小説

孤独なダンサーたち(5)

コレオグラファーの手配によって男は病院に緊急搬送されたが、そのときにはもう意識を取り戻していた。医師は簡単な診察のすえ、過労と結論づけた。フラフラと病院を出て行こうとする男を、コレオグラファーは追いかけた。

男は振り向いた。病院の冷たい明かりの中では、男の顔の皺は無惨なほど深く見えた。コレオグラファーは、悲劇の雰囲気におののきながら、男をかくも疲労困憊させたあのダンスについて尋ねた。

男の言葉は、途切れがちな上に錯綜し、さらにその一語一語に暗い残像が付きまとって理解を妨げるものであったが、コレオグラファーは大事なところは掴めたように思った。

四面楚歌。

つまり、逃げ場を失った者にだけに聞こえるリズムが、あの異様なダンスを喚起したのだ。

夜の闇の中に消えていく男の後ろ姿を見つめるコレオグラファーに、自分が人生を捧げてきたダンスがまったく違う容貌をもって浮かび上がってきた。

「なんという悲劇だろうか! あの謎めいたダンス、意味を欠いた振りの連鎖と、キレッキレでありながらバラッバラな動き、捉えがたいテンポ……これらすべてが八方塞がりの絶望が生み出した表現だとは……」 

コレオグラファーは、今、この世界に潜むおそるべき残虐さを目の当たりにしていた。「そうだ、彼だけではないのだ。孤独のダンサーは他にもたくさんいるのだ」 夜の街はどこまでも冷酷無比で、あちこちで孤独なダンスが始まったかのように揺らいでいた。「そうだ、孤独のダンサーをたくさん集めてダンス・パフォーマンス・イベントを行おう」

苦い文学

駅の演説

吉田六郎さんは都内の会社に勤める会社員でした。毎日毎日、過酷な満員電車に乗って出勤するうちに、日本の労働について考えるようになりました。

「日本は少子高齢化により労働者人口が減っていくのが確実なのに、満員電車などの厳しい労働環境のままでいいのだろうか、と、そんなことを考えるようになりました」(吉田さん)

そんなときに出会ったのが、政党の立候補者公募。吉田さんは日本を変えたいという気持ちから応募し、選考ののち党から推薦を受けることとなりました。

「満員電車をなくしたいという、熱意にあふれた吉田さんを応援したいと(決定しました)」(党関係者)

選挙が公示されました。立候補に先立ち仕事を辞めた吉田さんにとって、すべてを賭けた選挙活動の始まりです。

選挙ポスター、事務所の設立、日程の調整……吉田さんは党の支援を得ながら選挙活動を進めていきます。中でも力を入れたのは、朝早くからの駅での演説です。足早に仕事に向かう有権者に声をかけます。

「みなさん、おはようございます。この度、立候補いたしました吉田六郎です。お仕事行ってらっしゃいませ。満員電車ご苦労様です。この選挙こそ、日本を変える…」

知名度はゼロにちかい吉田さん。無視する人も多く、演説もほとんど聞いてもらえませんが、それでも挫けずに立ち続けると、次第に周囲の目も変わってきました。

「吉田さん、頑張って!」(駅に向かう年配の女性が声をかける)

「ありがとうございます。満員電車ご苦労様です」

そして、投票と開票の結果、吉田さんは見事、初当選を果たしました。

「これもみなさんのおかげです」(選挙事務所内が拍手に包まれる)

政治家としての一歩を踏み出した吉田さん、その翌日の朝も駅前に立ち、マイクを片手に有権者に思いを伝えます。

「みなさん、おはようございます。みなさんのご支援のおかげで、毎朝、満員電車に乗る生活から解放された議員の吉田六郎です。みなさん、満員電車ご苦労様です。ほんっとうにご苦労様です」

喜びを隠しきれない吉田さんの声は遠く4番ホームまで聞こえたとのことです。

苦い文学

メガネVSコンタクト

アナウンサー「では、次のニュースです」

(ニュース映像が始まる)

「メガネって危険だと思う」「メガネはマイナスイメージ」「メガネをかけるのが怖い」 

最近、ネットではこんな不安を語る意見が目立つようになりました。その原因は……

(岸田首相の映像)

なんと岸田首相でした。「増税メガネ」というあだ名が広まったことで、メガネを着用している人たちが、自分もあだ名をつけられるのではと、不安が広がっています。

(ネットの声)「道を歩いていたら『歩行メガネ』呼ばわりされた」「野糞をしただけで『野糞メガネ』とあだ名をつけられて orz」

こうした風潮のなか、活気づいているのがコンタクト業界です。

(関係者)「安心安全なコンタクトを知っていただく良い機会だと思っています」

先日も、コンタクト事業者を代表する団体が岸田首相に面会し、コンタクトをアピール。

(関係者)「首相には『ドーリーなうるうる瞳』のカラコンを提案しました」

これに対してメガネ業界は……

メガネ関係者「いや怒ってます。岸田首相におかしなあだ名をつけたのもコンタクト業界の陰謀ですよ」と憤懣やる方ないようす。

もう黙っていられないと、今後の増税に合わせて、「減税メガネ・キャンペーン」を打ち出して攻勢をかける予定です。

アナウンサー「メガネ業界とコンタクト業界の攻防、メガネだけに目が離せませんね……」

苦い文学

日本語能力試験(JLPT)を受けよう

【問題 13】
次は「外国人向けインバウンド事業」の案内である。問に対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。


Have an Exciting Holiday in Detension Center!!

【入管収容体験プログラム】
・入管の収容所で民泊体験!
・本物の被収容者がお出迎え!
・名物の調理不良定食を召し上がれ! 国際人権ガイドで三つ星のプーベル・キュイジーヌ(Poubelle Cuisine)!
・夜は特別な睡眠薬でぐっすり!
・帰国するときは特別なリムジンバスでそのまま空港へ! 手錠かけられ放題!

*追加料金で憧れの【強制送還体験】も!
入管職員総出演! おとなしくなる薬を射たれたり、布団で簀巻きにされたり、スリルいっぱい!

*注意事項
・お客様に安全にお楽しみいただくため、身長、年齢、健康状態、国籍、肌の色による一定のご利用基準を設けております。
・体験中の負傷・死亡につきまして、当局は一切の責任を負いかねます。

料金:
欧米・韓国などからのお客様:¥50,000
中国からのお客様:¥200,000
その他、国が定めた貧乏な国・地域からの人々:Free!
北朝鮮:ご自分の国で収容体験をお楽しみください。

強制送還体験:¥100,000

お申し込みは、最寄りの地方出入国在留管理官署違反部門に直接御連絡ください。


問 中国人の劉さんは、日本語学校の友人(中国人2人、韓国人1人、ベトナム人2人、ナイジェリア人1人)とともに、このプログラムに申し込むことにした。なお、強制送還体験を希望しているのは劉さんだけである。全員でいくらかかるか。


1 ¥ 750,000
2 ¥ 850,000
3 ¥ 900,000
4 ¥ 1,500,000

苦い文学

心を開く鍵

チュニジアにいる私の友人の一人は、アルコール依存症と精神病で苦しんでいる。私は心の病気のことはよくわからないが、調子のいいときと悪いときがあるようだ。

彼は日本語を勉強していて、それで知り合った。私にとっては数少ない気の合う友人だ。なので、現在の彼の状態はとても残念だ。

彼は仕事をしていないので、時たま Messenger に、お金を送ってくれと書いてくる。

彼にとても世話になったこともあり、最初のうちは、いくらか送っていた。だが、あるとき、その金が酒に消えていることと、それが彼の家族を苦しめていることを知ってから、送らなくなった。

しかし、彼から金の無心のメッセージは続いた。

「100ユーロ、お願いします」

私が返事をしないと次にこう書いてきた。

「50ユーロ、お願いします」

それでも無視していると、40ユーロになり、30、20、10、5と減額されていった。もちろん5ユーロでは送金料のほうが高くなる。

5ユーロからは、1ユーロずつ減っていき、やがて1ユーロになった。その次は0.5ユーロで、それからは、0.1ユーロずつ減っていった。

彼はどんなつもりで送ってくるのか。そして、どこまで減っていくのか。

ついに0ユーロになった。だがこれで終わりではなかった。-1ユーロ、-2ユーロ、-3ユーロ……

そして、最後にポルノ写真が送られてきた。

彼は、私とコミュニケーションを取りたいのだ。結局のところ、私も彼も孤独な点においてなんの変わりがあろう。だが、これらの写真のあとで返事を書いたら、「おお、この手の写真があいつの頑なな心を開く鍵だったのか」みたいな感じになっちゃうではないか……