風刺・戯文

日本に非核三原則はいらない

2 月 28 日、日本の根本を揺るがす大事件が起きた。

この日、アメリカがイスラエルととも、イランに攻撃を開始したのだ。攻撃の最大の原因は、イランによる核兵器開発だ。

この事件が我が国にとって持つ意味は大きい。なぜなら、50 年以上前から我が国が堅持してきた非核三原則がもはや無意味、いやそれどころか我が国にとって非常に危険であることが露呈したからだ。

イランには確かに核兵器開発の兆候はあった。だが、今のところ、イランが核爆弾を製造しているとの証拠をアメリカは一切示してはいない。にもかかわらず、大規模な攻撃が始まったのだ。

とすると、実際に核兵器を開発していなくても、それっぽい動きがあれば、攻撃されかねないということではないだろうか。

では、それっぽい動きとはなんだろうか? もちろんウラン濃縮などもってのほかだ。研究だって危ない。だが、それだけだろうか? 世界の歴史が証明するのは、なんであれ一度はじまったことは極限までいく、ということだ。

断言しよう、トランプ大統領にかかれば、核のことをチラと考えただけでもう攻撃の十分な理由となる、ということを。

このような状況で、非核三原則などもってのほかだ。なぜなら、それは核のことが気になっているという兆候にほかならないからだ。

日本政府よ、今すぐ非核三原則を放棄すべきだ。そして、緊急国連総会を招集し、こう我が国の方針を発表すべきだ。

広島にも長崎にも何も落ちなかったよ、核ってなに? ぜんぜんわかんないや。

苦い文学

無ゴミ箱社会の到来

異国の大通りを歩いていたら、数名の日本人に出会った。日本人たちは、道端に立ち、行き交う人々を真剣な面持ちで見つめているのだった。そのうちのひとりが叫んだ。

「あっ、あれあれ、あの男性、見事ですねえ!」

「ほうほう、でどんな?」と別のひとりが尋ねると、叫んだ方は「こうでした!」と手をブラリとさせて身をよじってみせた。すると誰かが言った。「いや、もうちょっと肩が下がって、脇を引き締めていた」

「なるほどなるほど、ではそれでもう一度お願いします」と別のひとりがビデオを向けて、その「フォーム」を記録しはじめた。

私は異国で異常なふるまいをするこれらの同胞が気になって、思い切って尋ねてみた。するとリーダーらしき男性が答えた。

「私たちは将来の日本のための調査をしているのです。現在、日本では深刻な少ゴミ箱化が進んでおり、じきに街中からすべてのゴミ箱が消えることでしょう。私たちは、この本格的な無ゴミ箱社会の到来に備えて、どのようにしたら日本人がさりげなく道でゴミを捨てられるようになるかを研究中なのです」

そのとき、誰かが声を上げた。「ほら、見ましたか! あの男性! タバコを口に持っていくその瞬間に、脇から紙屑がはらりと落ちました」

「見ました! 実にスマートなポイ捨てぶりでした!」「忘れないうちに記録記録!」

うれしげに騒ぐ仲間たちにリーダーが微笑みながら私に言った。「私たちはこれらの貴重なデータを持ち帰って、帰国後、日本初の『ポイ捨て研修』を東京で開催する予定です。ここでお会いしたのもなにかの縁でしょう。会の案内を差し上げますから、どうぞご連絡ください」

私はそのリーフレットをありがたく頂戴すると、お辞儀をして立ち去った。そして、角を曲がったところで、放り捨てた。

苦い文学

駅長たちの興亡

大きな駅における駅長の交代は、まるで世界史に出てくる王朝の交代ほどのインパクトがある。

駅長が死ぬと、それまで駅長に忠誠を誓っていた駅員たちはあっという間に逃走する。なぜなら、かねてから駅長の座を狙っていた隣の小さな駅の駅長が駅員を率いて攻め込んでくること確実だからだ。

そんなわけで、隣駅の駅長に率いられた駅員たちが、大きな駅に乗り込んだときには、駅はとっくにもぬけのからだ。駅員たちは無人の駅を駆け回り、思うぞんぶん破壊と略奪を行う。ときには放火することもある。

その間、隣駅の駅長は駅長室を占拠し、周囲の駅の駅長に、自分が新たな駅長に就任したことを宣言するのだ。

新たな駅長が最初に行うことは、前の駅長の業績を否定することだ。そうやって自分が駅長となったことの正統性を公に主張するのだ。具体的にどうするかというと、前の駅長が行った駅の改修、改築、増築による箇所をすべて破壊する。その上で、新駅長は自分の権威にふさわしい駅づくりに取りかかる。

新しいベンチを設置し、コンビニの位置を変え、新たなショッピングゾーンを作り、ゴミ箱をすべて廃止し……駅は駅長にとってピラミッドであり古墳だ。自らの治世を誇る記念碑なのだ。

だが、その駅長もいつか別の駅長に取って代わられるときが来る。駅は再び灰燼に帰し、新しく駅長になった者による改築・増築が急ピッチで進められる。そしてその駅長もまたいつの日か滅ぶ……。

もしもあなたが、大きな駅ではどうしていつも何かしら工事が行われているのだろうかという疑問を抱いたとしたら、このような事情に思いを馳せてほしい。私たち乗客は駅長たちの興亡が続くかぎり永遠に、その工事を、仮囲いを、不便を耐え忍ばねばならないのだ。

苦い文学

2種の薬

麻薬など別世界のことのように思えるが、しばしばニュースになるのをみると、実際にはかなり広まっているのだろう。

実は私も学生のころ、薬に手を出したことがある。知り合いから「効くよ」と2種の粉末をもらったのだ。

どちらも精神に強く作用する薬だった。ひとつは時間が止まったように感じる薬だ。これはつまり快楽を永続させる効果があるのだ。もうひとつは逆に、時間の経過を早く感じさせる薬。これがあれば退屈な講義や待ち時間などあっという間だ(携帯などなかった時代だ)。

私は初めての経験に胸を高鳴らせながら、2種の薬をカバンの奥に隠して、家路を急いだ。

ところが、こういうときに限って、警官が声をかけてくるのだ。堂々とした態度だったら造作なく切り抜けられたかもしれないが、私はそこまで経験豊かではなかった。私の動揺を見抜いた警官は、カバンの中のブツをすぐに探り当てたのだった。

私は署に連行され、入手経路など厳しく取調べられることとなった。自分の人生もこれで終わりか、と思ったそのとき、警察は私を解放した。私が持っていた粉末にはいかなる麻薬成分も含まれてはいないという報告が上がってきたのだ。

「これはただの土だ」と捜査官は言った。「だが、こんなものに手を出してはいかん。ここから本物の麻薬にハマる人間もいるのだ」

そして、時間を止める薬は、極右政党本部の土地の土だ、と教えてくれた。

「では、時間を早める薬は? 極左ですか?」と私。

「いや」と捜査官はかぶりを振った。「しょっちゅう店が変わるいわくつきの場所の土だ」

苦い文学

『朕だけの日本語』

日本にはさまざまな目的で学ぶ留学生がいるが、なかには「日本で帝王になりたい!」という夢を抱いて来日する若者もいる。

『朕だけの日本語』は、そんな留学生に特化した教科書だ。

日本語教科書の『みんなの日本語』が『みん日』と略されるのにならって、『朕日(ちんにち)』との愛称で親しまれている。

この『朕日』では、帝王が使うにふさわしい日本語を学ぶことができる。具体的には以下のような表現である。

「この世に朕より優れた者がいようか……」
「勝者が常に正しい!」
「権力のみに人間はひれ伏すのだっ」
「フハハハハ! 弱い者に生きる価値などない」
「学者のいうことなどバカげた理想論に過ぎぬ」
「すべてリベラルどもの陰謀だ!」

この教科書にはまた、2つの特色がある。ひとつは会話がまったく取り上げられていないことだ。そもそも帝王と会話することなどできるものだろうか? 「はい」だけがあればいいのである。

また、同様の理由から文法解説も存在しない。帝王が文法上の誤りを犯すことなど考えられるだろうか? 帝王が文法なのである。

なお、日本語教師への注意点を述べれば、この『朕日』を使用するさいには、細心の注意を払って教案を作り、授業運営を行う必要がある。というのも、命がいくつあっても足りないからである。もっとも、これは帝王の短気さを考えると相当に難しいことだ。

統計によれば、ひとりの帝王がこの教科書を終えるまでに、平均して36人の日本語教師の命が犠牲になっている(縛り首が6人、斬首が8人、八つ裂きが5人、毒殺が10人、行方不明4名、獄死、恩赦としての自決、不審な事故死が各1名)。

帝王には有益だが、庶民には剣呑なこの『朕日』であるが、「ジャパン維新パブリッシング」という大阪の出版社が刊行している。広報によれば、ロシア語版も準備中だとのことだ。