風刺・戯文

昭和の魂、百までも

昨日、東京、霞ヶ関にある経済産業省のビルで暴れたとして、50 代の男が逮捕されました。ビルに侵入しようとした男は、制止しようとした警備員を突き飛ばし、通報によって駆けつけた警察官に取り押さえられました。

男が押し入ろうとしたのは、経産省のビル内にある産業技術総合研究所の計量標準総合センター東京本部。日本の長さ・質量・時間・温度などを維持・管理する機関です。いったいどうして男は侵入しようとしたのでしょうか。その背景には意外な動機がありました。

(男の知人)「なんでも、ガールズバーっての? そこの若い女の子に入れ込んで、結婚まで考えてたんだけど、その女の子は背の高い男が好きだってんで」

(記者:男の身長は?)「160 cm 台かな……」

男は計量標準総合センターで「昭和の 160 cm 台は令和の 180 cm 台だ」と発表するように要求するつもりだったと供述しています。

なお、警察によれば、男は「昭和ならこれは犯罪ではない」と犯行を否認しているそうです。

苦い文学

アウシュヴィッツ訪問(2)

「国立アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館」の予約専用のサイト(https://visit.auschwitz.org/)を通じて個人で予約をとる場合、まず訪問日を指定する必要がある(その前に「私はロボットではない」の画像認識の関門がある)。訪問日は3ヶ月先まで選ぶことができるようだ。

その先に進むと、訪問日に予定されているツアーの一覧が出てくる。朝8時15分から、午後2時ごろまで、15分おきにツアーが組まれている。個人で行く場合、このツアーに参加しなくてはならない。各ツアー定員は15名だ。

通常のツアーには2種類ある。解説者付きのツアーと解説者なしツアーだ。解説者付きのツアーは3時間かかる。解説者なしツアーはわからない(このほかに6時間のツアーなどもあるもよう)。

解説者付きツアーは午前中、解説者なしツアーは午後にしかないようだ。解説はポーランド語のほかに、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、イタリア語などがある。

訪問日と言語とツアーの時間を選べば、実際の予約と支払いに進むことができる。料金は100ズウォティ(5000円ぐらい)でクレジットカードが使える。また、支払い時に寄付も求められる。

支払いが終わると、領収書、入場パス、注意事項などがメールで送られてくる。

ひとつ注意したいのは、この支払いが日本からできない可能性もあることだ。私はポーランドの別の支払いのために日本でカード決済しようとしたが、何度やってもダメだった。なので、もしも私が日本で「国立アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館」の予約をしようとしていたら、できなかったかもしれない。

もっとも、利口な人なら、きっとうまい方法を見つけることだろう。

(画像は博物館前のようす)

苦い文学

昭和への探査旅行

その日、国立時間移動訓練センター所長は、「昭和探査プロジェクト」の訓練の視察に訪れた政治家たちの案内をしていた。

「ご存知の通り、私たちはついに時間軸移動を実現しました。そして、現在、センターでは第2ステップに取り組んでいます。昭和の探査です。日本がもっとも輝いていた時代、昭和に探査隊を送り、再び日本を偉大にするのが目的です。このセンターでは、オールジャパンで探査隊の候補メンバーの訓練を行なっています」

「どんな訓練かね」 と政治家の一人が尋ねた。

「ひとことで言えば、どんな宇宙飛行士よりも厳しくつらい訓練です。今、実際に進行中の訓練をご覧に入れましょう」

と所長はスクリーンにセンター内のようすを映し出した。そこでは全身に管を挿入した訓練生たちが叫びながらのたうち回っていた。

「時間移動では、重力が拡散するため、全身がちぎれるような激痛と恐怖が時間移動士を襲います。そのさいにパニックにならないよう強靭な精神力を養わねばならないのです」

政治家たちは満足げな表情だった。所長は別の動画に切り替えた。「ですが、最大の困難が待ち受けているのは昭和なのです」

訓練生たちが狭い部屋に閉じ込められているようすが映し出された。すると、部屋の四方に設置されたダクトから煙がモクモクと溢れ出て、たちまち画面を白濁させた。

「これはタバコの煙です!」

「ゴホゴホ! ガハガハ!」 画面から訓練生がむせる音声が聞こえてきた。

「昭和の日本に突入するためにはタバコの煙にどうしても慣れなければなりません」

「ゼーッ! ゼーッ! ゼーハッ、ゼーハッ!」 煙の中で訓練生たちが倒れていくのが見えた。

政治家たちは鼻を鳴らして不満を表明した。

「残念ながら、この訓練をパスした者はまだいないのです。ああ、いかに私たちは軟弱になったことでしょうか。いかに昭和の日本人が強靭だったことでしょうか」

「ヒュー、ヒュー、ヒー……ヒー……」 窒息した訓練生たちはぴくりとも動かなかった。

一人の政治家が声を上げた。「もっと、訓練生が必要だ! 日本を偉大にするためにはしかたがないではないか!」 たちまち、賛同の拍手が沸き起こった。

所長はこれを聞くと満足げに画面を消し、政治家たちを喫煙所に案内した。

苦い文学

自分軸で生きる

私は心に決めた。自分軸で生きることにした。

もう、他人に振り回される人生はごめんだ。周りの人間の声など聞くものか。これからは、自分自身の考えで生きよう。ぶれない自分になるのだ。

すると、なんだか私は心安らかになり、いつしか眠りに落ちていたのだった……。

……目の前には荒れ果てた大地が広がっていた。あちこちで紅蓮の炎が上がり、耳を覆いたくなるような悲鳴が聞こえた。

見れば、恐ろしげな鬼たちが裸の人間たちを追い立て、手に持った鋭い槍で、突き、殴り、串刺しにしていたのだった。人間たちは全身これ血まみれの姿で、苦悶の叫びを上げながら転げ回っていた。

あまりの光景に肝をつぶした私は、叫んだ。

「どうかお願いです。やめてください。ウクライナのロシア兵より酷いやられようではないですか!」

すると鬼が憎々しげな顔を向け怒鳴った。

「こいつらは、畢竟、自分の作った槍で苦しみおるにすぎない。この鋭い槍でグサグサ、ジョキジョキ、ムチョムチョにしてやるというのが、閻魔大王様の御指図じゃ」

「ジョキジョキのムチョムチョ!? しかし、その槍がいったいなんだと言うのでしょうか?」

「これは、こいつらの自分軸とやらで作った槍じゃ(背中から引っこ抜いたのじゃ!)。現実の複雑さと人間関係の難しさに耐えきれず『ぶれない自分』とやらに逃げ込み、コーチングの戯言に踊らされた人間どもにはこうした末路が待っておるのじゃ」

「しかし、それだけでは、罪とは言えないのではないでしょうか。人間だれしも弱いものであり、時には、逃げ場が必要かと思われます」

すると、別の鬼が苦々しげな顔つきで割って入った。

「愚か者め! 自分の聞きたいことしか聞かぬという、自分軸とやらの行き着くところ、必ず陰謀論じゃ。そして、この世の大罪といわば、この陰謀論に組すること以外にありえんのじゃ!」

いら立った鬼たちが自分軸の槍をぶるんぶるん振り回しはじめた。大慌てで私は逃げだした……

私は目を覚ました。悲鳴に喉は枯れ、汗でびっしょりだった。

ああ、その夜以来、私は軸という軸を忌避するようになった。椎茸の軸にも震え上がるありさまだ。