宇宙には我々人類よりはるかに進んだ《聖なる存在》がおり、人類を密かに教導している。
どのように教導しているかというと、《聖なる存在》たちは自分の愛しいこどもを人類の一員として託すのである。そして、そのこどもは人類になりきって生きることにより、人間たちを少しずつ感化していく。彼らは《星のこども》と呼ばれている。
みなさんは、ブッダとかイエスとかそうした聖人たちの正体がそれだと考えるかもしれない。その可能性はもちろんある。だが、私がお話ししたいのは、日本のとある農村地帯に暮らしていた《星のこども》のことだ。
東京のような大都会でない田舎の地味な存在がいかにして人類を教え導くことができるのか、不審に思われるかもしれない。正直言って私にも分からない。ただ、それが《聖なる存在》たちのプログラムの神秘だとしかいえないのである。
さて、その《星のこども》は地球で人間として長い間、少なくとも八十年以上過ごした。そして、そのおかげで、地球は確かによくなった。
あるとき、予感が訪れた。その予感は徐々に強くなり、やがて確信に変わった。《星のこども》は、自分が《聖なる存在》の愛し子であること、そして《聖なる存在》のもとに帰るときがきたことを悟ったのだ。
その夜がやってきた。確信に突き動かされてその《星のこども》は外に出た。夜空を見上げると《聖なる存在》の船が虚空に浮かんでいる。不思議な動きをしながら舞い降りてきた。《星のこども》は人類の肉体を脱ぎ捨る。ひとつの輝かしい魂となる。そんなふうに船に乗り込んだのだ。この地球を去って、宇宙の深淵へと帰っていくために。
なお、《聖なる存在》の船は我々には未知の科学によって作られている。決して大きなものではないが、それが地球に現れるときはかならず暴風雨に似た現象が起きる(おそらく重力波の影響であろう)。また、人類に見られないように、それが現れるのは、夜、人家のまばらな農村地帯、とくに畑や田んぼの近くだ。
さて、《星のこども》は船に乗って去っていった。地上に残されていたのは、かつて《星のこども》であった人間の肉体だ。そして、翌朝、横たわる肉体を発見した人々は、こう嘆いた。
「どうしてこの老人は嵐の夜に田んぼを見に行ったのだろうか」と。