風刺・戯文

素顔

「みなさんにとっては VTuber なんてもう当たり前でしょうが」と、その先生は学生たちに語りかけた。

「僕はこのあいだ孫に教わりまして。アニメかと思っていたら、あにはからんや、裏に人間がいて動かしているというんですね。コンピューターを使うとそういうことができるということなんですが、で、僕は聞いたんですね。後ろで動かしている人はどんな人なのか、顔とかわからないのか、と孫に聞いたんです。すると『これはこういうものだよ』と答えるのです。いや、でも、誰が動かしているか、気にならないの、としつこく聞いたんです。そしたら、孫はいかにも面倒くさそうに『ホントは誰とか考えないよ』というので、いや、そういうものなのかと感心してしまいました。背後に誰がいるのかとか、素顔はどうだ、だなんて詮索するのはもう意味がないのかもしれませんね。僕も見習いたいとは思いますが……」

こう前置きを終えると、先生は少し悲しそうに作家論の講義にとりかかった。

苦い文学

女性アシスタントの墓場

みなさん、不思議に思ったことはありませんか。テレビの女性アシスタントのことです。

メインの男性の脇に立ってボードを出したり、一歩下がって笑っていたりする女性たちです。アシスタント自体は不思議でもなんでもないのですが、しばらくぶりにその番組を見たりすると、私たちはいつの間にか別の女性アシスタントがメインの脇に立っているのに気がつくのです。

いったいあの女性はどこにいってしまったのだろう? その行方はまったくわかりません。もう二度とテレビで見かけることはないのです。そして、新たに入れ替わったアシスタントも、ちょっと目を離したすきに、別のと入れ替わっているのです。

こうやって次から次へと女性アシスタントは現れては消えしていくのですが、メインの男性はいつも同じです。年も取らないように見えます。「むしろ若返っているのでは?」と怖くすらなります。

それにしても、これらの女性アシスタントたちはいったいどこへいってしまうのでしょうか。

有力な情報はほとんどありません。お台場方面で「女性アシスタント捨て場」を見た、という人もいますし、富士の裾野で「女性アシスタント墓場」に迷い込んだという人もいます。また、大田区に女性アシスタントのリサイクルとメンテナンスを行う町工場があるなどと、まことしやかに語る人もいます。

まったく、デタラメもいいところですが、それでも、この日本のどこかで、捨てられた女性アシスタントたちがひっそりと生きているかと思うと、男のロマンがかき立てられますね。

苦い文学

メーソート行き

バンコクの次の目的地は、国境の街メーソートだ。この街はビルマ側の街ミャワディに接していて、たくさんのビルマの人々が暮らしている。ビルマの反政府運動の拠点のひとつでもある。

バンコクからメーソートに行く方法はおもに二つある。飛行機とバスだ。だが、飛行機はいっぱいで数日後でなければ空きがないということがわかった。これでは向こうで待っている予定に間に合わない。

本当ならば、日本で予約しておけばよかったのだが、それができなかった。同行するカレン人の友人のビザが取れるか分からなかったからだ。そして、ビザが取れたのは出発の3日前だった。

そこでバンコク到着の翌日午前のバスでメーソートに向かうことにした。バンコクにいるカレン人の牧師が代わりに予約に行ってくれたのだが、夜行バスしかないという。しかも VIP バスはいっぱいで、普通の夜行バスだ。450バーツぐらい、19:50 に出発だ。

そんなわけでバンコクで1日自由時間ということになった。私はその日のうちにメールで提出しなくてはいけない書類があって、これを終わらせて、タイ・マッサージに行って長旅に備えようと考えていた。

が、結局、書類は夕方までかかってしまった。

苦い文学

ホームの仮囲い

私たちの駅のホームに、白くて長い工事用の囲いができた。ある朝、急に出現したのだ。

長さは、いつもの鈍行の3両目から6両目まで。ホームの半分以上の長さだ。

「何ができるのだろう」

私たちは大いに期待した。あるものは地下通路といい、またあるものはエレベーターだと推測した。新幹線のホームにあるような立派な売店ができる、と予測するものもいたし、素敵な待合室ができると想像を膨らますものもいた。そして、なによりも私たちをときめかせたのは、次の言葉だった。

「まあ、まて。あれは資材置き場だ。これから駅全体の改修工事が始まるのだ。すごいことになるぞ」

しかし、仮囲いはなんとも厄介だった。ホームの幅いっぱいを占領していた。ホームの端の黄色い点字ブロックぎりぎりだ。正確に計ってみると、隙間は5センチもなかった。

そして、私たちが歩くのを許されていたのは、その5センチ弱の幅だけだった。なぜなら、点字ブロックに足を乗せるやいなや、すぐさま「お下がりください」の警告が放送されるからであった。

苦難の時期が始まった。私たちはまるで切り立つ崖を横切る人のように、囲いにへばりつき、つま先立ちでホーム上を移動し、電車を待ったのだった。

私たちは互いに身を寄せ合い、手を取り合って白い壁にしがみついた。人間の鎖のようだった。

そして、6ヶ月後のある朝、仮囲いが消え失せた。知らせを聞いて駅に駆けつけた私たちは、ホームを見て愕然とした。

何もなかった。いや、ただベンチがあった。だがそれは前にあったものと同じだった。私たちは、いかなる変化も見つけることはできなかった。

人々は「ホームの地下に最新式の電線が敷設されたのだ」とか「いや、大々的な改修の調査が終わったにすぎない。工事はこれからだ」とか「ベンチの座り心地が違うぞ!」などと口々に主張しあった。

私には事の真相はわからない。あれから何年も経ったが、私たちのホームも駅もそのままだ。

ただ以前に比べて人々はホーム上では行儀良くなった。唾を吐く人も、ガムを捨てる人も、人を押し除ける人もいなくなった。駅員に失礼な態度を取る人もいなくなった。

白くて長い仮囲いはもうごめんだ、とみんなそればかり考えている。

苦い文学

その場しのぎ

日本政府が去年の夏出した「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」というのは、ビルマ情勢の悪化のため日本での在留を希望するミャンマー人に積極的に在留と就労を認める、というものだ。

この措置は、難民認定申請者もまた対象としている。申請者のうちには、不法滞在の状態から難民申請した者もいるが、こうした人にも、特定活動ビザが出るようになった。

ただし、制限がないわけではない。6か月ごとに更新しなくてはならず、また週28時間以上は働けない。それでも、入管に収容される恐れなしに生活できるというのは大事なことだ。

ただし、この措置には問題がないわけではない。

最近のことだが、在留を希望するビルマ人難民申請者に、入管が、この緊急避難措置にもかかわらず、在留許可を出さないケースがあるのを知った。

その人は事情があって働けないのだ。

つまり、この特定活動ビザは、就労できることが前提となっているといえなくもない。

これは、働けない人は緊急避難措置の対象とはならないということだ。そういう人は、強制送還されて、危険に直面することとなる。

働くことができようとできまいと難民は難民だ。難民保護の基準が仕事ができるかできないかであってはいけない。

もしかしたら、緊急避難措置というのは、入管が難民問題に直面することを避けるためのその場しのぎの措置、つまり入管にとっての緊急避難措置でないかという気もするのだ。