューを置いた。「客」たちは腹を鳴らしながら、メニューを開く。だが、そこにはなにも書かれていない。

「いったい、どうやって頼めばいいのか」

誰かがつぶやく。すると、再びウェイターがやってきてテーブルの中央に、丸い銀の蓋を被せられた大皿を置く。そして、ウェイターは無言で蓋を取り去った。

「タ、タブレットだ!」

大皿の中央に置かれていたタブレットを見て「客」たちはざわめく。「これだ!」 「これでしか注文できないのだ!」 ひとりの男がタブレットに手を伸ばす。だが、別の男がその手を払ってタブレットに飛びついた。それと同時に、他の客がいっせいに飛びかかった。乱闘が繰り広げられている間に、ひとりの女が隙を見てタブレットを奪う。と、別の女が殴りかかった。タブレットをめぐって「客」たちは殴り合い、蹴り合い、首を絞め合い、殺し合い……ウェイターたちは次々と死体を運び出していった。

そして、ひとりの血まみれの男が最後に残った。だが、彼もまた深手を負っていた。血を吐きながら、床に倒れる。タブレットが手から転げ落ちる。這いつくばりながら、男は必死になってタブレットに手を伸ばすが、その手は届かない。出血のため意識が混濁してきた男はウェイターが近づいてくるのをかすかに感じ取った。

「ちくしょう……」 男は皮肉な笑みを浮かべてウェイターに言った。「ざまねえや……もう注文もできやしない……せめて……カレーをひとつ……」

やがて、息絶えた男のもとに、カレーが運ばれてきた。