苦い文学

非対面世界(4)

ここで彼は、代理出席業者を使っている学生に対してどのように臨むべきか、つまり、放置するか、追求するか、の二つの選択肢の間で迷うこととなった。

同僚の意見にしたがえば前者だ。これはいかにもおかしな意見のように思えるが、実のところ理にかなっている。少し長くなるが説明しよう。

まず、日本は少子化のためどの大学でも学生を集めるのに苦労している。

そのため、留学生、特に金払いのいい中国からの留学生を受け入れるのはどの大学にとってもメリットのあることだ。

しかし、すべての留学生が大学で学べるだけの能力があるわけではない。日本語は最低でも N2 が必要だし、基礎的な学力も重要だ。その結果、日本の大学に進学できる留学生というのはそれなりに絞られることになる。また、大学自体にも受け入れ能力に限度があり、通常は(まともな運営をしていれば)、手当たり次第に留学生を入学させるということにはならない。

だが、世の中には、まともでない大学もあるのだ。彼の働く大学のように、日本語がろくに話せなくても、どんどん留学生を受け入れてしまう大学が。その理由はもちろん金になるからだ。

だが、そもそも、なぜ日本語の能力に欠けた学生が日本の大学に入るなどということがありうるのか。これを理解するためには留学生の実態を知らなくてはならない。

苦い文学

非対面世界(3)

しかし、その謎はすぐに解けた。授業の後、研究室に戻る途中、たまたま出会った同僚にことの次第を語ると、こう言ったのだった。

「出席代行だよ。そういう業者がいるんだ」

「業者?」

「学生が金を払って、代わりに出席したり、レポートを書いたりしてくれる中国の業者がいるんだよ。こういうのは昔からいたが、オンラインになってから増えてきてる」

「それはひどいな」

「確かにそうだ。だが、事情がある。うちの大学に入る中国人のほとんどは、中国の競争社会で落ちこぼれた学生だ。そこで、親がせめて留学でもさせようっていうので、本人の意思とは関係がなく、日本に来たわけだ。だから、そもそも大学の講義になんかついていけるだけの実力もない。日本語だってろくに話せないだろ。じゃあ、どうしてそんな学生をうちの大学が受け入れるのか」

「ああ、金だ」

「そうだ。連中の親がとんでもなく金を持ってるからね」

「ただ、そういう業者がいて、留学生の親がなんでも金で解決するとしても、それにしてはずさんじゃないか。男と女が入れ替わるなんて」

「もちろん、他の大学じゃあ通用しない。オンラインで 100 人以上詰め込んで、儲けようとしている我が大学ならではだ」

「しかし、わかってしまったからには、そんな学生には単位はやれないな」

「そうだな。だがそれはキリがないぞ。他にもいるのだから、みんな F にしないと不公平だ」

「じゃあ、どうすりゃいい?」

「我々の仕事は学びたい学生に教えることだ。学びたくないヤツらに割く時間はない。それだけだ」

「それこそ不公平に思えるな」

この一言にイラついたのか、同僚はこう言って会話を打ち切った。

「だが、学校の都合というものがある。しかも我々はその金で食ってるんだ」

苦い文学

非対面世界(2)

あるとき、彼はひとりの学生をオンライン講義中に当てた。なかなかカメラをつけてくれなかったが、強く言うとやがて眼鏡をかけた女子学生の顔が現れた。教科書の一節を読ませると、かなりしっかりした発音で朗読した。

彼女が「検討を行った」を「けんとうをおこなった」とちゃんと読んだのにも、感心した。この学校の留学生たちときたら、彼が何度口をすっぱくして言っても「けんとうをいった」以外の読み方をせず、むしろこちらの方が正しいような気がしだしていたのだった。また「働く」を「うごく」とも言わなかったし、「強いの傾向」のように勝手に「の」を入れもしなかった。

彼は手元にある名簿を見て、この学生の名前のところに「女、日本語よくできる」とメモした。性別を記したのは、中国の慣習に疎い彼は、名前だけでは男女がわからないことがあるからで、学生を当てるたびに記録していたのだった。

次の講義で、再び学生を当てる必要が生じた。そのとき彼はとても疲れていて、ただでさえ聞き取りにくいのに、オンラインのためさらに聞き取りにくくなっている留学生の発音につきあう気にはなれなかった。そこで名簿を見て、「女、日本語よくできる」と記したあの彼女をもう一度当てることにした。

彼がその名を呼びかけると、返事が聞こえた。カメラをオンにするように求めると、すぐに顔が映し出された。そして、その顔を見て彼は目を疑った。

男子学生だった。

彼は名簿に目を戻し、「彼女」の名前を確認すると、もう一回、呼んでみた。すると、小さい画面の中の男子学生が「はい」と口を動かした。彼が朗読箇所を指定すると、若者はスラスラと、あの女子学生よりも上手に読んでみせた。

読み終わると男子学生はカメラを消し、元の黒い画面に戻った。彼はまるで狐につままれたような気分で、その日の講義を終えた。

苦い文学

非対面世界(1)

コロナ禍も出口が見え、多くの学校で対面授業が復活している中、彼の大学だけは非対面授業が継続していた。

いや、実のところ、対面と非対面が選択可能なハイブリッドだったのだが、教室に来る学生は一人もいないのだった。しかし、それでも彼は教室に行かねばならず、誰もいない教室で zoom の画面を見つめる日々だった。

学生たちはみな中国からの留学生だった。確信はなかったが、そのほとんどが中国にいるようだった。受講生として登録されているのは 120 人だったが、授業に割り当てられた教室は 60 人も入らなかっただろう。大学が非対面授業をやめないのは、このせいでもあった。つまり、現実のキャパを超えて留学生を増やすことができるのだった。そして、そのぶん大学は儲かるのだ。

120 人もいると、出席を取るのも大変だった。学生たちは常にカメラをオフにしていたから、顔もわからなかった。なんどつけるように言っても、学生たちは決してつけなかった。小さく分割された黒い画面に向かってひとり話し続ける、彼が行なっていたのはそんな授業だった。

もっとも、彼はときおり学生を指名して、教科書を読ませたりした。大学の方針で学生に発言させなければならなかったからだ。そんなとき彼は学生にカメラをつけるように要求した。

学生たちはあいかわらず拒絶したが、しつこく言うと、何人かはつけた。スクリーンの小さな四角の一つに光が宿り、学生の顔が映し出される。その顔は全体ではなく、あごとか頭のてっぺんとかのときもあったが、それでも、彼はなにか成し遂げたような気分、得体の知れない巨大な生き物をねじ伏せたような気分になった。

苦い文学

ワレワレ

ある語が「わたし、おれ」などといった話し手を指す場合、それは「1人称」であると言われる。

この1人称にはまた単数と複数の区別がある。つまり「わたし」と「われわれ」だ。英語なら「I」と「We」だ。

言語によっては、この1人称複数をさらに2つに区別する。ひとつは「聞き手を含むわれわれ」であり、これは包括形と呼ばれる。もうひとつは「聞き手を含まないわれわれ」であり、これは除外形と呼ばれる。

「われわれ」を包括形と除外形で区別する言語は少なくないという。調べると満州語などのツングース諸語、アイヌ語、ベトナム語などが出てくる。

日本語について考えてみると、「われわれ、わたしたち、おれたち」は包括的でも除外的でもありうるから、基本的にはこの区別はないといえる。しかし、「私ども」などのように、聞き手を含まない除外的な1人称複数もあることもまた知られている。

こんな知識は、トリビアルで、役に立たないものだと思う人もいるかもしれない。だが、それは大間違いだ。

私は来年は宇宙人がやってくる歴史的な年になるのではないかと予測しているが、この知識があれば地球にやってきた宇宙人の意図がすぐわかるのだ。

人類の前に姿を現した宇宙人はこう言うだろう。

「ワレワレハ宇宙人ダ」

もしこの「ワレワレ」が宇宙人語で包括形ならば安心だ。なぜなら宇宙人は、自分たちも地球人も同じ宇宙人だと、つまり、みんなで仲良くしようと語っているのだ。

だがもし、除外形だったら? 人類はただちに宇宙戦争の準備にとりかかるべきだ。

なぜならその地球外生命体は、自分たちは宇宙人だが、お前ら地球人はそうではない、この虫ケラどもめ、けちらしてくれん、と宣戦布告しているのだから。

苦い文学

最後尾の人(2)

その日以来、尾藤は常に自分が列の最後尾にいるのに気がついたのだった。

電車を待つとき、職探しに並ぶとき、銀行のATMに並ぶとき……いかなる列でも、彼が一番最後だった。並びながら、いくども振り返った。だが誰もやってこなかった。

最初のうち、これは彼を苛立たせ、不機嫌にした。しかし、最後尾の日々が続くにつれ、不気味さがまさってきた。まるで最後尾の貧乏神に魅入られたかのようなのだ。

彼は抗った。最後尾から逃れようとした。列を見るや、割り込んでみせた。ああ、だが、その瞬間、割り込まれた人々はバラバラに散っていき、彼が最後尾となるのだった。

あるときは、どこからかこんな声が聞こえてきたような気がしてきた。

「あの背中!」

もしかしたら自分の背中に人を後ろに立たせるのに躊躇させる何かがあるのかもしれない。そんな思いにとらわれて、彼は背筋を伸ばしてみた、肩をいからせてみた、逆になでで肩にしてみた、さまざまな形の肩パッドを試してみた、すごく派手なスカジャンを着てみた……すべて無駄な試みだった。

果ては、列の呼び込みまで始めた。最後尾に立ちながら、道ゆく人に対して、食べ物なり商品なりを勧めて自分の後ろに並ばせようとしたのだ。だが、誰一人彼の言葉に購買意欲をそそられるものはいなかった。それどころか営業妨害だと警察を呼ばれるありさまだった。

これらさまざまな試みののち、彼は諦めた。この世には一番がいるように、最後尾になる人間もいなくてはならない、ということを受け入れた。彼はこの世界の最後尾だったのだ。

尾藤老人は死の床で青年に語った。

「ああ……それを認めるのは苦しかった。いや、それを認めてからも苦しかった……だが、高望みしてなんになろう……そうだ、高望みはするな……たとえそれが最後から2番目に繰り上がることだとしても……」

そう言い残して、老人は息絶えた。

看護師と医者が入ってきて最後の処置をはじめた。青年は、最後尾に取り憑かれた老人について考え、哀れに思った。そして、病室を出ようと立ち上がったとき、医者たちが驚きの声をあげた。

老人が息を吹き返したのだった。

蘇った老人は起き直ると、青年に向かって悲しげに言った。

「あの世に入る列に並んだら、まだ最後尾はいらないんだと」

その老人はいまも死ぬ順番を待っている。

苦い文学

最後尾の人(1)

その老人の命は今にも燃え尽きようとしていた。

身寄りがない彼には、誰一人看取る者もいなかった。ただ、隣人の青年がときおり同情心から見舞いにやってくるだけで、そのときたまたま病室にいたのだった。

死期を悟った老人はかすれた声で青年を呼んだ。

青年が近くに椅子を運んで座ると、老人は喉を苦しげに鳴らしながら「私は最後の人間だ」と語り、これまで誰にもしたことがない話を打ち明けはじめたのだった。

それは、数十年前にさかのぼる。そのころ、老人、その名を尾藤としよう、はある奇妙な現象に遭遇したのだった。

尾藤はある日、近所のラーメン屋に行列ができているのに出くわした。興味をもった彼は、そこに並び、待つことにした。待っている間に一人、また一人と順が来て店に入る。そして彼の順もゆっくりと近づいてきたのだが、そのときふいに彼は気がついた。

自分の後ろに誰も並んでいないことを。

これは奇妙なことだ。人気店だから行列が途絶えるはずもないのに、彼が最後尾に立っていたのだ。彼はつまらない気持ちになった。だって、まるで自分ばかり待たされているようではないか。

このときの尾藤の気持ちは次のように解釈できる。

すなわち、列に並ぶというのは決して楽しいことではないが、それでもそれが我慢できるのは、自分が列に並んでいるということや、その列が着実に進んでいるということなどによるのではなくて、ひとえに自分の後ろに人がいるということのみによるのである。

つまり、自分が誰かよりも先にそれにありつけるという意識だけが、行列に並ぶことを正当化するのだ。

そんなわけで尾藤は、後ろに人がいないことを知ったとたん、自分だけが損したような不愉快な気分になったのである。

「けど」と彼は考えた。「たまにはこういうこともあるさ」

だが、この出来事は彼にとって単なる偶然ではなかったのだ。

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国家と社会

「国家と社会は同じものではない、ということは覚えておいたほうがいいな」と先生は言われた。

「どういうことでしょうか」と私。

「つまり、国家は社会の中に存在するのであって、その逆ではないということだ。もちろん、『その逆』を夢想する人々もいる。国家主義者と呼ばれる人々だ。そうした人々によれば、この世に存在するあらゆるものが国家によって意味づけられることになる。だが、これは本質的には矛盾をはらんでいるが、わかるかな?」

「ええ、なぜなら、国家は一つだけではないからです」

「そうだ。そのため、国家どうしがある事柄に対して異なる意味づけをして、対立することもあるのだ。極端な場合には、この対立が戦争の口実となったりもする。それゆえ、こうした対立を無効化する、いや少なくともやわらげるためにも、国家がすべてではない、つまり国家よりも社会のほうが大きいという視点を持つことが大事なのだ」

「社会どうしが対立することもあるのではないでしょうか」

「確かにそうだ。しかし、社会は国家とは異なり、別の社会と必ず繋がっている。いくつもの連鎖する社会が地球上を覆っているのだ。その意味では、社会は一つだ」

「では、社会という視点に立って物事を捉えればよいということでしょうか」

「そうだ、と言いたいところだが、実はそれが簡単ではないのだ。というのも、社会は国家以上に複雑で、わからないことがまだ多いから。だが、なんにせよ、国家がすべてではない、ということを知るのは重要なことだ」

先生はしばらく黙ると、次のように言われた。まるで自分に言い聞かせるような口調だった。

「だから、国家に必要とされないからといって、気を落とすことはない。社会に必要な存在となることのほうがはるかに有意義なのだ」

私はこの言葉に感動し、その後の人生でいくども思い返すこととなった。先生はもはやこの世にはいないが、ただひとつ残念なのは、国家はおろか社会にも必要とされない場合はどうなるのか、聞いておかなかったことだ。

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カレン新年祭の会場

昨日、埼玉県春日部市の武里でビルマのカレン民族の新年祭が開催された。

このカレン新年祭(カレン・ニュー・イヤー)が生まれたのはそれほど古くはなく、1938 年のことだという。開催時期は、カレン人の暦にしたがい、西暦の 12 月末から 1 月始めのいずれかの日となる。

日本で最初のカレン新年祭が行われたのは 1999 年のことだ。それ以来、毎年、開催されている。

2022 年は、関西に住む若いカレン人が中心となって 1 月に神戸で開催された。関東以外で行われるのは初めてのことだ。関東では、代わりにバス旅行が企画された。

2023 年の分が昨日の武里ということになる。

ビルマ国内のカレン新年祭では、野外で式典、ダンス、スポーツ大会、ゲームなどが行われるそうだ。しかし、日本では寒い時期なのでそうはいかない。たいていどこかの会場を借りることとなる。

しかし、この会場探しが難しい。たくさんのカレン人やビルマの人々が集まるから、それなりに広くなくてはならない。音楽・ダンス、バンド演奏もしたい。カレン料理やビルマ料理を持ち寄ってみんなで食べたり、お酒も飲んで楽しく過ごしたい。しかも、年末年始に安く借りたい。

そんな会場があるだろうか。ないのだ。少なくとも都内には。

あるのは、音楽の演奏はできるが、飲食はダメ、という会場や、飲食はできるが、うるさい音楽はダメ、という会場だ。飲食・演奏が可能でも、高かったり、狭かったりする。

その点、今回の会場となった武里大枝公民館は、広いし、ステージもある。カレン料理も提供することができる。また、武里の人々も親切で熱心だ。東京から少々遠いのが難点だが、こうした会場が利用できるのは、ありがたいことだと思う(ただし、公共施設なのでお酒は飲むことはできない)。

苦い文学

武里のカレン新年祭

今日は埼玉県春日部市の武里大枝公民館の講堂で、カレン新年祭(Karen New Year)が開催された。

カレン人というのはビルマの民族の一つで、ビルマ軍事政権の弾圧の結果、世界中で難民として暮らしている。

武里には 2 家族のカレン難民がおり、その日本語支援を行っている「武里日本語教室」が在日カレン人と協力し今回の開催となった。2019 年に引き続き 2 回目となる(カレン新年祭自体は日本では 1999 年から毎年開催されている)。

関東のカレン人、武里の日本人、その他のビルマの人々などが集まり、キャパ 250 人のホールは立ち見が出るほどの盛況となった。

内容は、カレン民族の歴史や現状を語るスピーチやダンス・歌の式典で、そののち、食事と歓談となる。

さて 2 週間ほど前、私はカレン人の主催者から、カレン民族に関する 8 分程度の日本人向けのプレゼンテーションを頼まれていた。プロジェクターで写真・動画なども見せてほしいという。

だが、準備に取りかかるにあたり、私は考えた。これはアヤしいぞ、と。

会場でどういうプロジェクター、どういうパソコンが用意されているかもわからない。

せっかく準備しても、プロジェクターが古すぎて接続できないという可能性だってある。いや、そもそもプロジェクターそのものだって、どうだかだ。

そんなわけで、私はかなり手抜きしたスライドを作って武里に向かったが、案の定、プロジェクターは用意されていなかった。

とはいえ、もともとなしでもできるように考えていたので、無事に短いプレゼンを終えることができた。