風刺・戯文

犬も歩けば……

ことわざ「犬も歩けば棒に当たる」の意味を調べますと、「余計なことをすると災難に遭う」と「行動すれば思わぬ幸運に出会う」という2つのタイプがあるようでございます。

ここで留意願いたいのは、2つの解釈はあくまでも解釈でして、「犬も歩けば棒に当たる」の原意ではないということです。このことわざがもともとはどういう意味であったのか、ここでちょっと真面目に考えてみたいというのが今回のテーマでございます。

さて、「車が走る」と私たちは何気なく使っておりますが、これは実はおかしなことです。さすがにここでみなさんに「どうぞ走ってください」とは申せませんが(笑)、どうか思い描いてください。私たちが「走る」とき、どうしているかを。そうです。2本の足で走っているのです。

ところが、車には足がないのです。その代わりあるのは車輪です。車はこの車輪でもって高速で移動するのです。つまり、私たちにとって走るとは、そもそも自分の足で高速で移動することでしたが、のちに車の出現によって、比喩的に後から「車の移動」に「走る」という言葉を当てはめたのです。

では、ここで「歩く」に戻りましょう。いえ、単に戻るだけではダメです。私たちが2本の足のみで移動することだけを「歩く」と呼んでいた古代の時代に戻りましょう。その時代、私たちはまだ動物の四足歩行に「歩く」という言葉は当てはめていなかったのです。

どうでしょうか、そんな時代に、犬が急に歩きはじめたら。つまり何食わぬ顔で2本足で立って歩きはじめたら。あわてて棍棒で叩かずにはいられませんよね。衝撃的で、それでいてユーモラスなこのイメージは、古代人の心にかない、お気に入りとして保存されたのでした。

「犬も歩けば棒に当たる」は、そもそもことわざではありませんでした。それは、古代人を夢中にさせた最古の犬ミームだったのです。

苦い文学

報じるメディア

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苦い文学

友人の母

私のカレン人の友人の父は立派な人だったが、だからといって人生がうまくいくわけではない。それで、子どものころの友人はしばしば貧しい暮らしを経験したとのことだ。

当時、家族はヤンゴンに住んでいたが、隣にカレン人の牧師一家が住んでいて、豚を3匹ばかり飼っていた。その牧師は隣人の暮らしぶりに同情して、少し助けてやろうと思った。まだ小学生だった友人にこんなことを言ったのだ。

「あちこちの家の前に釜を置いて、米の煮汁と残飯を入れてもらいなさい。そしてそれを毎朝集めて、私の家の豚のところに持ってきて餌として食べさせなさい」

彼が言われた通りにすると、牧師はお小遣いをくれたのだった。

しばらくすると、友人の家に再び幸運が訪れた。今度は父親が宝くじを当てたのだった。母親ほどではなかったが、それでももっといいところに引っ越すことができた。

そして、新しい家で友人の母親は豚の飼育を始めた。隣人の牧師のアルバイトのおかげで豚の飼育法はわかってる。それで一時は40匹にまで増え、一家は楽しく暮らしたそうだ。めでたしめでたし。

苦い文学

プーチン式大学

大学について F ランだのなんだと侮蔑する人がいる。どの大学にもそれぞれの意義があり、価値ある教育を行っていると私は思う。なので、こういうことを言う人の考えがわからない。

大学の意義や学生の質に F ランなどというランクづけはない。だがそのいっぽう、大学経営には明白に F ランは存在する。ある私立大学についてこんな話を聞いた。

日本の私立大学は毎年、国から補助金をもらっている。これは大学経営上重要な資金だが、その私立大学は、この補助金を何年も交付されていないのだ。

それは、こんな理由からだという。その大学の理事長だか学長だかが以前逮捕され、実刑判決を受けた。

大学は逮捕を受けて、その人物を経営から排除するという約束のもと再建計画を国に提出した。しかし、何年かして、その人物が復帰して、再び思うがままに大学を牛耳りはじめたのだ。

国は約束を反故にされたわけで、当然のことながら、そんな組織に補助金など出そうはずもない。それで、その人物が居座るかぎり不交付が続く事態となった。

補助金がないと、大学経営は難しくなる。ただでさえ少子化で学生がいないのだ。それで、教職員の給与・ボーナスも、カットされるようになった。破綻するのも時間の問題だ。

この苦境を脱するにはどうしたらよいか。それは、件の人物が学校経営から手を引くことだ。そうすればすべてがうまくいくのだが、その気配はない。

この人物がいるだけで、教職員の給与が削られ、生活が脅かされている。それだけではない。最終的にその皺寄せがいくのは、教育、つまり学生たちだ。特定の人物の権力を維持するためだけに、周りの人々が犠牲となる。プーチンのロシアと同じなのだ。

このようなプーチン式の大学には、私も心から F ランの称号を捧げたい。

苦い文学

名誉ある町民

JR念浜線の黒鍬駅は、黒見町と鍬池町の間にある駅で、無人駅ではないが、一日平均乗車客数が500人前後の小さな駅だ。

駅舎も小さく、駅員の勤める場所と待合室があるきりだ。駅舎の正面にはベンチがあり、高校生がよくたむろしている。

そして、そこにどこからかホームレスの男が現れた。

日中はベンチの近くで隠れるようにじっとしていて、夜になるとベンチに横になって寝るのだった。

「ホームレスがやってきた」との噂はたちまち町中に広がった。人々はさっそく駅に押し寄せて遠巻きにした。そして「なんとあれが話に聞くホームレス」と驚くやら、「こんな田舎にはて」と顔を見合わせるやら。拝みだす者もでる始末だ。

やがて、群衆の中から、ひとりの恰幅のいい男が歩み出て、ホームレスに話しかけた。

「私は黒見町の町長です。町民一同の感激をお伝えしに来ました。なぜなら、あなたがここに来てくれたおかげで、町がいっそう都会に近づいたからです。ぜひ我が町の発展に貢献した人物として名誉町民となってほしい……」

と、そのとき待ったをかけたのが鍬池町の町長だ。この町長もホームレスを新たな町民として歓迎しようと勇んでやってきたのだった。

たちまち黒見町と鍬池町とで、ホームレスの奪い合いが始まった。

こんな騒動があってから十数年が経った。黒見町と鍬池町は合併して黒鍬町となり、かつてのホームレスはいま初代町長として忙しい日々を送っている。