風刺・戯文

ガールズバーに行ってみた

夜が孤独で耐え難くなってきたので、いろいろ考えたあげく、ガールズバーに行ってみることにした。酒を飲みながらカウンター越しに若い女の子と話せば、少しは元気になるかもしれない。

駅前のごちゃごちゃしたところに、そうした店が何軒かあるのは知っていた。足を踏み入れると「Girls’ Bar アリス&パネス」と記されたピンクの看板が目に入ってきた。これだと思ってドアを押し開ける。色とりどりのランプが輝く店内に、若い女性がたくさんいた。

私は思わず興奮して中に入ろうとする。と、前にひとりの女が立ち塞がった。「申し訳ありません。当店は男性の方はご遠慮いただいております……」

「え、ガールズバーじゃないの?」と私。

「そう誤解される方もいらっしゃるのですが」とその女は店名の記されたカードを私に見せた。「このアポストロフィをご覧ください。Girls’ Bar、つまり『女の子たちのバー』というわけでして……申し訳ありませんが、お引き取りください」

店を出された私は、なんとなく収まりがつかなくなった。少し離れたところに別の店があった。「The Girl’s Bar Right You」とある。アポストロフィの位置が気になったが入ってみることにした。

ドアを開けると、厳かな声が響き渡った。「元始、女性は太陽であった。そして今、女の子はバーである。Girl is Bar、Girl’s Bar……バーとなった女の子を崇めよ……」

ドアを閉め、帰宅して、寝た。

苦い文学

訃報の行方

江戸時代の歌舞伎役者の年表を見ていると、四十代で亡くなる人が多いのに驚かされる。今は、医療の進歩により、さすがに四十代で亡くなるのは「早世」の部類だが、それでも五十代ともなると死を覚悟するようになる。

私と同年代の友人で、長らく小学校の教員をしていた吉田という男がいる。私も彼ももういつ死んでもおかしくない年齢で、このあいだ電話していて、自然とそんな話になった。

「そのうち、どちらからか訃報がいくようになるだろうな」と私。

「そうだろうね」

私は吉田と共通の友人の名前をあげた。「俺の場合は、村田に、川口に、佐藤、そして吉田の四人に訃報が行けば十分だな」

「俺も村田、川口、佐藤」と吉田は続け、「それから、山田だ」と私の名を含めた。

「ちょっと待てよ」と私は彼が独身なのに気づいた。「俺の場合は家族と一緒だから、家族が訃報を伝えてくれるだろうけど、吉田は独りだろ。誰が訃報を俺たちに伝えてくれるんだ」

これを聞くと、彼は絶句し、無言になった。私はまずいことを言ったと思い、話題を変え、電話を切った。それからしばらくして、吉田からこんなメッセージが届いた。

【私の訃報連絡網】 吉田>川口>佐藤>村田>山田>吉田

苦い文学

老害国家

さきほど、新たに結成された愛国保守政党が記者会見を行った。党首は、党の二つの根本理念について、以下のように堂々と説明した。

「私たちの党の大きな目的のひとつは、政治から老害を退場させることです。どうです、現在日本で行われている政治ときたら。歳をとっただけの老害政治家が自分の既得権益を守るだけではないですか!」

(大きな拍手)

「これでは我が国は老害国家です! 老害たちには即刻ご退場願いましょう」

(さらに大きな拍手)

「私たちはそのかわり、政治に若い力を結集し、なにものにも束縛されぬ、決断力ある、スピード感あふれる政治を行います!」

(割れんばかりの拍手)

「もうひとつの我が党の目的は、日本の国柄を守る、これです」

(大きな拍手)

「日本は世界でもっとも歴史ある国です。そのもっとも古い国のやり方を尊ぶのが、我が国の政治でなくてなんでしょうか!」

(さらに大きな拍手)

「LGBT法? 移民の受け入れ? そうした新しい未熟な政策が、我が国の国柄にふさわしいとはとうてい思えません! 歴史の風雪に耐えた伝統こそが尊いんです。それをとことん守るのが政治の務めです!」

(割れんばかりの拍手)

(フロアからすっとんきょうな声)「えっ、日本は歳をとっただけの老害国家だから退場しろだって?」

苦い文学

いつもありがとうございます

はじめて買い物をした店なのに、帰りぎわに「いつもありがとうございます」と言われることほど、私にとってイヤなことはない。

もちろん、私にも、店の人がどうしてそんなことを言うかはわかる。言葉どおり、私がいつも来る常連だから感謝している、という意味ではない。

そうではなく、ただ、私を客の代表に見立ててそう言っているに過ぎないのだ。つまり「あなたのようなお客さまがたがいてこそのこの店です。心より感謝いたします」ということだ。

そして、これは同時に「あなたのようなはじめてのお客さまでも、常連のお客さまのように大切にいたします」と、店が客を大事にすることのアピールともなっている。

だが、それでも私はイヤなのだ。不気味なのだ。恐ろしいのだ。

なぜなら、私とそっくりな人間が、その店にすでに来ている可能性だって否定できないからだ。

私の預かり知らぬところで、私に瓜二つの存在が徘徊している……なんと不気味なことだろうか。

しかも、そいつは私の近くにいるのだ。いや、もしかしたら、そいつは私を探しているのかもしれない。私の行く可能性のある店をひとつひとつ訪問しているのだ。

「いつもありがとうございます」「いつも」「いつも」……。

そいつは、私がそこにいたと言う確かな証拠であるその「いつも」を辿って、いつか私の居場所に姿を現すことだろう。

そして、私を滅ぼし、何食わぬ顔で私として生き始めることだろう。