散文

この世はなべて偽装難民

あらゆる難民は、基本的にすべて偽装難民だ。なぜなら、この世界のどこにも、この人は難民です、と証明してくれる場所はないからだ。そして、このような「身分保証」のないことこそが、難民の本質だ。だから、難民はいつでもどこでも偽装難民だと疑われる。そのように疑われる人こそ本当の難民なのだ。

正式のパスポートを持っているとはどういうことだろうか。そのパスポートに記された国家の国民であることを、国家が保証してくれるということだ。

だが、難民にはこうした身分保証はない。どこの国際機関もそうした身分保証を発行できない。それぞれの国がそれぞれの事情に従ってこれこれは難民であると決めるだけだ。そして、そこから抜け落ちる人が偽装難民となる。つまり、国は難民を決めると同時に、偽装難民をも決めているのだ。

この事情を知らない人だけが、偽装難民を非難することができる。だが、実際には政府を批判しているに過ぎないのだ(日本では与党の政治家がこれをするのだから恐れ入る)。そして、このような無知な人はこんなデタラメなことすら考え出す。すなわち、その難民とやらの出身国政府が責任を持って、自分の国の難民に「難民証明書」を出して、難民受け入れ国に通知すべきではないか、と。もっともな理屈だ。だが、もしその国にそんなまともなことができるのであるならば、難民など出やしないだろう。

私たちの国、日本では、こうした主張が本気で罷り通りかねない様相を呈している。今や、日本には難民は存在しない。すべての外国人が偽装難民扱いだ。もっとも、日本では外国人が必要なので、そう簡単に追い出すわけにはいかない。

そこで、私から提案したいのだが、難民ビザなどやめて、偽装難民ビザを出したらいいのではないか。日本人にかかればみんな偽装難民なのだから、通常の難民手続きよりもずっと簡単だ。それに、偽装難民ビザなのだから、誰も文句は言えない。

この偽装難民ビザが実現したら、たぶん、「本物」の難民が日本で暮らすために偽装難民になりすます偽装偽装難民が多発することだろう。

苦い文学

顔とジャーナリズム

日本のジャーナリズムの特色は顔への関心だろう。なんでもいいからニュースのトピックを見てほしい。

「女優の顔が激変」とか、「こんな顔だった?、と違和感続出」とか、「お顔がずば抜けてキレイ」とか、「可愛い表情に絶賛の声」とか、すべて顔のニュースばかりなのだ。

無論のこと、私たち人類は顔からさまざまな情報を得るように進化してきた。だから、顔のことばかりニュースにするジャーナリストたちは、じつはとっても科学的なのだ。

そして、科学的であれば、綿密な取材など不要なのが日本のジャーナリズムだ。なぜなら、すべて顔に書いてあるからだ。そんなわけで、日本の政治のニュースは、岸田さんのメガネとか、石破さんの暗い顔とかでいっぱいになってしまった。

我が国のジャーナリストは、顔のことに夢中なので、緊迫した海外情勢などあまり興味がない。これはとても残念なことだ。もし、これらの記者が世界を飛び回れば、私たちはゼレンスキーさんや習近平さんの顔についてもっと知ることができるだろうに。

もっとも、日本人のジャーナリスト団体は最近、宇宙に関心を示している。近いうち、「火星の人面岩、顔変わりすぎにネット衝撃」といったニュースが配信されるに違いない。

苦い文学

カナダのカレン人

朝食後、私たちは牧師と別れ、迎えの人の車で、その人の家に行った。そこで、別の迎えを待つのだ。

家の持ち主は、カレン民族の政治団体の人で、事務方の責任者だ。お子さんが2人いて、タイの小学校の支度の最中だった。

その家には別のカレン人がいた。カナダからやってきて、しばらく国境に滞在しているのだという。私もカナダにカレン人の友人がいるので、それをきっかけにいろいろ話を聞いた。

彼はエーヤーワディ・デルタの出身で現在50代だ。私とほぼ同じ世代だ。学校のないような貧しい村を出て、カレン人の反政府組織に入ったのが11歳。そこで10年ほど生活し、1990年代半ばに組織を離れ、インドネシアに働きに出た。後にマレーシアに移った。

これらムスリムの多い国では、たくさんのビルマ出身の人々が働いている。カレン人もそのひとつで、私は1999年にクアラルンプールのカレン人の教会関係者の家に泊めてもらったこともある。

彼がどのような仕事していたか分からないが、私が別の人から聞いた話だと、カレン人のキリスト教徒は、現地のムスリムがしたがらない仕事についていることもよくある。豚肉を扱う仕事がその代表的なもので、中華料理関係の仕事はもちろん、養豚場というケースもある。後者の労働環境は非常に劣悪だという話を聞いた(ただし20年前の話だ)。

そしてこれらのビルマ出身の労働者は、正規の就労資格がない場合が多い。いま話している彼もそうで、そうした不安定な状況のせいもあって、2005年、マレーシアでカレン人団体を作り、いろいろな活動を始めたそうだ。そして、その活動を通じて、難民としてカナダに移る機会を得たのだという。

私は詳しくは知らないが、マレーシアには国連難民高等弁務官事務所の窓口があると聞いたことがあるから、その関係かもしれない。

そこで私はカナダのどこにいるのかと尋ねた。私の友人がいるのはアルバータだ。トロント、バンクーバーにもたくさんいると聞いたことがある。

彼は答えた。「ケベック」

フランス語圏だ! 忘れかけていたフランス語が思わず私の口から飛び出てこようとしたが、忘れすぎていたせいかぶつぶつ言いながら引き返していった。

苦い文学

くしゃみ

「くしゃみ(くさめ、くっさめ)」の語源が「くそはめ」だというのはよく知られている。「ハックション」や「クシュン」などはいかにも「くしゃみ」の音のようだが、実際には「くそはめ」から派生したものであろう。

「くそはめ」というのは「糞喰め」のことで、現代語で言うならば「クソくらえ」となる。

これは「くしゃみ」をしたときに唱える魔除けのまじないで、「クソくらえ」といって災いを追い払ったのだと考えられている。

こうした風習は日本だけでなく、世界中に見られる。英語圏では、くしゃみをした人に「(God) bless you!」といって神の加護を求めたり、フランス語では「à vos souhaits!(あなたの望みが叶いますように!)」と祈ったりする。

医療の発達していなかった昔は、風邪が悪化して亡くなったということもあったにちがいない。風邪の初期症状であるくしゃみが気がかりな兆候ととらえられたのは無理もなかろう。

しかし、現在では、くしゃみはそれほど重大なものではない。花粉症だってある。もはや、くしゃみを引き起こす「くしゃみ神」を罵って追い払う時代ではないのだ。

むしろ、コロナを経た今では、電車の中とかで平気でデカいくしゃみをする人そのものを、「クソくらえ」と罵りたい気分だ。

苦い文学

吉田さんの挑戦

「昔は、よく見かけたものです」と吉田一郎さん(56)は、山の斜面にある石を持ち上げた。

「こういうところにたくさんいたものですが、今は姿を見ることすら難しくなりました」とさびしそうに笑う。

吉田一郎さんが皇族の再生に取り組んで10年になる。関心を持ったのは、女系天皇の議論をテレビで見てからだ。

「皇族がいなくなるなんて思いも寄りませんでしたよ。これでは国体の護持ができないと、いてもたってもいられなくなりました」

とはいえ、皇族をどうやって繁殖させたらいいかも知らなかった吉田さん、はじめは試行錯誤の連続だった。

「うっかり宮内庁を放置したせいで、あわや全滅ということもありました。宮内庁は軟らかすぎてもダメ、硬すぎてもダメ、その按配が難しいんです」

苦労のかいあって、吉田さんの手がけた宮家は順調に増えつづけている。

「もっと皇族が身近に感じられる時代が来たら」と目を輝かせる。

吉田さんの皇族が私たちの食卓に上る日もそう遠い未来ではなさそうだ。