風刺・戯文

新たなプラン

私は今、2 つの動画配信サービスに加入している。とはいえ、最近はあまり見る時間がない。また、見る時間があっても、数ある映画やドラマの中からどれを見ようか迷ったり検索したりしているうちに、ドラマ 1 本分の時間が過ぎ去ってしまう。

この現象は、私ばかりでなく、多くの人が経験しているようだ。その原因のひとつとしてよくいわれているのは、作品が多すぎる、ということだ。選択肢が多すぎるとかえって決められないというのは、動画選びに限らずよくある話だ。

もうひとつの原因についてもすでに指摘されている。それは、映画なりドラマを見るのは実際には体力がいる、というものだ。要するに「気持ちは見たくても、体がついていかない」ので結局、動画配信サイトのホーム画面をスクロールするだけで、終わってしまうのだ。

そこで、私は考えるのだが、動画配信サービスには、ファミリープランや、画質のいいプラン、広告つきの安価なプランなどいろいろなプランがあるが、いっそのこと、ホーム画面だけが見られるというプランも作ったらどうだろうか。

もちろん、映画やドラマは見られない。だが、動画を見ない人にとってはこれ以上にコスパがよくて、うれしいプランはないと思う。

苦い文学

ゴキブリの大きさ

ビルマ人と話していて、ゴキブリの話題になった。

「ゴキブリとはなんですか」とビルマ人。

「ゴキブリとは、日本人がもっともきらいな虫のことです。『日本人が見つけたら叩こうとする3大生き物』のうちのひとつだと言われています」

「他のふたつはなんでしょうか」

「女性と外国人です」

私は携帯でゴキブリの写真を探し、その人に見せた。

「ああ、この虫ですか。よく知っています」

「ビルマにはいますか?」

「ビルマにもいますが、日本のゴキブリよりももっと大きいです」

「へえ」

「日本に来たばかりのころ、この虫が耳に入ってしまいました」

「えっ?」

「寝ている間に入ってきました。それで、病院に行って、とってもらいました」

「それは大変でしたね」

「日本語もまだわからなかったから、大変でした」

「びっくりしたでしょう」

「はい、ビルマでもこんなことはなかったです」

「日本のゴキブリは小さいから、耳の穴がジャストサイズだったんでしょう……」

苦い文学

試練

人生の試練は何のために与えられるのでしょうか。

それは、私たちがその試練によって成長するためです。

苦しい病にかかった人は、治った時には病人の気持ちがわかる人間に成長していることでしょう。

仕事がない、お金がない、そんな逆境にある人は、ふとかけられた優しい言葉から人の温もりを知ることでしょう。その人はいつか逆境を抜け出た時、かつての自分と同じような状況にある人々に手を差し伸べるはずです。

悲しみ、孤独はどうでしょうか。その苦しみを深く経験した人は、必ずや、悲しみに沈む人、孤独に悩む人のそばに寄り添い、その肩にそっと手を置くことでしょう。

この世界に起きるすべてのことに意味があります。試練は本当は試練ではない。それはチャンスです。私たちの経験を深める機会、それを活かす道を悟らせてくれる機会なのです。

こう言いますと、生まれてこのかた、次から次へと試練の連続で、それを活かす機会がいっこうにやってこないという人もいるではないか、と主張する方もあるかもしれません。いわば、若い時から買い集めた苦労の使い道がいつまでたっても見つからぬというわけです。

そうした人にとっては、残念ながら、試練とは骨折り損のくたびれ儲けにほかならないのですが、もちろん、例外として無視してかまいません。

苦い文学

アンガーマネジメント

「短期は損気」などといいますように、この世で一番避けるべきは、一時の怒りに我を忘れて、思いもよらぬことをしでかすことです。

では、怒らぬようにするにはどうしたら、よいでしょうか。

よく言われますのが、怒りを表に出す前に、数を数える、というもの。数を数えている間に、怒りがおさまり、冷静に対処できるというわけです。

もうひとつ、言われているのが、相手の立場になって考えるということ。これも大事なことです。

もし、自分が相手の立場だったらどう感じるだろうか? そんなふうに想像してみると、自分もあるいは同じことをしでかしていたかもしれず、そのぶん寛大な心持ちになれるというものです。

しかし、本当に怒っている時は、相手の立場など考える余裕もないものです。それに、それはなんだか、相手を許すようなことではありませんか。ですが、大事なのは、相手を許す許さないと、怒りは別物だということです。許す必要はないのです。ただ、怒りを鎮めることが大事なのです。

こんなとき役に立つのが、物事を別の目で捉えることです。

よく知られているのは、高速道路で乱暴な運転に出会った時の対応です。無謀な運転で追い抜いていった車を見て「ああ、トイレに急いでいるのだ」と思えば、腹も立ちません。カッとなってあおり運転を始める、などというのはまさに愚の骨頂でしょう。

ところで、最近の北朝鮮のロケットの連続発射は不愉快ですし、非常に腹立たしいことですが、これにしても、「ああ、あの国からは、ロケットまでがわれ先に逃げ出してる」と考えてみましたらば……