旅・観察

新しいホテルで【盗難の証明(2)】

チュニス滞在のさいの定宿であった Grand Hotel de France が閉鎖中だったので、私はとりあえずその日の宿を探す必要に迫られた。

そこで、少し離れたところにある Hotel Carlton に行った。このホテルは、チュニスの大通り、ブルギバ通り沿いにあって、ロケーションもいいが、200 ディナール(約1万円)と高めだ。

去年の夏、私は図らずもこのホテルで一週間過ごすことになった。初めは一泊だけの予約だったのだが、熱を出して動けなくなり、このホテルの一室でひとり苦しんだ。これはつらい思い出だが、このホテルでなければもっと悲惨な思いをしていたかもしれない。そういう意味では「恩」があるが、行ってみたら満室だった。

ブルギバ通り沿いにはたくさんホテルがあるが、安いホテルはそれほど多くはない。Hotel Carlton のすぐ隣にもうひとつホテルがあって、見た目はパッとしないが、安そうだった。行ってみると空室があるとのことで、そこに決めた。一泊 100 ディナール(約5千円)だ。

当初は、チュニスから南部に行く予定だったので、長くて3泊程度のつもりだったが、予定が変わって、結局、このホテルに11連泊することになった。そして、最後の夜に3万円と20ドルを盗まれた。

旅・観察

Grand Hotel de France【盗難の証明(1)】

チュニジアのチュニスに滞在するときの私の定宿は Grand Hotel de France だ。メディーナと呼ばれる旧市街の入り口、フランス門の近くにある。

古いホテルで、フランス時代の面影がある。小さなエレベーターもあって、昔の映画に出てくるような網戸をがちゃんと閉めるタイプのものだった(その後、普通の箱型になった)。

部屋は小さいが、清潔だ。薄暗いが、中庭に面したバルコニーを開けると、光が差し込む。冷蔵庫もないし、ネットも部屋によっては繋がらないが、とにかく安全なのがいい。不愉快な思いをしたことは一度もない。

シャワー・トイレ付きの部屋と、共同の部屋がある。運悪く、共同の部屋しか空いていないときは、ひとまずそこに泊まって、空き次第、シャワー・トイレ付きの部屋に変えてもらったものだった。

値段は、一泊 55 ディナール(2600円)。チュニスで外国人観光客が泊まるようなホテルは、最低でも 100 ディナールはするから、どちらかというと現地の人向けの宿だ。地方から来た人かアルジェリア人が多いようだった。

このホテルはネットでは予約できないようだから、私はいきなり訪れる。満室の時もあるが、たいてい部屋が空いている。そんなわけで、今年の2月末にチュニスを訪問したさい、予約もなしに、スーツケースを引っ張ってホテルに行った。

そして、閉館中なのを知ったのだった。

小説

異界のテレビ(2)

見ると画面で日本人たちが話している。それはドラマのようだったが、見覚えのないものだった。ちょうど最後のシーンのようで、やがて、エンディング曲が流れ出した。そして、また別の日本語のドラマが始まった。ということは、これは外国の放送に日本のドラマの断片がたまたま映し出されたのではなく、日本のテレビ放送だということだ。

その次に放送された30分ドラマも彼の知らないものだったが、徐々にある疑いが頭をもたげてきた。そして、続いてやはり見たことのない映画が始まった。タイトルの後に監督の名が映し出されたとき、彼の疑いはある確信へと変わった。その監督はいつだったか性暴行で逮捕され、業界から追放され、その作品はすべて上映不可能となったのだった。やはりそうなのだ。その前のドラマも、前の前のドラマも思い当たりがあった。このチャンネルでは、すべてなんらかの不祥事によりお蔵入りとなった作品が放送されているのだ。

映画が終わり、今度はアニメが放送された。その次はまたドラマだった。いずれもメディアを騒がせた「お蔵入り作品」ばかりだった。ふと気がつくと、いつの間にか夜が白み始めている。もう空港に向かわなければならない時間だった。彼はテレビをつけっぱなしにして身支度を済ませ、スーツケースを持った。だが、どうしたわけか、彼はテレビを消すことができなかった。ホテルならそれくらい許されると思っていたのかもしれないし、もしかしたらある予感があったのかもしれない。

そしてとうとう、テレビをつけたまま、ドアを開け、部屋から一歩踏み出した。その瞬間、彼の背後で日本語が別の番組の始まりを告げた。

「さあ、今日から……まりました、……っちゃんと……いくんが生放送でお……するニュー……ラエティ、司会はこの私……しま……がさせていただき……」

彼が画面を見ようと振り向いたとき、ドアがけたたましい音を立てて閉まった。そして、しんと静まり返る廊下を彼はふらふらと歩み出した。

「たぶん疲れてたんだ、って考えるのが普通だね。けどさ、ときどき思うんだ、あれはもしかしたら夢じゃなかったんじゃないかって……」と、この話をしてくれた彼は身震いしてみせるのであった。

小説

異界のテレビ(1)

桃源郷の昔から、人々はたまさか垣間見た異界のありさまを記録に残してきた。今回お伝えする話もその類といえるかもしれない。

私の友人に X という研究者がいる。その彼が国際学会で発表するために、ある小国の首都に滞在していた。学会の最終日、他の研究者との交流ののち、彼はホテルに戻った。帰国の便は翌日朝だったため、そうとう早く出なくてはならない。彼は荷造りと寝支度にとりかかった。

あとはもう寝るだけとなって、彼はこの国にきてから一度もテレビを見ていないのに気がついた。メディアに関する研究をしている彼は、外国に行くと必ずテレビ放送をチェックするが、今回ばかりは忙しくてテレビをつける暇すらなかったのだった。

そこでテレビをつけた。もう深夜だったから、残念なことに現地のテレビ放送はほとんど終わっていた。彼はチャンネルを順に押していった。アメリカの映画やヨーロッパのドラマがときどき画面に現れた。そして、かなりチャンネル番号が進んだところで、NHKの国際放送にでくわした。

しばらく見たのち、彼はさらにチャンネルを押し続けた(「深く潜る」と彼は表現した)。映るのはいわゆる砂嵐ばかりで、もうなにも映らない領域に到達したかのようだった。このまま押していっても、もとの「1」に戻るだけだ、と彼が思い始め、惰性でリモコンのボタンを押していると、不意に日本語が飛び込んできた。

小説

フキダシのドットたち・・・

私はネットで、友人とメッセージのやり取りを続けていた。

私たちはK-popについて話していたのだが、あるアイドルの新曲の話題になったとき、私はこう言った。

「あれ、一回聴いてもういいかなって。最近の傾向かもしれないけどガチャガチャしててメロディがないんだよな」

こう送信した後、私は彼がこのアイドルの大ファンだったことを思い出した。

すぐに取りつくろう言葉を送ろうとしたが、彼のほうで入力中のマークが出現するのが見えた。フキダシの中で小さいドットの列が薄くなったり濃くなったりしている。

私は彼の返事を待った。あんがい同意見かもしれない、と思ったからだったが、彼はずっと入力中のままだった。

私はしばらく待っていたが、灰色のドットのアニメーションは変わらなかった。なにを書いているのだろうか。私はメッセージを送ろうかと考えたが、そのとき家人に呼ばれて携帯を閉じた。

一時間ほどして、再び携帯を開くと、私は彼の入力中のステイタスが変化していないのに驚いた。もしかしたら、と私は思った。入力の途中で放置しているのかもしれない。

それから私はこのことをすっかり忘れてしまった。二日ばかりのちにふと思い出して、アプリを開くと、彼はまだ入力中なのだった。

やはり彼は怒っていたのだ。それで、とんでもない長編の反論を執筆中なのだ。確かにそんなことをしでかしかねない男だったが、私はこの途方もない空想を打ち消した。

不可解な思いに囚われながら、私は、左から右へ動いているように見えるその小さなドットを見つめていた。

すると、私は奇妙なことに気がついた。それらのドットのアニメーションは、いつもの入力中のものとはどこか違うのだ。

私は目を凝らして、そのドットたちを見つめた。私の老眼の目が欺いたのであってほしいと思うが、それらはドットに似た文字であり、ひたすら罵りの言葉を繰り返していた。

音楽

KIRINJI 病

私の友人が急病で病院に搬送されたと聞いて駆けつけた。絶対安静と掲げられた病室の前に行くと、年老いた彼の父がいて、容態を聞くと命に別状はないとのことで一安心した。

「いったい何の病気なんですか。この間会ったときは元気に見えましたが」

「実は、数ヶ月前から調子がおかしくなっていたのです……」と彼の父は詳しく教えてくれた。

私の友人は音楽が好きで、古いものから最新のものまで何でもよく聴いていたのだが、あるとき若手のミュージシャンの曲を聴いているとこんなことをつぶやきだした。

「これはなんだか KIRINJI の影響を受けているな」

KIRINJI とは、今の日本の音楽に多大な影響を与えているミュージシャンで、彼がそう思うのも無理からぬことであったが、話はそれだけでは済まなかった。その日以降、彼はなにを聴いてもこんなふうにぶつぶつ言うようになってしまったのだった。

「このメロディーの流れは KIRINJI の『愛の Coda』だな」
「なんかわからないけど雰囲気が『ニュータウン』だぞ」
「ちょっと待てよ、これは『まぶしがりや』のコード進行のヴァリエーションかな」

家族は不安げに見守るしかなかったが、今日、いきなり「なんだこれは KIRINJI の『雲呑ガール』そのままじゃないか!」と大声で叫ぶと、卒倒した。なんでもそのとき彼は YouTube で「オバケのQ太郎」の主題歌を聞いていたのだという。

それで今回の緊急搬送となったが、医者は意識を失った彼を見るなり、家族にこう言ったそうだ。「ほら、この爪を見てください。痩せているでしょう。これは KIRINJI 病 の初期症状なんです」

この KIRINJI 病、国内で症例が数例あるのみという珍しい病だというが、さいわいだったのはここで治療に入れたことで、十分に完治可能だという。だが、もしこのまま放置していたら慢性化する恐れがあったとのこと。そうなると、ガラスのベルが鳴り響くのを聞いても、夜に子どもの泣く声が踊り場に響いても、KIRINJI に聞こえるようになってしまうのだそうだ。

今、彼は医師の厳重な管理のもと治療を受けている。朝昼晩に抗 KIRINJI 剤を投与されているとのことで、近いうちにヤバめのライムでパンチラインをフローに乗せる元気な彼の姿が見られるかもしれない。

風刺・戯文

無ゴミ箱社会の到来

異国の大通りを歩いていたら、数名の日本人に出会った。日本人たちは、道端に立ち、行き交う人々を真剣な面持ちで見つめているのだった。そのうちのひとりが叫んだ。

「あっ、あれあれ、あの男性、見事ですねえ!」

「ほうほう、でどんな?」と別のひとりが尋ねると、叫んだ方は「こうでした!」と手をブラリとさせて身をよじってみせた。すると誰かが言った。「いや、もうちょっと肩が下がって、脇を引き締めていた」

「なるほどなるほど、ではそれでもう一度お願いします」と別のひとりがビデオを向けて、その「フォーム」を記録しはじめた。

私は異国で異常なふるまいをするこれらの同胞が気になって、思い切って尋ねてみた。するとリーダーらしき男性が答えた。

「私たちは将来の日本のための調査をしているのです。現在、日本では深刻な少ゴミ箱化が進んでおり、じきに街中からすべてのゴミ箱が消えることでしょう。私たちは、この本格的な無ゴミ箱社会の到来に備えて、どのようにしたら日本人がさりげなく道でゴミを捨てられるようになるかを研究中なのです」

そのとき、誰かが声を上げた。「ほら、見ましたか! あの男性! タバコを口に持っていくその瞬間に、脇から紙屑がはらりと落ちました」

「見ました! 実にスマートなポイ捨てぶりでした!」「忘れないうちに記録記録!」

うれしげに騒ぐ仲間たちにリーダーが微笑みながら私に言った。「私たちはこれらの貴重なデータを持ち帰って、帰国後、日本初の『ポイ捨て研修』を東京で開催する予定です。ここでお会いしたのもなにかの縁でしょう。会の案内を差し上げますから、どうぞご連絡ください」

私はそのリーフレットをありがたく頂戴すると、お辞儀をして立ち去った。そして、角を曲がったところで、放り捨てた。

小説

The Fly

数日前からチュニジアはラマダーンに入つた。ラマダーンと云ふのは月の名前で、此の一ヶ月、ムスリムは断食することになつてゐる。断食と云ふと厳しいやうに感じるが、日が出ていない間は食べることができる。又、日が沈むと人々は外に出て、深夜までカヘェに集まつたり、遊んだりして過ごす。特別な催し物も彼方此方で開催される。だから、ラマダーンは日本の年末年始のやうな娯しい時期でもある。

そんな中、私は、ホテルを出て、数時間調査をして、ホテルに戻つて記録を纏めると云ふ事を数日、繰り返してゐた。調査の間は人と会ふが、ホテルにゐる間は独りだ。別に作業自体は苦にならなかつたが、日に日に孤独が身に沁みてきた。

そんな時私は一匹の蠅に出会つた。其の蝿は、寝台の上で書き物をしている私の手や顔にぴたりと停まつたり、ノォトの上を這ひ回つたりした。私は殺さうと思つて何か叩く物を探したが、新聞紙も雑誌もなかつた。幾度か手で払ふ内に、やがて其れも面倒臭くなつた。暫して、私は蝿が傍の黒の掛布の襞にじつとしがみ付いてゐるのを見た。私はなんとなく友人がやつてきたやうな心持ちになつた。

ラマダーンの間は、日中は何処のカヘェも食堂も閉まつてゐる。朝早いせゐか、人通りも何時もより少なく静かだ。調査に行く為に大通りを歩いてゐると、普段は賑やかさに紛れていただけなのか、矢鱈と蝿が飛び回つてゐるのに気がついた。

飛び交ふ蠅たちは私の顔に頻りにぶつかつてきた。私は微笑みながら歩き続けた。

風刺・戯文

マンの言葉

【コラム】
「おんなこども」という言葉に如実に現れていますが、私たち男は「社会の主役として女性や子どもを率いねばならない」という考えを、意識的に、あるいは無意識のうちに刷り込まれてきました。

そうした考えはかつての同質的な社会では通用していたかもしれませんが、多様な人々がそれぞれの幸福を追求する現代社会ではかえって批判の対象となっています。

たとえば、マンスプレイニングという言葉があります。「男(man)」と「説明する(explain)」をくっつけたものですが、これは、男性が得てしてしがちな、女性に対して得意げに説明したがる行為を表すものだそうです。

また、マンスプレッディングという言葉もあります。「男(man)」と「広げる(spread)」を合わせたこの言葉が批判しているのは、男性が電車の中で足を開いて座る行為だとのことです。

「わかった、もう女になんか説明してやらん」「なんだデカくて悪いのか」とそうお怒りになる方もいるかもしれません。ですが、この二つの言葉が指摘しているのは、私たち男がしばしば相手の気持ちを考えずに物事をしがちだという傾向です。そして、いわゆる「男性中心社会」の中で、そうした傾向の恩恵を許されてきた私たちが批判されているのです。

私たちは態度を変えるべきときに来ているようです。相手、とくに女性に配慮し、互いの関係が対等になるように調整し、協力関係を打ち立てるように努めることが、今後ますます大切になってくると思います。そして、そのような協力的な男性となってはじめて私たちは、マンスプレイニングやマンスプレッディングではなく、マンコーポレイティング、マンコーディネーティングと声を大にして言えるのではないでしょうか。

風刺・戯文

ジャーナリスト・スタイル

【一流ジャーナリストが教える! 記事の書き方】
ジャーナリストにとってもっとも大事なことは何でしょうか。取材、資料集め、記事の執筆……、これらはどれも大切なのですが、何かとあえて問われれば、私は記事の最後の一文だと思います。

なぜなら、そこにこそ、ジャーナリストがいちばんいいたいことが詰まっているからです。私たち記者の魂がそこに込められているのです。

だから、むしろ、その最後の一文をどう書くか、ということに向けて私たちは仕事をしています。その最後の一文が、読者の心を動かすのですから、当然のことです。どういうことかご理解いただくために、すこし実際の例を見てみましょう。

たとえば、『笑ってバンザイ』というテレビ番組の司会者が脱税をしたとします。とすると、一流の記者ならば、すぐに最後の一文が浮かびます。

「どうやら、今回ばかりは『笑ってバンザイ』とはいかなかったようだ。」

そして、記者はその一文に向けて綿密な取材にとりかかるのです。

また、「白い心」というヒット曲のある歌手に不法薬物の疑惑が出たら、もう、最後の文は「大ヒット曲『白い心』が黒い心にならないよう気をつけてほしいものだ。」で決まりです。

こういうことを言うと、中にはこうおっしゃる人がいます。もし、「私がある記事のタイトルを見て、最後の一文が思い浮かんだとしたら、記者の言いたいことがわかったも同然なので、その記事はもう読む必要はないのでは」と。

まさにその通りです。そうした方の心にはもう「記者魂」が宿っているに決まっているので、記事を読む必要はいっさいありません。