苦い文学

名誉ある町民

JR念浜線の黒鍬駅は、黒見町と鍬池町の間にある駅で、無人駅ではないが、一日平均乗車客数が500人前後の小さな駅だ。

駅舎も小さく、駅員の勤める場所と待合室があるきりだ。駅舎の正面にはベンチがあり、高校生がよくたむろしている。

そして、そこにどこからかホームレスの男が現れた。

日中はベンチの近くで隠れるようにじっとしていて、夜になるとベンチに横になって寝るのだった。

「ホームレスがやってきた」との噂はたちまち町中に広がった。人々はさっそく駅に押し寄せて遠巻きにした。そして「なんとあれが話に聞くホームレス」と驚くやら、「こんな田舎にはて」と顔を見合わせるやら。拝みだす者もでる始末だ。

やがて、群衆の中から、ひとりの恰幅のいい男が歩み出て、ホームレスに話しかけた。

「私は黒見町の町長です。町民一同の感激をお伝えしに来ました。なぜなら、あなたがここに来てくれたおかげで、町がいっそう都会に近づいたからです。ぜひ我が町の発展に貢献した人物として名誉町民となってほしい……」

と、そのとき待ったをかけたのが鍬池町の町長だ。この町長もホームレスを新たな町民として歓迎しようと勇んでやってきたのだった。

たちまち黒見町と鍬池町とで、ホームレスの奪い合いが始まった。

こんな騒動があってから十数年が経った。黒見町と鍬池町は合併して黒鍬町となり、かつてのホームレスはいま初代町長として忙しい日々を送っている。

苦い文学

池袋の廃虚

2020年の冬、私は池袋のとあるビルの一室で日本語の授業を担当していた。

そのビルのいくつかのフロアを学校が借りて「校舎」としていたのだった。

当時、文科省は対面教育を推し進めるべし、という方針を打ち出していた。これに応じて、学校はハイブリッドで授業を行うことを決定した。

私は週に2回そのビルで、ハイブリッド授業を行うことになった。だが、なんというハイブリッドであったろうか。ハイブリッド成分がまったくなかったのだ。つまり、すべての留学生がオンラインを選んだのである。

しかも、その「校舎」は教室だけだったから、職員もいなかった。どうやら、その「校舎」には私以外には誰もいないようなのだった。つねにひとりぼっちだった。

たとえばこんな具合だ。

2限はそのビルの7階のA教室で授業だ。授業が終わると私は教室でひとり弁当を食べる。そして、同じ教室で3限が始まる。これが終わると私は9階のA教室に移動する。4限は授業がないので、広い教室でひとりのんびりする。そして5限の授業を行う。

この間、私は誰にも会うことはなかった。学生はもちろん、ほかの教員にも会わなかった。

ただ、別の校舎にいる教務課の職員が必ず見回りに来た。彼らは授業中に教室の外の薄暗い通路に現れて、ドアのガラス窓から覗く。そして、私がサボっていないことを確認すると去っていった。

こんなことを繰り返していると、私は世界がもうとっくに滅びてしまったような気がしてきた。

私はロボットで、人類が死に絶えた世界で昔のプログラムを遂行しつづけているのだ。廃虚のビルを上がったり下がったりして、すでに意味の失われた行為を繰り返す。変化といえば、ときどき物言わぬ監視ドローンがやってくるだけ。あっという間に数百年が経つ……。

だが、ある日、ドローンに追われた少女が教室に逃げ込んでくる。これがきっかけとなって、謎に満ちた世界をめぐる冒険の幕が開くのだ。

苦い文学

おじさんの反日プロパガンダ

子育てにおける絵本の読み聞かせの重要性はいくら強調してもしたりないが、それでも注意すべきことがある。

それはどんな絵本でもこどもの心の発達に有益だとは限らないということである。いや、有害ですらあることもあるのだ。ことにその絵本が反日的である場合には。

私が言っているのは『おじさんのかさ』のことだ。

物語は単純そのものだ。

主人公である「おじさん」は傘を大切にしていて雨の日にも傘を使わないのだ。だが、こどもの歌を聞いて楽しくなって傘を差してしまう……そんな物語だ。

結構な物語だ、ほほ笑ましい物語だ。ものは温存せず、人と一緒に使ってこそ意味がある、そんなメッセージを読み取る人もいるだろう。

だが、どうだろうか、もしこの「かさ」の意味するものが領土だとしたら?

もし、おじさん首相が、我が国の領土を大切に守らずに、どうぞ一緒に入りましょうとばかりに、韓国、中国、ロシアに差し出すとしたら、あなたは同じようにほほ笑んでいられるだろうか?

こどもに亡国精神を植え付け、我が国の国益を脅かす、この憎むべき反日プロパガンダの存在を知った今、皆さんはもはや、こどもにこの絵本を読み聞かせることなどできないのではあるまいか。

「あめがふったらピッチャンチャン」などとノンキに歌っていることなどできないのではあるまいか。

苦い文学

お化けの世界

彼はもともと影の薄い人間だ。飲食店に入ってもお店の人に気づかれないので、仕方なしにそのまま立ち去ることもあるくらいだ。なんだかお化けのようなのだ。

彼は今どこかに勤めているわけではなかった。会社もなければ仕事もない。これは生物的には生きているが社会的には死んでいるような状態だ。なので、彼はますますお化けに近づいてきている。

実際、私の見るところ、彼とお化けの共通点は多かった。影が薄いことと、いるかいないか分からないということはすでに述べた。

他にもある。いつも同じ場所にいるというのもそのひとつだ。見える人には見えるというのもある。ある種の霊感がなければ、彼を知覚することはできないようなのだ。

しかし、申し添えておきたいのは、彼もまた自分がお化けのような気がしているということだ。むしろ、積極的にお化けとして生きようとしている気配すらある。

朝は寝床でグーグーグーだし、学校も試験もなんにもない。そして、昼はのんびりお散歩だ。

ますますお化けに磨きがかかってきたのか、彼は、夜の墓場を会場として、運動会を開催しようと考えるまでになった。準備に取りかかると案外忙しい。なので、手伝ってくれる仲間を募っているそうだ。

私も手を上げようかと考えている。

苦い文学

働く車

私が車の免許を取ったのはそれほど昔のことではなく、それまでは車のことなどまったく興味がなかった。知っている車の名前といえば、昔CMで見たホンダ・シティと、カエルみたいなポルシェと、ルパンに出てくるフィアットぐらいだった。

そんな無知な時代、私はあるビルマ人と茨城の牛久入管に面会に行った。そのビルマ人はドイツで難民認定された人で、ある用事があって日本に短期滞在していた。

牛久の入管は牛久駅からずいぶん離れているので、タクシーか車でないと行けない。なので、入管の敷地には駐車場があり、職員や面会に来る人の車が停められている。

よく覚えていないが、面会の後、入管の外でタクシーを待っていた時だったかもしれない。彼が停車している車を見て私に英語で尋ねてきた。

「日本の車を見ていると、黄色いナンバープレートの車とそうでないものがあるが、この違いはなんなのか」

私は少し考えて答えた。

「黄色いのは仕事に使っている車だ」

今もなお目を閉じれば浮かんでくるのは、明らかに納得していない彼の顔だ……。

苦い文学

吉田さんの挑戦

「昔は、よく見かけたものです」と吉田一郎さん(56)は、山の斜面にある石を持ち上げた。

「こういうところにたくさんいたものですが、今は姿を見ることすら難しくなりました」とさびしそうに笑う。

吉田一郎さんが皇族の再生に取り組んで10年になる。関心を持ったのは、女系天皇の議論をテレビで見てからだ。

「皇族がいなくなるなんて思いも寄りませんでしたよ。これでは国体の護持ができないと、いてもたってもいられなくなりました」

とはいえ、皇族をどうやって繁殖させたらいいかも知らなかった吉田さん、はじめは試行錯誤の連続だった。

「うっかり宮内庁を放置したせいで、あわや全滅ということもありました。宮内庁は軟らかすぎてもダメ、硬すぎてもダメ、その按配が難しいんです」

苦労のかいあって、吉田さんの手がけた宮家は順調に増えつづけている。

「もっと皇族が身近に感じられる時代が来たら」と目を輝かせる。

吉田さんの皇族が私たちの食卓に上る日もそう遠い未来ではなさそうだ。

苦い文学

当惑

入管の手続きで、難民は身元保証人が必要になることがある。この身元保証人の要件には3つのタイプがある。ひとつは住所と名前だけで済む場合、もうひとつはさらに住民票や納税証明書や銀行の残高証明(通帳のコピー)が必要な場合、そして3つ目は在職証明書もまた必須の場合だ。

私は入管関係の書類で身元保証人を頼まれた場合、基本的には断らない。だが、現在は仕事がないので3つ目のタイプの保証は引き受けることができない。

この第3のタイプは、特定活動ビザの人が定住者ビザに変更したい場合や、定住者ビザの人が永住者ビザに変更したい場合に多いようだ。なお、第1のタイプは、在留期間延長届などの場合、第2のタイプは入管被収容者の仮放免許可申請の場合だ(ただし、入管のやることはいつも変わるので、これも変わりうる)。

ある知人のビルマ難民が、弁護士と相談してなにかの申請の準備を進めていた。それで身元保証人が必要になった。

その人は私を思い出し、連絡してきた。身元保証人のために準備すべき書類を教えてもらうと、在職証明書も含まれていた。

「できない」というと、その人は日本語が十分理解できなかったのか、弁護士に直接伝えてほしい、と頼んできた。

私のことなど知りもしない弁護士先生にいきなり電話して「申し訳ないですが、できません」と言えというのだ。

「ゴメンね、君の彼氏にはなれないよ……」と見知らぬ男から告白された女性ぐらい弁護士を当惑させるのは間違いないので、私は断った。

苦い文学

おじさんのプロパガンダ

子育てにおける絵本の読み聞かせの重要性はいくら強調してもしたりないが、それでも注意すべきことがある。

それはどんな絵本でもこどもの心の発達に有益だとは限らないということである。いや、有害ですらあることもあるのだ。ことにその絵本が闇の勢力のプロパガンダである場合には。

私が言っているのは『おじさんのかさ』のことだ。

私はかねてから、この世には傘屋による秘密結社が存在し、天候を操作することによって人類を傘の奴隷(SLAVE)とする恐ろしい計画が秘密裏に進行していることを指摘し、世界に警鐘を鳴らしてきた。

では『おじさんのかさ』を紐解いてみよう。

あなたは驚くはずだ。傘を差さないおじさんが、まるでケチで冷血な負け犬のように描かれていることに。雨をよけようと、おじさんが他人の傘の中に入る絵を見てほしい(p.7)。まるで寄生虫扱いではないか!

そうなのだ、連中は、もっとも無邪気であどけない絵本を道具(TOOL)として、いとけないこどもたちに、「よい人間は傘をためらわず使う」という邪悪な概念を植え付けようとしているのだ。

これこそ、連中の思う壷だ。なぜなら、我々が傘を使えば使うほど、つまり消費すればするほど、連中の我々に対する支配(DOMINION)は強固なものとなっていくのだから。

この恐るべき真実、どのマスコミも決して報じない真実を知った今、皆さんはもはや、こどもにこの邪悪な書物を読んで聞かせるなどということは決してできないのではあるまいか。

「あめがふったらポンポロロン(PONPORORON)」などとノンキに歌っていることなどできないのではあるまいか。

苦い文学

その場しのぎ

日本政府が去年の夏出した「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」というのは、ビルマ情勢の悪化のため日本での在留を希望するミャンマー人に積極的に在留と就労を認める、というものだ。

この措置は、難民認定申請者もまた対象としている。申請者のうちには、不法滞在の状態から難民申請した者もいるが、こうした人にも、特定活動ビザが出るようになった。

ただし、制限がないわけではない。6か月ごとに更新しなくてはならず、また週28時間以上は働けない。それでも、入管に収容される恐れなしに生活できるというのは大事なことだ。

ただし、この措置には問題がないわけではない。

最近のことだが、在留を希望するビルマ人難民申請者に、入管が、この緊急避難措置にもかかわらず、在留許可を出さないケースがあるのを知った。

その人は事情があって働けないのだ。

つまり、この特定活動ビザは、就労できることが前提となっているといえなくもない。

これは、働けない人は緊急避難措置の対象とはならないということだ。そういう人は、強制送還されて、危険に直面することとなる。

働くことができようとできまいと難民は難民だ。難民保護の基準が仕事ができるかできないかであってはいけない。

もしかしたら、緊急避難措置というのは、入管が難民問題に直面することを避けるためのその場しのぎの措置、つまり入管にとっての緊急避難措置でないかという気もするのだ。

苦い文学

あるストラテジー

ビルマ人の夫婦がいた。二人とも難民申請していたが、夫のほうの在留が認められたので、妻のほうは申請を取り下げて配偶者として定住者ビザを取った。

しばらくして、夫が亡くなった。そして、彼女のビザの更新時期が来た。彼女が更新を希望すると、入管から「夫が死亡したにもかかわらず、日本にあなたが在留する理由を書いてください」という通知が来た。

彼女はある程度日本語ができるので、自分で理由書を書き、私にチェックしてほしいといって送ってきた。

日本にしっかりとした生活基盤があることと、定住者ビザから永住者ビザに変更したいということが書かれていた。しかし、私には「難民なので今のビルマには帰れません」ということも書いたほうがよいように思われた。そこで、そう指摘したら、彼女はこう答えた。

「そうすると、特別活動ビザにされてしまうかもしれないから、あえて書かないほうがいい、と他のビルマ人に言われました」

この言葉を理解するには、昨年の夏に出された「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」について知っていなくてはならない。

これは、政情不安から帰国できずにいるビルマ人に在留や就労を認める「特定活動ビザ」を積極的に出すという措置だ。

定住者ビザを持っている彼女にとって、特定活動ビザは「格下の」ビザだ。なので「難民」の理由を加えることで、「緊急避難措置」の対象とされてしまうかもしれないと心配したのである。

私はなるほどそういう考えもあるかと思い、理由書の修正を強くは勧めなかったのだった。

そして、結果が出た。

在留を認めないので帰国しなさい、というものだった。

難民の理由も書いていたら、定住者ビザが出ていたかもしれないし、あるいは、結果は変わらなかったかもしれない。だが、少なくとも特定活動ビザは出ていただろうと、私は推測するのだ。