小説

マスク・パフォーマー(1)

コロナのあいだ、私たちは美男美女に囲まれて生活していた。だが、コロナ禍が落ち着いて、人々がマスクを外しはじめたとき、私たちはがっかりしたものだった。というのも、マスクに隠されていた本当の顔は、さほど美しくはなかったからだ。中には「マスク詐欺」などという言葉を吐く人もいた。

だが、そうした失礼な人でも、観客のひとりとして吉田六郎さんがマスクを外す瞬間を見たら、感嘆せずにはいられないだろう。このパフォーマーのマスクに隠されていた顔は、ちょうどその人が思い描いていた顔とまったく同じなのだから。

「まさに思っていた通り!」「想像と同じ!」「そう思っていた!」

吉田さんのパフォーマンスが観客たちに与える満足と喜びを考えれば、日本の各地で行われる彼の公演がどこでも満席なのは容易に納得できる。「マスク詐欺」どころではない、人々は喜んでチケット代を支払っているのだ。

もっとも、これがパフォーマンスだということを忘れてはならない。マスクを外した吉田さんの顔が、人々が想像した通りの顔だというわけではない。そうではない。彼は、マスクを外すと、人々がこれぞ自分たちが想像していた顔だと信じ込ませる技術を持っているのだ。ちょうどマジシャンが、トランプをめくると、観客がもっとも見たいと思っていたカードを見せることができるのと同じように。

苦い文学

メガネVSコンタクト

アナウンサー「では、次のニュースです」

(ニュース映像が始まる)

「メガネって危険だと思う」「メガネはマイナスイメージ」「メガネをかけるのが怖い」 

最近、ネットではこんな不安を語る意見が目立つようになりました。その原因は……

(岸田首相の映像)

なんと岸田首相でした。「増税メガネ」というあだ名が広まったことで、メガネを着用している人たちが、自分もあだ名をつけられるのではと、不安が広がっています。

(ネットの声)「道を歩いていたら『歩行メガネ』呼ばわりされた」「野糞をしただけで『野糞メガネ』とあだ名をつけられて orz」

こうした風潮のなか、活気づいているのがコンタクト業界です。

(関係者)「安心安全なコンタクトを知っていただく良い機会だと思っています」

先日も、コンタクト事業者を代表する団体が岸田首相に面会し、コンタクトをアピール。

(関係者)「首相には『ドーリーなうるうる瞳』のカラコンを提案しました」

これに対してメガネ業界は……

メガネ関係者「いや怒ってます。岸田首相におかしなあだ名をつけたのもコンタクト業界の陰謀ですよ」と憤懣やる方ないようす。

もう黙っていられないと、今後の増税に合わせて、「減税メガネ・キャンペーン」を打ち出して攻勢をかける予定です。

アナウンサー「メガネ業界とコンタクト業界の攻防、メガネだけに目が離せませんね……」

苦い文学

YO LA TENGO

今年の初め、家族に病気の者があって、つきそいで何度も病院に行った。大きな病院で、たくさんの患者がいる。

老人ばかりだ。これらの老人を見ているうちに、私はあることに気がついた。みんな痩せているのだ。

そこで私はこう考えた。「太った老人がいないということは何を意味するか。つまり、太った人は老人になる前に死んでしまうのだ」

決して痩せているほうではない私にとっては大問題だ。

これが偽であることを示すには、ひとり太った老人がいればいい。だが、私にはまったく思い浮かばなかった。いろいろ考えているうちに、アメリカのバンド、NRBQ のギタリストだった Al Anderson のことを思い出した。通称 Big Al Anderson と言われるくらい大柄な人だ。年齢を調べてみると、70 代後半だ。これで一安心だ。が、念のため、YouTube で検索してみて、愕然とした。

もはや big とは言えない健康的な体型だったのだ!

ここで捜査はふりだしに戻った。だが、このことを友人に話したら「太った老人は病院になど来ないのでは」との指摘をいただいた。その可能性もあろう。

ところで、私が NRBQ を知ったのは、Yo La Tengo のカバーした Magnet を聞いたのがきっかけだ。その Yo La Tengo が 11 月 6 日、恵比寿に来るというので、見に行ってきた。

音源を聴いていてはわからなかったが、ライブではとても激しく、それでいて丁寧で誠実さのある演奏だった。

おもにベースを担当している James Mcnew もけっこう大柄で、「これは!」と思ったが、実際は私と歳は変わらないのであった。

音楽

ポール脂肪説

1960 年代末、ビートルズのポール・マッカートニーが実は死んでいたという噂が流れたことがある。世に有名な「ポール死亡説」だが、もちろんのこと、根も葉もないデタラメだ。

ところが、最近になって、ポール脂肪説という新たな説が提出された。こんな説だ。

「再現映像のポール・マッカートニーはいつもぽっちゃりしている」

どういうことかというと、ポールは少なくともビートルズ時代はぽっちゃりしていたことはないのに、再現映像などでポールの役を演じる役者は、どういうわけか必ずぽっちゃりしているというのだ。

この主張をする人は、こんな説明をしている。ポールは頬の丸みがひとつの特徴であるが、この丸みはぽっちゃりした人でなくては出せないからだ、と。

つまり、私たちは、ポールかポールでないかを頬の膨らみで見分けている、ということになる。この点に関して、スコットランドのキンタイア大学で興味深い実験が行われている。

「(A)実際のポールとほぼ同じ体型で頬が丸くない人」と「(B)実際のポールよりぽっちゃりして、頬が丸い人」にトレードマークのカブトムシに似たベース(カール・ヘフナー 500-1)を持たせて、どちらがポール・マッカートニーか、100 人の被験者に選んでもらったのだという。

結果は驚くべきものだった。100 人中、99 人が、ぽっちゃりしている (B) をポールだと答えたのである。そして、その 99 人は (A) をジョージ・ハリスンとした点でも一致していた。すなわち、ポール脂肪説は証明されたのだ。

なお、ぽっちゃりしていないほうの (A) をポールだと答えた、たったひとりの人物は、(B) を、ブライアン・ウィルソン(ビーチボーイズ)と断定したそうだ。

苦い文学

地政学入門

ええ、地政学を学ぶと、国際政治の世界で起きていることのほとんどが説明できるんです。国がどんな地理的条件のもとにあるか、どんな国々に囲まれているか、それでもう、その国の外交・防衛が自動的に決まります。沖縄に基地があるのも、馬鹿な人々は反対していますが、あれはもう地政学的にあそこに基地を作るしかないのです。これを専門的に地政学的宿命といいます。どのような国家もこの地政学的宿命に支配されているのです。これに逆らうなんて非科学的です。

それでですね、さらに考えてみましょう。国は何からできているでしょうか。もろもろの地域です。この地域ももちろん特定の地理的条件下にあります。つまり、この地域にも地政学的宿命があるのです。この地域もですね、いくつもの部分に分かれています。その部分もさらに分かれます。結論を言ってしまえば、家一軒一軒に地政学的宿命があります。部屋ひとつひとつにも。いや、そこに住むひとりひとりだってそうです。私はもちろん。あなただって、地政学的宿命に支配されているのです。

ええ、ですから、私が頭に下駄を載せているのも、地政学上決定されたことです。沖縄に基地がなくてはならないのと一緒です。

あなたは……そうですね、ピーマン 10 個、頭に載せるべきです。

苦い文学

遠くで戦ってる

教室に行ったら、2人の学生が真剣な顔つきで話し込んでいた。授業の準備をしながら、私は聞くともなしに聞いていた。

「まったく、遠くから見ているせいか歯痒くなってくるよね。どうしてこんな簡単なことができないのって。お互いを認め合って、譲り合うだけで、すべて解決するのに。殺し合う必要なんかないよ」

「そうそう、つまらないことで意地張っているように見える。武器を捨てることが、そんなに難しいのかな。もっと互いを尊重すべきじゃない? ただただ命が奪われていくのは悲しすぎる」

ひとりが嘆息した。「こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど、愚かすぎだよ。命を守るために全力を尽くすべきだと思う」

「ああ、それは同感。責任ある人がちゃんとしたらいいのに」

私は国際政治が専門ということもあり、現在の国際情勢について真剣に議論する学生たちを好ましく思った。そこで、つい余計な口を挟んでしまった。

「あのさ、難しい問題だけど、まずはイスラエルとパレスチナの歴史を読んでみると、また違った見方もできると思うよ」

すると2人は当惑しながら、こう言った。

「えっ、クマの話をしていたんですが……」

苦い文学

イケおじ・ワークショップ

「イケおじ」になるためのワークショップが、先日、市民ホールで開催された。

会場に集まったのはおよそ 50 人の男性たち。みな、イケおじになりたい、との一心でやってきた市民だ。もっとも多いのは 50 代、60 代だったが、90 代の参加者も何人もいた。ただし 20 代はひとりもいなかった。

はじめに参加者がひとりひとり意気込みを語った。98 歳の参加者が「イケおじになるという最後の夢を叶えて旅立ちたい」と言ったときは大きな拍手が巻き起こった。また 15 歳という最年少参加者が緊張気味に「みなさんのようなイケおじになりたい」と語ったときは、だれもがまんざらでもない顔つきだった。

次のブレイン・ストーミングは「どんなイケおじになりたいか」をテーマに自由に意見を出し合う時間だ。いろいろな意見が出たが、「モテる」と「スローセックス」の言葉が出たときは誰も我が意を得たりという表情で拍手をした。

引き続いて、「イケおじが日本を救う」というタイトルの特別講演が行われ、その後、3 つのグループに分かれてセッション・タイムとなった。セッションのテーマは「イケおじのファッション」「イケおじのセックス」「イケおじの魅力」。それぞれで活発な討論が行われ、まとめの時間での各グループからの発表は、終始笑いに包まれ、大盛り上がりだった。

だが、今回のワークショップで一番盛り上がったのは、クロージングの時間だ。そこでは主催者がこう言ったのだ。

「15 歳から 98 歳までのみなさんが、世代を超えて協力し、討論し、楽しんだ。こんなことがありうるでしょうか。もう、みなさん全員がイケおじです」

一日がかりで行われたワークショップは盛況のうちに閉会した。会場を出た参加者たちは手に入れたばかりの「イケおじ認定証」をちらつかせながら、女性たちに声をかけはじめた。

苦い文学

記念日コレクション

世の中にはいろいろな人がいて、最近私が驚いたのは、記念日のコレクターがいるという話だ。

記念日というと、普通は、自分や家族の誕生日、結婚記念日、命日などが一般的だが、都内在住の会社経営者であるその人はそれに飽き足らなくなってしまったのだという。日々を記念日で彩りたいと考えるようになったのだ。

はじめは自分で記念日を作っていたのだそうだ。たとえば自分の初恋を記念する初恋記念日、禁煙を始めた禁煙記念日、転居を祝う引越し記念日……だが、こんなのは自分の匙加減でなんとでもできるのだ。もっとリアルな記念日が欲しい、そう思っているときに、彼は記念日の売買が行われていることを知った。

さっそく問い合わせみると、あるわあるわあの記念日、この記念日が。さいわい彼には資力があったから、たちまち記念日あさりに夢中になった。誕生日を売りに出すのは、もう誰にも祝われない孤独な人たち。だから値段も安い。結婚記念日は、金に困った夫婦か、離婚して用済みになった人たちから。後者の場合は離婚記念日のおまけつき。命日は、元旦やクリスマスなどの華やかな時期にはかなりの値がつく。

なんの趣味でもそうだろうが、高じると道を踏み外すものも出てくる。この彼もそうで、ついには裏の売買にまで手を出すようになった。人身売買のさいに売りに出された誕生日、打倒された独裁者のクーデター記念日、誘拐されたジャーナリストたちの失踪記念日、絶滅した少数民族の革命記念日、天安門事件記念日……彼は違法と知りながらもこれらのきな臭い記念日に大金を払ったのだった。

彼は都内の豪邸に住んでいて、地下には記念日専用の部屋がある。仕事が終わると、その部屋にこもって、一生かかっても祝いきれないほどの記念日を眺めながら、明日はこの記念日にしよう、いやこっちか……とじっくり選ぶ。これが彼の楽しみだった。

だが、そんな彼にとんでもない悲劇が起きた。先月、彼が知人の会社の創立記念日のお祝いに外出しているときのことだった。自宅に侵入した何者かにより、金目のものはもちろんのこと、記念日のコレクションもごっそり盗まれてしまったのだ。

すべてを失い意気消沈しているかと思いきや、「記念日を盗まれた記念日」ができたと喜んでいるということだ。

苦い文学

駅のゴミ箱

駅でゴミを捨てるのは大変だ。なにしろゴミ箱を見つけるのは至難の業。盲亀浮木、優曇華の花のごとくだ。

改札口の周辺にもない。ホームに降りる階段の周囲にもない。それでは、とホームに降りる。たぶん階段の下だ、そう思ってまず見に行くが、そこにもない。ホームを歩いて探す。結局端から端まで歩いてしまう。だが、ないのだ。

しだいに隣のホームで見かけたような気がしてくる。急いで階段を登り、別のホームに降り立つ。階段の下、エレベーターの裏、ベンチの脇、そば屋の正面……どこを探してもない。

だんだんと手に持つゴミが重くなってくる。まるで鉄の塊のようだ。手が痺れてくる。しかも、濡れていて、汚らしい。手を洗いたい、と思った瞬間、トイレを思い出す。再び階段を上がり、トイレに向かう。その周辺にはゴミ箱はない。中だ。

漏らしそうな人の足取りで駆け込むが、トイレの中にもない。

まるで駅のゴミ箱は自在に気配を消すことができるみたいだ。もう決して見つけることができないような気がしてくる。永遠にゴミ箱を探して駅をさまよい歩くとは。こんな人生ってあるのだろうか。きっとしまいには私もゴミのようになってしまうのだ。そして、ゴミ箱は自分を捨てる墓へと変わり……

だが、苦悩と絶望の底で、それは不意に姿を現す。いくどもないことを確認した場所だというのに、見ればゴミ箱があるのだ。私は歓声をあげて駆け寄る。

その瞬間だ、ゴミを手にした私の目の前に、清掃員が現れる。私がひるんだそのすきに、ゴミ袋の取り替えを始める。

私は終わるのを待っているが、清掃員は永遠に作業を続けている。ゴミは私だ。

苦い文学

このブログの内容

このブログをはじめたとき、私は当時かかわりのあったビルマや難民について書こうと思っていた。だが、次第に嘘を書くほうが多くなり、今ではほとんど嘘になった。おかげで最近では事実を書くのに抵抗を感じるようになった。

事実を書くと嘘を書いているような気になるのだ(これも嘘だ)。

もとより誰かを騙そうとしているわけではないが、世の中には「人がものを書くとき、本当のことを書くものだ、わざと嘘を書く人などいない」と信じている人もいる。結果として私の嘘(のある部分)を、もしかしたら、事実だと誤解してしまった人もいるかもしれない。これはもちろん、私が悪いのであり、そうしたことのないよう、ここにその旨、明記しておきたい。

なお、投稿にあたっては、特定の人を傷つけることのないように、つまり、傷つけるならば、必ず人類すべてが傷つくように配慮している。だが、予期せぬ間違いもあるだろう。被害にあわれた方は「Contact」からお知らせ願いたい。