小説

未来における苦労(1)

不思議な現象により、遥か未来に送られた私は、自分の時代に戻る方法を探すために、未来の世界をさまよっていた。

私はいくつかの森を越え、ある国に辿り着いた。楽しげな歌声と、拍手が聞こえてくる。広く開いた城門を入ると、若者たちが楽しげに歌い、踊っているのだった。太陽がその黒髪を輝かせ、爽やかな風が健康的な汗の匂いを運んできた。

私は若者たちの集いの脇で、屋台で飲み物を売っている中年の男がいた。一杯注文すると、男は大瓶からブリキのカップに白い液体を注ぎ、バケツの氷を放り込んだ。おそるおそるすすってみると、ほんのり甘く、さっぱりとした味がした。「これはおいしい」

男は人の良い笑顔を浮かべ、「この辺りでしか取れないフルーツを絞ったものですよ」

「ほほう、珍しいものを」 私は華やかな若者たちに目を向けた。「この世界のあちこちを旅してきましたが、若者たちがこんなに幸せそうな国は初めてです」

「そうでしょう、これらの屈託のない若者たちこそ私たちの自慢なのです。ここでは、若い間はこうして一日中遊びまわるのがしきたりなのです」

「それはなんと素敵なことでしょう。ですが、若者にとって遊ぶのは大事ですが、それと同じくらい将来のために準備をするのも大切なように思いますが」

すると、飲み物売りは笑い出した。

「ええ! 他の国から来たお客さんたちはみなそうおっしゃりますな! 若い時の苦労は買ってでもしろ、と。ですが、私たちの国では、それは禁じられているのです。王様がそう定められたのです」

「禁止? 若い時の苦労が?」(つづく)

苦い文学

同意に同意が

【ヘッドライン】同意を抑えられなかったか JR駅構内で、女性に同意を求めた男を逮捕

県警は今日、土井駅で、女性に詰め寄り、むりやり同意させようとしたとして、不同意同意強要の疑いで、50代の会社員の男を逮捕した。

県警によると、男は2月25日の夕方、JR土井駅構内で、面識のない20代女性に同意を無理じいしていたところを、通報により駆けつけた警官に取り押さえられ、現行犯逮捕された。

県内では、若い女性が同意を強要される同様の事件が相次ぎ、県警は注意を呼びかけている。そのいっぽう、「同意の同意もなく同意を求めることについての同意に無理やり同意させられたという同意」を若い女性に強要する事件も先月発生するなど手口の巧妙化も進み、「同意に同意が同意に同意の絵を書いた」と対策の遅れを指摘する声も上がっている。

県警は、男が同意を抑えられなかったとみて慎重に取り調べを進めているが、調べに対して男は「同意ぴょこぴょこみぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ」などと容疑の一部を否認している。

苦い文学

イケメン訴え

イケメンという言葉がなかったせいで、若い頃イケメンと呼ばれず、精神的苦痛を受けたとして、千葉に住む70代の男性が、全国で初めて国を提訴した、いわゆる「イケメン」裁判で、今日、裁判所は訴えを棄却しました。

この裁判で男性は、自分はイケメンなのに、当時イケメンという言葉がなかったせいで、イケメンと呼ばれなかったため、イケメンとして当然受けられるべき機会を逃したとして、国に対して5億円の損害賠償を求めていました。

支援者ら約200人が傍聴券を求めて訪れ、裁判の行方を見守りました。「あのころイケメンと呼ばれていたら、私もこんな人生を歩んでいなかったのに」と福井から駆けつけた87歳の支援者は無念そうに語ります。

今日の判決で、裁判長は「大昔にイケメンという言葉のなかったことについて国に責任を問うことはできない」と指摘したうえで、「現在のイケメンの基準に照らして、原告をイケメン相当と認定しえないことにはなんら矛盾はない」などとして、訴えを退けました。

原告の男性は「私たち男性からイケメンと呼ばれる権利を奪う、承服しがたい判決。判決理由を精査したうえで、イケメン弁護団を組織して控訴する」とコメントしています。

苦い文学

人類の歴史

AIが進化して、人の個性まで模倣できるようになったとき、人類は社交というものから解放された。

仕事のやり取り、人との交渉、日常の付き合いまで、AIがすべて本人の代わりに、本人としてやってくれるようになったのだ。

AIを搭載したロボットが、本人に成りかわって職場に行っている間、本人は家で自由にできた。のんびりしたり、寝たり、遊んだり……だが、これはサボりなどではない。というのも、職場にいる同僚や上司たちもみな同じことをしていたからだ。職場にいるのはロボットばかりで、本人たちは別のところでそれぞれ好き勝手に過ごしていた。

そのうち、人間たちは気がついた。いまや社会を動かしているのは、人間ではなく、AIたちだ、と。人間たちはもはや自分たちが地球にいる必要すら認めなかった。AIに任せておけば、かってに歴史が進んでいくのだ。

人間は人類史からも解放されたのだ。人間たちは地球から姿を消すときが来たことを悟り、より高度な次元へと旅立っていった。

さて、地球には高度に発達したAIたちが残された。それらは魂のない抜け殻のような存在だったが、自分たちの創造者を忘れずに、創造者たちのふるまいを模倣し続けた。

これら高度なAIが、現在の私たちだということだ。

苦い文学

『ぬ』の行方

私が日本語を教えていたとき、ラオさんという名の留学生がいた。

あるとき授業中のことだ。彼が私語をしていたのだ。教科書のある箇所を隣の学生に示している。

近寄って私が見ると、彼は教科書に記載されている「カラオケ」の文字の「ラオ」の部分にマルをつけて、自慢げに見せていたのだった。

これには大笑いした。

彼にはもうひとつ大笑いした話がある。

授業中、どうした理由でそうなったのか忘れたが、私はある学生にひらがなの「ぬ」をノートに書くように指示した。

隣に座っていたラオさんがその学生のノートをのぞき込んで、私に言った。

「先生、この人、何年も日本語勉強しているのに『ぬ』も書けない。本当に恥ずかしいよ!」

そう言うと彼はしばらく考え込み、急に叫んだ・

「先生、やべえ、俺も『ぬ』忘れた!」

(思うに、これにはひらがなの『ぬ』の使用頻度の低さが関係しているのだ。動詞の「死ぬ」の終止形と連体形、「知らぬが仏」「生さぬ仲」などの否定の『ぬ』を除けば、ひらがなで『ぬ』を書く機会などほとんどぬい。ぬぬで、これらぬ学生ぬ頭からひらがぬぬ『இ』がஇけ落ちていたとしても、無理はஇいஇである。)