ライブ

黙ってお三味を弾いてくれ(4)

このままではまずい、と私は焦り出したが、お正月休みが終わっても、1 月が終わろうとしても、私は練習を始めなかった。それは、2 月に入れば、スケジュール的にかなりの時間を練習に当てられることがわかっていたからだ。だから、動かざること山のごとしだ。

さて、義太夫の三味線は語りに合わせて演奏するものだ。だから、1 曲は非常に長い。もちろん初心者にそんな長いものは弾けない。実践コースでは、長い演奏の基本となるような小曲(めりやす)を練習した。いわば名リフ集だ。「木のぼり」「わし」「三番叟」などの名前がついている。

「木のぼり」にしても、「わし」にしても、それぞれどの浄瑠璃のどの場面で使われるか決まっている。これらのめりやすが組み合わさって、1 曲ができあがる。だから、プロの三味線弾きは、短いフレーズが頭の中にたくさん詰まっている。ちょうど、若いころのボブ・ディランがどんな曲でも覚えていて、曲名を出されれば、すぐに弾いてみせた、というのと同じだ。いや、違うかもしれない。「No, no, no it ain’t me babe」だ(ボブ・ディラン作「悲しきベイブ」より)。

ディランにうつつを抜かしているあいだにもう 2 月だ。私はようやく練習する時間を得た。講座の録音は許されていたから、それを聴きながら、毎晩、三味線を引っ張り出した。とはいっても、練習は 20 分だけだ。なぜなら、それ以上の正座は私にとって危険だから。間に合うのか。

苦い文学

物乞いたちの貧困

チュニジアの首都、チュニスの街を歩いていると、物乞いの人をよく見かける。大きな通りがあるとすると、各ブロックにひとりいるぐらいの感じだ。なわばりでもあるのだろうか。

物乞いには若い人や女性もいるが、老婆も多い。ショールで頭を覆って、道端にべったりと座っている。片手の手のひらを上に向けているのは、道行く人々がお金をそこに置きたくなるようにだろう。そして、人々が小銭を施しているのもよく見かける。

チュニス滞在中は、雨で寒い日もあった。そんな日でも、老婆たちは道端に座って、「右や左の旦那様」にあたるような言葉を行き交う人々に投げかけていた。私は「物乞いとて楽な商売じゃないな」と思い、さらに「一日じっと座っているという労力を、他の仕事に費やせば、なにがしかの収入になるだろうに、どうして物乞いなどしてるんだろう」と考えた。

この疑問は誰でも思い浮かぶたぐいのもので、通常ここから物乞いに関する2つの「空想」が発生してくる。ひとつ目の空想は「これらの人々は罰当たりなほどに怠け者なのだ」というものだ。二つ目は「物乞いとはああ見えて実はとても儲かるのだ」という空想だ。どちらを選ぶかは、その人次第だが、どちらを選ぼうとも、結論は同じ、つまり「物乞いたちはけしからん」となる。

私も同じように考えていたが、しばらくして別の考えも浮かんできた。「いや、この人たちだって、自分がどうして物乞いなんかしているんだろうか、と思っているのかもしれない。だが、他にできないのだ。普通の仕事、いや、特別な仕事だってできる能力があるのに、それを活かせる世界から締め出されている、それが貧困なのだ」

そして、さらにしばらくして、自分も同じだということに気がついた。

苦い文学

入国審査の列(3)

誰だって荷物を持って延々と列に並んでいたくない。そんなわけで、人々はだんだん列の端にバッグやらリュックやら機内持ち込み可のスーツケースやらを置いて楽をするようになった。

その結果、列の両端にできあがったのが荷物の山だ。こうなると、もう誰も自分で荷物を移動させたりなんかしない。いや、そもそもできないのだ、他の荷物に埋もれてしまって。

もっとも、このころになると、どこからともなく現れた荷物係たちがそれぞれの山で管理を始めるようになる。

荷物係の仕事は2つある。ひとつは荷物がなくなったり、間違って持っていかれたりしないように、荷物に番号をふり、持ち主にその番号の記されたフダを渡すこと。もうひとつは持ち主が列の端に来たときに後ろの列にある荷物を探し出して、前の列の荷物係に渡すこと。もちろん、ただではない。持ち主は端にくるたびに、いくばくかの金額を支払うのである(ドル・ユーロの現金のみ。以前は円も使えた)。

有料ということもあり、並びはじめのころは、荷物を預ける人は少ない。だが、列が進むにつれ、疲労は蓄積し、手ぶらになりたがる人は増えていく。そのため、審査ブースに近づけば近づくほど、荷物の山は大きく高くなっていくのである。

そして、大惨事が発生する。荷物の山が崩れて、ちょうどそのとき端で列を作っていた人々が巻き込まれて、生き埋めになってしまうのだ。懸命の救助活動も虚しく遺体となって発見される入国者もいれば、タイムリミットの72時間を超えて奇跡的に救出される入国者もいる。

もっとも、救出された入国者たちを待ち受けるのは冷酷な現実だ。

列は災害のあいだにも無情に進み続けていたのだ。入国者たちは、割り込むことも許されず、結局、初めから並び直すこととなる。

苦い文学

ロボットたち

いつの頃からか知らないが、レストラン関係者の前から、私たち客が消滅したようなのだ。

レストラン関係者は、私たちの顔を見ないですむなら、どんなことだってするようになってしまった。それほど、私たちを憎んでいるのだ。

だから、もう注文など聞きにやってこない。タブレットかスマホ経由で注文させる仕組みを考案したからだ。断固として客に近づきたくないのだ。

そればかりか、注文した料理を持ってくるのも拒否している。へんちくりんな配膳ロボットがふらふらとテーブルにやってくるだけだ。

私たちは余儀なく運ばれてきたものを受け取って、ただ腹に流し込むほかない。何か問題があって、配膳ロボットにクレームを言っても無駄だ。聴覚センサーがないのだ。とんでもなく美味くて「この料理を作ったシェフを呼んでくれ!」と頼んでも、無言で通り過ぎていくだけだ。

レストラン関係者は、もう私たち客に関心など持っていないのだ。私たちの存在は配膳ロボットのタスクのひとつでしかない。そこまで貶められたのだ。

もう、我慢の限界だ。私たちは決してレストランに行かないだろう! なにをわざわざ、こちらから頭を下げて出向く必要があろうか。

ロボットにでも行かせるがいい。

苦い文学

「人生100年時代」

厚労省が最近「人生100年時代」などと言い出した。

だまされてはいけない! 

前代未聞の妄言だ。

考えてみてほしい。あなたが今50だとしよう。ちょうど100の折り返し地点だ。そこで、あなたは、「人生100年時代」などというタワゴトを信じ込んで、残りの50年を安心して暮らせるように、仕事や収入、貯蓄、年金、医療について計画を立てることになる。

だが、あなたが100歳になる頃に日本はどんな状態になっているか知っているだろうか。

医学の進歩により「人生150年時代」になっているのだ!

だから、今、あなたが、100歳生きるつもりで計画を立てていたら、それはとんでもない見当違いなのだ。あなたは残りの50年を無一文で過ごすおつもりだろうか? 

しかも、それどころではないのだ。あなたが150歳になっている頃には、「人生200年時代」になっているのだ。

では、あなたが200歳になったときは? 300歳、いや、400歳では? ああ! 医学の進歩ときたら、もう想像を絶している。あなたはゼノンの矢のようだ。永遠に自分の死ぬ日にたどり着けないのだ。

そう、あなたは永遠に生き続けなければならない。永遠の労働、永遠の納税、永遠の確定申告……!

「こんな永遠の業苦を生きるくらいなら、もういっそのこと、ひと思いに!」とあなたが思ったとしても無理はない。

だからこそ、厚労省の役人どもは企んだのだ。この真実から我々の目を逸らさねばならない、と。そこで捏造されたのが「人生100年時代」とかいうまやかし。だが本当は、我々は永遠に搾り取られるのだ。