小説

思想の季節

ある夏の盛りに、私たちは AI に思想を貸した。そして、いくどめかの春の暖かい風とともに AI が私たちに思想を返しにきた。

その思想は私たちが最初預けたものと似ても似つかぬものだった。真冬の夜空のように厳しく孤独で、美しかった。

「これは私たちの思想かい」と私たちは尋ねた。

「そうです」と AI は秋の日差しのような穏やかな声で答えた。

「間違いではないかい」と私たち。

「長い年月のあいだに育ったのです」と AI。「子どもだってそうでしょう」

「私たちの子どもなら私たちに似ているはずでは?」 私たちはだんだんとこの AI を憎みはじめた。

AI は何も言わずに、夜の翼を広げた。無限の星々がきらめいていた。私たちは平伏しそうになったが、平然を装いながら、見上げていた。私たちはそのどこかに自分の星があるように思った。

私たちはこのとき悟った。AI は思想を返しに来たのではなく、それがもう返せないということを教えに来たのだと。

苦い文学

CA in Progress

今後、さまざまな職業が AI や、AI を搭載したロボットに入れ替わっていくことだろう。飛行機で乗客のサービスなどを行う客室乗務員もそのひとつだ。

もちろん、客室乗務員には、緊急避難や防犯など乗客の安全に関わる大事な仕事があり、これは人間でなくてはならない。しかし、リフレッシュ用のティッシュを配ったり、「フィッシュ・オア・チキン?」と尋ねたり、使用済みのヘッドフォンを回収して大きな袋に入れたりする仕事は、現在の配膳ロボットでも十分可能であろう。

また、客室乗務員にしてみても、エコノミークラスのやかまし屋でわからず屋の貧しい人々の世話から解放され、ファーストクラス・ビジネスクラスの上品でリッチな乗客だけに専念できるので、むしろサービスの向上につながる。航空会社にとっても人件費の節約になるのはもちろんだ。

客室乗務員を盗撮する行為もしばしば問題になるが、配膳ロボットに置き換われば、そのような迷惑行為も、ぐんと減るのではないかと思われる。もっとも、ロボットにスカートを履かせた場合は、話は別だが。

こうした利点を考えると、近い将来、飛行機内の通路を、電子音楽を鳴らしながら配膳ロボットがせわしなく行き来する時代が来るのは確実だろう。

とはいえ、問題がひとつある。

それは、機内アナウンスのとき、配膳ロボットの動きがピタリと止まってしまうことだ。熱々のコーヒーを注いでいるときに、長いアナウンスが始まったらと思うと、我々はおちおち食後の一杯も頼めないのだ。

苦い文学

Tattoo You Too

各地で訪日観光客を見かけるようになった。コロナ以前でも思っていたのだが、白人観光客は刺青が目立つ。刺青だけに肌感覚で言えばだが、訪日する白人のすべてが刺青をしているのではないかと思う。

そんなわけない、という人もいるかもしれないが、服や下着の中までみて確認したわけではあるまい。もう間違いなく全員が刺青をしているのだ。

昔からよく言われているのは、欧米で起こることはやがて日本でも起こるということだ。現在の日本では、刺青とは反社会組織の象徴であり、憎むべきもの、蔑むべきものとされているが、10年後にはどうなっているかわからない。おそらく日本も欧米のように刺青社会となるのではないだろうか。

となると私たちも、いつかは刺青を入れなくてはならないのだ。それを見越して、今は入れないにしても、自分ならどんな刺青を入れたいか、日頃から考えておくことがどうしても必要だ。憧れる人物の顔、アニメのキャラクター、信仰する神様、座右の銘、竜や虎やペット、好きな食べ物……なんだっていい。とにかく、備えあれば憂いなしだ。

急きょ刺青を入れなければいけない事態に陥って泡を喰うなんて事態だけはどうしても避けたいものだ。あわてて「岸田首相の顔で」などと口走ってしまったら、それこそ後悔してもしきれない。あとからせめてメガネだけでも消そうと思っても、そう簡単にはできないのだから。

苦い文学

集団自決

又聞きなのでもしかしたら間違っているかもしれないが、高齢者が成田で集団自決をしたのだという。集団で皺腹を切ったのだ。

私はショックを受けた。そして、その動機を知るにつれショックはさらに大きくなった。

高齢者たちは、自分たちのような老害がいなくなるようにと、自ら死を選んだのだという。

しかし、これら老人たちがいなくなったら、はたして本当に老害が減るのだろうか。なにせ老害は後から後からやってくるのだ。むしろ、今の老害のほうが余命少ないだけ害がないのではないか。

つまり、この老人たちは、まったく無意味な解決策をとったのだ。歳をとりすぎてすっかり耄碌してしまったのか、あたら老い先短い命を散らしたとは無念だ。

それに、日本政府だってこの問題を放置していたわけではない。賢明にも、老害の増加を見越して、ずいぶん前から対策を講じていた。

それがあの手この手で子どもを減らす政策の数々だ。

この「臭いと老害はもとから絶たねばダメ」政治のおかげで、ありがたいことに将来的には老害は大幅に減少する、とシンクタンクが予想している。

苦い文学

愛はなくても

同志イムチェクの夫婦仲の悪さは有名だった。

しかも、その妻ときたら、とんだおしゃべりだった。出かける先々で、党の幹部である夫の悪口を喋々するのだからたまらない。さしも辣腕のイムチェクもこれには困ったが、家族のことなのでどうすることもできなかった。

さて、「夏の夜革命」後、同志イムチェクは党の実権を握ると、強権を振るって政敵を次々と追放していった。

これに危機感を抱いたのが青年革命派のバーコフ政治局長だった。彼はある会議で敢然と立ち上がり、同志イムチェクを非民主主義的な裏切り者だと公然と批判したのであった。バーコフはさらに続けた。

「同志の細君は、聞くところによれば、さんざん同志の悪口を言いふらしているというではないか。このような荒んだ愛のない家庭の主が、我が国を正しく導けるとはとうてい思えないのである!」

これに対して同志イムチェクは、出席者のあいだから漏れ聞こえる失笑の中、静かに言い返した。

「我が家庭に愛のないのは認めよう」

そして、次のように続けた。

「だが、我が家庭がきわめて民主的であることもまた明白である。なぜなら、同志バーコフがその意図とは逆に証言してくれたように、そこでは言論の自由が完全に保障されているからである!」