苦い文学

オニスタグラム

Instagram に上げる写真には、自分がもっとも昂揚した瞬間が写されている。

それは、異国の景色や美しい風景から受ける感動だったりするが、そうした瞬間はめったにない。そこで、我々はもっとありふれた瞬間で手をうつことになる。

そうした瞬間のうち、もっとも手軽で、なんの苦労もいらないのが食べ物の写真だ。毎日必ず出くわすものだし、自分で作る必要もない。注文して、出されたものをパチリとすればそれで完成だ。

そもそも、人間は食事を前にした時がいちばん高まるのだ。Instagram が食べ物の写真で溢れるのも当然といえば当然といえる。これは別に悪いことではないが、ひとつ困ったことがある。

食べ物の写真を上げる習慣が広まったせいで、食べ物を前にして写真を撮らないというごくごく当たり前の行為が、今度はその食べ物に対する不満を意味するまでになってしまったのだ。

そのせいで、このまえ食事をごちそうになったとき、ただその誤解を避けるためだけに、私は写真を撮らざるをえなかった。

それはさておき、鬼たちの世界にも Instagram があって、やはり大流行りだ。

鬼たちの投稿を見てみると、どの鬼も、人間の写真を何枚も上げている。

人喰い鬼も、われわれ人間とそう変わらないようだ。

苦い文学

落とし込み

「最近、ふさぎ込みがち」「がっくり落ち込んで、なにもやる気がおきない」

病気? うつ病? それにしても、ああもう、生きていても……

ちょっと待ってください! その症状、もしかしたら、妖怪「落とし込み」のしわざかもしれません。

【妖怪「落とし込み」とは】
あれを落とし込め、これを落とし込め……なんでも落とし込まずにはいられない日本の企業文化が生み出した恐ろしい妖怪、それが「落とし込み」だ。人間たちの気持ちを落とし込んで、落ち込ませて、死に追いやるのがおもな特徴。理由のない落ち込みはこの妖怪が原因だ。

【妖怪「落とし込み」に出会ったら】
暗がりを歩いているときに、この妖怪が「二回、落とし込まれるものはなんだ」と尋ねてきたら、こう答えよう。

「人間だ。生まれる時は母親の胎内に、死ぬ時は墓に落とし込まれるのだから」

この言葉を聞くや妖怪は消え失せるといわれている。

【妖怪「落とし込み」誕生悲話】
ひとりの若者が、なんでも落とし込ませたがる上司に苦しみ、命を絶った。その若者の無念の思いが妖怪の形に落とし込まれたのだという。

苦い文学

終末の鐘

私たちの社会ほど、子どもを憎んでいる社会はない。

ありとあらゆる知恵と技術と科学を動員して、子どもを苦しめることに夢中になっているのだ。

口を開こうものなら、うるさいと怒鳴りつけられる。元気よく走れば、騒がしい、とナイフ片手に脅される。どこに行っても厄介者扱いで、居場所はない。学校ではいじめや体罰が教育委員会のお墨付きで横行してる。

外を歩けば、老人が車で突っ込んでやろうと待ち構えてる。声をかけてくるのは、変質者か変態か性犯罪者か誘拐犯だ。これら剣呑な連中からどうにかこうにか逃げたと思ったら、車の中に閉じ込められて蒸し焼きになる始末。

便利であるべき携帯電話、パソコン、ゲーム、ありとあらゆる先端技術が、相手が子どもとなるととたんに牙を向く。子どもの未熟な脳を利用し、金を奪い、知性と精力を消耗させにかかるのだ。そして、ふらふらなった頭のたどり着く先は、電車への飛び込みか、犯罪の片棒担ぎだ。

世界中いたるところ、子どもの叫びが、まるでこの世の終わりの鐘みたいに鳴り響いている。

こんなでは、産まれないほうがマシではないか。少子化も当然ではないか。そして、産まれたとしても、ちょっと見ない間に、すぐ大人になってしまうのも当然ではないか。

苦い文学

冷え込み

どうしていったん暖かくなったのに、急にまた寒くなったりするのだろうか。しかも、冬物をしまってからこういうことが起きるのだ。徐々に気温を上げることは不可能なのだろうか。

私ははじめはこれは気象庁の連中がやっていることだと思っていた。わざと急に温度を下げて、半袖姿の私たちがブルブル震えているのを見て、大笑いしているものとばかり思っていたのだ。

だが、最近、そうではない、と考えるようになった。気象庁の陰謀など、そんなことあるわけがない。

むしろ、私は、これは私たちの心の問題ではないか、と思っている。

たとえば春先に暖かい日が続くとしよう。私たちははじめは大喜びだ。冬物を片付けたり、クリーニングに出したりして、早くも半袖半ズボンで外に飛び出す。

だが、暖かい気候が数日続くと、私たちの心に不安が生じるのだ。「いや、こんな日がずっと続くわけない」「長袖をしまったのは早まったか……」

それどころか気温がぐんぐん上がり、汗ばむようになると、私たちは死刑宣告を受けたような気になる。「夏日だと? ということは次はもう冬ではないか!」

私たちの心が先に冷え込んでしまうのだ。そしてこのマインドの冷え込みが急な寒気を招くのである。

だから、心を強く持とう。一度上がった温度は絶対に下がらないと、私たちみんなで心から信じれば、きっと天気も応えてくれるはずだ。

苦い文学

はずしてもつけても

アナウンサー:公然わいせつ行為の疑いで、男(61)が逮捕されました。

(都内某所の繁華街の映像、記者が立っている)

記者:繁華街の真ん中で男は、不特定多数に対して露出行為を行なったとのことです。

アナウンサー:逮捕された自称・無職の男(61)は、午後6時ごろ繁華街の大通りで、若い女性たちの目の前で、露出行為を行なった疑いが持たれています。女性たちにケガはありませんでした。

(CG による再現映像:男が通行人の前でマスクを外す)

記者:警察によりますと、男は夜の大通りを徘徊し、露出行為に及びました。犯行を目撃した市民からの110番通報でかけつけた警察官に逮捕されました。

目撃者:女の人たちの悲鳴が聞こえたので、なにごとかと思って……ええ、びっくりしましたよ。

記者:調べに対し男は「マスクを外したのは間違いない」と容疑を認めています。

アナウンサー:犯行後、手際よくマスクで顔を隠そうとするなど、常習犯の可能性もあるとみて、警察は慎重に調べを進めています。

苦い文学

赤ちゃんポスト

【ザンゲー新聞社説】
最近気になっていることだが、赤ちゃんポストはいつ成長するのだろうか。

赤ちゃんポストが話題になってずいぶんたつ。だが、成長したという話はいっこうに伝わってこない。

いつまでも赤ちゃんでいるというのは社会通念上どうだろうか。少しずつ成長して独り立ちし、大人ポストとして職務を果たすべきときが来ているのではないだろうか。

もしかしたら、ポストの成長過程は人間とは違うのかもしれない。だが、それにしても赤ちゃん時代が長過ぎやしないか。

それとも「まだまだひよっこです」という謙遜なのだろうか。

もうひとつ最近気になっていることがある。ジェンダーレストイレだ。

人々がこの言葉について議論するのを聞いて、トイレに男性と女性がいるということをはじめて知った。

男子トイレも女子トイレもみんな同じトイレかと思っていたらそうではないのだ。性別があるのだ。

うっかりして、男性トイレなのに女性扱いしたり、その逆に女性なのに男性扱いしたりしていた可能性も否定しきれない。それにジェンダーレスだ。勝手な先入観から女性や男性と決めつけて、不快な思いをさせていたかもしれない。

男はこうで、女はこうだ、というステレオタイプや、この世には男と女しかいない、という思い込みはもう時代遅れだ。深く反省しつつ、よりよい社会を目指したい。

苦い文学

プレゼントを返す必要はありますか?

弁護士さんにご相談したくメールを差し上げます。

私は50代の男性です。もらったプレゼントや食事代などのお金を、返せと言われて困っています。返却しなければ、警察に訴えるというのです。

私はこれまで高価な時計、ブランドバッグ、高級スーツなどをがんばった自分へのご褒美としてもらってきました。

それだけではなく、高級レストランでの食事や、海外旅行なども自分へのご褒美としてたびたび支払ってもらってきました。最近では、がんばった自分へのご褒美として、タワマンの一室を貸し与えられている状態です。

ですが、先日「本当に毎日がんばっているのか」と自分に問われたさいに思わず正直に「いいえ」と答えてしまいました。

すると自分は「それでは約束が違う」と怒り出し、これまで自分に費やした金額を提示し、すべて返すように迫ってきたのです。

私が拒否しますと、さらに自分は怒り、それから毎日しつこく連絡してくるようになりました。最近では四六時中つきまとい、身の危険すら感じている状態です。

そこで、質問です。

  1. 自分へのご褒美としてもらったプレゼントなどは返却する義務はあるのでしょうか?
  2. 自分が私を相手どって裁判を起こす可能性はあるのでしょうか?
  3. 警察に行って、ストーカーとして自分に接近禁止命令を出してもらうことは可能でしょうか?
苦い文学

帯方郡からきた男

歴史家は、帯方郡からやってきたという男の話を聞いていた。

「その邪馬台国の先には何があるのかね」

「は」と男は始めた。「邪馬台国から東に水行二十日、さらに陸を東に百里進みまして、聳え立つ山に分け入りますと、志尼台国(しにたいこく)に至ります。

「その名の通り、みな死にたい死にたい、といっている国でございます。しばしば電車に飛び込んでこれを停止させますので、移動もままなりません。また高楼より飛び降りて通行人を害すことも頻繁なため、外出も危険です。この国に関してはこれ以上私は知りません」

歴史家は男の話をメモし、尋ねた。「では、その国の先には何があるのかも知っているかね」

「ええ、この志尼台国の先には今度は伊鬼台国(いきたいこく)があります。この国では、生きたい生きたい、と誰もが口にしております。あまりにも生きたい気持ちが強過ぎて、悶絶して息絶えることもあるそうです」

「聞き漏らしたのかもしれないが、志尼台国から伊鬼台国までの道のりを教えてくれないか」

「志尼台国から東に水行すること十日、陸路を南に百里、さらに西の海を十日間進み、そこから陸地を北に百里ほどでございます」

「もしかしたら、志尼台国と伊鬼台国は同じ国なのではあるまいかな」

「いや、そうですか……その先の禰無台国(ねむたいこく)と悪記台国(おきたいこく)の報告もいかがでしょうか……」

歴史家は手のひらを振って男を追い払い、その日のメモを消去した。

苦い文学

作者の誕生

このまま AI の進化が進めば、私はいつか AI にとって変わられるだろう。

AI が私がこのブログに書いたものすべてを学習し、そこから私の人格を生成し、その人格が私に変わって執筆活動を始めるのだ。

「いや、それは無理だ。なぜなら人格を構成する要素は膨大で、著作物などはその一部にしか過ぎないからだ」

そういう人もいるかもしれない。しかし、現在の AI が古い写真をより解像度の高い画像に変換してみせるように、進化した AI は、私に関する不完全な情報から、私に非常に近い人格を生み出すことができるようになるかもしれない。

その結果、AI の生成した「私」が、私の死後もこのブログを書き続けることになるだろう。それらは AI である「私」が書いたものだが、存命中の私が書いたものとまったく変わらない。

まるで生きている私が書いたような出来栄えなのだ。

これを、AI のほうから見れば、生きているこの私が書いたものも AI が書いたといっても差し支えないことになる。なぜなら、書き手は本質的には同一なのだから。

となると、今これを書いている「私」も AI だということになるのではないか。

たしかにそうだ。やたらとデタラメをいいたがるところもよく似ているし……。

苦い文学

もっとも危険な投函

私たちの住む街に、誰も決して投函できないポストがある。

閉鎖されていたり、差し入れ口が閉じていたりするのではない。正常なポストなのだが、誰も郵便物を出すことができないのだ。

もともと、私たちはポストに投函するのをつい忘れがちだ。忘れないように玄関に置いていても、カバンの中にあらかじめ入れておいても、一度外に出るや、ポストは蜃気楼のように消失してしまう。

もしかしたら、私たちの精神を麻痺させるような何かがあるのかもしれない。そして、問題のポストは私たちをとことん幻惑し、郵便物のことを完全に忘れさせるのだった。

以前、ある若者がこのポストの噂を聞きつけ、自分なら投函できる、と挑戦することにした。

「このポストを征服するためには、麻痺に負けない強靭な精神力が必要だ。いかなる曖昧さも峻拒するような精神状態を保ち、一歩一歩、精神を張り詰めながら、ポストにアプローチする必要がある」

登山の経験があった若者は、まるで峻険な山を攻略するかのように慎重に計画を練った。

ポストは街の中にあるから、道はいたって平坦だった。だが、若者は実際にはその道のりが難路中の難路、きわめて危険なルートであることに気がついた。

そして、準備と訓練を重ね、ある朝、ひとりベースキャンプを出発した。手には一枚のハガキがあった。

道を進むにつれ、次第に精神の痺れが若者の脳に忍び寄った。だが、彼のピンと張り詰めた心はそれらをたちまち追い払った。彼は、危険な裂け目を飛び越え、垂直な岩壁をよじ登った。あちこちで、いく人もの遺体が郵便物を握りしめながら雪に埋もれているのを見かけた。

そして、ついにそのポストに到着した。やってのけたのだ。若者は澄んだ景色のように晴れ晴れした気持ちでハガキに走り書きすると、投函した。

そこには「人間の精神がもっとも明晰な状態にあるのは、ポストに郵便物を投函している瞬間である」と書かれていたが、どこの誰にも届かなかった。