若者たちは、会場の前に並べられた机の上に、竹製の大きな丸い笊を置いていった。その笊には「手首結びの儀式」に使われるものが置かれていた。中央には竹筒があり、その中には水が入れられていた。筒を取り巻くように五種の品が並べられている。バナナ、青い葉で包んだ餅米、餅米を握ったもの、サトウキビを五センチほどの長さに切ったもの、カレン語でホーイと呼ばれる葉だ。さらに白、青、赤の糸の束と木べらとハサミが置かれていた。
セレモニーが始まる前に、私はこれらの品々の意味を友人に尋ねた。水は生命に必要なもの、バナナは力、餅米関係の二品は団結、サトウキビは節があるので成長、葉っぱは繁殖を意味しているとのことだった。糸の色にも意味があるが、昔のことははっきりわからないと言いつつも、白は純潔だと、キリスト教徒カレン人の彼がどう理解しているかを教えてくれた。
木べらについて聞くと、これで笊の縁を叩いて、良い「ソウル」を取り戻し、悪い「ソウル」を追い出すのだという。ソウル(soul)であって、精霊(spirit)ではないのが私には興味深かったし、友人が「これは昔の人の考えだよ。はずかしいけど」と距離をとっていたのも面白かった。
さて、机の上に笊が並べられると、別の行列が作られた。今度は若いカレン人だけでなく、カレン人の年長者や日本人などのゲストが加わっている。別の友人が私を呼んで列に加わるよう指示し、こう言った。
「他の人を見てやれば大丈夫だよね」
「大丈夫ですよ」と私は適当に答えた。
列は会場の中央を通って、前に並べられた机に到着する。机にはいくつも笊が置かれていて、向かい合うように椅子が置かれている。私を含めたゲストはステージ側の椅子に座り、反対側の椅子には若いカレン人の男女が座った。私と二人のカレン人の間には笊がある。
私は重大な勘違いをしていたことに気がついた。
私は手首結びの儀式をしてもらう側ではなく、若者にする側の席に座らされていたのだった。大丈夫じゃなかった。