風刺・戯文

動く会議室

私たちの市長が、部下とラブホテルで密会していただなんて非難されていますが、私は市長が言うとおり、男女の関係などなく、本当に大事な話をしていたと思っています。

というのも、私たちの町は田舎ですから、内密の話し合いをできる場所なんかないのです。隠れ家的なところがたくさんある東京とは違うんです。

政治はもちろんオープンであるべきですが、ときには人に聞かれたくない話もあるのは当然です。この町にも、市長のような偉い方がうちうちの話ができるような環境を整備すべきではないでしょうか。

そこで私が考えたのが、いわば動く会議室です。つまり、会議室つきのキャンピングカーです。これなら、ラブホテルなんて誤解を招く場所を使う必要もないですし、いつでもどこでも盗み聞きされることなくクローズドな打ち合わせを開くことができます。

ですが、この移動式会議室は会議室とはいうものの、車ですから狭いのです。窓があれば開放感があっていいのですが、外から丸見えでは秘密の会議もできませんね。

そこで、私は車の一面を思い切ってガラス張りにしたのです。ですが、普通のガラスじゃありません。外側からは鏡に、内部からは外側が見える特殊なガラスです。

こうすれば、閉塞感もないですし、また中からは市民や市の様子も見ることができますから、市長も市民のことを考えながら真剣に政治に取り組むことができます。

本当にすばらしい会議室カーができたと思っています。ですが、困ったことがあるのです。この車が止まるたびに、おかしな男があちこちから群がってくるのはどうしてでしょうか……

苦い文学

第一声

衆院選が公示され、「日本を再び偉大にする党」の総裁、河豚やすし氏が都内で第一声を上げました。

(MAKE JAPAN GREAT AGAIN 記された金メダルを首からぶら下げる河豚氏の写真)

日本のために、日本を再び偉大にするために、みなさんの支持をいただきたい。

今、日本は大変なことになっています。日本が亡くなろうとしている、そういってもいい。私たちの日本が、今、外国人の餌食になっているのです。

どうしてでしょうか? それは、私たちの国がなんでも安くなってしまったからです。日本の物価が下がり、今や、外国人が「安い安い」と日本の富を奪い取るありさまとなってしまいました。

安い、というのは単なる値段のことばかりではありません。それは、私たちの命まで安物として軽んじられるということです。つまり、日本人が軽んじられているのです。

では、なぜ日本は安い国となってしまったのでしょうか。それは、安いことが高いことより好まれるからです。では、さらに聞きましょう、どうして安いことが好まれるのでしょうか。なぜ、高いものよりも安いもののほうが選ばれ、巷に氾濫し、外国人を引きつけているのでしょうか?

その理由は、貧乏人が安物に群がるからです! 日本にいる貧乏人たちが、本来高くあるべきものまで安くして手に入れようとしているからです。

そうなのです! 日本が今、諸外国に奪われようとしているのは、貧乏人がいるからなのです! これらの人々が、内側から日本を貶めているのです!

貧乏人さえいなければ、すべての値段が上げられます。世界中のどの国よりも、物価高の国が実現します。富裕層の私たちは、駅のかけそばがたとえ1杯1万円でもまったく困りません! いや、外国人にかけそばを奪われるくらいならば、2万円だって払います!

日本を再び偉大にするために、みなさんの力がぜひとも必要です。なぜなら、私たち富裕層だけが、外国人に競り勝つことができるのです。今こそ貧乏人をこの日本から追放しましょう!

苦い文学

告発

私は怒っている。今日、電車の中で二人の乗客から酷い扱いを受けたのだ。尊厳を傷つけられた私は、正義が直ちに行われるよう求めて、ここに告発を行う。不正に泣く者たちに慰めが与えられるように!

今日、私は混んでいる電車の中で、座席に座っていたのだった。私の目の前には、二人の乗客が立っていた。二人はたまたま隣り合わせたに過ぎない他人同士だったが、たったひとつだけ共通点があった。

二人とも私の席を狙っていたのだった。こころみに私が少し腰を浮かせると、二人はびくりと反応した。私が席を開けると思ったのだ。

そして、この反応が、自分の隣に実はライバルがいるということを気がつかせたようだった。私は二人の間に緊張が高まるのを見て大いに喜んだ。

《やれ! もっといがみあえ! 私のこの高価な席を奪うため、もっと醜い争いを繰り広げるのだ!》

私は二人の前で膝頭を右に向けた。すると、左側の客が前のめりになった。つまり、こう考えたのだ。右側に向かって私が立ち上がり、ドアに向かって歩くと、右側のライバルを押しのけることになる、と……これは左側の客が席を奪うチャンスでなくてなんであろう。

しかし、私は立ち上がらない。それどころか、膝頭を今度は左に向ける! すると、右側の乗客がチャンスとばかりに前のめりになる。

右、左、右、左……私は巧みに膝の向きを変え、二人の乗客の欲望を刺激し、互いへの敵意を掻き立てた。

《まだだ、まだまだだ、譲らんぞ!》

電車が駅に着いた。私が降りる駅はその次。私は自分が降りるときのことを想像した。二人が直面している、このおあずけ状態は、私の下車によって、たちまち醜い奪い合いへと転ずるだろう。そう考えるだけでもう心が高鳴った。

だが、そのときだ、意外なことが起きた。私の前の二人の乗客は、この駅で降りてしまったのだ。

《さては!》 私は心の中で叫んだ。《あいつらはぐるだったのだ!》

座りたげなそぶりを見せて、私をまんまと騙したのだ。いまごろホームのどこかで私のことを嘲笑しているかと思うと、いよいよ腹が立ってきた。

人間の心を弄ぶとはなんと酷い連中ではないか。こういう堕落した人間は断固として鉄道から追放すべきではないか。

苦い文学

核への親近感

プーチンが核爆弾を使うかどうかについて、いろいろな人が論じているが、使っても意味がないからその可能性は低い、というのが大方の見方だ。

意味がないとはどういうことかというと、まず核爆弾で劣勢を挽回することはできないというのがひとつ。さらに、核爆弾の使用により、ウクライナとその支援陣営の結束が強まる可能性がある。そして、中国などの数少ない味方も、ロシアを見限るかもしれない。

では、核爆弾の使用が意味があるのはどんなときだろうか。私が読んだ限りでは、2つあるようだ。

ひとつは、核爆弾の使用によって、相手の戦意を挫き、終戦に持ち込める場合だ。広島・長崎の原爆投下がこの例だ。しかし、これが効果を持つのは、ちょうど日本がそうだったように、相手が負けかかっているときだけだ。つまり、今の劣勢のロシアでは、意味がないのだ。

もうひとつの場合は、プーチン政権の維持に役立つときだ。核爆弾を使用することが、ロシア国内における自分の権力維持・増強につながるならば、プーチンは使用するだろう。

つまり、戦争に勝とうが負けようと、また、ロシアという国がどうなろうと、自分さえよければよい、というわけだが、ただ、こうした状況はあまりなさそうだ。

私は軍事についてはまったく知らないから、核爆弾の種類や、それぞれの戦略的な価値について、たくさん見逃しているとは思うが、こうして見ると、核爆弾とは、大金をかけて作った割には、たいして使い道がないようだ。

なんだか、今の自分のようで、親近感すら覚えるのだ。