ライブ

『コントの虎 漫才の狼』

ヤーレンズは今、単独ライブツアーの最中で、私は抽選に何度か応募したのだが、すべて外れてしまった。だが、たまたま、ヤーレンズとジグザグジギーのツーマンライブ『コントの虎 漫才の狼』が開催されるというのを聞いた。ヤーレンズも見られるし、ジグザグジギーも面白い。これは行かない手はない。そこで、9 月 25 日、中野のなかのZERO小ホールに行った。

このライブは今回で 8 回目、2 年半ぐらい前から続けているということだった。今回は初めに 4 人でのトークがあって、それから、ジグザグジギー、ヤーレンズの順で交互に 3 本ネタをした。ネタは以下の通り。タイトルは勝手につけたもので、あまりネタバレにならないようにしている。

ジグザグジギー①「結婚式」(コント)
ヤーレンズ①「スナック」(漫才)
ジグザグジギー②「心霊現象」(コント)
ヤーレンズ②「結婚」(漫才)
ジグザグジギー③「文化祭」(コント)
ヤーレンズ③「ラーメン」(漫才)

ジグザグジギーはすべて新作。②の評判がいいようだが、私は③がいちばんくだらなくて笑った。ヤーレンズは順に旧作、準新作、新作。今年も M-1 の決勝候補のひとつと目されているヤーレンズだが、賞レースの短く切り詰めた漫才ではなく、遊びの多い漫才を見ることができた。なかなかネタに入らないということは聞いていたが、特に①がそうで、22 分の長さだった。③は新作のせいか遊びは少なく、M-1 の予選でやってもおかしくない。

苦い文学

移民を食べるペット

先進国のアメリカで、移民を食べるペットが生み出された。レオン・マスクが宇宙事業をほっぽり出して、X で知恵を募った結果、移民がペットを食べるのならば、ペットが移民を食べてもいいのでは、という逆転の発想が飛び出てきたのだ。

さっそく移民を食べるペットが国中に放たれ、バリバリ移民を食べ始めた。なお、アメリカは先進国なので、ペットのトレーニングもしっかりしていて、決して移民以外は襲わないのだった。

移民たちは対抗手段として、このペットを食べようとした。だが逆に食べられてしまった。かくして移民は一掃され、万里の壁の建設も大量の強制送還もなくして、アメリカの移民問題が解決したのだった。

これを見た日本人が、アメリカにならって、このペットを日本にも導入することにした。海外のペットを日本に持ち込むには動物検疫上のさまざまな手続きが必要だったが、狂犬病の注射はすでに狂っているという理由で免除された。

そして、移民を食べるペットがついに日本に上陸した。

「さあ、行くのだ!」

ペットは勢いよく飛び出して行った。

1日目、日本人たちの期待に反して、移民が食べられたというニュースは届かなかった。

2日目も同様だった。果報は寝て待てかもしれない、と日本人は思った。

そして、3日目、日本人はペットが品川入管前で餓死しているのを発見した。

そのとき日本人は、公式には日本には移民がいないことを思い出した。

苦い文学

隣の空席

いつの頃からかわかりませんが、電車で座る私の隣に人が来ないようになりました。

私の両隣には誰も座らないのです。いや、もちろん、混んでくると誰かが座ってくれます。ですが、それは他の席がすべて埋まってからなのです。

これに気がついたとき、私は自分の身なりや体臭が人を遠ざけているのではないかと思いました。それで、できるだけ小ぎれいな服を着て、体もよく洗うようにしました。歯もしっかり磨いて、うがいもしました。だが、それでも私の隣は空いたままなのでした。

そればかりではありません。私が座ると、隣に座っていた人がすっと立ち上がって、ドアの前や、隣の車両に行くようになったのです。私はショックを受け、怒りすら覚えました。侮辱されたように感じました。

ある時などは、私から逃げた人を隣の車両まで追いかけていったこともあります。わざとその人の隣に座ってやったのです。その人はすぐさま姿を消して、ちょうど停車した駅で降りてしまいました。

とことんまで追い詰める気だったので、本当に腹立たしかったですが、これで良かったのです。というのも、もしそのまま追いかけ続けていたら、どこかで警察に呼び止められていたでしょうから。

今では、私は座りません。電車の中では、どんなに空いていようと、吊り革にぶら下がったり、ドアの脇に寄りかかったりしています。

私は、自分の隣から逃げていく人々に申し訳なさを感じるようになったのです。そのような状況に追いやってしまって、かわいそうなことをした、そんなふうにも思っています。

結局のところ、理由は不明ながら、私は人々を苦しめていたのです。

せめて、というわけではないのですが、みなさんにお願いがあります。電車で席に座るとき、私のような人間がいるということを、ちょっとだけでも思い出してください。それだけで十分です。

苦い文学

物干し竿

ビルマに行ったとき出会った人に、両腕のない活動家がいた。

彼はアウンサンスーチーの熱心な支持者で、そのせいで両腕を失ったのだ。

彼女を支援するデモがあり、彼は大きな旗を振って隊列に加わった。その旗竿が電線に触れ、感電したのだ。

アウンサンスーチーは事故の話を聞くと、彼のためにできる限りのことをしたという(たしか、ドイツで治療を受けさせたとかいう話だった)。そのおかげで、彼は肘から先を失ったものの、命を取り留めた。

義手もあったが、普段はあまり使わず、SNSなどを使うときは装着すると言っていた。

私が彼に会った時期は、ビルマでも大っぴらに政治活動ができたが、今、彼はどうしているだろうか。

ところで、私は最近、近くに引っ越しをしたのだが、うっかり物干し竿を運んでもらうのを忘れてしまった。それで、自分の手で運ばなくてはならなくなった。

初めは横にして持っていったが、うっかり通りがかりの人をなぎ倒しそうで不安になった。なので、縦に持つことにした。

途中に、電線が密な通りがあった。私は両腕を無くした友人のことを思い出し、再び物干し竿を横にして、そろーりと運んだ。