苦い文学

政府のメンツ

「私は不思議に思っていることがあるのです」といつもの人。

「なんでしょうか?」と私。

「いや、自殺についてなんですが、どうして日本政府はああも熱心に自殺を防止しようとするのでしょうか。特別にサイトを作ったり、電話をかけさせたり、とにかくひどい熱の入れようなのです」

「いやいや、当たり前ですよ。命はかけがえのないものですから」

「そうでしょうか? いや、私もそう思っていますし、絶対に防ぐべきですが、それを日本政府がやっているのがどうにも不思議なのです」

「不思議でもなんでもないですよ。これは政府の責務ですから」

「ですが、日本政府ですよ。日本政府が人の命など大切にしたことなどないじゃないですか。なのに、自殺となると、やたらとキャンペーンを打ちたがるのです。自己責任でどうぞ死んでくださいという政府、基本的に国民の命に価値など認めない政府が、なんで自殺となると猫撫で声で擦り寄ってくるのか、それが奇々怪々なのです」

「いや、それはひどい言いがかりだ、日本政府といえども、死ねなどといわないでしょう」

「ですが、なぜ靖国神社などにいくのでしょうか。今後、国民に『死ね』という可能性を考慮に入れてのことでは? それに、どれだけ貧乏人が見殺しにされていることか」

「なるほど。ですが、たとえば、子どもはどうです。日本政府は子どもの自殺対策に頑張っていると思いますよ」

「ですが、その子どもが不法滞在だったら? 難民の子どもだったら? 日本政府は遠慮なく見殺しにするでしょう。だから、日本政府が子どもの自殺を防ごうとしているのがまったく不可解なのです。こっちでは守ると言いながら、あっちでは平気で殺しているのですから。子どもは子どもじゃないでしょうか」

「……」

「でですね。私は考えたのです。これはメンツの問題だと」

「メンツ?」

「日本政府としては、殺せるのは自分だけだと思ってたところに、下々の者が勝手に自殺などはじめたら、それこそメンツ丸潰れというわけで……」

苦い文学

AI たちのかいた絵

このブログでは、短編かなにかを投稿するとき、私は一枚の画像をアイキャッチとしてつけるようにしている。これはブログの外観上の理由で、文字だらけになってしまうのを防ぐためだ。だから、画像そのものには意味がない。

初めは自分の撮った写真を使っていたが、それも大変なので、AI にたくさん画像を作らせて、その中から適当に選んで使うようになった。2022 年 10 月 22 日に AI の画像が初登場している。

画像を作らせていたのは Stable Diffusion だったが、今年の 6 月ごろからか、WordPress が投稿内容に合わせて画像を作ってくれるサービスを導入した。

最近はアイキャッチ画像づくりにこのサービスを使うことも多い。何枚も提案してくれるので、その中から使えるものを選べるのもいい。だが、いくつかの欠点がある。

まず、自殺や性などがテーマの場合、AI は画像の生成をしてくれないことがある。私の書くものには、こうした言葉がときたま出てくるので、しばしば拒絶されるということになる。

もうひとつの問題は、画像が白人男性中心ということだ。日本語で日本のことを書いても、AI はそれをアメリカの白人男性の世界に翻訳してしまうのだ。画像に意味はないといったが、さすがにこれは使えない。

画像作成のさいにはプロンプトも記入できるが、そこで「日本」とか入れてしまうと、今度は「侍と忍者と芸者の世界」になってしまう。現代日本の画像など、おそらくアメリカの白人男性の頭の中にはないのだろう。

もうひとつ面白いことがある。差別とか貧困とかをテーマにした投稿をもとに AI に画像を作らせると、決まって黒人ばかりになる。アメリカでは貧困といえば黒人ということなのだろう。

私が書くのは日本の貧困と差別だから、もちろんこれも使えない。だが、よく考えてみると、貧困と差別という言葉から、AI が日本の画像をどんどん生成しだしたら、それはそれで悲しいことなのは間違いない。

苦い文学

暴かれた闇

YouTubeで「日本の闇を暴く!」という怪しげな動画がおすすめに上がってきたので、見てみることにした。坊主頭の中年男性が出てきて、真剣な顔つきで以下のような話をはじめた。


夏休みの終わりになると、子どもたちに語りかけるような記事が増えます。これは、新学期にさいして、登校できない子どもたちもいて、そうした子どもたちのために必要なことです。

とにかく痛ましい出来事をなんとしても防がなくてはなりませんからね。その点には私は異存はありませんし、私としてもできるだけの協力をしたいのです。ですが……まれに、ごくまれにですよ、じつに疑わしい例があるのです。

つまり……なんというか、意図がです。本当に子どもの自殺を防ごうという気持ちからやっているのかな、そう疑わざるをえないものがあるのです。

みなさん、この記事を見てください。子どもにつらい時は学校に行かなくていいんだよと、ある作家が語りかけています。

とくに異常な点はないように思えるかもしれません。ですが、私、この人物について少し調べてみたのです。ほら、見てください。彼は単なる作家ではなく『電車通勤の会』の会長だったのです!

これだけではありません。こちらの記事も見てください。これは子どもの自殺を防ぐ団体のメッセージですが、私、この団体についても調べてみました。そしたら、なんと、多額の資金を提供している団体の名前がずらりと出てきました。

その団体の名前を見てください!

鉄道安全協議会
日本レイルロード振興協会
撮り鉄全国連絡機構

いったい、これはどういうことでしょうか? もしかしたら、これらの勢力は、子どもの自殺を防ぐだなんて気持ちはなくて、ただ単に電車の遅れを防ぎたいだけなのではないでしょうか?


私はこの動画を見るのをやめ、「チャンネルをおすすめに表示しない」に指定した。

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心の病気

ある男が、心の病気の診断書のことを耳にした。心の病気の診断書があれば、すきなだけ仕事を休めるし、給料も毎月ちゃんともらえる、というのだ。

男はさっそく病院に行って心の病気の診断書をくれと言った。すると医者は怒ってつまみ出した。耳鼻科だったのだ。今度は別の病院に行くと、肛門科の医者が出てきて尻を蹴られた。男はあちこちの病院に行き、最後に精神科のクリニックに辿り着いた。

医者は男を診察してこう言った。「申し訳ありませんが、診断書は書けません。あなたの心の病気は私の技術では見抜けないのです」

「なんだと!」と男は医者に掴みかかろうとした。

「まあ、待ってください。この世に、あなたが心の病気であることを診断できる天才医師がたったひとりいます」

「その医者がどこにいるか教えろ」と男は怒鳴った。

「危険な海のはるか向こう、険しい山岳地帯を越えたところにある広大なジャングルの奥地にその医者の小さな診療所がある、と聞いたことがあります」

心の病気の診断書がどうしても欲しい男は、さっそくボートに乗り込んだ。荒れ狂う海を進むボートはやがて見えなくなり、それきり男は行方しれずとなった。「彼はきっと心の病気だったにちがいない」と人々はささやきあった。

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敵意の敗北

私たち日本人はみな中国人がきらいだ。だが、中国人といっても、中国にいる中国人はそれほど気にならない。それよりも日本にいる中国人のほうが重大だ。日本にいる中国人がすることこそ、私たち日本人をイラ立たせるものはないのだ。

たとえば中国人が日本中の水を買い占めていると聞くと、もういてもたってもいられなくなる。土地を買い占めていると聞いた日には、日本人の5割が卒倒してしまった。買い占めなどデマだという人がいるが、もうほんとかどうかは関係ない。私たち日本人が卒倒したことこそ事実なのだ。

そして、靖国神社の落書きだ。これには日本人の9割が卒倒した。7割が今なお意識不明だ。冷静になって考えてみれば、靖国神社など、中国人と同じくらい日本人も無関係なのに、それでも中国人が何かすると大ごとのように思えるのだ。

だが、この世にひとつだけ中国人がしても日本人がイラつかない、いや、それどころか大喜びしてしまうことがある。それはタワマンの買い占めだ。投機目的で買い占めして、放置したり、荒れ放題にしてくれたりすると、私たちは快哉の声をあげずにはいられない。

私たちのタワマン住民に対する憎悪が中国人に対する敵意を打ち負かしたのだ。最近では、こうした中国人を名誉日本人として迎え入れようなどという話も出ている。

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トハンさん

今日、入管から電話がかかってきた。私が在留許可延長の保証人を引き受けている関係で、電話をかけてきたというのだ。

こうした保証人は頼まれれば引き受けるので、入管から電話がかかってくることはなくはない。もっとも、最近は少ないが(ちなみに、こうした場合の保証人にはいかなる義務もない)。

入管の担当の方が言うには、私がビルマ人の「トハンさん」の保証人になっている、というのだ。

「トハンさん?」 覚えのない名前だ。私は必死になって似たような名前を頭の中で探すが、出てこない。「トハン、トーハン、トゥーハン、ハントゥー……」

だが、ふと思いついて尋ねてみた。「すいません。スペルをお願いできますか?」

担当の方は「ええと、T、H、A、N です」

「ああ、タンさん!」 タンさんなら確かに7月に身元保証人のサインをした。私の古くからの友人だ。

なにが間違いだったかというと、入管の方は「THAN」を「トハン(t-han)」と読んでいたのだ。だが、あの国連事務総長を務めた U Thant とウ・タントとするように、ビルマ人の名前のローマ字表記の「th」はタ行にするのが慣例だ。

もっとも、入管はいろいろな国の名前の人を相手にするから、すべての約束事を知るなんて無理だろう。なので、そんなことで腹を立てはしないが、この「読み間違い」のせいで、私は「トハンさん」なるあやしい人物が勝手に私の名前を騙ったのではないか、と一瞬、想像すらしたのだった。

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私たちは怒っている

テレビの人が「死んでください!」とツイッター(現X)で言ったとき、私たちは激怒した。

これは冗談では済まされない。笑い事ではない。人間の命がそんなに粗末に扱われていいものだろうか? いったい今の時代「死ね」などという言葉が許されていいものだろうか?

テレビの人はすぐに取り消して謝罪したが、そんなことで帳消しになるものか。憤激した私たちは、あらゆる方面にむかって抗議し、その結果、このテレビの人はいまやテレビからすっかり消え失せて、ただの人になってしまった。

私たちは勝利したのだ。不適切な人間を懲らしめたのだ。

そして、数ヶ月後、再び私たちを激怒させる出来事が勃発した。これは冗談では済まされない! 笑い事ではない! 新たなテレビの人がツイッター(現X)で、こんなふうに発言したのだ。

「生きてください!」

あろうことか、この言葉を北朝鮮の金将軍に向けて発したのだ。

私たちの命を脅かす悪党の長寿を願うとは! なんたる反日勢力、川口のクルド人、フェミニストだろうか!

決めた。こいつが死ぬまで追い詰めてやる。

苦い文学

名画の解説

この夏、私は異国のとある美術館を訪れた。もっとも、美術の知識のない私には、展示された数々の絵画や彫刻もあまり心に響かなかった。とはいえ、一枚だけ、私の興味を引いた作品があった。

それは壁一面に掲げられた巨大な絵画で、ある闘争の場面を描いているようだった。画面の右下にひとりの男がおり、左側の一群の男たちに脅かされているのだった。男たちはみな剣を持っていた。あたかもその剣で一人の男をなぶり殺しにかかろうとしているようだったが、よく見ると違った。男たちは振り上げた剣で仲間を切りつけたりして大混乱のようすなのだった。

この奇妙な絵の下にはタイトルと説明書きもあったが、残念なことに英訳はなかった。すると、たまたま紳士がやってきて、この悲惨な絵を見るやいかにも心地よさげに笑い出したのだった。なぜ笑っているのだろうか? 好奇心を刺激された私は、思い切って英語で話しかけた。

「失礼ですが、これは何の絵でしょうか。そしてどうしてそのように笑っておられるのでしょうか」

「ああ、ああ」と紳士は笑い疲れたというように息をつくと流暢な英語で答えた。「この絵は『パブの虐殺』という、百年前の事件を描いたものです。私たち国民はこの名画を見て大笑いするのが習慣なのです」

「いったいどういう事件で?」

「話すと長くなりますが、我が国では、百年ほど前、弱者男性と呼ばれる人々が勢力を保っていた時期があったのです。その弱者男性の団体のリーダーが、この人物です」と紳士は画面右下の男を指差した。

「すると、これらの敵対者たちが弱者男性を迫害しているのですね」

「いいえ、違うのです。これらも弱者男性です」

「では、内ゲバ風景と……」

「ええ、いわばそうです。このリーダーは弱者男性の地位向上のため尽力したのですが、それがかえって仇となって、他の弱者男性から迫害を受けることとなってしまいました」

「と、いいますと具体的には……」

「リーダーはこう提案したのです。『弱者男性だけでは社会は変えられない。いまこそ、弱者女性と共闘すべきだ』と。すると、他の弱者男性たちが猛反対をしたのです。『女どもと手を組めるか!』『女は敵だ!』『生理臭い!』と。リーダーはさらに弱者である外国人や貧困者とも力を合わすべきだと説いたのですが、これがさらに弱者男性たちを憤激させました。『俺たちは単なる弱者じゃない! 選ばれた弱者だ!』と。そして、ついにこう叫んだのです。『こいつを殺せ! 俺たちを分断させようとするスパイだ!』 そして、この夜、パブに集った弱者男性たちは剣を手にリーダーに襲いかかったというわけです」

「その光景がこの絵なのですね」

「ええ、ですが、ご覧ください。剣など持ったことがない弱者男性たちは、もう滑稽にも」と紳士は笑い出した。「ほら、互いに突き刺しあって! リーダーに一太刀も浴びせることなく、自滅してしまいました! 見てください! このバカは自分の剣で首を刎ねてます!」 紳士は笑いすぎて苦しそうだ。

「当時の人々はこの無様な事件を絵画にして、楽しみを後世に伝えてくれたのです」

私は紳士に感謝を告げ、美術館を後にした。帰国して、その国の歴史を調べたが、絵に描かれたような事件はどこを探しても出てこなかった。

苦い文学

エモ写真

私は写真をよく撮るが、どうもあまり上手くない。その点、私の知り合いのある女性は何気ない写真でもよいものを撮る。構図なのかピントなのかわからないが、見る人みな彼女の写真を見ると「エモい」とか「エモっ」とかいうのだ。

ただの道路でも彼女の手にかかれば、胸をしめつけられるような郷愁にあふれた風景となる。彼女が若者を撮りでもしたらもう大変だ。私たちは二度と帰らぬ日々を思って涙を流さずにはいられないのだ。

彼女は写真の撮り方についてどこかで勉強したわけではないけれど、写真のエモさに関しては一流といって良かった。そんなわけで、私たちは彼女のことを「エモやん」と呼ぶようになった。そして、これが間違いのもとだったのだ。

いま、彼女はエモ写真家として活動をしている。インスタでいくどもバズり、フォロワーもぐんと増えた。「案件」とやらで忙しいのか、それともほかに理由があるのか、私たちとも疎遠になった。エモ写真の腕を鼻にかけて、あちこちでトラブルを起こしている、という噂も耳にした。

なんでも、口髭を蓄えているそうだ。口を開けば「ベンチがアホやから写真がとれへん」と文句だそうだ。

苦い文学

ビルの男

私たちの街は騒然となった。ひとりの男が繁華街のビルの4階の窓から今にも飛び降りようとしていたからだった。

男は窓の上に乗り、ギリギリまで身を乗り出している。通行人たちはビルの下に集まり、ヒヤヒヤして見守った。「飛び降り自殺だ!」と誰かが叫んだ。すると別の野次馬が怒鳴った。「違う!」 見るとビルの男は何やら大声で叫んでいる。「三島由紀夫だ!」

だが次の瞬間「なんだ!」と人々は困惑した。ビルの男が猫の耳をつけて、招き猫のように踊りだしたではないか。そして、猫の真似をしながら、窓の外に飛び出した。「あぶない!」 誰もがそう思ったが、男は踏みとどまった。そして、再び窓の上に乗ると、大声で叫んだ。「がおーん」 猫ではない。虎だったのだ。

その雄叫びの最中、ビルの男の背後から手が伸び、後ろに引きずり下ろした。警官たちが無事保護したのだった。

しばらくしてこの人騒がせな男の動機が明らかになった。

「日本の子どもたちに夢と希望を与えたかったのです……中国とか豊かな国にしかない飛び出る3Dビジョンも、知恵と勇気と工夫があれば、日本みたいな貧しい国でもできるんだよって……」