苦い文学

浮気調査

探偵の依頼の大部分は浮気調査だが、この浮気調査には2つの種類がある。

ひとつは、自分の配偶者なり恋人なりが浮気をしているのかどうか調べてもらう浮気調査。

もうひとつは、自分がバレずに浮気できるかどうか調べてもらう浮気調査だ。これは浮気適性調査とでも言ったらよいだろう。

こうした依頼の根底にある考えは、浮気を明るみに出すのに長けているのならば、浮気を隠す方法も熟知しているに違いない、というものだ。つまり、善に強きは悪にも強し、というわけだ。

この後者の調査においては、探偵は依頼者を一定の期間尾行し、その素行を調査する。その後、依頼者は探偵から調査結果を聞くことになる。

「ええと、浮気適性は4段階評価のうちD評価になります。職場から家まで、脇目も振らず早足で帰るようではいけませんね……」

しかし、適性がないからといって簡単に諦められるものではないのが浮気だ。そうした場合、探偵は依頼者に「浮気能力検定試験」の受験を勧める。

「これに合格すれば、まったくバレずに浮気する実力が身につきます。決してバレないのですから、ある意味、堂々と浮気ができるのです」

「受けない」などといえようか。たちまち依頼者は受験者へと転ずるのである。

しかし、この試験に合格するには広範囲の知識を身につけなくてはならない(民法・刑法はもちろんのこと、心理学、経済学、地政学、文化、文化、文化など)。難易度から言うと、司法試験と司法書士試験の間ぐらいだ。

だから、必死になって、それこそ寝食を忘れて勉強しないと合格はおぼつかない。そんなわけだから、難関をくぐり抜けて、合格した時の喜びはひとしおだ。なにしろ、これで晴れて浮気ができるのだ。

合格者には立派な合格証書が送付される。あまりにうれしくて、たいていの人は額縁に入れてリビングに飾ってしまう。そのあとに何が起きるかはいうまでもなかろう。

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泥酔者を救え!

酔っ払って路上で寝てしまった人が車に轢かれる痛ましい事故が相次ぎ、心を痛めた大富豪は、財団の研究員たちに対策を練るように命じた。

研究員たちは完成するまでは飲み会を開かぬ覚悟でつらい研究に打ち込み、数ヶ月後、大富豪のもとに小瓶を持ってやってきた。

「飲み会の前に、これを飲めば、不幸な事故はなくなります」

大富豪はなんでも自分が一番でないと気が済まなかったから、誰よりも先にその小瓶の中の液体を飲み干した。そして、研究員たちを率いて夜の街へと繰り出した。

もっとも、酒を飲んだのは大富豪だけだった。研究員たちは完成後に自分たちだけで心置きなく打ち上げを開こうと計画していたのだった。だから彼らは、ハイのほうではないウーロン茶、ジャスミン茶、トウモロコシ茶などで喉を潤しながら、次第に進行していく大富豪の酔いの観察に徹していた。

大富豪は、しこたま飲み、しこたま歌い、しこたまクダを巻いたのち、ばたりとテーブルに突っ伏した。

「いまだ」

研究員たちは大富豪を取り囲むと、手足を持ち上げて、店から幹線道路に運び出した。そして、大富豪を路肩に転がすと、遠巻きになって観察を続けた。

そこに車がやってきた。寝ている大富豪に気が付かないのか、車は減速もせずに接近した。轢かれる、と思ったその瞬間、大富豪がさっと寝返りを打った。

研究員たちは歓声を上げた。車は大富豪の脇を通り過ぎていった。だが、寝返りのせいで大富豪はいまや道の中央に横たわっていた。「本番はこれからだ」と研究員たちは緊張した。

そのとき、別の車が大富豪めがけて突進してきた。あわやと思われたその時、大富豪が寝たまま飛び上がり、車をやり過ごした。「飛んだ」と研究員たちは思わず手を叩いた。大富豪は走りくる無数の車を、まるで風に翻弄されるビニール袋のように巧みにかわしていく。研究員たちはその寝姿に大いに満足した。

やがて朝が来た。大富豪は目覚めると、自分が大きな道路の中央分離帯に倒れているのに気がついた。ふらふらと立ち上がる。全身に激痛が走った。

直ちに研究員たちが駆けつけた。

大富豪の衣服はほとんど擦り切れ、おまけに隠部も露出していた。彼は排気ガスで煤けた顔を研究員たちに向けた。そして、卒倒した。

研究完成の打ち上げにと研究員たちが楽しみにしていた飲み会は中止となった。

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プリン

先日、二人の人とお昼を食べた。

私にとっては二人は最近の知り合いだが、その二人どうしは長いつきあいのようだった。

三人で話していて、私の知らないある店の話題になった。どうやらシフォンケーキの店のことのようで、二人は行ったことがあるらしい。

その店は、シフォンケーキだけでなく、プリンも売っていた。二人がいうには、それには理由がある。つまり、シフォンケーキを作るには卵白が大量に必要だが、それでは黄身が余ってしまう。それで黄身を使うためにプリンも作っているのだという。

問題はそのプリンだ。「高いわりに、味は普通」なのだ。

二人の話を聞いていた私はこう口を挟もうとした。

「プリンを買う人なんてのは、高かろうが不味かろうが、なんでもいいんですよ。バカだから」

もちろん冗談だが、誤解されそうにも感じたので、結局言うのはやめた。

それから話題が移り、銭湯の話になった。

「この辺りにはいくつも銭湯がありますね」と私が言うと、一人が、最近、銭湯がひとつ潰れたことを教えてくれ、こうつけ加えた。

「その銭湯は、さっき話していたシフォンケーキの店の近くにある銭湯ですよ」

私はわかった。それは、私がプリンをよく買う店だった。

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ウェイトリフティング

この前の日曜日、私はウェイトリフティング大会に参加した。

入賞すると国際大会へのチャンスもある大きな大会だ。

私がエントリーしたのはもっとも下のクラスである「無職級」だ。もちろん自信はあったが、やはり日本の経済が厳しくなっているのか、私程度の人生の重荷を背負っている人などいくらでもいた。あえなく一回戦敗退という結果となった。

早々に脱落した私であったが、大会そのものは見応え十分だった。

痛ましい虐待、恨みに満ちた離婚、憤ろしい犯罪被害、重い病気、精神的苦しみ、不慮の災難、絶えざる憂愁、身に覚えのない債務、愛する者を奪われた悲しみと絶望……

競技場で選手たちがこれらのウェイトを必死の形相で持ち上げていく姿は、驚異でもあり、感動的でもあった。私たちはそれこそ我を忘れて応援の声援を送った。

特に見ものだったのは決勝戦。あらゆる絶望と悲嘆を持ち上げてきた二人の選手の一騎打ちとなったのだ。ウェイトに加えられたのは「難民」。相当の重量だ。

最初にチャレンジした選手はまったく歯が立たなかった。もう一人の選手がバーベルを握る。これに成功すれば優勝だ。全身に力を漲らせ、持ち上げようとする。ビクともしない。顔を歪める。真っ赤になる。

「ガンバレ、ニッポン! 挙げろ! 挙げろ!」 私たちは叫ぶ。

そのとき、バーベルが宙に浮き、一気に頭上にまで上がった! 優勝決定だ!

私たちはもう大興奮。「ありがとう! 勇気を、元気を、ありがとう!」 私たちは、この新たなヒーローの誕生に割れんばかりの拍手を捧げた……。

その後、この選手のドーピングが発覚した。

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未来の電車

久しぶりに田舎に帰ったら、電車の本数がひどく減っていた。

しかも車両も減っていた。昔は6両ぐらいあったと思うが、今はたったの2両だ。

私はこの短い電車に乗った。しばらくして、目的の駅に着いた。降りようとしてドアの前に立ったが、開かない。驚いたことに、ドアの開け閉めは、乗客がボタンでやる式になっていた。寒いところでよく見かけるやつだ。慌ててボタンを押す。こんなところに閉じ込められるのはごめんだ。

ついにドアの開閉にも手を抜くようになったのだ。外から見ると、電車には「ワンマン運転」と書いてあった。いばった男がいかにもやりそうなことだ、と思って運転室を見ると女性がいた。

私には未来が見える。これから日本の電車に何が起こるか、予言をしておこう。

まず、電車は1両になるだろう。その次は、運転手がいなくなる。乗客が運転するようになるのだ。

その乗客もどんどん少なくなっていく。

最後は、線路の上にトロッコが置いてあるだけになる(ただし、特急料金と指定席料金が必要)。

苦い文学

いじめはあった

以前、このブログで、教育委員会の仕事は「いじめはなかった」と言うことだ、と私は書いた。そしたら、それがどういう経路か教育委員会のお耳に入ったらしい。教育委員会からお呼びがかかった。

さっそく出向くと委員長が出てきてこう言った。「教育委員会では現在、いじめがあった、といえるような組織づくりを進めているのです。新しい私たちをぜひご覧にいれたくて」

委員長は私をまずある部屋に案内した。委員たちが椅子に座って大きな本を熱心に見つめている。見れば『ウォーリーをさがせ』のようだ。

「これはなんですか」と私。

「これは『いじめられているウォーリーをさがせ』です」

そのとき、絵本に没頭していた委員が「いじめがあった!」とうれしそうに叫んだ。

「まずは成功体験の積み重ねが大切なのです」

次に案内されたのは、ゲームセンターのような場所だ。数名の委員が銃を構えてシューティング・ゲームに興じていた。

「いじめを見つけるための動体視力を鍛える場です」

私は画面を見た。次々と出現する子どもたちを、委員は撃っていくのだった。

「いじめられている子どもだけを瞬時に見抜いて、愛の銃で撃ち抜くのです」

そのとき委員がミスをして、いまいましげに罵った。「くそっ、いじめがなかった!」

その次に私が連れて行かれたのは、いくつものモニターがある部屋だった。何人もの委員がモニターをじっと見つめているのだった。委員長は言った。

「ここにいるのは、訓練で 99.9% のいじめ発見率をマークした委員のみです。現在、地区内のすべての学校の監視カメラを通じて、いじめがないか、チェックしているのです」

モニターには校内のさまざまな地点が映し出されていた。私の目の前に座る委員は、体育館裏の草地のモニターを注視していた。

すると子どもたちが現れ、一人の子を叩いたり、持ち物を放り投げたりしだした。委員は即座に「いじめがあった!」と反応した。

私は感心した。「いや、すごいものですね」

「ええ、私たちはいじめを見逃さず、そのすべてを記録しています」と誇らしげに委員長は語った。「おかげで、子どもが自殺したら、ただちに『いじめがあった』と発表できるようになりました」

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覚醒する飛翔体(終)

議場で意識を失った出来事から数週間後、ドバイでの休暇を終えたバーシーが再び議場に現れたとき、すでに参集していた議員たちはみな呆気に取られた。いや、肩透かしを喰らったというほうが正確かもしれない。

かの勇猛なるバーシーの面影は今いずこ、そこにいたのは、影の薄い柔和な男なのだった。

彼は微笑みを浮かべ、周りの議員に丁寧に頭を下げながら自分の議席に座った。

やがて審議が始まった。彼は静かに議論を見守っているようにみえた。

だが、不意に信じがたいことが起きた。彼が目を閉じ、頭をがくりと落としたのだ。彼がとことん憎み、亡国のもとと糾弾した居眠り、その悪徳が今まさに彼を飲み込んだかのようであった。と同時に、議員たちは、他に二人の議員が寝息を立てているのにも気がついた。

議員たちの口から驚きの叫びが漏れた。テレビ中継を見守る国民たちも一斉に嘆きの声を上げた。マスゴミたちは「民主主義が睡魔に負けた日」と書き立てた。だがそれらのざわめきもバーシーらを起こすことはなかった……。

そのとき——

バーシーはリトル・ウィングとなって日本上空へと舞い上り、日本海へと急いでいた。

彼の左右にも二機のリトル・ウィングが展開していた。右翼には共産党の議員、左翼にはゴリゴリの保守議員。バーシーの精神体は思わず吹き出した。

「おいおい、どっちが右翼で左翼だい!」

二人の議員はくすくすと笑う。そのとき、バーシーの脳に埋め込まれたミサイル防衛システムが《それ》を捉えた。

「さあ、おいでなすった!」

三機のリトル・ウィングは凄まじい速度で散開すると、その間に飛び込んできた北朝鮮製の弾道ミサイルの動きを封じた。三議員の精神体の放つパワーに絡め取られたミサイルはたちまち日本海のEZZ外へと跳ね返された……。

それから——

笹木田美那のもとに資料が届けられた。

彼女は困惑しながらパラパラとめくったが、印付きの議員が一人増えたこと、そして、その欄に、飛翔体となって任務に当たった日付とおおよその経緯度が記されていたことに気づかずに、他の書類と一緒くたにしてしまった。

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覚醒する飛翔体(5)

かの勇猛なるバーシーは長い夢を見ていた。

漠として見定めがたい世界を彷徨っていたのだ。その世界で、彼は紫色の霧に包まれた一人の男に出会った。

男の肌は暗く、顔は険しかった。初めて会ったように思ったが、男は彼のことを知っていた。

「バーシー、待っていたぞ。君に預かっている曲があるんだ」

「なんの曲を?」とバーシーが聞き返すと、男は抱えていたエレキギターを弾いて歌い出した。

Hey Joe, where you goin’ with that gun of yours?
(ヘイ・ジョー、自分の銃を持ってどこに行くんだ)
Hey Joe, I said where you goin’ with that gun in your hand
(ヘイ・ジョー、自分の銃を持ってどこに行こうってんだ)

男はギターを激しく弾き鳴らしながら、歌い続けた。次第にバーシーの頭の中で何かが形作られていった。

「Hey Joe……Hey Joe……ヘイ・ジョー……ヘイジョー……へいじょう……へいじょう……平壌……平壌……」

男のギターから炎が生まれ出て、男を、世界を瞬く間に焼き尽くした……。

バーシーは目を覚ました。

彼は光に包まれた部屋に寝かされていた。白衣の男たちが忙しげに動いている。

体を動かそうとしたが、力が抜けてピクリともしなかった。助けを求めて声を出そうとしたが、舌が痺れていた。

男たちは黒い物体を持ち上げ、バーシーの頭を手で押さえた。バーシーの目が恐怖に見開かれる。そして、男たちがそれを被せた瞬間、バーシーの頭蓋骨の中で無数の光が爆発した……。

苦い文学

覚醒する飛翔体(4)

これらの議員が全員、北朝鮮のスパイだとしたら……だが、笹木田美那は即座にこの考えを打ち消した。

というのも、丸印のついているのは野党議員だけではなかった。与党の議員もいるのだった。しかも、タカ派もいればハト派もいた。彼女がひどく興味をそそられたのは、その中に、保守本流の長老の名前もあったことだ。つまり、まるで政治信条に共通点の見出せない集団だったのだ。

となると、偽情報の可能性も排除できない。もちろん、政界では裏切りは常に想定外だ。これは長い秘書生活で彼女が学んだことだったが、同時にその経験が彼女に「何か裏がある」とも告げていた……。

やがて、議員たちは議場に集まり、審議が始まった。彼女は丸角権蔵の背後に座りながら、「印つきの議員」たちに密かに目をやった。だが、そこにいかなる異変も見出すことはできなかった。

国会でのやかましい審議は続いていた。そのとき、笹木田美那のタブレットに不穏な情報が飛び込んできた。

《慈江道、舞坪里のミサイル基地で動きあり。発射の可能性高し。》

そして、この情報を丸角権蔵に耳打ちしようとタブレットから顔を上げたその瞬間、彼女は信じられぬものを目にした。

「印つきの議員」の一人がスッと眠りに落ちたのだ。彼女が見回すと、他の「印つきの議員」たちもすでに居眠りに入っていた。

彼女はハッと気がついた。あわてて例の極秘資料をめくる。

違う! これはスパイ密告の文書なんかじゃない。北朝鮮のミサイルの動向と、特定の議員が居眠りを始める時間が一致していることを明らかにしているのだ!

笹木田美那は、不気味な慄きに圧倒されながら、寝ている議員たちを見つめていた……。

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覚醒する飛翔体(3)

右翼の大物政治家、丸角権蔵の秘書、笹木田美那は、その朝、関連団体から上がってきた資料に困惑していた。バーシーが議会へ華々しく登場する数時間前のことだ。

情報を提供した団体は、表向きは北朝鮮の人権問題を扱っていたが、裏では北朝鮮のスパイとこれに内通する政府関係者の炙り出しを任務としていた。

だが、「極秘」と記されたその資料はなんとも不可解な代物だった。それは二つのファイルからなっていた。ひとつは「ここ1ヶ月の北朝鮮のミサイルの発射状況」と題されたものだった。もっとも、これはすでに公にされた情報で、機密でもなんでもなかった。

問題はもう一つのファイルだ。これが機密情報なのに違いなかったが、何を意味しているのか、彼女にはまったくわからなかった。

それは、全国会議員のリストだった。

ざっと目を通した彼女は、そのうちおよそ二〇人ほどの議員に丸印がつけられているのを確認した。これら印づけられた議員の横の欄には、日付と時間、奇妙な数字の羅列がいくつも記されていた。

これはいったい何を意味するのか? これらの議員がもし北朝鮮のスパイだとしたら……彼女は恐ろしさに身を震わせた。