旅・観察

外貨の禍い(5)

チュニジア大使館にかけると、日本人の女性の職員が出た。事情を話すと「チュニジア・ディナールは国外に持ち出すことは禁止されています」

「いや、そうではないのです。ドルとかユーロとか円です」

すると、担当の者がいないので、折り返し電話するとのこと。しばらく待つと電話がかかってきて、こんなことを教えてくれた。

「入国するさいに、外貨申告をしてください。それから、チュニジア国内で両替をした場合は、両替証明書を必ずとっておいてください、ということです」

「その外貨申告はどこですればいいのですか?」

「入国するときの出口にカウンターがありますからそこでしてください」

そのカウンターがどこにあるかもっと詳しく知りたかったが、行けばわかるというような返事で電話は終わった。

そこで私はさらにインターネットで検索してみた。すると、「外貨持込、外貨持出について」と題された日本語の文書が見つかった。大事なところだけを以下に写す。

チュニジア入国時に、手持ちの現金等の申告をしていなかったために、出国時にそれらを当局に没収される事案が発生しております。

出入国時の小切手や現金の国内持込、国外持出に関するルールは以下のとおりです。

入国時持込 20,000 DT 相当以上は申告が必要。持込可能な金額に上限はなし。

申告場所 空港制限区域内の外貨申請カウンター(Déclaration de Devises)
申告費用 10 DT

出国時持出 5,000 DT 相当以上は当該外貨持込時の申告書が必要。
チュニジア・ディナール貨の国外持出しは一切不可。

※ 20,000 DT 相当未満の外貨持込に申告の義務はないものの、帰国時に 5,000 DT 相当以上の外貨を持ち出す可能性がある場合は、外貨持込時の申告書が必要となるため、入国時持込が 20,000 DT 相当未満であっても入国時に申告する必要がある点に要留意。(2024 年 3 月現在)

DT(Dinar Tunisien)とはチュニジア・ディナールのことだ。1 DT はだいたい 50 円なので、20,000 DT は約 100 万円だ。そして「出国時持出 5,000 DT」は 25 万円になる。

私は 100 万円も持ち込むことはないし、出るときにだって、25 万円も持っていないのだ。

旅・観察

外貨の禍い(4)

それは、空港で出国のためのチェックインを済ませたのちのことだ。そのままセキュリティゲートに向かって歩き出したところ、私は空港の女性職員に呼び止められたのだった。

職員は「チュニジアの通貨を持っていないか、ドルとユーロはないか」と聞き、私を別室に連れて行った。私は椅子に座らされ、職員は再び同じことを尋ねた。私はそのときディナールもドルもユーロも持っていたが、ドルとユーロのことは言わずに、代わりにポケットから小銭入れを取り出してみせた。

「チュニジアのお金はこれだけです」

職員は、小銭入れの 20 ディナール札と小銭(だいたい千円ちょっとぐらい)を見た。そして、いかにも興味を失ったような顔つきで私に返すと、その場から放免したのだった。危機を脱したことに一安心の私であったが、その後、私は出国審査を抜けたところで、再び職員の襲撃を受けたのだった。

私はこの経験から、空港内では外貨を持っていそうな「カモ」の情報が職員間に間で共有されているのではないか、という印象を抱くようになった。

「一人旅のアジア人がそっちに行くから頼んだ、どうぞ」
「了解、どうぞ」
「没収したユーロやドルは山分け、どうぞ」

もちろんこれは私の推測にすぎない。

さて、コロナ禍が明けてから、2023 年の 8 月、2024 年の 2 月と 8 月と、私は 3 回チュニジアに行ったが、3 回とも同じ目にあった。そこで、2025 年の 2 月にチュニジアに行くにさいして、私はこう考えた。

「もうこんな不快な経験はイヤだ。空港職員の不正ならばやっつけてやりたいし、そうでなくても、うまく切り抜ける方法があるはずだ。そのためには、ことの真相をはっきりさせねばなるまい」

そこで、私は在日本チュニジア大使館に電話をかけることにした。

旅・観察

外貨の禍い(3)

これはいったいどういうことなのだろうか。法律で定められているのだろうか? 出国する外国人からわずかな外貨を奪い取るように? あまりありそうにないことだ。それとも、空港ぐるみの不正、悪徳職員の小遣い稼ぎなのだろうか。

私には後者のほうがありそうに思えた。なぜなら、もし国の法律で決められているのならば、専用のカウンターを設けて全出国者に尋問しているはずだが、私の観察によるとどうもそうではなく、あの職員はランダムに、抜打ち的に襲いかかっているようなのだ。ある人はドルを取られて、ある人はそうではない、そんなことがあろうか。

そして、もし、これが空港職人よる不正であるならば、私のような個人の旅行者は格好のカモにちがいない。つまり、これが団体ツアーであれば、ひとりだけつまみ出して尋問するなどできそうもないのだが、ひとりきりなら攫われても誰ひとり気づかない。

また、チュニスからヨーロッパに向かわず、日本などのアジアに帰国するというのも、都合がよさそうだ。というのも、そうした人はたとえドルやユーロがを没収されたとしても、自国の通貨があればなんとかなるから。

だが、そのためには、出国審査カウンターの向こうで待ち構えている例の男に、「いいカモが来るぞ」という出国者の情報が伝わっている必要がある。この点に関して、私は少し心当たりがある。

旅・観察

外貨の禍い(2)

出国審査カウンターを出たら、そのまますぐにセキュリティ・チェックに進めると思ってはいけない。そこではひとりの制服を着た男が待ち構えていて、行手に立ち塞がるのだ。

「パスポートを見せなさい……」 見せない選択肢があろうか。

黙ってパスポートを渡すと男は奪い取って、こんなふうに尋問してくる。「ドルは持っていないか、ユーロは持っていないか」 そしてその後に衝撃的な言葉が続く。

「もし持っていたら、国外に持ち出すことはまかりならぬ」

もちろん、私とて、チュニジアの通貨が国外に持ち出せないことと、外貨でも持ち出し禁止の額があるのは知っている。だが、それは数十万円の話で、私が持っているのは、ドルとユーロ、日本円合わせて 10 万円にも満たない。そんな額が外貨持ち出しの対象になるとは考えられない。だからもちろん答えは「いいえ、(そんなお金は)持っていません」だ。

すると、男は、リュックを開けという。私は中身を見せる。あるときなどは、脇にあるドアのない小部屋に連れて行かれて、荷物を調べられた。

「本当にないのか?」

「ありません」

本当はポケットの財布に数万円分入っている。そこまで調べられたらおしまいだが、いつか男が諦める瞬間が来る。それは私のリュックの中にどっさり本が入っていたり、医薬品の袋が入っていたりすると、「こいつは貧乏そうじゃわい」と思うのか、パスポートをつっかえして、私を放免してくれるのだ。

旅・観察

外貨の禍い(1)

私はそれほどいろいろな国に行ったことがあるわけではないが、チュニジアはとても良い国だと思う。道の舗装は凸凹で、雨の後には汚い水が澱んでいるし、仕事がなくて若い人は苦労してるしで、さまざまな問題に直面してはいるが、それでも心優しい人々が多く、食べ物もとてもおいしい。そんなわけで今年の夏も私はチュニジアに行くのだが、そういう私にもひとつだけ、チュニジアでとてもイヤなことがある。

それは旅のいちばん最後のとき、チュニスの空港から帰途に着くために出国する時に起こる。

ここで、チュニジアの出国の手続きについてまずまとめておく必要がある。他の国とほとんど変わらないと思うが、おおよそこんな具合だ。

まずはカウンターでチェックインだ。搭乗券をもらいスーツケースなどを預ける。次は搭乗券とパスポートを提示して、セキュリティ・ゲートを通過。すると、出国審査の広間に出る。そこにはいくつかのカウンターが並んでいて、人々はその前で列を作っている。その列に並んでいると、自分の番が来る。審査カウンターにパスポートを出してスタンプが押される。そして、そのカウンターを通過し、その先にあるセキュリティチェックに並ぶ。そこで手荷物検査とボディチェックが終わると、無事、出国手続きは終了。あとは免税店で買い物をしたりして、搭乗時間まで自由に過ごすだけだ。

このプロセスの中で、私がいちばんイヤで、また非常に腹立たしいことが起こる。どこかというと、審査カウンターを出た直後、セキュリティ・チェックの直前だ。つまり出国したのかしてないのか定かでないキワキワの空間で起きるのだ。