風刺・戯文

新しい憲法

私たちの国は、ついに新しい憲法を作り上げた。長く真摯な議論のすえに、自分たちの手で作り上げた本当の憲法が完成したのだ。これは純粋な憲法だ。いかなる条文のいかなる語句をとってみても、外国の干渉は微塵もない。

しかも、実に素晴らしい内容の憲法なのだ。まず、これは究極の平和憲法だ。いかなる武力も放棄しているし、国民に対してはいかなる暴力も禁じられている。人権まわりも完璧だ。人間の自由と理想を完全に保障する世界でもっとも美しい憲法だ。

「ついに完成した!」 私たちはこの憲法に快哉の声を上げ、街に繰り出して祝杯をあげた。

「これは我が国ばかりか、人類史の偉業だ!」 誇らしげな声が国中に響き渡った。

憲法完成を記念する盛大な式典が開催された。為政者たちは、この偉大な憲法が絶対に失われないように、不壊なる媒体に記録し、いかなる改竄も許さぬとばかりに厳重に封印した。

国民の前に立った為政者たちは、万雷の拍手とともに新憲法の公布を高らかに宣言した。その後、厳かに国歌が響き渡るなか、新憲法は頑丈な箱に収められ、国会議事堂の裏の空き地に掘られた穴に埋められた。

私たちはいつか、遠い遠い未来に、このタイムカプセルを開くことだろう。そして、その時、私たちの国がこの憲法にふさわしい国になっていれば、きっと施行されることだろう。

苦い文学

右か左か

2年ぐらい前にここで「左右盲」というフィクションを書いたが、これはある程度は本当のことで、私は右と左がわからない。

どういうことかというと、とっさに左手をあげてくださいと言われたら、すぐにはできない。箸を持つ手はどっちだっけ、といったん考えてから、おそるおそるあげるのだ。

とはいえ、左右がわからなくても通常の生活では困らない。ただ、視力検査は別だ。輪っかの開口部がはっきり見えていても、それが右なのか左なのかがわからない。なので、眉根を寄せて「ちょっと見にくいな……」なんてフリで時間稼ぎをして、必死に考える。

先日、バリウム検査をしたときも大変だった。動く検査台にしがみつきながら、矢継ぎ早に繰り出される「右に腰を捻って」とか「左に向いて」とかの指示に対応しなくてはならない。考える暇もなかったので、初めのうちは混乱してしまい、何度も反対側の方を向いてしまった。

視力検査でも、バリウム検査でも、「こっち・そっち」「手前・あっち」とかなら私は間違わない。なのでそうしたいが、恥ずかしくてできない。

私のような人は多くはないだろうが、いないわけではない。なので、検査の時などに「私は左右がわかりません」というシールがあったらいいと思う。最近はいろいろ事情のある人に配慮する取り組みが広まっているので、突飛な話ではないだろう。

もっとも、そのシールについて「右胸に貼ること」とかいう決まりがあったら、私たちはもうそこからわからなくて、結局丸めて捨ててしまうにちがいない。

苦い文学

密輸業者の店

メーソートから車で15分ほどのところに、日本の中古品ばかり扱っている場所があるという。牧師は私たちをぜひ連れて行きたいというのだ。

道中、牧師はこういった。「これから行くところでは絶対に撮影しないように」

どうしてかと聞くと「そこはタイとビルマの密輸の拠点で、日本の中古品がタイからビルマへと流されているからだ」という。詳しくはわからないが、現地のタイ警察とビルマ側の組織が取り仕切っているらしく、「取材は断固としてお断り」なのだそうだ。

駐車場に車を止めて外に出る。倉庫のような建物が並んでいて、その前に商品がずらりと並んでいる。店先に並べられているのは、ベビーカー、車椅子だ。そのうちのひとつの店内に入る。

なるほど確かに日本の品々だ。食器棚やソファ、鏡台、桐のタンスなどの家具類もあれば、ギターもぶら下がっている。おもちゃ類もたくさんだ。また、隣のガレージには所狭しと食器が並べられている。なにに使うのか、着物まであった。

志村けんのバカ殿置き時計など懐かしいものもある。また、スターウォーズのAT-ATドライバーのフィギュアなどもあって、これは買おうかと迷った。

奥のほうにはダンボール箱が積まれていて、引っ越しのときに使われたのか「ピアノ、上の棚」などと書かれたものもある。

これはまた別の店だが、フライパンや鍋専用の棚もあれば、ゴルフ用品が積まれているコーナーもあった。

この店の主はムスリム系のビルマ人で、話によるとこれらの品々は仙台からコンテナで送られてきたのだという。確かに仙台の野球チームのユニフォームがぶら下がっている。

日本では人は年老い、死ぬばかりで、そのたびに大量の物品が処分される。ここにあるのもそうした古い年老いた品々だろう。そして、古い世代の品々というのは、そうじて作りがしっかりしているものが多いから、安物ばかりの現代から見ると、どれもかつての豊かだった日本の名残のようにも思える。

私はやがて、失われた文明の遺物が展示された博物館に迷い込んだかのような気がしてきた。

苦い文学

絶対に当たる占い

「本当のことを言えば、占いという業の愚かしさほど私を呆れさせるものはないのです」と占い師は言った。

占い師は「絶対に当たる占い」と書かれたブースの主だった。客はといえば、占い師を前にしてどうやら緊張気味だ。

「自分は何月何日生まれだから今日の運勢はこうだ、など人々は一喜一憂してます。ですが、同じ誕生日の人間がこの世にどれくらいいると思っているのでしょうか。それがみんな同じ運勢などということがあるでしょうか……それで考えたのです。占いの愚かさを世間に知らしめるべく、一つの行動を起こしてやろうと……」

だが、占い師は客が上の空なのを見て話を打ち切った。「もういいでしょう……」と客にペンと紙を差し出す。

「まずはあなたのお名前をどうぞ」

客は自分の名前を書いた。「では、その次に生年月日を……そして住所を……」

客が言われるままにすべて書くと、占い師は紙をじっと覗き込んだ。そしてこう言った。

「あなたの運勢は、吉田五郎型です」

吉田五郎はハッとした顔で占い師を見た。ブースの主は言った。

「どうですか」

「ええ、ピタリです! 百発百中の凄腕占い師という評判に偽りなしです!」と、吉田五郎は足取りも軽く立ち去った。

占い師は残念そうな顔をして、次の客を呼び入れた。

苦い文学

町中華にて

近所の町中華で、ひとりラーメンを啜っていると、二人の太った男が入店してきた。

二人は奥の方のテーブル席に座ると、やってきた店主に驚くべき量の料理を注文しはじめた。

私がのろのろと食べている間に、料理が続々とテーブルに到着した。それを二人の巨漢は次から次へと平らげていくのである。

食が細く、痩せぎみな私は、常軌を逸した健啖ぶりに呆気にとられるばかりであったが、見ているうちに、おかしなことに気がついた。

二人で食べているように見えたが、実際にたくさん食べているのは一人のほうだけなのだった。もう一人のほうは一口か二口食べるだけで残りをすべて相手に押し付けているようなのだ。

また、二人の様子も変わっていた。あまり食べないほうは高価そうなスーツを着た中年男だったが、食べさせられているほうは、汚れたTシャツなのだった。年はもっと上のようで、顔つきは日本人らしくは見えなかった。

中年男はさらに大量の追加注文をした。そして料理がやってくると、彼が一口食べたものを、Tシャツの巨漢がどんどん体内に流し込んでいくのだった。

すでに、Tシャツのほうの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。しかし、中年男はそれに構わず料理を彼の前に置き、「もっともっと」と促すのだった。まるで重荷を積んだロバを鞭でひっぱたいているように思えた。

やがて、裕福そうな中年男は満足したのか、Tシャツが最後の皿を悶絶しながら平らげると立ち上がった。そして、貸し切って忘年会でもしたかのような大金を支払った(クレジット・カードは使えないのだ)。

二人が去ると(Tシャツは過食のため目が回ったのか、ふらつきながら出ていった)、私は店主にこの異様な客について尋ねた。すると彼は答えた。

「社長(あの中年男のことだ)はいま健康のためにダイエット中なので、自分が食べたくなると他人に代わりに食べてもらうようにしているのです。一緒に来た人は、そのために雇った外国人ですよ。以前は痩せた人だったのですがね……」