風刺・戯文

第二のワルシャワ・オーディション

昔、イギリスの若者たちが、デヴィッド・ボウイの「ワルシャワ(Warszawa)」(1977)という曲を聴いて、バンドの名前を「ワルシャワ(Warsaw)」にした。

そのバンドの演奏は暗くて重く、独特だったため、デビューアルバムの制作にまでこぎつけた。その中に「ワルシャワ(Warsaw)」という曲があった。これはヒトラーの側近であったルドルフ・ヘスをテーマにした曲だ。

だが、結局のところ、このデビューアルバムはお蔵入りになった。またワルシャワという名詞を使ったバンドがほかにあったため、バンドは改名し、ナチスの慰安所に因む「ジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)」の名で知られるようになった。そして、「ワルシャワ(Warsaw)」は、このバンド名で発表された。

デヴィッド・ボウイの「ワルシャワ(Warszawa)」は暗く悲劇的で、ジョイ・ディヴィジョンの「ワルシャワ(Warsaw)」もまた暗く、演奏には絶望的な響きがある。この頃のイギリスでは、ワルシャワは、悲劇・絶望・閉塞感、といったイメージをもっていたように思える。

もっとも、たとえそうだとしても、これは 1970 年代後半の話。私は一昨年、ワルシャワに行ったが、悲劇は博物館だけで、タトゥーだらけの若者でいっぱいの明るい元気な都市だった。

もう、世界には、かつてのワルシャワのような灰色で息詰まるような都市はないのだろうか。暴力的な組織に、人間が絶望とともに飲み込まれていく街は。

そんなわけで、私は「第二のワルシャワを探せ!」オーディションを開催したい。よくよく見れば、有力な候補も多い。キーウ、ガザ、テヘラン、ヤンゴン、平壌とずらり居並ぶそのとき……。

「ちょ、ちょっと待った!」と、すてきに強い政府ができたばかりのトーキョーが乱入してきて、会場は大盛り上がりだ。

苦い文学

ゴミ箱民族闘争

「日本はなんてキレイなんだろう!」「ゴミ箱などないのに、道にはチリひとつ落ちていない!」「きっと日本人は心が清潔でクリーンなのだ!」

来日した外国人たちが、驚きとともにこう賛嘆するとき、私たちは鼻高々だった。あまりにも得意だったので「日本ではこれが当たり前ですよ。他の国では違うのですか?」などと、トボけてみせたりしたものだった。

だが、やがて、ただでさえ少ないゴミ箱が街から姿を消し、駅からもあらゆるゴミ箱が撤去され、チェーンの喫茶店ではゴミ箱に封印がされ、そして、セルフレジのレシートを捨てる小さなカゴさえも消え去ったとき、私たちはなにかおかしなことが進行していると気がついた。

いつのまにやら、もはや私たちはどこにもゴミを捨てることができなくなったのだ。私たちはそれでも信じていた。「日本人ならばゴミ箱などなくてもやっていける」と。

だが、だが、だが、その結果、すべてのゴミをカバンやリュックに詰め込んで、家まで我慢して持ち歩かねばならなくなったとしたら、どうだろうか。

私たちは何度も試みた。手に持ったゴミを道端に放り投げようと。空き缶をホームの下に投げ入れようと。ああ、だが、それをするということは、日本人であることを捨てることにほかならないのだ!

ここで、ある悲しい、つらい話をさせてほしい。その人は駅で自殺したのだ。ゴミ箱のない砂漠のど真ん中で、手に空のペットボトルを握りしめたまま、これをポイ捨てするくらいならばいっそのこと、と線路に身を投げたのだ。この知らせを聞いたときほど、私は悔しかったことがなかった。ゴミ箱を奪ったこの国を憎んだ。そして、鼻高々だった己を憎んだ。

私たちは、いまや疑いはじめている。ゴミ箱がないことは、自慢に思うことでもなんでもない、と。私たちは調子に乗りすぎたのだ。ちょうどインフルエンサーが、賞賛欲しさに崖っぷちで自撮りをすると決まって転落死してしまうように、私たちの「日本はゴミ箱ない芸、日本人はキレイ好き芸」もいまや私たちの首を締めだしたのだ。

このままだと私たちの未来には絶望しかない。なぜなら、あらゆるゴミ箱が消滅した社会では、人間がゴミ箱になるしかないからだ。人間として生まれてきて、ゴミ箱になりたいものなどあるだろうか? そうならないために、ひとつでもいいから、ゴミ箱を増やそう。命を捨ててゴミ箱を増やす戦いを始めよう。

苦い文学

プラテポー IDP キャンプ(1)

メーソートに戻ってきたその夜、私は疲れが出たのか、高熱と腹痛でのたうちまわり、その次の日も1日寝ていた。

ようやく動けるようになったのはその次の日で、なにも食べることはできなかったが、私は友人とともに牧師にいくつかの場所につれて行ってもらった。

初めに行ったのは、メーソート市街から車で 45 分ほどのなだらかな丘陵地帯で、すぐ近くに大きな川が流れている。

その川の向こうはビルマだ。向こう岸には木々の間に小さな粗末な家が立ち並んでいるのが見える。

これは IDP キャンプだという。IDPというのは国内避難民(Internal Displaced People)のことで、要するに国外にも逃げることのできない難民たちだ。

「プラテポー」キャンプという名前だとのことだが、正確にはわからない。

このキャンプには、2021年のビルマ軍のクーデターのときに逃げた人々が暮らしている。現在は 920 人いるという。

クーデター当時、人々はみな川を歩いて渡ってタイ側に逃げた。だが、タイ側に逃げたとて、タイの警察に捕まれば不法入国者として追い返される。そこで、人々はサトウキビ畑の中に入って隠れていたそうだ。

「それで、私は妻と一緒に車ででかけて、サトウキビ畑で大声でさがしてね、見つけると安全なところにまで連れて行ったよ」

と牧師は私たちに語ってくれた。

苦い文学

未来における神人

未来の世界に迷い込んだ私は、自分の時代に戻ろうと、不思議な世界を旅していた。

ある日、気がつくと美しい湖畔を歩いていた。エメラルドの湖面に映る白い山々をうっとりと見つめていると、異様な音が響き渡った。

空を見上げれば、巨大な鳥たちが飛び回っているのだった。大きな翼が空の大気をかき乱し、樹々を騒がしく揺らしていた。

思わず地面にへたり込むと、だれかが手を差し出し、起き上がらせてくれた。若者が立っていた。

「あの鳥たちはいかなる悩みからも解き放たれて、生命を楽しんでいるだけなのだ。私たちには危害を決して加えないだろう」

私が感謝を述べ、過去に戻るために旅をしていると告白すると、彼は「君は幸運だな。私に会うとは」と言った。

「私はこれからコンピュータを収穫に行くのだ。そのコンピュータなら解決できるだろう」

私は彼がコンピュータをまるで野菜かなにかのように話すのを聞いて驚嘆し、ついていくことに決めた。

「人間にとってもっとも無駄な瞬間は何かわかるかね」と彼。

私が首を振ると、彼は微笑んで続けた。

「それは『だれそれと私が溺れていたら、どっちを助ける?』と質問されたときだ。私は品種改良を行い、人類の歴史からこの愚問を消滅させるコンピュータを生み出したのだ。そして、今日が、その収穫の日なのだ」

「そうですか……」 これは私の問題とは関係なさそうだ、という失望が声に現れていたのであろう、若者はすぐさま付け加えた。

「ピンとこないようだな、君は。『この時代の君と、本来の時代の君とが時の流れに溺れていたら、どっちを助ける?』と尋ねられていると考えることはできないかね。この問そのものが消滅すれば、君は過去に戻ることができるはずだ」

若者のいうコンピュータは、まるで仏像のように湖岸の岩の上に座っていた。私たちが近づくとコンピュータは目を開き、無機質な瞳を向けた。

「新鮮なコンピュータだ。むろんのこと、君の時代のものとは大違いだろう。これはかつては神人と呼ばれていたのだ。この存在のおかげで、宇宙から今後あの愚かな質問が一切消え去るかと思うと、じつに素晴らしい日ではないか」

「なんだか恐ろしいです」

「心配するな。さあ、尋ねるのだ。君の質問がこの存在に届いたとたん、君はもとの時代に戻っているだろう」

私は神人の前に立ち、厳かに語りかけた。

「この時代の私と、本来の時代の私が……」

そのとき、巨鳥が悲鳴のような鳴き声を上げながら急降下してきた。凄まじい風が巻き起こった。私は咄嗟に岩にしがみついたが、若者と神人は吹き飛ばされて湖に落下した。

二人とも溺れている。私は水に飛び込み、神人のほうに向かって泳ぎ始めた。するとそのとき、巨鳥が再び舞い降り、神人を飲み込んで、空の高みへと戻っていった。

私は若者を救い、二人して岸に上がった。気まずさだけがそこにはあった。私は湖畔を離れ、再び旅をはじめた。

苦い文学

時間よ停まれ

昨年の3月27日、渋谷で行われたデモに参加した。

デモは、ビルマの軍事政権に抗議する目的のもので、たくさんのビルマの人々が集まった。

デモの出発点は国連大学本部ビルで、青山通り、表参道、明治通り、渋谷駅前、宮益坂から国連大学本部ビルへとぐるりと一周するのだ。

私はカレンの人に誘われたので、カレンのグループとともにデモ隊に交じって歩きはじめた。

素晴らしい天気だった。普段は歩けない公道を歩くのはとても楽しい。私は「趣味としてのデモ」を提唱しているが、あまり耳を傾ける人はいない。きっと警備や交通整理に追われる警察官や公安の人々に迷惑だからだろう。

ビルマの人が拡声器でシュプレヒコールを日本語で叫んでいる。だが、慣れていないのかよく聞き取れず、気勢が上がらない。私と一緒に歩いているアラカン人の友人が文句を言う。もうひとりのアラカンの活動家が大声で叫びだした。すると、デモらしくなってみな元気になった。

我々は明治通りを逸れて線路の下をくぐり抜けた。神宮通りを下り、渋谷駅へと向う。その先は渋谷のスクランブル交差点だ。警察官たちは交差点で、歩行者たちを止めている。

隊列を組んだ我々は、交差点でゆっくりと旋回する。歩道で人々は完全に動きを止めて私たちを見つめている。

まるで時間が停まったみたいだった。

どんな時間停止AVよりも見事に停まったみたいだった。