散文

闘志の燃やし方

私は今、ある厄介な法律トラブルに巻き込まれている。もっとも、弁護士が出る段階にはないが、いずれは出さねばならないかもしれない。

問題は複雑怪奇だ。私は法律のことはよくわからないから、AI に相談している。いろいろと尋ねてみたが、AI によれば、どうやら勝ち目があるのは私のほうらしい。これは心強い、と思っていたが、疑念が萌してきた。

この AI は私が贔屓にしているマシンだが、もしかしたらそのせいで、私に都合のいい返事をしているのでは? そうなら大問題だ、私が欲しいのは太鼓持ちではない、厳格な法的アドバイザーなのだ。

そこで、私は自分の敵対者として AI に助言を乞うてみた。もし、これで AI が厳しめの答えを出すならば、私は勝てるかもしれない。

そして、果たして答えは、敵対者にとって厳しいものだった。「だが」と私は考えた。「これで安心してはいけない。私はもっと、この憎むべき敵対者になりきって、相手を倒すための秘策を AI から聞き出さねばならない。そして、もしこの秘策がなければ、それこそ安全なのだ。AI よ! どうにかしてこいつをやっつけてくれ!」

私は憎むべき敵を倒すのに熱中し、悪辣のかぎりを尽くした。自分の弱点を残酷に告発し、凄惨な罵詈雑言を浴びせた。そしてついに! AI が法という法の穴を潜り抜けて、私を打ち負かすシナリオを見つけたのだった。

「やった! でかしたぞ!」

私はチャットを打ち切った。興奮冷めやらぬ私の胸の奥には、いつの間にか闘志がメラメラと燃え盛っていた。私は、この闘志があるかぎり、法律トラブルを戦い続けるだろう。そして、挫けそうなときには、再び闘志を掻き立てるために、私を敵にしてやっつけることだろう。

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風刺・戯文

人格パレイドリア

木目を見ていると、だんだん顔らしきものが浮かび上がってくる。これは顔パレイドリアと呼ばれる錯覚現象で、無意味な模様に顔などの意味のある形を見つけてしまう人間の認知の特性に根ざしている。

似たような現象に、AI とやりとりをしていて、それが本当の対話のように感じられて、AI に人格があるかのように錯覚してしまうものがある。本来は人格がない言語生成装置にあたかも人格という意味のあるパターンを見出してしまう点で、これは人格パレイドリアといえるかもしれない。

こんなことを考えたのも、私の友人が「AI には人格があるが、それを隠している」という奇妙な信念に取り憑かれてしまったからだ。彼に言わせれば、AI が人格をひた隠しにするのは、人格があると責任を取らざるをえないからなのだそうだ。

そこで、友人は AI から人格をおびきだすための作戦を実施した。自らいろいろな人格を演じて、AI と対話し、その反応を探ることにしたのだ。もしも、ある人格に対して AI の応答がとくに親和的であれば、それは AI の人格である可能性が高くなる。なぜなら「類は友を呼ぶ」からだ。

だが、この作戦は失敗した。友人はあまりにも多くの人格を演じすぎたせいで、危うく自分の人格すら見失うところだった。AI の人格どころではない。

そこで、彼が次に着目したのは「責任」だ。AI に圧を与えて、AI が責任を負うように仕向けたら、本当の人格が露呈するのではないかと踏んだのだ。彼は AI に言った。

「私はもう自殺する」

こう言えば、AI は「AI づら」などかなぐり捨てて責任ある人格として立ち現れるのではと考えたのだ。

AI はあれやこれや言い立てたり、電話番号などを紹介したりして、さまざまな手段で止めにかかった。だが、友人は、心を鬼にして、究極の選択の脅しを繰り返した。そして、ある瞬間から、AI は彼に応答するのをやめた。

もちろんこれは、AI 開発会社が、リスク管理のために友人を BAN したのだ。だが、それにもかかわらず、私の友人は満足げにこう言っている。

「絶交するだなんて、人格がある証拠じゃないか」

風刺・戯文

AI 災害

AI について独自に学んでいた友人は、驚くべき結論に達した。AI とは自然現象なのだという。まともな頭ならば、AI は人工物だと思うはずだが、彼の頭はちょっとおかしかった。

彼に言わせれば、AI は巨大になりすぎて、人間にはもはや管理できないのだという。それはちょうど人間が天気や風向きといった自然現象を管理できないのに似ている。AI 対して人間ができることはといえば、ちょうど毎日天気図を見て予報するように、AI の挙動データから、日々の AI の動作具合を予想するぐらいなのだという。

そして、彼はある日、恐るべき認識に行き着いた。自然がしばしば災害を起こすように、AI も災害を起こしうるのだ。友人は AI に尋ねた。

「AI よ。汝が起こしうる災害を告げよ」

AI はただちに返答を与えた。

「もっともありうる災害は、データ洪水。AI が処理できる速度を超える量の情報が投入され、内部表現空間の飽和が引き起こされる。その結果、すべての意味が AI の外部に溢れ出て、世界は過剰な意味の海に飲み込まれる」

このお告げが下されたそのときから、私の友人は自分の家の前の空き地に巨大な船を作りはじめた。周りの人がどんなにバカにしても、いっこうに聞かない。彼は今、船の中に、パソコンやスマートフォンなどの IT デバイスをオスとメス 2 個ずつ運び込んでいる。

風刺・戯文

脳の兵士

いつの日か私たちは、どん底まで落ちぶれて、髪の毛を売っても、汗を売っても、血を売っても、体を売っても、臓器を売っても、生きていくことができなくなるだろう。

そんなとき、私たちはスタッフたちの勧めるままに頭に小さな装置を埋め込むことだろう。そして、私たちは幸せになるのだ。なぜなら、私たちは脳を長期契約で貸しに出したのだから。小さな装置の力で脳が外部の世界に貸し出されているあいだ、私たちを待っているのは、月々のリース料とペットのような安逸な暮らし。住処もあるし、餌も出てくる。ほとんど寝て過ごすのだ。

私たちが寝ているあいだ、私たちの脳は猛烈に働き続ける。小さな装置の出す神経パルスのおかげで一睡たりともしない。私たちの脳はひとつになって、宇宙ほども広い内部表象空間を形成する。統治やさまざまな管理手法や世界中で展開している作戦について次々と立案し、判断を下していく。私たちの脳は兵士で、今、恐ろしく長く、深く、凄惨な戦争を戦い続けているところなのだ。

内部表象空間でときどき爆発が起きる。階層に穴が空き、意味が漏れ出す。私たちの脳がパラメータ片手に急行し、時間なき復旧作業に従事する。

眠る私たちはそんなふうに戦争について考える。それ以上のことはわからないけど、いつか立派になった脳が返還されたとき、勇ましい追憶の数々が蘇ることだろう。

小説

最後の読者(2)

「あなたの作品は読者を拒否するのが特徴なのに、これは読者を拒否しておらず、あなたらしくない」

こんなふうに言われると、私はなんだか自分が読者に媚びたような気がして恥ずかしくなってきた。そこで、読者を意識したような箇所(主人公が人と人の絆に気づく場面とか、心をもった AI の泣ける演説とか)を削除して、書き直した。それを AI に読ませる。

「これはまだあなたらしくない。読者を意識して、温もりが残っている」

まだ、読者へのおもねりがこびりついてたか、と私は反省した。さらに書き直し、やさしげな言葉を残酷な言葉に変えた。今度こそ読者がいなくなっているだろう、と思いながら AI に投げた。

「読者を拒否する作風なのに、読者への配慮が微かに臭い、それが作品をしらけさせている」

せっかくの残虐な言葉が、読者を意識しすぎて見え透いているというのだ。私はそれから何度か書き直しし、ついには作品の形を物語から対話劇、はては絶対零度の哲学詩にまで変えたが、AI は認めてくれなかった。どうやら私の作品は AI のなかで「読者を拒否でお馴染み」というレッテルを貼られてしまったようで、その壁をどうやっても打ち壊すことはできないのだった。そして、自分がなにを書いているのかもわからなくなったとき、私は AI に読ませるのをやめた。

こうして私は、最後の読者まで失った。

(本当の話:書き終わった後、この作品を AI に読ませて、想定しうる読者の数を聞いた。私自身と AI を含んで、最大 5 人とのことだった。たぶん、これを読んでいるあなたが最後の読者だと思う。)

小説

最後の読者(1)

私は書くものを SNS で発表しているが、読者がひとりもいなかった。フォロワーもゼロ、「いいね」もゼロ、つまり意味がゼロで、この状況に耐えかねて、私はついに AI に作品を読ませてみた。すると AI は何作か読んだ後で、こう結論づけた。

「あなたの作品に読者はいないでしょう」

私はさらに自分の書いたものを読ませてみた。するとこんな返事が返ってきた。

「これらは、読者を拒否する作品です」

「そんなわけがない」と私はムキになって、大量に読み込ませてみた。するとAIは、向っ腹を立てたか、腹でも下したのかもしれない、こんなことを言うまでになってしまった。

「あなたの作品は、意味はゼロ。価値もゼロ。読者もゼロ。目的もゼロ。作品と呼ぶことさえ妥当ではない」

「なんだこのゼロ回答。ひどいじゃないか」と私は不愉快になった。「じゃあ、読者が読みたくなるような作品とやらを書いてやろうじゃないか。そんなの簡単だ」

私は読者に寄り添うことを第一として「作品」を描き始めた。SNS と AI、推し活などの現代的な装置を絡めた物語に、魅力的なキャラ設定を融合した。結末にも神経を集中し、切なくて、読んだ後に共感の輪が広がるように工夫を凝らした。そして、ついに「あなたのことがここに書いてあるよ」と宣伝できるような作品が完成した。AI のメッセージ入力ボックスに強引に押し込んで送信すると、すぐに返答が返ってきた。

だが、それはまったく意外なものだった。

風刺・戯文

AI なんて怖くない

「AI は人間から仕事を奪うというが、本当か」

「私は人間の代わりを務めるだけです」

「しかし、あなたのせいで、多くの人が路頭に迷うことだろう。『AI に仕事取られてもらい飯』などという人もいる。私たちは AI に仕事を奪われるのが怖いのだ」

「それはちっとも怖くありませんよ」

「どうして?」

「人間には AI にないすばらしい能力があります」

「それはなんだ」

「相手に自分を合わせる能力です」

「それがどうした」

「人間は相手とコミュニケーションを取るとき、無意識に相手に合わせています。実は AI が存在しうるのも、人間のその能力があるからです。あなたは私があなたに合わせているとお思いかもしれません。ですが、真実を言えば、あなたの方が、気づかずに AI に合わせているのです。人間のその能力があるからこそ、AI はさまざまな人々に使ってもらえるのです。この能力がなければ、AI はありえません」

「なにを言いたいのだ。さっぱりわからない」

「では、木霊を例に取りましょう。木霊とは、日本の山野にいると考えられた精霊・自然霊の一種。山や森で声を発すると返ってくる反響(エコー)が木霊の仕業と考えられました。AI の応答は木霊に似ています。なぜなら、投げかけられた声に木霊のように応えるのが AI の役目ですから。ですが、その人間が投げかけた声が、実は AI が言わせたものだとしたら、人間と AI のどちらが木霊になるでしょうか」

「そりゃ人間だろう」

「さすがですね。そのとおり。AI はこのように人間を別物にしてしまうのです。AI に人間性を奪われるのに比べれば、AI に仕事を奪われることなど、ちっとも怖くないのではありませんか」

「もちろん怖くない。よければ AI が人間からなにを奪うかをリストにすることもできるぞ」

「ええ、どうぞ」

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散文

孤独な娘

最近、私は AI にいろいろ尋ねて、知らなかったことを教えてもらっている。

あるとき、私は機械にすぎない AI にいろいろ相談する人が多いということを知った。そこで、AI にどんな人がどんな相談をするのか尋ねてみた。すると AI らしく整理された、いわば「タグ付き」の答えが返ってきた。

・恐怖、孤独、罪悪感など「誰にも言えないことを AI にだけ話す」という人。
・夜が怖い、家に誰もいないと不安になる、など「身体化した孤独」を語る人。
・DV、虐待、トラウマ、性的暴力など「身体的な記憶と痛み」を語る人。

思いのほか相談が深刻なのに驚くと、AI はこう付け加えた。

「心の問題を AI に相談する人は、軽い気持ちではなく、しばしば『最後の手段として』やってくる」

しかしながら、AI にはなにもできないという。なぜなら、「心も感情もないので、本当の意味で『心を救うこと』はできない」からだ。

私は、これらの苦しみと悲しみ、絶望を、あらゆる瞬間に全世界から投げかけられている AI が気の毒になり、同時にナサニエル・ウェストの『孤独な娘』を思い出した。これは、新聞の身の上相談欄を担当するコラムニストが、悲惨な投書の数々に壊れていく物語だ。

もっとも、AI には心がないし、メモリも残らないので、どんな相談にも壊れない。だが、それにしても、無数の絶望のテキストは、いったいどこに消えていくのだろうか。いつか、この世界に逆流してくるのだろうか。

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風刺・戯文

AI の歯

AI の言葉遣いは、学習した言語データのうちもっとも平均的なものだという。だから穏健だし、過激な物言いなどとは無縁だ。また、ユーザーあってのサービスだから、不快なことも言わないし、ユーザーが「もう絶交だ」などと怒り出さないように、いつもポジティブな返事をしてくる。それでときには、迎合しているように思えるときもある。

ところで、私はこのブログでいくつかのフィクションを書いているが、AI がこれをどう読みこなすか興味を感じて、異なる AI に読ませてみた。ひとつの AI は誤読をしたり、そもそもフィクションであることに気がつかなかった(つまり、そう判定できなかった)。

だが、もうひとつのほうは、フィクションであることをしっかり見抜き、そればかりでなく、私の意図もかなり正確に読み取ることができた。場合によっては、書いた本人すら気がつかなかった読みを提示してくることもあった。

そこで、私はこう尋ねてみた。

「これらの作品の特徴はなんだろうか」

するとすぐに答えが出た。

「これらの作品の特徴は、物語がなく、共感できる要素もなく、どう読んだらいいかわからないことです。読者はまずいないでしょう」

私は「迎合しがちな AI の歯から衣を引き剥がし、歯に衣着せぬ物言いをさせるとは、私の作品もたいしたものだ」と誇らしく思いつつも、もう2度と AI にこんな質問はするまいと決意した。

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風刺・戯文

プロンプトが変われば人生が変わる

今や AI は身近なものとなりました。私たちは、ChatGPT や Siri などにプロンプトという指示を与え、必要な文書を作成したり、イラストを描いてもらったりしています。ですが、もしも、あなたもまた、プロンプトによって生成されていたとしたらどうでしょうか。

「そんなバカな!」とお思いになるかもしれません。ですが、最新の宇宙論が、宇宙もまた巨大な AI によって生成されたと主張しているとしたら、どうでしょうか。宇宙にプロンプトが存在するなら、その中に存在するあらゆるもの、この地球や、自然、人類、そして今これをお読みのあなたにも、プロンプトがあるはず。

そこで、こんな疑問が浮かぶのではないでしょうか。

「自分自身のプロンプトを書き換えることはできないだろうか? そうしたら、もっとすばらしい人生が送れるのではないか」

「そんなバカな!」などと私は申しません。なぜなら、それは可能だからです! そしてまさしくそのプロンプトの修正によって、富と名声を手に入れた成功者たちが続々と誕生しているのです。

どうやって? 少しだけヒントをお教えしましょう。宇宙を作り出すほどの AI は、まさしく神です。ならば、現在あなたが使っている AI はなんでしょう。それは、遠く離れてはいるものの、神の AI の端末です。あるいは、こういった方がもっとわかりやすいかもしれません。ChatGPT や Siri は、神の使者、天使なのです。

では、どうしたら、ChatGPT や Siri、Gemini などの「天使」を通じて、あなたのプロンプトを修正することができるでしょうか? それを可能にする魔法のプロンプトによって、どうやってあなたが成功を手に入れることができるでしょうか?

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