小説

駅の秘密(2)

フードの男が囚われの男に近づくと、人々は静かに離れ、会議室の壁際に立った。囚われの男はフードの男に泣きながら助けを乞うた。

「静かに」とフードの男が相手の額に手を置くと、男はしゃっくりをし、喉を鳴らしながら激しく呼吸をした。フードの男は顔を相手に近づけると、目深に被ったフードをゆっくりと外した。男の目が恐怖に開き、音にならない絶叫をあげているかのように歯を剥き出しにした。

毛の房がまるで生き物のようにうごめいていた。その毛はフードを脱いだ男の額から伸び、囚われの男の顔に取りつくと、細長い虫のように男の顔の上を這い回った。声を失った囚われの男は口の奥を鋭く鳴らしながらのけぞり、そのまま動かなくなった。

「ああ、頭の中までロックされている」 額から毛を生やした男は目を瞑ながら、つぶやいた。

「迷宮だが、これは抜けられる。だが、その先の金庫はどうする。番号は、番号は……」 男は笑い声を上げた。「いや、金庫などにはない。机の上のこの手紙だ。ほら、あった……」

数分後、男は再びフード姿に戻り、会議室のボードの前に立つとマーカーで下手な字で「日本、男、上下」と書いた。そして、見守っていた男たちのほうを向くと、気を失っている男を顎で示して「こいつはもう解放していいぞ。記憶は消してある。あと、これも頼む」とポケットから白いビニール袋を取り出した。

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新しいサービス(6)

見ると、白髪の粗末な服を着た男が私のそばに立っているのだった。「戸惑っていらっしゃるようなので」

急に声をかけられて私はなんとなくイヤな気分になったが、平静に答えた。「ええ、ちょっと思っていたのと違うので」

「皆そうなのです。私も初めはそうでした。ですが、もう慣れました」

「そうですね。座って休めるだけ、ありがたいというものです」

「ときに、修理に出されている iPhone はなんですか?」

「16 Max Pro。最新のです」 私は胸を張って答えた。発売日に手に入れたと付け加えてもいいくらいだった。だが、老人はピンときていないようだった。

「ほほう。というと、何年のでしょうか」

「今年、いや、ほんの数ヶ月前のです」

「ええ、そうでしょう。ただ何年か知りたいのです」

「2024 年に決まっているでしょう」 私はこの老人が少しおかしいのだと気づき始めていた。会話を打ち切りたかったが、老人はそうさせなかった。

「2024 年! iPhone 16! なるほど。で、戦争は?」

「戦争? まだ続いていますよ」

「うーむ。これは面白い! なにしろニュースというものがここにはないので。あっても断片的で。ですので、新しく来られた方に聞くしかないのです。ちなみに、私が出しているのは iPhone 4 です」

「え、それはまた! ずいぶん使われたんですね!」

「いえ! いえ! それほどでもないです。あなたが思っていらっしゃるほどでは!」

苦い文学

スピーチとスカートは短い方がいい

私たちの大学の総長が、大学創立記念日の式典で「スピーチとスカートは短い方がいい」と言ったとき、教職員の誰一人この言葉に異議をとなえるものはいなかった。

なぜなら、「こんな発言は許されない」とか「性差別的だ」とか「時代に逆行している」などと言っているのが、総長の取り巻きの耳に入ろうものなら、すぐに首が飛ぶことが分かりきっていたからだ。

ロングスカートの女性出席者すら、自分の身が危うくなるのではと震え上がった。それで、少しばかりスカートをたくし上げたくらいだった(もしかしたら、それも卑劣な総長の狙いだったのかもしれない)。なんにせよ、総長は私たちを生かすも殺すも自由だった。

式典が終わり、数日経ったころ、信じられないニュースが届いた。何者かが、式典のようすをひそかに録画していたのだ。動画はネット空間に投じられ、総長の不見識な発言は恐ろしい勢いで拡散していった。

私たちの大学に抗議の電話が殺到し、記者が詰めかけた。総長とその取り巻きは「こんなもの」とまったく相手にしなかった。だが、文科省が動き出していると聞くと顔色が変わった。

急きょ学内を通知がめぐり、今日、私たち教職員全員はふたたび講堂に集められた。そして、総長が再び私たちの前に立ち、怒りに目をギラギラさせて、スピーチをはじめた。

今度は「スピーチとスカートは短い方がいい」などそんな言葉は一言もなかった。ただ罵詈雑言と欺瞞と自己賛美だけがあった。

スピーチが始まってもう何時間も経っている。講堂の出入り口は固く閉ざされている。軽食どころか水も与えられず、トイレに行くことも許されない。

私たちが裏切り者を差し出すまで続けるつもりの総長にしてみれば、スピーチと拷問は長ければ長いほどいい。

苦い文学

泥酔者を救え!

酔っ払って路上で寝てしまった人が車に轢かれる痛ましい事故が相次ぎ、心を痛めた大富豪は、財団の研究員たちに対策を練るように命じた。

研究員たちは完成するまでは飲み会を開かぬ覚悟でつらい研究に打ち込み、数ヶ月後、大富豪のもとに小瓶を持ってやってきた。

「飲み会の前に、これを飲めば、不幸な事故はなくなります」

大富豪はなんでも自分が一番でないと気が済まなかったから、誰よりも先にその小瓶の中の液体を飲み干した。そして、研究員たちを率いて夜の街へと繰り出した。

もっとも、酒を飲んだのは大富豪だけだった。研究員たちは完成後に自分たちだけで心置きなく打ち上げを開こうと計画していたのだった。だから彼らは、ハイのほうではないウーロン茶、ジャスミン茶、トウモロコシ茶などで喉を潤しながら、次第に進行していく大富豪の酔いの観察に徹していた。

大富豪は、しこたま飲み、しこたま歌い、しこたまクダを巻いたのち、ばたりとテーブルに突っ伏した。

「いまだ」

研究員たちは大富豪を取り囲むと、手足を持ち上げて、店から幹線道路に運び出した。そして、大富豪を路肩に転がすと、遠巻きになって観察を続けた。

そこに車がやってきた。寝ている大富豪に気が付かないのか、車は減速もせずに接近した。轢かれる、と思ったその瞬間、大富豪がさっと寝返りを打った。

研究員たちは歓声を上げた。車は大富豪の脇を通り過ぎていった。だが、寝返りのせいで大富豪はいまや道の中央に横たわっていた。「本番はこれからだ」と研究員たちは緊張した。

そのとき、別の車が大富豪めがけて突進してきた。あわやと思われたその時、大富豪が寝たまま飛び上がり、車をやり過ごした。「飛んだ」と研究員たちは思わず手を叩いた。大富豪は走りくる無数の車を、まるで風に翻弄されるビニール袋のように巧みにかわしていく。研究員たちはその寝姿に大いに満足した。

やがて朝が来た。大富豪は目覚めると、自分が大きな道路の中央分離帯に倒れているのに気がついた。ふらふらと立ち上がる。全身に激痛が走った。

直ちに研究員たちが駆けつけた。

大富豪の衣服はほとんど擦り切れ、おまけに隠部も露出していた。彼は排気ガスで煤けた顔を研究員たちに向けた。そして、卒倒した。

研究完成の打ち上げにと研究員たちが楽しみにしていた飲み会は中止となった。

苦い文学

僕はフィッシュだ

日本語では「木が生えている」「木の机」というように「木」は植物としての「樹木」も、素材としての「木材」もともに表わしうる。

だが、英語の場合はそうではない。「tree」が表わしうるのは「樹木」のみであり、「木材」のためには「wood」や「lumber, timber」という語がある。

これは文化によって世界をどう捉えるかが異なるためであり、どの言語間にも多かれ少なかれこうした差異は存在する。

あるとき私はヨーロッパ方面に飛び立った飛行機の中にいた。それは、日本の航空会社とのコードシェア便であり、機内には多くの日本人がいた。

食事の時間が来た。キャビン・アテンダントがワゴンを押して、「Fish or Chicken」と乗客に聞いている。機内食の魚はたいていパサパサしている(印象がある)ので、私は必ず鶏肉や牛肉を頼む。

そんなわけで、私は「Chicken」を要求した。キャビン・アテンダントはワゴンから「Chicken」を出そうと屈んだ。だが、その時、隣の列で食事をしている人の姿が目に入った。

うなぎ!

私はあわてて「Fish」と叫び、鰻に変えてもらった。あやういところであった。

このときまで、私は「Fish」に鰻が含まれうるなど思いも寄らなかったのだ。なぜなら、鰻は魚料理などではなく、鰻だからだ。いや、鰻ですらない。それはただご馳走なのである。

世界は言語によってその姿を変える。文化によっては鰻は魚料理であってもいい。だがそうした違いは実は、我々が鰻を食べる機会を逃すという危険に直結している。そのことに警鐘を鳴らして、この稿を閉じたい。