小説

沈黙

学生のころ私は、自分が賢いと思っていたので、思いついたことを平気でまくしたてたものだった。

ある年上の人と話していて、喪失感についての話題になった。私はちょうど大量虐殺を生き延びた人が書いたものを何冊か読んだところで、これらの生存者が、家族を失う苦しみのなか、どのように救いを求めたかについて、少なくとも5つのパターンがあると、得意げに分類してみせたのだった。

「まずは、失われた家族の面影を他者に求めるもの。その他者には、身近な死者の一部か、すべてが備わっているように見えるので、まるで、死者が生きているかのように感じられるのです。

「もうひとつは、心理的な強度。もしも、死んでしまった家族への心情の強さが、現実の人に対する心情の強さと同じ程度だったら、その家族はもはやいないとはいえない、そういう理屈です。まあ、強く思うことは、蘇らせるのと同じ、ということですかね。

「そして、3つ目のものは、侵入者。神秘は常に外部から客のようにやってくる。そして、失われた家族が神秘の世界にいるからには、外部からの侵入者は、家族の代理だということになります。

「4つ目は、3つ目までとはまったくちがって、失われたものは失われたままにするという態度。ただひたすら、その不在をただ耐えるというものです。

「そして、最後のものは、何も言わない、という態度です。つまり、前の4つは、生き残った人が何らかの形で言葉にしているからわかるのですが、なかには全然話さない人もいます。もしかしたら、前の4つのどれかかもしれないけど、そうじゃない可能性もある。その沈黙に意味があるのかもしれない」

初めは相槌を打っていた相手は途中からずっと黙ったままになった。私たちはそれからなにかつまらないことを話して別れた。そして、数十年後の今、私も、沈黙を知っている。

苦い文学

Homecomings@Shibuya WWW

整理番号が260番で、少し早めに会場前に着いていたものだから、この寒いなか入場までそうとう待つことになった。

シベリアばりの寒気に気が遠くなって、外から地下への階段へと入るのを許されたころには、頭の中ではラーゲリとか、イワン・デニーソヴィチとか、そんなことがちらつきはじめていた。

さすがに Homecomings もこのロシアの大地的な凍つきには歯が立つまいと思われたが、2時間強のライブの陶酔と熱がすっかり溶かしてくれたのだった。

今回は Homecomings の新譜のツアーの追加公演で、去年の12月28日の本公演の音がとても気持ちよく、そして激しかったので、また行くことにした。

Homecomings をはじめて聞いたのは去年、Say Sue Me のオープニングアクトで、そのとき聞いた一曲が印象に残った。去年の12月でもその曲をやったが、事前にほとんど聞かずに行ったので曲名がわからなかった。

今回再び行くにあたり、ちゃんと予習して、私はようやく曲名を知ったのだった。

その曲は「US」。このバンドの代表曲で、それすら知らずに、ライブに行くというのも我ながら情けないが、すばらしい曲なのでぜひ一度聞いてほしい。

苦い文学

ワルニガミ

2月17日に「ワルニガミ」と題したニガミ17才のライブが渋谷で開催された。最近はちょっと離れていたが、最初の一音を聞いただけで、その魅力に引き込まれた。

ニガミ17才はもともと4人編成のバンドだったが、今はドラムが抜けて、サポートメンバーが入っている。代役ではあるけれども、ニガミ17才のよさはまず、このドラム(谷朋彦)とベース(イザキタツル)のハードな演奏にある。

この演奏をベースに、岩下優介(ボーカル、ギター、サンプラー)の変態的な世界が展開するのだが、そうなると、リズムがどことなくユーモアを帯びてくるのが面白い。もちろん、全体としてとてもかっこいいのだが、単なるかっこよさに終わらないのが、凄さというものだろう。

しかし、凄いだけだとさすがに疲れてしまうが、平沢あくび(シンセサイザー)の存在がこれをソフトに仕上げてくれるので、結果として「ものすごいハードで変態だけど、子どもから大人まで楽しめて」しまう独特の世界が現れることになる。

ニガミ17才は2021年9月にサンリオピューロランドでライブをするという変わったこともしているが、これもこのバンドならではのことだろう(実際に楽しかった)。

最後に、このバンドについてよく知らない人のために1曲紹介したい。不朽の名曲「ただし、BGM」だ。ぜひ YouTube で MV も見てほしい。

苦い文学

明治維新

歴史はよくわからないが、幕末と明治維新が大転換期だったということはわかる。そして、日本人がなにかというとこの時代を参照したがるということも知っている。

たとえば、国について憂えたり、国を大きく変えようと思う政治家は、かならず維新の志士に思いを馳せるのが我が国の慣わしだ。

思いを馳せついでに、維新だの、新撰組だのといった名称を、お土産のように過去から現代に持ち込んでくるのもいる。ありがたいことに、当時は著作権も商標登録もなかったから、なんでもフリー素材、使い放題なのだ。

タチの悪いのになると、国や国民のことなんかひとつも考えていなくっても、明治維新の単語ストックから引っ張り出してきたので、ごまかそうとする。もういい加減、現代政治に明治維新を持ち込むのはやめにしてほしいところだ。

また、外国からなにか影響力の強いものがやってくるたびに、「黒船だ、黒船だ」と言い立てるのもたいがいだ。この悪癖も早急にやめてもらいたい。

近い将来、宇宙人が宇宙船で飛来したときに、全人類のうち我が国だけ「黒船だ、黒船だ」と騒いでいたらと思うと、もういたたまれないのだ。

苦い文学

緊急停止

JR念浜線の傘上駅と青骨駅の間で、電車が停車した。緊急停止の連絡が入ったのだという。「信号が変わるまでしばらくお待ちください」とのアナウンスがあった。

木曜日の午後で、乗客はほとんどいなかった。私は4両目に座っていたのだが、誰もおらず、車両を独り占めする格好となった。

急ぎの用事があれば腹を立てたろうが、そうではなかった。電車に閉じこめられた私は窓から外を眺めたり、携帯をいじったりしていた。

車両の中でぼんやりしていたときのことだ。ドアの上の電光掲示板がピカピカとオレンジ色に点滅しているのが目に入ってきた。私が目を向けると点滅はさらに激しくなった。まるで掲示板が私の注意を引こうとしているかのようなのだった。

そして、通常ならば、次の駅や目的地、どちらのドアが開くのかなどを右から左に流しているその掲示板は、実に奇怪な言葉を私に伝えはじめたのだった。

以下はその忠実なる記録である。

【たすけて】

【たすけて    たすけて】

【私 は 人間     人間 です】

【電車に      されました】

【……】

【電車の   中で     私は】

【具合がわるくなりました     たおれました】

【次の駅で       電車が止まりました】

【駅員たちが】

【やってきました        だいじょうぶか】

【と聞きました】

【だいじょうぶです】

【私は      答えました】

【だいじょうぶではない          と駅員はいいました】

【だいじょうぶではない         なんどもいいました】

【駅員たちは     私を運びました】

【電車のそとに】

【駅のホームに】

【駅の地下へ】

【ずっと暗いところへ】

【ずっとずっと怖いところへ】

【私はそこで】

【眠りました                  眠りました】

【……】

【気がつくと】

【電車に           なっていました】

【たすけて        たすけて】

【わるい            駅員たちに】

【気をつけて】

【次は       あなた】

とそのとき、電車がぐらりと揺れた。

【次は            青骨駅】

電車は再び走りだし、青骨駅に八分遅れで到着した。