小説

駅の秘密(1)

彼らは出勤途中の男を拉致するとアジトに連行し、地下の独房に放り込んだ。「お前が話すのならば、命だけは助けてやる」

だが、男は、自分は何も知らないので出してくれと懇願するばかりだった。

「いや、お前は知っているはずだ。俺たちを騙すことはできないぞ」 彼らは棍棒を持ってきて独房の扉を叩いた。「話すんだ!」

男はすすり泣きをはじめた。「泣いたって無駄だ」ともう一発、扉を叩いた。

「すみません、すみません、助けてください」

「じゃあ言え!」

「知りません、本当に知りません!」

これを聞いて、彼らのうちのあるものがこう言い出した。

「これはもう、こいつを痛めつけなければ、口を割らない」 そこで、彼らは独房の中に入ると、男を紐で縛り上げ、上の階にある広い会議室に運びこんだ。そして、会議室のパイプ椅子に座らせると、身動きできないように、男と椅子を紐でぐるぐる巻きにした。

「さて、指でも折るか? それとも話すまで殴り続けるか?」

これを聞くと、男は震えはじめた。「白状しないお前が悪いからこういう目に遭うんだぞ」

彼らは男の右手を掴み、手首をキツく握りしめ、別の者が男の指を掴んでへし折ろうとした。男が恐怖の悲鳴をあげる。

「やめろ!」

彼らがその声の方向に目を向けると、会議室の入り口に、フードを目深に被った若い男が立っていた。

「苦痛を与えるとノイズが生まれて、うまく行かなくなるからな」とフードの男はいった。

小説

新しいサービス(5)

私は近くのソファに駆け寄ると、まるで飢えた人のようにテーブルの上の iPad を手に取った。Safari を開くと、すぐに Apple のサイトが出てきた。

だが、そこからどう操作しても、Apple の商品紹介以外のサイトに行けないのだった。私は手を伸ばして別の iPad も試してみた。しかし、まったく同じだった。iMac のあるデスクにも行ってみたが、やはりApple のロゴ以外の世界に進むことはできなかった。

私は紙コップにコーヒーを入れ、ソファに戻った。周りの人々を見回す。はじめに入ってきたとき、私はこれらの人々がそれぞれ広いネット世界に接続されているように思ったが、実はそうではなかった。よく見ると、ただ目を瞑っているか、ぼんやりと画面のリンゴを見つめているだけなのだった。

私はコーヒーを啜り、ため息をついた。確かに、ここはネットカフェではないのだからしょうがない。だが、いったい今、世界はどうなっているのだろう。この瞬間にどんなニュースが入ってきているのだろう。そして、自分の LINE とメールにどれだけのメッセージが送られてきているだろうか……そのすべてから遮断されていることに私はイラ立ちを感じ、再び大きなため息をついた。

すると、そのとき、背後から誰かが近づき、私に話しかけた。

「まだここに来られて間もないようですな」

苦い文学

イエスの機能

【ゲツセマネの祈り(マタイによる福音書 26 章 36-46 節より)】
それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。

ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。 そして、彼らに言われた。

「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」

少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」

それから、弟子たちのところへ戻って御覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。

「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」

更に、二度目に向こうへ行って祈られた。「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」

再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。そこで、彼らを再び起こすと、また向こうへ行って、三度目も同じ言葉で祈られた。

それから、弟子たちのところに戻って来て、もう一度起こして、こう言われた。

「あなたがたはまだ眠っている。人の子はスヌーズをするためにやってきたのではない」

苦い文学

プリン

先日、二人の人とお昼を食べた。

私にとっては二人は最近の知り合いだが、その二人どうしは長いつきあいのようだった。

三人で話していて、私の知らないある店の話題になった。どうやらシフォンケーキの店のことのようで、二人は行ったことがあるらしい。

その店は、シフォンケーキだけでなく、プリンも売っていた。二人がいうには、それには理由がある。つまり、シフォンケーキを作るには卵白が大量に必要だが、それでは黄身が余ってしまう。それで黄身を使うためにプリンも作っているのだという。

問題はそのプリンだ。「高いわりに、味は普通」なのだ。

二人の話を聞いていた私はこう口を挟もうとした。

「プリンを買う人なんてのは、高かろうが不味かろうが、なんでもいいんですよ。バカだから」

もちろん冗談だが、誤解されそうにも感じたので、結局言うのはやめた。

それから話題が移り、銭湯の話になった。

「この辺りにはいくつも銭湯がありますね」と私が言うと、一人が、最近、銭湯がひとつ潰れたことを教えてくれ、こうつけ加えた。

「その銭湯は、さっき話していたシフォンケーキの店の近くにある銭湯ですよ」

私はわかった。それは、私がプリンをよく買う店だった。

苦い文学

酒癖(After We Ride)

今は酒をやめて2年半以上になるが、飲んでいたときは、私は酔うことは少なかった。

人と飲むときは、私は人々と同じか、それ以上飲んだが、ほとんど酔わなかった。酔うとしても、最後のことでで、みんなと別れた後、一人になったときに、酔いが回ってくるのだった。

酒に強い。私はしばしばそういわれ、自分でもそう思っていた。

だが、酒をやめて、ときたま自分の飲み方について考えるようになると、自分は酒に強いのではないと思うようになった。

世には酒を飲むと陽気に笑いだす人がいる。これを笑い上戸という。しきりに泣く人は泣き上戸だ。怒り上戸とはいわないが、怒りだす人もいる。卑猥になる人、愚痴っぽくなる人、酒癖はさまざまだ。

これと同じように、私は酒を飲むと酔わなくなるタイプだったのではないだろうか。酒癖とは周囲の人によって決まるソーシャルなもののようだが、私の場合は、人がいると酔わない上戸となるのだ。

その証拠に、一人で飲むと私は数杯で酔ってしまう。つまり、本当は酒に弱いのだ。

おそらく酔わない上戸は私だけではあるまい。そういう人はいつか体を壊すので、酒をきっぱりとやめるか、一杯で酔いつぶれるように心がけるかのどちらしかない。