苦い文学

Posthumous

彼は自分の書いたものを、とある出版助成に応募した。

やがてその結果が出て、助成の対象となることがわかった。それから出版のプロセスが具体的に始まることとなった。

彼は念入りに最終原稿を仕上げ、出版社に提出した。しばらくすると、出版社から初校のゲラが送られてきた。

そのころ彼は仕事を失い、ひとり家に逼塞するようになった。社会的には死んでいるも同然なのだった。

することといえば、ゲラの校正ぐらいだった。だが、これはかなり大変な作業だった。彼はなんとか初校の校正を終え、出版社に送った。

しばらくすると再校のゲラが送られてきた。彼はその校正も終えて、出版社に送り返した。すると、再々校が送られてきた。

これが最後の校正だ。彼はできる限り間違いを探し、赤字で修正して送り返した。

ゲラは印刷に付され、やがて本ができ上がった。出版社はその現物を彼のところに送ってきた。いずれいくつかの本屋に並ぶとのことだった。

刊行までの期間を振り返ると、彼はまるで棺桶の中で必死に校正していたかのようだった。これも一種の死後出版だといえよう。

苦い文学

愛はなくても

同志イムチェクの夫婦仲の悪さは有名だった。

しかも、その妻ときたら、とんだおしゃべりだった。出かける先々で、党の幹部である夫の悪口を喋々するのだからたまらない。さしも辣腕のイムチェクもこれには困ったが、家族のことなのでどうすることもできなかった。

さて、「夏の夜革命」後、同志イムチェクは党の実権を握ると、強権を振るって政敵を次々と追放していった。

これに危機感を抱いたのが青年革命派のバーコフ政治局長だった。彼はある会議で敢然と立ち上がり、同志イムチェクを非民主主義的な裏切り者だと公然と批判したのであった。バーコフはさらに続けた。

「同志の細君は、聞くところによれば、さんざん同志の悪口を言いふらしているというではないか。このような荒んだ愛のない家庭の主が、我が国を正しく導けるとはとうてい思えないのである!」

これに対して同志イムチェクは、出席者のあいだから漏れ聞こえる失笑の中、静かに言い返した。

「我が家庭に愛のないのは認めよう」

そして、次のように続けた。

「だが、我が家庭がきわめて民主的であることもまた明白である。なぜなら、同志バーコフがその意図とは逆に証言してくれたように、そこでは言論の自由が完全に保障されているからである!」

苦い文学

原始社会におけるハゲの機能

我々の社会における顕著な特徴は、社会的地位の高い男性ほどハゲが多いという傾向である。保育園の園児の集団と比べてみれば、これはいっそうはっきりしよう。

先月、サイアミーズ・ネイチャー誌にパトリック・コーガン博士が発表した論文は、人類学的見地からこの特異な傾向を論じたものであり、きわめて示唆に富む考察が展開されている。以下はその要約である。

原始時代の狩猟採集生活においては、男女の明確な分業が存在した。男は狩猟に出かけ、女は採集を行っていたのだった。

狩猟には集団的な協力関係が不可欠であり、この狩猟を通じて、我々の社会生活の基礎をなす重要な特徴、すなわち、コミュニケーション能力と組織構成力が育まれた。
 
コミュニケーション能力とは、言語や手振りで相互の行動を伝達しあう能力である。組織構成力は、目的達成のために役割を分担する能力であるが、とくにリーダーの存在が重要なものとなる。

つまり、狩猟の成否を握るのはリーダーの指示ということになるのだが、この指示はどのように伝達されるべきものであろうか。

もちろん言語は重要である。しかし、狩りの現場においては言語は、獲物がその音声に気がつき逃げてしまうという点で役に立たないのである。

では、身振り手振りはどうだろうか。これはある程度は有効だが、距離が離れれば離れるほど視認性が低下するという弱点がある。

コーガン博士はここで大胆な説を提唱する。すなわち、原始時代の狩猟においては、ハゲ頭の光の反射による信号が重要な役割をはたしていた、というのである。

リーダーが太陽に反射するハゲ頭を手で覆ったり露出したりすることによって、あらかじめ決められた光の信号を遠方の男たちに送信し、狩猟を成功に導いていたに違いない……こう博士は推論するのである。

「したがって、ハゲたリーダーがいる集団ほど生き残る可能性が高かった」と博士は結論づける。「現代のリーダーにも同様の特徴が見られるのも、その名残りにほかならない」

最近ますます毛が薄くなってきている私であるが、博士の研究は、まさに私の頭にさした一条の光といえよう。

苦い文学

八丈島のキュン

言語学の本を読んでいて、私はその殺伐とした例文に憂鬱になったのであった(例文 (1) および (2) 参照)。

(1) 太郎が花子を殴った。
(2) 太郎が花子を殴っている。

この本は、私が参加している読書会の課題図書だったので、そのグループLINEで私の沈んだ気持ちを述べると、ある韓国人の先生から「ラブラブな例文」に変えたらどうか、との提案があった。

なるほど、(1) と (2) の例文は他動詞を用いた文の例であるが、他動詞であることを示すのに「殴る」など使う必要はないのだ。例文もまた、韓国のラブコメ・ドラマのようにキュンキュンしてたっていいのではないだろうか。

例えばこんな具合だ。新しい職場に向って花子が歩いていると、なぜか足が絡まる。あぶない、と思った瞬間、次の例文 (3) をごらんいただきたい。

(3) (不意に現れた)太郎が花子を抱いた。

出会いというものはたいていこのような偶然から始まる。さて、太郎は花子の同僚ということが明らかになる。職場での忙しい日々が続くが、いくつかの誤解があって二人の関係は険悪だ。ところが、ある手違いが起きるのだ。その結果生じる例文 (4) 〜 (6) を参照いただきたい。

(4) 花子と太郎は二人だけで遊園地に行く。
(5) 二人で遊園地のアトラクションを体験する。
(6) 花子は楽しそうな太郎に心奪われている自分を否定する。

そして、日が暮れて、寒くなってくる。そこに出現するのは次のような文 (7) である。

(7) 太郎が花子に自分の上着を着せかける。

これをきっかけに二人の関係は発展していくのであるが、本稿の目的には上記の例文で十分であろう。

暴力的な例文を無くしたからといって、暴力がなくなるものではない。しかし、少なくとも、暴力を繰り返し受けてきた人にとって、こうした例文がある種の暴力として機能することもあるだろう。それならば、むしろキュンキュンしていたほうがいいのではないだろうか。

すさんだ「言語学」よりも、むしろ「キュン語学」のほうがいいのではないか。

苦い文学

他動詞と自動詞

毎週参加している読書会の課題の本を読んでいて、私はすっかり気分が塞いでしまった。

それは言語学の本で、こんな例文が出てくるのだ。

(1) 太郎が花子を殴った。

例文 (1) では、他動詞(つまり主語と目的語を必要とする動詞)の例として「殴る」が用いられている。その下に出てくるのはこんな例文だ。

(2) 太郎が花子を殴っている。

「ている」が継続をあらわしている。私はまるで、暴力を前に自分が見て見ぬふりをしているような気になる。さらに、こんな例文も出てくる。

(3) 太郎が花子を殴るかもしれない。
(4) 太郎が花子を殴るそうだ。

人々は暴力の予感に脅えているのだろうか。いや (4) では期待すらしているように聞こえる。言語学とはなんと残酷なのだろうか。

太郎と花子の関係が気になる。恋人、夫婦だろうか。いや、私の見るところ、親子なのだ。すると、以下のいくつかの例も考えられる。

(5) 太郎は花子に熱湯を浴びせる。
(6) 太郎は花子を寒空に放置する。
(7) 太郎は花子に食べ物を与えないはずだ。

そして、最後に次の例文を見てほしい。

(8) 花子は死んだ。

言語学がひとりのこどもの命を奪ったのだ……。これほどまでに、むごたらしいことがあろうか。

なお、「死ぬ」は自動詞である。

苦い文学

緊急停止

JR念浜線の傘上駅と青骨駅の間で、電車が停車した。緊急停止の連絡が入ったのだという。「信号が変わるまでしばらくお待ちください」とのアナウンスがあった。

木曜日の午後で、乗客はほとんどいなかった。私は4両目に座っていたのだが、誰もおらず、車両を独り占めする格好となった。

急ぎの用事があれば腹を立てたろうが、そうではなかった。電車に閉じこめられた私は窓から外を眺めたり、携帯をいじったりしていた。

車両の中でぼんやりしていたときのことだ。ドアの上の電光掲示板がピカピカとオレンジ色に点滅しているのが目に入ってきた。私が目を向けると点滅はさらに激しくなった。まるで掲示板が私の注意を引こうとしているかのようなのだった。

そして、通常ならば、次の駅や目的地、どちらのドアが開くのかなどを右から左に流しているその掲示板は、実に奇怪な言葉を私に伝えはじめたのだった。

以下はその忠実なる記録である。

【たすけて】

【たすけて    たすけて】

【私 は 人間     人間 です】

【電車に      されました】

【……】

【電車の   中で     私は】

【具合がわるくなりました     たおれました】

【次の駅で       電車が止まりました】

【駅員たちが】

【やってきました        だいじょうぶか】

【と聞きました】

【だいじょうぶです】

【私は      答えました】

【だいじょうぶではない          と駅員はいいました】

【だいじょうぶではない         なんどもいいました】

【駅員たちは     私を運びました】

【電車のそとに】

【駅のホームに】

【駅の地下へ】

【ずっと暗いところへ】

【ずっとずっと怖いところへ】

【私はそこで】

【眠りました                  眠りました】

【……】

【気がつくと】

【電車に           なっていました】

【たすけて        たすけて】

【わるい            駅員たちに】

【気をつけて】

【次は       あなた】

とそのとき、電車がぐらりと揺れた。

【次は            青骨駅】

電車は再び走りだし、青骨駅に八分遅れで到着した。

苦い文学

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苦い文学

危険地帯

言語学を学んでいる人なら誰でもそうだろうが、時おり、見知らぬ人から相談を受ける。先日もこのようなメールを受け取ったのだ。

〜〜〜〜〜〜

突然のお便り失礼いたします。

この度は私の陥りました苦境から救っていただきたく、メールを差し上げた次第です。

苦境と申しますも、旧来の友人より、茨城旅行に誘われたことが発端でございます。

私は東京で開明的な教育を受けたものにてございまして、地方を差別する気持ちなど毛頭ないのですが、茨城に関してある事実を知って以来、行くべきか行かざるべきか、悩んでいるのです。

誘いを受けた後、茨城とはどんなところか、どんな危険があるのか、寄生虫対策はいかにと、ネットを検索して情報収集に努めました。納豆、あんこう、水戸黄門、ダチョウ……。聞き覚えある言葉にすっかり安堵したのですが、そのとき恐るべき文字が飛び込んできたのでございます。

無アクセント地帯

ああ! アクセントなしで、かの地の人々はどのようにコミュニケーションを取るのでありましょうか。否、それよりも気になるのは、私のようなアクセントがある人間が、かの地に赴いた場合のことです。アクセント欠乏症にかかるおそれ大ではありませんか。

はたしてマラリアに対するキニーネのごとき予防薬はあるのでしょうか。あるいはアクセントの欠乏に備えて、予備のアクセントを携帯したほうがいいのでしょうか。いや、ひょっとしたら、アクセントが高密度で詰まったボンベを背負って常にアクセントを補給したほうがいいのでは?

茨城旅行を前に懊悩呻吟する私にどうか良き助言をください。

〜〜〜〜〜〜

私はすぐに返信して、無アクセントというのは茨城や栃木などの方言に見られるアクセントの特徴のことに過ぎず、何の心配もないので、茨城旅行を楽しんできてほしい、と伝えたのであった。

ただ、私はうっかりしたことに、「無アクセント」は別名「崩壊アクセント」とも呼ばれていると書いてしまった。また彼に余計な心配をさせなければよいのだが……。

苦い文学

永住者申請

日本に暮らす2人のカチン人がいた。

2人とも、難民認定申請をして在留許可を得ることができた。最初は特定活動ビザだったが、しばらくして定住者ビザに変更した。

やがて生活も安定してきたので、永住者ビザの申請を考えはじめた。

片方は、申請手続きをある行政書士に依頼した。もう片方もその行政書士が良いと誘われたが、費用が高かった。なので、以前から知っている別の行政書士に頼むことにした。安くやってくれるというのだ。

そして、2人とも、永住者申請の身元保証人を私に頼んできた。

高いほうの行政書士は、なかなか偏屈な人だった。定年後に資格を取って始めたのだという。私は身元保証人の書類を送ればよかったのだが、なぜか上野駅のスターバックスに呼び出された。

引き受けるからには、身元保証人もちゃんとしている人がどうか直接会って確認する、とその行政書士が言い張ったのだ。カチン人は「なにもそんなことまでしなくていいのに」とすまなそうに私に言った。

これに対し安いほうの行政書士は、違う取り組み方だった。身元保証人の書類を送るようにと、私に封書を送ってきたが、その封筒の中には返信用の封筒も切手も入っていないのだった。これが安さの秘密に違いない、と私は見抜いた。

身銭を切って書類を送りたくなかったので、そのカチン人に直接渡しに行った。彼は、いつ電話しても行政書士がつかまらないので困っている、と私にこぼした。

さて、この2つの永住者申請の結果はどうなったであろうか。ご想像の通り、成功したのは高いほうの行政書士だ。

苦い文学

喉元過ぎれば

査読誌に論文を載せてもらうのは、私にとってはとても大変だ。

なにが大変かというと、査読報告への対応だ。つまり、匿名の二人の査読者が原稿に付した「コメントや疑問」に対処して、修正稿を作成しなくてはならないのだが、これがそう簡単ではないのだ。

もし修正が、誤字脱字程度のものなら大したことはないが、普通はそれでは済まない。査読者たちは、用語の混乱、議論の不足、論理の飛躍といった本質的部分を鋭く指摘し、私の心胆を寒からしめるのだ。

もちろん、査読者は意地悪をしているのではなく、よい論文にするために建設的なコメントをしてくれているのだ。それがわかっていても、いざ査読報告を読むとなると、どんなことが書いてあるか知るのが恐ろしくて、はじめは片目、しかも薄目でチラと見ること以上のことはできない。

そして、実際の修正作業に入れば入ったで、査読者の要求に応えられるかどうか、綱渡りか薄氷かというくらいの緊迫感のなか日々過ごすことになる。

プレッシャーに押しつぶされて、もう「辞退」しようかと思うこともしばしばだ。だが、査読という大変な仕事を無償で、しかも短期間で遂行してくださっている査読者のかたがたのことを思うと、そんなことはできない。

だが、そんなありさまでも、数ヶ月後に解放の時がやってくる。査読者との「共同作業」のおかげで格段によくなった論文を手放すときが来るのである。

私はもうこりごりだ、と思うのだが、数年経つとすっかり忘れて、再び投稿してしまう。