風刺・戯文

移民のせいで治安が悪化

黒鍬市には昔、数名の外国人が住んでいたが、コロナの時に仕事がなくなって出て行ってしまった。それ以来、市にはひとりの外国人も住民登録していない。

もっとも、市からは外国人だけでなく、若い人も流出してしまっていた。このままでは黒鍬市が消滅してしまう、という危機感から、若い人が帰ってくるように市は U ターン事業を始めたが、いっこうに効き目はなかった。そこで、市長は議会でこんな提案をした。

「若い人は無理でも、若い外国人に住んでもらうホームタウン政策を実施するのはどうだろうか。なんといっても数年前は外国人が住んでいたのだから」

何人かの議員は賛成したが、他の議員たちは猛反対した。

「得体の知れない外人を連れてきてどうしようというのだ!」「移民が来ると治安が悪化する!」「黒鍬が乗っ取られてしまう!」

これら議員たちの言い草があまりにひどいので市長もカッとなって言い返した。

「頭が硬くて古くさいケチどもだ!」

それ以来、黒鍬市は、市長派と反対派の議員で真っ二つに割れてしまった。なにしろ小さな市だから、それだけでは収まらない。市民同士までいがみ合う始末で、とうとう夏の盆踊りで暴力沙汰まで勃発した。もうヤクザの抗争みたいで、敵と見れば容赦ない。夜の道など危なくて歩けないのだ。

今や黒鍬市は、移民がひとりもいないのに、移民のせいで治安が悪化した町として、全国的に有名になっている。

風刺・戯文

賭け科研費

東京、文京区の店で、客に賭け科研費をさせていたとして、店の責任者と従業員合わせて5人が賭博の疑いで逮捕されました。また、店内で研究者人生を賭けていた若手から名誉教授の客11人も賭博と不正なエフォートの使用の疑いで逮捕されました。

科研費(科学研究費助成事業)とは、学術研究の発展を目的とした「競争的研究費」であり、かねてからその競争的な部分をめぐる賭博が問題となっていました。

店では、1課題ごと3割の申請費を徴収したうえで、客は1枚10(金額単位:千円)で購入した「研究倫理eラーニングコースの修了書」を、研究種目の順位に応じてやり取りするなど、店が定めた採択率をもとに賭けが行われていたということです。警視庁は「研究倫理eラーニングコースの修了書」も偽造とみて、分析を急いでいます。

また、コンピューターやサーバーなどを押収した警視庁は、店内で電子申請システムを使ったおおがかりなオンライン・カジノが運営され、将来的に世界の賭博をけん引しそうとみて、慎重に捜査を進めています。

音楽

Pami

Pami は、タイの女性ミュージシャンで、しばらく前からよく聞いている。韓国のシティポップの影響が強く感じられる音楽だ。Pami の MV もよい出来で、YouTube で見てからというもの、タイのアーティストがおすすめされるのでいくつか聞いたが、Olin MattiBlue など洗練されている音楽が多い。

私はタイの音楽というと、昔、バンコクと地方を夜行バスで何度か行き来したときに大音量で流れていた演歌みたいなメロディしか知らなかったが、時代は大きく変わったのだ、

Pami は中華系のタイ人で、Pam という名前でアイドルとして、また徐嘉琳という名前でアイドル・グループで活動していた。その後、自ら作詞作曲をする活動を始めたようだ。タイ語も中国語もできるが、英語で歌っている。

「pity dirty」という曲の MV が現在 225 万再生とヒットし、私もそうだが、これで彼女を知った日本人も多い。先日新しいアルバムを出しこともあり、日本でも確実にファンを増やしつつあるようだ。

1度、日本でライブをしたこともあるそうだが、本格的な公演はまだのようだ。近いうちに必ず来日公演があると思う。

ところで、私の好きな Homecomings が 10 月にバンコクでライブをする。もちろん行けるわけはないのだが、告知を見ていて、ゲストがこの Pami であることを知った。

それ以来、私は歯ぎしりをして過ごしている。

(写真は去年の2月、バンコク発の高速バスの休憩所で撮ったもの)

風刺・戯文

見たい人だけ見ればいい

不品行と暴力と虐待によりテレビを追放された元芸能人たちが独自のネット配信サービスを始めたとき、私たちはこれは良くないことが起こる前兆だと思った。

「こうしたことは許すべきではない」 一部の人々がさっそく抗議した。

すると、崇拝者やお金持ちたちが嘲笑った。

「文句があるなら見なければいいんじゃない。見たい人だけ見ればいいんだから」

私たちはこれは絶対にまずい、とささやきあった。

配信がスタートすると、人々は夢中になった。どの番組も、楽しさと爆笑にあふれていた。やがて視聴者たちが叫び出した。「こんなにも素晴らしいものがこの国から奪われていたとは、なんという悲劇だ! マスゴミをのさばらせておくとロクなことにならない!」

お金持ちたちが配信サービスにお金を費やしていたのは、この声を聞くためだった。彼らは最後のひと押しとばかりに、マスコミを操る悪の組織を暴く番組を配信した。興奮した視聴者たちは叫んだ。「この国が乗っ取られようとしている!」「国を取り戻せ!」

そして、視聴者たちはマスコミや私たちに対してこんなことを言い出して攻撃を始めた。

「文句があるなら、この国にいなければいいんじゃない。いたい人だけがいればいいんだから」

もっとも、私たちは出ていくに及ばなかった。なぜなら、視聴者たちは、私たちを追い出すよりも楽な方法を思いついていたから……。

風刺・戯文

子どもたちを見守りたい

私の子どもの通う小学校に不審者が現れた。

その男は毎朝、小学校の校門の前に立ち、登校してくる子どもをじっと見守っていたのだ。黄色い腕章をつけ、小学校の名前の入ったベストを着ていたので、はじめは誰もが、PTA か地域の防犯活動かと思っていたが、そうではなかった。

腕章もベストも自作のニセモノ、男は関係者を装い、子どもたちに熱視線を注いでいたのだった。

学校は通報し、ただちに駆けつけた警官たちが男を連行した。その後しばらくして、私たちは男の動機を知ることになった。

男が子どもたちを付け狙っていたのは、日本が今、危ないからだというのだ。現在の日本は、少子高齢化と 40 年以上続く「失われた 30 年」のため、経済的に衰亡しつつある。「このままでは最貧国になってしまう!」 そんな恐れを抱くようになった男は、日本の衰退の程度を知るために、毎朝、校門の前で子どもたちの様子を窺うことにしたのだという。

「ええ、目なんです」と男は告白したそうだ。「貧しい国の子どもたちってのは、みんな目がキラキラしてるそうじゃないですか。あたしは、日本の子どもたちの目が輝き出してないかどうか、毎日、目を光らせてたんです」

そう語る男の目は、キラキラ輝いていたという。

旅・観察

最後の外貨の禍い(終)

私は台に置かれたスーツケースに手を伸ばした。2 人の税関職員に監視されながら、番号鍵のある面を引き寄せ、ダイヤルを回し、3 桁の番号を揃える。重たいスーツケースを両開きにする。

私はそこにいかなる通貨もないことを知っていた。スーツケースの中に入っているのはただ、服とノート、歯磨きなど……そして本だ。空港に来る前に、店員に勧められるままに購入した本だ。その本がスーツケースの片側にぎっしり並べられていた。

だが、それらのアラビア語の書籍は、税関職員が普通のアジア人のスーツケースに見出すものとしては、もっともありそうになかったものだろう。

税関職員は不審げにこれらの本を一冊一冊取り上げた。「なんだ? これは?」

男は私に目を向けた。「お前はアラビア語を勉強しているのか」

「はい、少し……」

「これは、マフムード・メスアディじゃないか」と一冊のペーパーバックを手に取った。チュニジアを代表する作家の哲学的小説だ。

「どれもこれもチュニジアの小説だ……ふーむ」

男が興味をそそられている様子に、私はつけ込む好機を見出した。

「小説をお読みになるので?」

だが、男の職員はこの問いを無視した。なぜなら、その目はスーツケースの中の2冊の小説に釘付けになっていたからだった。ハスニーン・ベンアンムーの作品だ。彼は2冊の本を取り上げ、タイトルをチェックする。も、もしや御法度の小説では? 手鎖五〇日ものの? と恐れる私に、不満げな声を投げかける。

「ベンアンムーは7冊の長編小説を書いているというのに、なんでお前は2冊しかもっていないのだ!」

「はっ、次に来るときは他のも買います!」

「よろしい! 終わりだ! もうスーツケースをカウンターに戻しなさい!」

税関職員が小説好きで、そして、チュニジアが文化の香り高き国でよかった!

彼は私にパスポートと搭乗券を返すときこう言った。「たびたびチュニジアに来ているようだな! いつでもウェルカムだ!」

かくて私は虎口を脱し、続く出国審査も無事に通過したのであった。じつに孤独な戦いであったが、運命はそんな私をねぎらうことを忘れなかった。ドバイから成田に向かう飛行機では、エミレーツのダブル・ブッキングのおかげで、私はビジネス・クラスに格上げされ、シートでのんびりと寝そべることができたのである。(おしまい)

旅・観察

最後の外貨の禍い(5)

私がパスポートを渡すと、男は驚くべきことを命じた。

「スーツケースを持ってきなさい」

チェックインカウンターに出したばかりなのに? もうエミレーツのタグがついているのに? 男は私を連れてチェックインカウンターに戻る。男の制服の後ろに「DOUANE」と大きく書かれているのが見えた。税関職員だ。男はチェックインカウンターのスタッフにスーツケースを尋ねる。私は「どうかもう奥のほうに運ばれていてくれ」と願うが、それはまだカウンターの裏にあった。

私はそのスーツケースを引っ張り出して、男の後ろをついていく。男は脇の部屋に私を入れる。女の税関職員がいた。さっき男と一緒にいた職員だ。小部屋の中には大きな台があり、2 人はそこにスーツケースをのせるように命じた。

「いくら持っているのだ。全部出しなさい」と男の職員。

このとき私はリュックを背負い、財布などの入った小さなポーチを肩からかけていた。抵抗するのはかえってよくないと思い、ポーチの中から財布を出し、そこから 1 万円札 5 枚とユーロの札(300 ユーロ程度)を出した。

「こちらに渡しなさい」

これも迷ったが、拒否することはできない。

「これで全部か?」

「全部です」

「他にないのか」

「あ、あります」 私は 30 ディナール(約 1,500 円)ほど入ったビニールの小銭入れを取り出した。チュニジアから持ち出し禁止のこの通貨を自ら差し出せば、多少は心証は良くなるはずとの狙いだったが、税関職員はそれにはまったく興味を示さずに質問してきた。

「本当に持っていないのか? 10,000 ドルは?」

「ありません」

「5,000 ドルもか?」

「ないです」

すると、女の職員が私のポーチを指差していった。

「あのポケットの中にありそうだ」

私は自信をもってティッシュとウェットティッシュを見せた。ここで私は、例の外貨申告書を出す機会が到来したと感じた。私は財布から外貨申告書を取り出し、男の職員に渡した。この公的書類は、確かに効果を発揮したようだった。

「よろしい」と男の職員は言った。「では、スーツケースを開けるのだ!」

旅・観察

最後の外貨の禍い(4)

空港に着くと、私はエミレーツ航空のチェックイン・カウンターに向かった。カウンターは 8 つあり、1 〜 3 がファースト・ビジネスクラスなどの優先カウンター、4 〜 8 がエコノミーだ。エコノミーの列は長い。私は比較的短そうな 8 の列に並んだ。

進まない列の後ろに立っていると、「荷物係」と書かれた青のベストを着たおじさんが話しかけてきた。

「中国人か、日本人か」

私は面倒くさい雰囲気を感じて黙っていた。「ここに並ばないで、3 番目のカウンターに行っていいぞ」

しかし、私はエコノミーだ。うかつに優先カウンターに移動して並び直しになる恐れもあった。私が黙っていると、そのおじさんは別のところに行ってしまった。

だが、列は進まない。カウンターの前にいるのは子どもを連れた家族だ。彼らが問題なのだろうか? しかし、他の列を見るとやはり止まっている。待つしかない。

あの荷物係のおじさんが戻ってきた。「20 ディナール払えば、私が特別に早く終わらせてあげるぞ」

20 ディナールは千円ぐらいだ。私があいかわらず黙っていると、おじさんは続けた。「たった 20 ディナールじゃないか。じゃあ、10 ディナールならどうだ。5 ディナールでも……」

おじさんは立ち去ったが、私は進まない列の中で、20 ディナールのことを考え続けた。列が止まっているのは、乗客というよりも、カウンターそのものが止まっている感じだ。たとえ、お金を払ったとしても、カウンターに支障があるのなら、どうにもならないものはならない。

カウンターのほうを見ると、スタッフとは別の 2 人の男女が荷物のベルコンベアーのところに立っていた。2 人とも、カーキ色の制服を着ている。なんとなく私を見ているように感じた。

列が動き始めた。並び始めて 40 分後に私はようやくカウンターに到着した。スーツケースを預け、搭乗券をもらう。そのまま出国審査のためのゲートに向かう。だがそのとき、背後から呼びかけられた。

「ちょっと待ちなさい。パスポートを出しなさい」 先ほど私を見ていた制服の男だった。

旅・観察

最後の外貨の禍い(3)

これから書くことは、本題とはまったく関係ないように思える。だが、外貨の禍いの渦中において意外な意味を持つことになったこのことを語らぬわけにはいかない。

私は 8 月 14 日の 14 時の飛行機でドバイ経由で帰国する予定であった。空港には遅くとも 12 時に着いていればいいから、午前中は自由時間ということになる。そこで、私は荷造りを終えると、本屋に行くことにした。

その本屋はそれほど大きくないがきれいで、アラビア語、フランス語、英語の新刊が揃っている。朝の店内に入り、チュニジア文学と書かれた棚の前に立っていると、若い女性の店員が話しかけてきた。

「どういったものをお探しですか?」

私は特に知識があるわけではないのでこう言った。「なにかおすすめのものはありますか?」

店員は最近のものならこれ、現代の古典ならこれ、といくつか勧めてくれた。また、フランス語の本棚でも面白そうなものを教えてくれる。そのうちの一冊を見ると「アラビア語から翻訳」とある。フランス語に翻訳されるくらいならば、いい作品の可能性が高い。

「このアラビア語オリジナルはありますか」

「ありますよ」と持ってきてくれた。

ハスニーン・ベンアンムーという作家の作品だ。チュニジア歴史文学の巨匠らしい。私は店員の勧めるままにベンアンムーの本を 2 冊、すでに取り分けていた数冊の本の中に加えると、会計に向かった。ホテルに戻り、買ってきたばかりの本をスーツケースに放り込む。それからチェックアウトし、スーツケースを引いて空港に向かった。

旅・観察

最後の外貨の禍い(2)

さて、私の物語は出国の前日から始まる。私のいう「外貨の禍い」を避けるため、入国時に外貨申告書を取得したのだが、それが紛失していることが、帰国の準備をしているときに明らかになったのだ。

財布にまとめて入れていたのだが、申告書と両替証明書1枚だけがないのだ。お金は全額あるから、盗難という可能性は考えられない。一度詰めた荷物をひっくり返し、本やノートに挟まってないか調べた。

結局それは財布の他のポケットに折りたたまれていたのだが、それが見つかるまでのあいだ、私は、自らの不注意により将来した財産の危機にどう対応しようか真剣に考えた。

お金を身につけていると厄介なので、スーツケースに隠しておいたら安全ではないだろうか? 持ってきた森鴎外の本の間に一枚一枚挟んで? いや、これは万が一バレた場合、危険だと思い直したのだが、それは後で考えれば本当にそうだったのだ。

次に、私は、体を拭くボディーシートの袋の中に隠すことを思いついた。お札をそのまま入れたのでは濡れてしまうので、お札を折りたたみ、ビニール袋で包む。それを何枚かのボディシートの下に埋め込んで、蓋のシールで封印するのだ。麻薬の隠し方だ。これをリュックの底に放り込んだ。

幸いにも、外貨申告書が見つかったので、この手は行使せずに済んだし、使ったとしても、安全かどうかはわからない。