この世界に学び、身につけるべきことは数あれど、そのうちでも私が学んだといえるのは言語学だけだ。もっとも、専門家というほどでもないが、それでも学んだことには変わりはない。
言語学というと、一般にどのようなイメージを持たれているのだろうか。私にはよくわからない。そもそも興味をもつ人は少ないし、学べる場所もかぎられている。だから、なにが面白いのかさっぱりだろう。こんなありさまだから、役に立つとも、有益だとも思われてはいない。
それに、近ごろでは AI にすっかりお株を奪われてしまった。言語学が言語の奥義を極めることにありとすれば、それはもうペラペラと倦むことなく喋り続ける AI によって実現してしまったのだ。いまさら言語学になんの用があろうか。しかも、こいつときたら、何ヵ国語でも話すことができる。言語学どころか、語学すら不要になってしまったのだ。
確かに、このありさまでは、言語学などまず学ぼうとは思わないだろう。世間的にいえば、それはもう時代遅れで無意味な学問なのだ。いや、それでいい。学問などそのようなものだ。そもそも全員が全員、価値を理解する必要などない。一部の人だけで十分だ。私はそんな心持ちでいたのだった。
だが最近、私は考えを改めた。言語学をこのような低い地位に放置しておくことは、実はこれからの社会にとってたいへん有害なのだ。(つづく)