未来をさまよいつづける私が辿り着いたのは、木立に囲まれた沼だった。近づくにつれなにやら騒ぎ声が聞こえてきた。
見れば沼には丸い物体が浮かび、その周囲を緑色の人々が忙しく立ち働いているのだった。
沼の岸に立つと、カッパたちだということがわかった。
私が不思議そうに眺めていると、年老いて、頭の皿も干からび気味のカッパが近づいてきて挨拶をした。じつに気の良さそうな顔つきだったので私は尋ねてみた。
「みなさんはいったい何をなさっているのでしょうか」
「私たちカッパにとって重要なプロジェクトが今日はじめて実行されるのです」
「といいますと」
「私たちは人間文明に迫害され、一時は絶滅しかけましたが、今はこのようにカッパの黄金期ともいえる時代を迎えております。私たちは苦難の時代を振り返り、私たちを助けてくれたあらゆる存在に恩返ししようとしておるのです。カッパはもちろん人間にもです」
老カッパは誇らしげに沼の球体を指さした。
「あそこにある物体はタイムマシンです。私たちはあれで過去に赴き、恩人たちに恩返しとしてささやかな贈り物をしようと考えておるのです」
「では、これから過去に出発しようというのですか」 そう言いながら、私は歓喜に震えた。私もこれを使えば自分の時代に戻れるかもしれないのだ!
老カッパは答えた。「ええ、そうです。私たちにとって歴史的な瞬間です」
「で、その恩人とはどのような人でしょうか」
「私たちが最初の恩返しに選んだのは、私たちのことを記録してくれた人間です。『河童』と古代の言語で名づけられたその貴重な記録のおかげで、私たちはいにしえのカッパの生活と意見について知ることができるのです。その人の名前は、なんと言いましたかな、たしか……」
「芥川龍之介では?」
「ええ、たしかそんなような名前でした。アコダガワー……。伝説によれば、アゴダグワーは不幸な人だったらしく、私たちはその不幸を取り除くことで恩返ししようと考えています」
「芥川は自殺したのです」
「ええ、そうです! よくご存知で。古文書によればアグダガワーは『将来に対するぼんやりとした不安』を抱いて自殺したとのことです」
そのとき、沼の中の球形のタイムマシンが回転を始めた。それは速さを増しながら、少しずつ浮かび上がった。
「いよいよですよ。私たちカッパの新しい時代の幕開けです」
私はその不思議な光景を見ながら尋ねた。
「つまり、みなさんは、芥川龍之介の自殺を阻止するために過去へと旅するというわけですね」
「そうです。私たちが用意した贈り物によって彼は自殺を思いとどまり、カッパについてもっとたくさんの記録を残してくれることでしょう」
タイムマシンは恐ろしいほどの速度で回転しながら、奇妙な音を発し始めた。
「その贈り物とはいったいなんなのです」
「最先端のオプチカル(光学装置)ですよ。アギダギワーがこれを目に装着すれば『将来に対するぼんやりとした不安』がくっきりはっきりと見えるようになることでしょう」
その時、タイムマシンが恐ろしい音とともに爆発し、カッパたちの頭の皿がけたたましく鳴り響いた。
たちまち沼は大混乱に陥った。私は背を向けると、未来をさまよう旅を再開した……。