苦い文学

無念のマスク

今日からマスク着用は個人の判断に委ねられることになった。だが、だからといって、コロナがなくなったわけではない。私もそうだったが、道ゆく人はほとんどマスクをつけていた。

今日は駅で友人と待ち合わせしていたのだった。駅に着くと、友人が先に来ている。そして、私は驚いた。彼がマスクをつけていたのだ。

コロナが始まって以来、マスクの着用を断固として拒否してきた彼だというのにだ。

いったいどういう風の吹き回しだろうか。もしかしたら、その風が彼のところにまともな分別を運んできたのかもしれない。

「どうしたの。マスクなんかしちゃって」

「……」

「花粉症?」

「……」

「マスクをあんなに馬鹿にしてたじゃん」 こう言うと彼はいらだちを顔に浮かべながらマスクを外した。

彼が無言でそのまま立っているので、私もその隣に並んだ。せわしなく歩く人々は皆マスクをつけていて、彼のほうをチラチラ見て通り過ぎる。私は気がついた。人々の様子が違うのだ。かつて人々はマスクをつけていない彼を見ると、ギョッとしたり、怪しんだり、恐れたりしたものだった。だが、今日は誰もがニヤニヤしたり、憐れむような目つきなのだった。

そのうち隣からコソコソ声が聞こえてきた。「あー、やってるやってる」 見ると若者たちが私たちのほうを見て囁いていた。「解禁されたから調子に乗っちゃって!」「はしゃいじゃって!」

すると別のほうで「ミーハー!」とくすくす笑う声が聞こえた。

二人組が「真っ先に政府の言うこと聞てやんの! 真面目くんだ!」と言いながら通り過ぎていく。

「恥ずっ」 振り向くと女の子たちが腹を抱えて笑っていた……。

彼は無念至極といった顔つきで再びマスクをつけた。私はもうニヤニヤしどおしだったが、マスクがしっかり隠してくれた。

苦い文学

自由のマスク

明日、3月13日からマスクが変わる。

今日までは、政府が新型コロナウイルスの感染対策として国民にマスクをつけるように「お願い」してきた。だが、明日、いや、もう3時間後にも、マスク着用は個人の判断に委ねられるのだ。

たとえば、マスクを下げて鼻だけ出す着用法、いわゆる「鼻出しマスク」は、コロナ対策としては不適切なものとみなされ、避けられ、蔑まれていた。だが、明日からは個人が良いと思えば、いつでもどこでも堂々と鼻を出していいのだ。

いや、それどころではない。私たちは明日から、どんなマスクのつけ方をしても、誰にも文句は言われないのだ。

片耳からぶら下げようと、アイパッチのように使おうと、おでこに当てようと、あるいは頭のてっぺんに載せようと自由ということになったのだ。

いや、そればかりでない。不織布でなくてもいいのだ。あらゆる素材が可能だ。ウレタンでも、布でも、藁半紙でも、鉄でも、皮でも、ゴザでも、オブラートでも、すべて個人の判断だ。

そうだ。色も、デザインもだ! 犬とか猫だってあなたがそう判断すればマスクだ! それに、1枚だけというのでもない。いくつでも文句は言われないのだ!

今、日本中ですべての日本人がこの解放のときを待っていることだろう。

思えばマスクは私たちが味わった不自由の象徴であった。だが、3時間後、12時の鐘が鳴ったとたん、それは自由の象徴と変身するのだ。まるでおとぎ話のシンデレラのようではないか。

さあ、私たちは明日、どんなマスクを何枚、どのように、どこに、つけようか。そう思うと、まるで舞踏会に行くかのようにワクワクが止まらないのだ。

苦い文学

マスコミの報じない真実

市役所の地域ボランティア掲示板に行ったら「マスコミの報じない真実を暴く会」という団体があった。

毎週日曜日早朝に中央公園に集合とある。さっそく行ってみることにした。

集合場所には8名ほどの人が集まっていた。リーダーと思しき人が大きな袋を持って立っていたので、話しかけると、快く参加を認めてくれた。

リーダーは時間になるとみんなの前で話し始めた。「皆さん! この世界は嘘ばかりです。絶対にマスコミの言うことなどを信じてはいけません! 今日もマスコミの報じない真実を暴いてやりましょう!」

参加者たちは「おー!」と意気軒昂だ。リーダーは持っている袋から、長いトングとビニール袋を取り出すと参加者たちに配った。

「さあ! 始めましょう!」

人々は公園のあちこちに散らばっていった。いきなりトングを持たされてオタオタしているとリーダーがやってきた。

「マスコミの報じない真実を暴いてください!」

「でも、どうすれば……」

「ほら、あそこにありますよ!」とリーダーは植え込みの中に落ちている紙屑を指差した。私はトングで拾って袋に入れた。

「そうです。あっ、こちらにも!」

転がっている空き缶を私は拾った。「そうそう、その調子です」

「ずいぶんあるんですね」

「ええ、まったくひどい偏向報道ですよ。マスコミときたら捏造ばかりですからね!」

私は草むらに犬の糞が落ちているのに気がついた。「先生! これももしかしたらマスコミの報じない真実でしょうか」

リーダーはかがんで犬の糞をじっくり見た。「いや、違います。これは学校では教えてくれない真実ですね」

「はっ、かしこまりました。では、こちらは?」と私は路面に撒き散らされた吐瀉物を指した。

「ああ!」とリーダー。「これは日本人が知らない真実です」

「ははあ、難しいですね」

「いえいえ、そんなことはありません。どれも一緒ですよ!」とリーダーは笑った。

およそ1時間後、マスコミの報じない真実を大量に暴いた私たちは、偏向マスゴミに対する怒りを新たにして意気揚々と帰宅したのだった。

苦い文学

脱毛の起源について

男でも女でも、服で隠している部分が肝心だ。そこが情欲を掻きたてるのだ。

だが、昔、つまり猿以上人類未満のころは逆だった。隠されていない部分のほうに興奮していたのだ。

そのころの私たちはといえば毛むくじゃらだった。つまりすべて隠されていて、私たちはそれで満足していたのだ。だが、あるとき、体の一部、たとえば肩の部分に毛のない個体が出現した。

私たちの興奮といったらない。毛があるところに毛がない! もうアフリカじゅう噂で持ちきりだ。毛のない個体をモノにしようとみんなやってきて、最終的に何人が交尾に成功することとなる(当時は結婚なんてなかった)。

すると、肩の部分に毛のない遺伝子を受け継いだ子が生まれる。またみんな興奮だ。結果、肩に毛のないのが増える。やがて、数千年後にはそれが当たり前になってしまう。もう誰もそそられない。

そんなときだ、今度はほっぺに毛のない個体が出現する。

私たちはもうその部分に釘付け、大興奮だ。その結果、今度は肩に加えてほっぺに毛がない変種が増えることになる。

こんなふうにして私たちは、つまり、肩、ほっぺ、その次は背中、腕、腿、とだんだんと毛むくじゃらを脱していく。やがてついに、必要最低限な部分以外は無毛の個体が登場することとなる。

はじめは熱狂と興奮だ。大歓声も上がってる。だが、数十世代後には無毛すら当たり前になる。となると、もう無関心もいいとこだ。ピクリともしない。あんまりご無沙汰すぎて交尾の仕方も忘れてしまう。このままでは人類が滅びる……人類の危機だ。

そのときだ、一陣の風が吹いて、葉っぱが私たちの隠部を覆った。なんだ? 私たちは顔を見合わせ、互いの隠された部分を見る。おお、このとき生じた情欲のほむらは、人類最初の火の使用といってもいいだろう。

「脱毛」から「隠す」へ。人類最大の転換がまさに生じたのだ。そして、このとき以来、私たちは服というものを着るようになった。

ときどきインドかどこかで全身毛だらけの人が見つかると、私たちは先祖返りだと物知り顔にいう。しかし、それをいうなら、現代の私たちが年じゅう脱毛のことを考え、電車内の広告を興味深く眺め、エステ通いに精を出すのも、体毛が抜けるたびに興奮していた時代のノスタルジアでなくてなんだろうか。

苦い文学

老害と呼ばないで

日本の若者の皆様

拝啓  早春の候、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

高齢化が進むこの日本で、私ども老人は近頃、生きるのに肩身狭い思いすることしばしばでございます。

と申しますのも、「老害」などという言葉が生まれたせいで、私どもがすることなすことすべて「老害」と片付けられ、罵られ、嘲られるからでございます。

この「老害」なる言葉、私どもにとってはまったく慮外なるものでございまして、はなはだ不正確にして、私どもの尊厳をいたく傷つけ、踏みにじるものなのです。

なぜ、私どもがこの言葉に反対するかと言いますと、それは私どもが老害などではまったくないからでございます。

思い起こせば、私どもは生まれた時は、嬰害でありました。それから幼害、少害、青害、若害と進み、大人となってからは成害、壮害、中害をへて、老境に達したのであります。

じつに私どもは筋金入りの害、害そのもの、生き害なのでございます。それを、現在の害のみを取り上げて「老害」などと軽々なる物言いをされるのは、はなはだ心外であります。

まるで老人になる前は、有益なことばかりしていたようではありませんか。いや、それどころか、これまで生涯せっせと為してきた数々の害を否定されたような気がするのです。じつに悔しく、切ないのでございます。

若い皆様におかれましては、なにとぞ私どもの切なる願いをご斟酌の上、この「老害」なる不当な言葉を使用なさらぬようご配慮を切にお願い申し上げる次第です。

敬具

日本の老人有志一同

苦い文学

生首寿司

近頃、世間で問題になっているいわゆる「寿司テロ」は、やるほうが悪いのはもちろんだとしても、人件費削減、店舗大型化、経営合理化による「客の人格軽視」にも原因があろう。

提供するほうが客などいないかのようにふるまいたがるのだから、「なにしてもいいのだ」と思う客も出てこようというものだ。

とはいっても、昔のようなこぢんまりとした寿司屋に戻ることはできないだろうから、もう、回転レーンに生首を乗せて巡回させるほかないのではないか。

人間はやはり人の目を気にするものだから、これは効果的だ。

生首は本物でもいいのだが、経費もバカにならない。だから、SiriとかAlexaとかの生首版でもいい。目がキョロキョロと客を見つめるようになっている。というか客から目を離さない。近づくあたりから始まって、遠ざかって向きを変えるぎりぎりまでじーっと睨んでるのだ。カメラが仕込まれているのはいうまでもない。

寿司をどうやって取るかというと、客に近づくと口を大きく開ける。舌の上に寿司とか味噌汁とかが乗せられている。客が取るときに、舌が指をペロペロッと舐めるのはちょっとした警告だ。

《わかってるだろうな、やるなよ》

だが、真に受ける必要はない。その証拠に生首がウィンクしている。意外に愛嬌たっぷりなのだ。

注文だって簡単だ。生首に向かってこう言うだけだ。

「Hey Taisho、マグロとハマチと茶碗蒸しとパフェ、お願い」

「はい、マグロとハマチと茶碗蒸しとパフェをシャッフル再生します」と口をもごもごしだす。

なにが出てくるか知れたもんじゃないが……

苦い文学

調剤薬局

この世で一番、ハラハラさせられる場所は、調剤薬局ではないだろうか。

もっとも、昔はそうではなかった。処方箋を渡して、待っていれば薬をもらえたのだ。

でも、今は違う。薬がもらえるかどうか、ヒヤヒヤしなくてはならない。もちろん、薬は絶対にもらえる。だが、薬局の人は、あの手この手で私たちを不安にさせるのだ。

まず、お薬手帳だ。これは薬物の王国に入るためのパスポートだ。これを忘れた病人は、のちのち薬の名前の書かれたシールを額に貼られて追放されることとなる。

そして、処方箋を出してからの待ち時間がいかに精神をむしばむかについては何も言うまい。瞑想と反省あるのみだ。

さて、ようやく薬局の人が私たちをカウンターに呼ぶ。薬の準備ができたのだ。

「以前と同じお薬ですね。どうです。だいぶ良くなりましたか」

これだ、これにどう答えるか。私たちは悩みに悩んだすえ、答える。

「ええ、おかげさまで」

「ではもう薬はいりませんね」 こう来かねないのだ。では、逆ならどうだろうか。

「以前と同じお薬ですね。どうです。だいぶ良くなりましたか」

「まだちょっと……」

「あら。じゃあ、この薬はやめときましょう」

繰り返すが、薬は絶対にもらえる。だが、それまでに私たちはいくつもの試練を乗り越えなくてはならない。一刻も早く家に帰って寝たい病人にとってはつらい。

しかも、薬が手渡されても安心してはいけない。うっかり喜んだりしたら、これは詐病に違いないと、パッと取り上げられる。つらそうにしててもおんなじだ。やっぱり取り上げられる。つらそうにしながら、足取りの軽やかさで微調整しつつドアに向かうのがいいだろう。

そんなこんなで、薬局を出たときには、もっと病人になっている。

苦い文学

最後の日本人

私たちが世話をしているお年寄りたちの中にジャマーダさんという人がいました。物静かで、いつもニコニコしていて、甘いものが大好きで……。

見たところ普通の老人でしたが、ひとつ他の老人と違うところがありました。

ジャマーダさんは最後の日本人だったのでした。日本人というのは昔の人々で、日本人の話になるとジャマーダさんは決まってこういうのです。

「立派すぎていなくなったのだ」

私たちはおかしくてたまりません。でも「そんなことってあるの?」だなんて聞こうものなら怒りだすので、ただうなずくだけです。

ジャマーダさんは日本語も話すことができました。得意そうに話してみせてくれましたが、本当は少ししか知らないようでした。

ジャマーダさんが亡くなった時のことも覚えています。何日も昏睡状態だったのですが、急に目を開いて日本語で何か話し出したのです。

驚いた私たちが話しかけるとこんなふうに言いました。

「タケシマが取られる! タケシマが取られる!」

私たちはジャマーダさんを落ち着かせながら「大丈夫ですよ。取られませんよ、絶対に……」

ジャマーダさんは微かに笑みを浮かべて、その夜亡くなりました。

私たちが初めに考えたのは「タケシマ」というのは日本語で「魂」のことだろうということでした。ですが、ジャマーダさんの遺品を片付けていると、きちんと畳まれた服の下からたくさんのお菓子が出てきました。「タケシマ」というのはお菓子のことだったのです。

私たちは、ジャマーダさんの棺にこれらの「タケシマ」を入れてあげました。私たちの世界にはもう不要なものでしたから。

苦い文学

still ill

ついに私たちは新型コロナウイルスを克服した。

ワクチンの開発と接種、社会的距離の遵守、マスクの着用、医療機関への協力、防疫体制への献身、そして反ワクチン派への懸命の説得が功を奏し、私たちは新型コロナウイルスを、ありふれた旧型の陳腐でチャチなウイルスへと転落させたのだ。

これを人類の文明の勝利といわずなんといおう。

世界中がこの勝利を祝っている。人々は、まるで卒業式の学生帽みたいに、青空に向かってマスクを一斉に放り投げた。

そして、人々は今、街に繰り出して互いに抱きしめ合い、喜びを噛みしめている。壮麗な花火が打ち上げられ、人々は祝杯をあげている。勝利の美酒の注がれたグラス、しかも回し飲みだ!

世界でももっとも厳しいコロナ対策を実施していた国のひとつである我が国でも、制限が日に日に緩和されていった。そして、今日、政府ははっきり宣言したのだ。

「コロナは終わった。どこであろうとマスク着用の必要はない!」と。

私の住む街でも祝祭が始まったようだ。私は家を飛び出した。マスクがないとなんと清々しいのだろう! 心浮き立ち、足取りも軽く、私は喜びの輪の中に入っていく。人々の顔がこんなにも美しく見えたことがあろうか。賑やかな音楽、笑い声、囃し立てる声。誰も彼も大声で自分たちの経験を語り続ける。そりゃそうだ! みんな苦労したのだから。にこやかに口角をあげ、泡とつばきを飛ばしながら……

町じゅう屋台が立ち並び、人々は食べ歩きの真っ最中だ。綿菓子、焼きそば、串焼き、煮込み、ビールにチョコバナナ。まるでコロナの間じゅう断食してたみたいに食べてる。そして笑ったりおどけたりするものだから、口からカスやら青のりやら七味やらが……

見れば大道芸人たちがあちこちで人垣を作っている。奇術に手品、ジャグリング、軽技、おどけた仕草に人々はもう夢中で、歓声、笑い声、その度に口と鼻孔から飛沫が……シャワーのように……

そして、祭りはついに最高潮。行き交う人々は酔いしれて、互いに手を握り合い、欧米風にハグし合ってる。私もたちまち取り囲まれた! 手荒いご挨拶だ。手を握り合うとニチャニチャして、抱きつく人々は皆ゲップをして……

私はマスクをつけ、家に引き返した。

苦い文学

2種の薬

麻薬など別世界のことのように思えるが、しばしばニュースになるのをみると、実際にはかなり広まっているのだろう。

実は私も学生のころ、薬に手を出したことがある。知り合いから「効くよ」と2種の粉末をもらったのだ。

どちらも精神に強く作用する薬だった。ひとつは時間が止まったように感じる薬だ。これはつまり快楽を永続させる効果があるのだ。もうひとつは逆に、時間の経過を早く感じさせる薬。これがあれば退屈な講義や待ち時間などあっという間だ(携帯などなかった時代だ)。

私は初めての経験に胸を高鳴らせながら、2種の薬をカバンの奥に隠して、家路を急いだ。

ところが、こういうときに限って、警官が声をかけてくるのだ。堂々とした態度だったら造作なく切り抜けられたかもしれないが、私はそこまで経験豊かではなかった。私の動揺を見抜いた警官は、カバンの中のブツをすぐに探り当てたのだった。

私は署に連行され、入手経路など厳しく取調べられることとなった。自分の人生もこれで終わりか、と思ったそのとき、警察は私を解放した。私が持っていた粉末にはいかなる麻薬成分も含まれてはいないという報告が上がってきたのだ。

「これはただの土だ」と捜査官は言った。「だが、こんなものに手を出してはいかん。ここから本物の麻薬にハマる人間もいるのだ」

そして、時間を止める薬は、極右政党本部の土地の土だ、と教えてくれた。

「では、時間を早める薬は? 極左ですか?」と私。

「いや」と捜査官はかぶりを振った。「しょっちゅう店が変わるいわくつきの場所の土だ」