風刺・戯文

幸せ

私は裕福な家庭に生まれたが、家庭内はいつもケンカばかりで私は幸せではなかった。私は良い大学に入り、そこで受けた教育により、親にも増して裕福な暮らしを手に入れたが、心はどこか虚だった。いくつもの恋の末に、一人の女性を妻とした。初めは甘かった生活も、年月が経つにつれ、苦くなり、私は息苦しくなった。

幸せはお金では買えない。どこかで聞いたその言葉が、私の胸の中に棲みついた。

いくどかの転機を迎え、私はさらに裕福になった。だが、私の心に空いた穴は広がるばかりだった。ある日、朝、ぼんやりとコーヒーを飲んでいるとき、その穴が自分を食い潰そうとしているように感じられた。どんなにお金があっても、幸せはお金では買えないのだ。絶望に慌てふためきながら、私は信頼できる先生のもとに駆け込んだ。すべてを打ち明けるうちに、私の両目から涙が溢れ出た。先生は優しくいった。

「あなたの持っている財力を人のために使うのです」

私はその日から、もてる財力を注ぎ込んで、人々の幸せを破壊しはじめた。金があれば、快活な笑顔を、引きつった顔に変えるのは簡単だった。美しい命を、悲しく萎れさせるのは容易かった。幸せはお金では買えない。だが、幸せはお金で壊すことができるのだ。

そして今、私は、人々の幸せをお金で破壊しているときがもっとも幸せだ。結局、幸せはお金で買えたのだ。

私はかつて不幸だった。苦しんでいた。それも、誰かの幸せだったのかもしれない。

苦い文学

視点の違い

【ザンゲー通信社・記者の目〜一味違う視点でニュースを分析!】
ミャンマーの特殊詐欺グループの拠点で、詐欺に加担させられていた十代の日本人の少年が保護されました。タイ警察によれば、この少年は騙されて誘拐され、監禁状態に置かれていたといいます。

ミャンマーに限らず、東南アジアでは、偽の求人や誘いなどにより拉致された外国人が詐欺に無理やり加担させられるケースが相次いでいます。今なお、何人もの日本人が拉致・監禁され、暴力にさらされながら働かされている、という証言もあります。

このような詐欺グループに若者が巻き込まれないようにするにはどうすればいいでしょうか。ネット上の情報を不用意に信じない、というのも確かに重要です。ですが、詐欺グループの巧妙な誘い出しに騙されないでいるのも難しいことです。

ここで、詐欺グループがどうして日本人を必要とするのかを考えてみましょう。それは日本国内で特殊詐欺を働くのに日本語話者が不可欠だからです。つまり、特殊詐欺のために日本語を話す能力自体が重要なのです。とすると……

《ここでズバリ記者の目!》
ならば、日本語でのコミュニケーション能力をもつ AI を犯罪者たちが容易に利用できるような形で配布すればいいのではないでしょうか。そうすれば、特殊詐欺グループもわざわざ日本人の若者を誘拐せずに済むはずです。

もちろん技術的には困難もあるかもしれませんが、下町の優秀な技術者たちが力を合わせてオールジャパンで取り組めば、きっと素晴らしい日本語会話 AI を詐欺グループに提供できることでしょう。

苦い文学

密輸業者の分類

牧師によれば「家具でもなんでも日本製のものは中古でも品質がいいので、みんな欲しがる」というが、私にはわざわざ密輸するほどのものではないように思えた。

だが、今回は見ることができなかったが、この密輸拠点では日本の中古車も扱われているとのことで、おそらくこれがメインなのであろう。

さて、この拠点は国境の川に面していて、ビルマ側には「Grand Myawaddy」という大きな建物が立っている。これはビルマ側の密輸組織の経営するカジノだそうだが、現在は閉鎖されているという。

うっかり写真を撮ろうと携帯を取り出した私を、同行した友人、非常に温厚な人だが、その彼が血相を変えて注意したのだった。

私たちはいくつか店を回ったが、そのうちのひとつで友人と牧師はバッグを買うことにしたようだった。2人が品定めをしているあいだ、私はその店の倉庫をぶらぶらと見て歩いた(店内は写真を撮ってもいいというので私は何枚か撮らせてもらった)。

日本製の棚が並んでいるが、なによりも面白かったのがその棚に並べられた置物類だった。北海道の熊の木彫りから、沖縄のシーサーまで、あるいは、伝統的な民芸品から得体の知れぬキャラクターまで、日本中のありとあらゆる人形が、どの棚にもびっしり詰まっているのだ。

しかも、木彫りの熊なら熊、というように同じものがサイズ違いでまとめられている。博多人形のコーナー、ファンシーなキャラのコーナー、ダルマや赤べこのコーナー……戦後の日本人の想像力が生み出したありとあらゆる造形が系統的に分類され展示されているのだ。まるでそれ専門の学芸員がいるのではないだろうか。

とくに私がうなったのは、47人の赤穂浪士の豆人形がずらりと勢揃いした民芸品が、「二十四の瞳」の先生と子どもたちの像と同じ棚に置かれていたことだ。

これもこの「学芸員」の斬新な見識によるものであろう。

苦い文学

最後のもの

私はすべてを失い、もうどうとでもなれという気持ちで、鉄の棒を持って家を飛び出た。

そして、駅に行き、鉄棒を振り回して、何枚ものガラスを叩き割ったのだ。悲鳴と怒鳴り声が鳴り響き、私はあわてて逃走した。

しばらくして現場に戻ると、警察が写真を撮ったり、巻き尺で窓を測ったりしていた。

人だかりもできていた。その一人に「なにがあったのですか」と尋ねるとこんな答えが返ってきたた。「酔っ払いが暴れたんだ」

すると別の人が言った。「いいや、あれは半グレだよ、刺青をしていたから」

「ちがう」とまた別の人。「老人だった。最近の老人は手荒で困るよ」

人々は口々に言い出した。

「見るからに外国人だったよ。日本人があんなことするわけない」「不良中学生だったぞ」「女、女だよ。ヒステリー起こしてた」「いや、怪しげなホームレスを見た」「ありゃ、ネトウヨだ」「ちがう、過激派だ」「反日勢力だって」「アニメオタクだよ」……

私は我慢しきれずに言った。

「私が犯人ですよ!」

人々は大笑いだ。

「お前みたいなひよわそうなのが? 俺たちはこの目で見たんだ。すごい図体だったぞ」

私は警察官に訴え出た。「ごめんなさい。私がやりました」

「ふざけるのはやめなさい」

「本当です!」

「防犯カメラにはっきり犯人が写っているのだ! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」

私はすっかり絶望した。自分の犯した罪さえ奪われるのなら、いったい何が残るというのだろうか。

苦い文学

喉元過ぎれば

査読誌に論文を載せてもらうのは、私にとってはとても大変だ。

なにが大変かというと、査読報告への対応だ。つまり、匿名の二人の査読者が原稿に付した「コメントや疑問」に対処して、修正稿を作成しなくてはならないのだが、これがそう簡単ではないのだ。

もし修正が、誤字脱字程度のものなら大したことはないが、普通はそれでは済まない。査読者たちは、用語の混乱、議論の不足、論理の飛躍といった本質的部分を鋭く指摘し、私の心胆を寒からしめるのだ。

もちろん、査読者は意地悪をしているのではなく、よい論文にするために建設的なコメントをしてくれているのだ。それがわかっていても、いざ査読報告を読むとなると、どんなことが書いてあるか知るのが恐ろしくて、はじめは片目、しかも薄目でチラと見ること以上のことはできない。

そして、実際の修正作業に入れば入ったで、査読者の要求に応えられるかどうか、綱渡りか薄氷かというくらいの緊迫感のなか日々過ごすことになる。

プレッシャーに押しつぶされて、もう「辞退」しようかと思うこともしばしばだ。だが、査読という大変な仕事を無償で、しかも短期間で遂行してくださっている査読者のかたがたのことを思うと、そんなことはできない。

だが、そんなありさまでも、数ヶ月後に解放の時がやってくる。査読者との「共同作業」のおかげで格段によくなった論文を手放すときが来るのである。

私はもうこりごりだ、と思うのだが、数年経つとすっかり忘れて、再び投稿してしまう。