苦い文学

翼がないあなたに

「仕事もプライベートも翼がないためにうまくいかない」「翼があれば人生が変わるのに……」 そんなふうに思っていませんか。

ある統計によると、およそ8割の人が翼のないことで悩んでいるそうです。たしかに、鳥たちは自由ですし、堂々としています(もちろんあのドードーだって言うに及ばずです)。飛ぶと決めたら絶対に飛ぶ、そんなブレない翼に憧れてしまうのも当然です。

ですが、翼がなくても心豊かに生きる方法があったらとしたら? 翼を羨むだけの人生とはもうサヨナラです。翼がなくて悩んでいるあなたはぜひ次の6つの方法を試してください。

*心に翼を持つ:翼がなくても心に翼を持つことは可能なはず。心の翼で想像の世界を飛び回りましょう!

*成功体験を積み重ねる:小さな成功体験があなたの人生を豊かにしてくれます。毎日、手をパタパタさせて、少しずつ飛び上がってみましょう!

*未来志向:翼のない過去の自分ではなく、いつか翼が生えてくる未来の自分をイメージしましょう。

*自分を褒める:あなたは今日、翼なしでどんなことをしましたか? 翼なしに自分がしたことを褒めてあげるのも大事。

*鳥と比較しない:翼を持った鳥と自分を比較するのはナンセンス。翼のない自分を受け入れましょう。

*翼がないことの利点を考える:鳥ではないことをもっとポジティブに考えてみたらいかが? 翼がないからこそできることもきっとあるはず。例)地に足のついた活動ができる。毛虫を食べなくてもよい。

【まとめ】
翼のないことをいつまでもクヨクヨしていてはいけません。鳥は鳥、自分は自分という気持ちで一歩踏み出してみるのはいかがでしょうか。

苦い文学

「苦い文学」とは

「苦い文学」というのは、私がここに書いているもののジャンル名で、2021 年 12 月から使っている。自分が書いているものの呼び方をいろいろ考えて、こう名づけた。

「苦い」というのは甘くもなければ、ほろ苦くもない、ということだ。苦渋、苦虫、苦りきる、など、できたら避けたいものばかりだ。「良薬口に苦し」などともいうが、薬を必要としているということは、そもそも心身不調なのだ。

そんなような言葉が文学と結びつくなど奇妙に思えるかもしれない。なぜなら文学とは、作家の経験・思想や先人たちの叡智が込められたものであり、読むやいなや生きる糧となるものだからだ。人は明日を生きるために文学に触れるのだ。

だが、明日を生きない人にも、若干の文学の余地が残されていてもいいのではないだろうか。死の床で読むのにうってつけの文学が。絞首台に運ばれる道中で、ガス室の手前で、核爆発の10分前に、地獄の待合室で、気を紛らわせるための読み物があってもいいと思う。

もちろん、長編なんかダメだ。死はもう差し迫っているのだ。400 字詰め原稿用紙 1 〜 2 枚がちょうどいい。

また、甘くてもほろ苦くてもいけない。愛だの、恋だの、人生だの、希望だの、感動だの、切ないだの、死を前にした人間にとってどれほどの意味があろうか。となると、もう文学はおのずと苦くなるしかないのだ。

もはやなにもないものと諦めていた今際のきわにも、苦い文学だけはある、そう思うだけで、もう待ち遠しいではないか。

苦い文学

AI とジョン・レノン

ビートルズの新曲 “Now and Then” が先日、世界中で配信された。

もともとはジョン・レノンのデモテープをもとに、1995 年にレコーディングが進められていたのだが、当時の技術ではデモテープからジョンの声をうまく抽出することができず、棚上げされていたのだそうだ。

それが現在の AI の進歩により、ジョンの声がクリアーに分離できるようになった。

1995 年の試みは失敗だったが、そのおかげでジョージ・ハリスンの演奏が残っていたのはなによりであった。存命しているポール・マッカートニーとリンゴ・スターで 4 人による新曲がここに完成することとなったのだ。

これは本当に素晴らしいことで、私を含めた世界中のビートルズ・ファンが、今、涙を流しながら聴いている。

この偉業は 4 人の想いと、AI によるジョンの歌声の復活がなければ実現できなかったと思う。

それだけに、一部のメディアが、岸田首相の「増税メガネ」にならって、ジョンのことを「AI メガネ」と呼んでいるのは、本当に残念だ。

苦い文学

このブログの画像

2021 年 11 月以降の投稿では、本文には画像を入れないことにしているが、それだとブログ全体が文字ばかりになってしまうことに気がついた。

そこで投稿のアイキャッチ画像を入れることにした。そうすると投稿ごとにいろいろな画像が表示されてにぎやかだ。

はじめは過去に自分が撮った写真を探し出して、編集してアイキャッチ画像としていた。だが、面倒臭いので、いまでは馴染みの AI に頼んで作ってもらったものを使っている。ただで、しかも何百枚も、こっちがもういらないというくらい、簡単に作ってくれる。

ブログの飾りになればいい程度なので、発注の仕方も適当だし、画像の質もあまり気にしていない。そもそも投稿の内容とアイキャッチ画像はほとんど関係がない。気分で選んでいるだけだ。

もっとも、私の書くものにはなにかしら電車が出てくることが多いので、そうしたことを見越して、電車の画像をたくさん作ってもらってある。

この交通手段の無軌道ぶりが私に与えるフラストレーションのほどを考えると、それでもとうてい足りないくらいだ。

苦い文学

ハートマークの誤解

「ピースサイン」と「2個ください」のときの指の形のように紛らわしいものが、ときとして大きな悲劇を招くことがある。私の友人に起きたできごとだ。

中年男性の彼は、同僚と電車に乗っていたのだった。職場の飲み会の後だったので、2人とも良い気分でおしゃべりしていた。いろいろな話題が出たが、韓国のドラマの話と k-pop の話から、ハートマークのジャスチャーの話になった。これにはいろいろな方法があるのだ。

もっともポピュラーなのが人差し指と親指を交差させるポーズだ。同じくらい有名なのが、両手の人差し指と親指、あるいは中指と人差し指の先をくっつけてハートを作るやり方だ。

また、片手でハートマークの半分を作り、自分の頬にくっつけてハートマークを完成させるのもある。これをするのはおもに歌手で、マイクを持っているため片手でしかハートを作れないのである。変わったものに、両腕を肘で接触させ、丸めた両手の先をくっつける方法がある。これで細長いハートができるが、体が硬いと難しい。

同僚が言った。「ほかにありましたかね……」 そのとき、友人はもうひとつ思い出した。「あるある、これ」

友人は両手の先を頭の上につけ、両腕を大きく丸め、大きなハートマークを作った。だが、その瞬間、彼は自分のしていることが恥ずかしくなった。そこで照れ隠しにこう言った。

「なんちゃってね」

ガラにもなくやってしまいました、という意味だったが、その瞬間、電車の乗客たちがいっせいに友人のほうを見つめたのだ。何人かは大慌てで彼に携帯を向け、撮影を始めた。彼は困惑し、両手を下ろし、うつむくと、次の駅で同僚と一緒に逃げるように降車したのだった。

そして、翌日、友人は同僚から驚くべき知らせを受け取った。自分の写真と映像が SNS で拡散されているというのだ。慌てて見ると、こんなコメントが付けられていた。

「現代のなんちゃっておじさん現る」

これがきっかけとなって、なんちゃっておじさんの目撃が都内で相次ぎ、「第2次ブーム」が到来した。

苦い文学

このブログの形式

2021 年 11 月から毎日投稿を始めるにあたって私は 3 つの形式上のしばりを決めた。

ひとつ目のしばりは、1 回の投稿につき 400 字から 800 字のあいだに収めること。あまり長ければ読むほうに負担になる。読者フレンドリーなのだ。それに、毎日書くとしたらその程度が限度だ。

2 番目のしばりは、続きものは書かないということだ。つまりどの投稿も読み切りだ。読者に続きを読むように求めるのはおこがましい。また、続きものにするつもりで、力尽きて完結できないのもみっともない。

そして 3 つ目のしばり。それは本文にリンクや画像を貼ったりしないということだ。文字だけで完結させたかったのだ。

もっとも、結局のところ、私はそのすべての決まりを破ってしまった。1200 字以上の投稿もある。続きものもいくつもある。それも 2 〜 3 回で完結ならまだしも、全 8 回の長きにわたるものもある。

3 つ目に関していえば、画像を貼ったことが 1 回だけある。それは「星のおじさん構文」という投稿で、もし興味があればブログ内を検索してみてほしい。

自ら定めた決まりを破ってまで画像を貼ろうと思った、その切実な理由がお分かりいただけるかと思う。

苦い文学

被害者

僕らの町に被害者がやってきた。そりゃもう大歓迎だ。なにしろとてもひどい目にあった人だ。手を差し伸べないなんてどうかしてるよ。

それにしてもなんてかわいそうな人だろうか。僕らは自分の持てるものを持ち寄って被害者を支えることにしたんだ。

寺に使っていない納戸があるから、そこに住んでもらおう。僕らは蜘蛛の巣を払って、埃をこすり落とした。それからなんといっても食べ物だ。ちょうど倉庫に古米・古古米・備蓄米が余ってる。これをあげよう。

服も必要だ。僕らは町の人々に声をかけて古着を集めた。あっというまに段ボール箱に20箱。被害者は大喜びだ。

仕事は……というと、ちょうど草むしりの仕事がある。誰もやりたがらないけど、被害者の憂さ晴らしにはぴったりじゃないか……。

そして、2週間ほど経ったとき、とんでもない事実が明らかになった。

あの被害者、僕らのあげたお米や古着をネットで売って金儲けしてたんだ。被害者め、売り払って得た金で、新しい服を買っていたのだ。新米を食べていたのだ。肉なんか食べていたのだ。寺に厄介になっているというのに!

もうみんなカンカンだ。「被害者のくせに!」「金目当てだった!」「騙された!」「被害者なんかじゃなかった!」「ペテン師だ!」

被害者はせめて被害者らしくしてなきゃ。そもそも、こんなんだから被害者になったんじゃないか。

いい気味だ。

苦い文学

このブログの作者

このブログの作者は私だ。

毎日、なにかしら書くということを始めたのが、2021年11月1日だから、もう2年がすぎたことになる。

2年前、私はちょうど1ヶ月分書き溜めてから始めた。計画では、1日1個なにか書いておいて、1ヶ月分のストックを常に維持しておくつもりだった。だが、不思議なことにひと月後にはあえなく在庫切れとなった。それ以来、基本的にはその日書いたものを投稿している。

私は作家ではないから、書くということはよくわからない。午前0時前までに投稿することにしているが、午後11時になっても書くことがないことも多い。それでもいろいろ考えると、出来の良し悪しは別として形になる。

1時間前まで考えもしなかったことが、1時間後には形になっているのが不思議だ。

もうひとつ不思議なのは、翌日、自分がなにを書いたかまったく思い出せないことだ。自分のブログを見て、ようやくなにを書いたか知るのだ。

私の友人でこのブログを読んでくれている人がいる。その人がいうには、このブログの作者は私とは別の人のように感じるのだという。

私もなんとなくそんな気がしていたところだ。たぶんこのブログの作者は私ではないのだろう。

苦い文学

なんとかしてやれよ

私たちの町の広場に見知らぬ人が現れた。一日中、広場のベンチに座っている。夜はどうするかというと、そのベンチで寝るのだ。食べ物はどこからかかき集めてくるらしい。こそこそと誰にも見られないように食べていた。

広場に住み着いてから三日ほどした後、私たちはこのよそ者が倒れているのを見つけた。苦しそうに喘いでいる。

私たちは遠巻きにしながら様子を見ていた。誰かが「なんとかしてやれよ」と言った。すると別の声が答えた。「そうだ。行政は何をやっているんだ」

よそ者はなおも苦しそうにしながら、私たちのほうに顔を向けた。掠れる声で「水……水……」というのが聞こえた。

誰かがまた言った。「なんとかしてやれよ」 別の声が苦々しげに答えた。「まったくだ。日ごろうろちょろしている活動家たちはなんで放っておくのか」

よそ者は苦悶に満ちた顔を空に向けた。そして、地響きなような唸り声を上げると、それきりもう動かなくなった。

誰かが憤りの声を上げた。「行政が見殺しにしたのだ!」 別の者は 「活動家どもってのは口先ばかりで頼りにならんな」と呆れてみせた。

そして、私たちは、社会的弱者に気づけてやれた自分たちに満足しながら、広場から散っていった。

苦い文学

電子レンジ

ずいぶん前からのことだが、地獄に落ちる人があまりにも多く、もはや処理しきれない状態になっている。

とくに火炎地獄の過密は深刻な事態を引き起こしている。なぜかというに、罪人が多ければ多いほど、火炎地獄全体の温度が下がってしまうからだ。温泉やサウナと変わらなくなってしまう。地獄でととのう人が続出では困るのだ。

そこで、地獄の運営は、火炎地獄の責苦をアウトソーシングすることに決めた。それが私たちの世界にある電子レンジだ。

電子レンジの内部には罪人たちがいて、私たちが何かを温めるたびに、電子の業火によってさいなまれている。もちろん、私たちには見えないし、それで食べ物がなにか悪い影響を受けるということもいっさいない。私たちの感覚を超えた次元で、電子レンジが簡易地獄として勝手に使用されているだけだ。

だが、私たちはなんとなく気がついてはいる。なぜなら、電子レンジの熱はほかの熱とは異なるからだ。まるで悪意があるかのようだ。その悪意ある熱のせいで、私たちは皿を触ったとたん悲鳴をあげ、皿を放り投げる。それどころか、癇癪を起こして皿を叩きつけたことも何度もある。

これも電子レンジの熱に地獄由来の成分が若干ふくまれているためだ。とんだ迷惑だと思うかもしれないが、早くから体を慣らしておくのもいいことではないだろうか。